川崎・武蔵小杉の弁護士の相続・遺言無効・遺留分法律相談

親の相続が発生したときに、

「親が亡くなる前に親の家業を手伝っていた子と、そうでない子」

との間で対立が生じるということがあります。

裁判上よく見られるのは、実家が農家で、子どもが農業を手伝っていた、というケースです。

このような場合に、家業を手伝っていた子としては

「自分は無償で親の家業を手伝っていたのだから、その分遺産を多く取得できるはずだ」

という主張をするのではないでしょうか。

このような主張を、法律的には「寄与分」と言います。

「寄与分」とは、被相続人の生前において、被相続人の財産の維持又は増加に貢献した者がいる場合、それを遺産分割において考慮する、というものです。

この寄与分というものは、認められるためには、「特別な寄与」(特別な貢献とも言います)が必要となります。

「特別な寄与」、とは親の「財産」の維持等に貢献したという事情、例えば子の貢献によって親の財産が増えた、又は余計な出費が減り親の財産を維持できた、といった事情があることが重要なのです。

家業を手伝っていた子が「特別の貢献」があった認められるためには、短期間、有償で手伝っていた、というのではダメで、

・無償で手伝っていた(無償性)

・長期間継続して手伝っていた(継続性)

・片手間ではなく相当の負担を有するものだった(専従性)

という各要件を満たすことが必要です。

では、上記要件が認められるためには、具体的にはどの程度の行為・貢献が必要なのか、というところが問題となります。

この点、寄与分というのは民法904条の2第2項が

家庭裁判所が寄与の時期,方法及び程度,相続財産の額その他一切の事情を考慮して寄与分を定める」と規定しているように、裁判所の広い裁量を認めています。

したがいまして、過去の裁判事例などを参考にして判断していくしかないというのが実情です。

農業に従事していた子に寄与分を認めた事例として、比較的最近の裁判例として大阪高等裁判所平成27年10月6日のケースがあります。

この事例は、長男が、親の所有するみかん畑の耕作について、会社員として勤務する傍ら、休みの日に農作業を手伝い、また退職後も農作業に従事してみかん畑を維持していた、という事例で、農作業に従事していた長男から寄与分の主張がされました(その期間は、約30年にも及んでいました)。

このような事例で、裁判所は、

「みかん畑を維持することができたのは,長男が,昭和51年以降,農業に従事したからである」

とした上で,

「耕作放棄によりみかん畑が荒れた場合にはその取引価格も事実上低下するおそれがあるから,長男には,農業に従事してみかん畑を維持することにより遺産の価値の減少を防いだ寄与がある」

と判断して,みかん畑の評価額の30パーセントを寄与分と認めました

寄与分が認められる場合、一般的には「遺産全体の・・%」(概ね10〜20%とされるケースも多いです)と算出されることが多いのですが、この事例は、遺産の全てではなく,遺産の一部(農地)についてのみ寄与による維持又は増加が認められるものとして、遺産の一部についてのみ寄与分を認めたという点で特徴があります。


2017年2月20日更新

「遺言を作成した当時、認知症であり遺言能力がなかった」

として遺言の無効が争われる事案では、医療記録により遺言当時の遺言者の精神上の障害の程度を判断します。

主に証拠として用いられるのは、入院、通院、往診の医師のカルテや、要介護認定の際の認定調査票、主治医意見書などです。

また、長谷川式簡易スケールの点数も大きな判断要素となることがあります。

訴訟となった場合は、上記の証拠を収集して、これらの証拠から遺言当時の遺言者の認知能力、すなわち遺言能力の有無を判断していきます。

ただし、上記の証拠がピンポイントでもれなく揃っているというケースはそれほど多くはなく、どれかが欠けていて今一歩という事例も多くあります。

どこまで証拠が揃っていれば「遺言無効」と判断されるのか、ということは非常に判断が難しいというのが実情です。

そんな中、遺言を作成した日の約8ヶ月前、約半年前と、遺言作成後の約10日後の病院での診療録・介護記録のみで、遺言無効と判断した事例があります。

東京地裁平成26年11月6日の事例です。

この事例は、遺言作成の8ヶ月前の診療録又は看護記録と、遺言作成後10日後の診療録又は看護記録について、以下のように認定をして、公正証書遺言を無効と判断しました。

・遺言作成の約8ヶ月前

「相変わらず見当識障害あり 入院していることを理解していない様子」

「現状認識が乏しく,『何だかわからなくなっちゃった。』と繰り返す。」

「認知症であり,今入院していて点滴をしていることも理解できていない。」

「ここはどこだ。えっ?病院ですか。どこのですか。六本木?」という話を繰り返しており,説明しても理解しておらず。」

「失見当識変わらず。時折『(点滴)切っちゃってよ』と興奮するが,すぐに忘れてしまう。」

「2-3時間おきに失見当あり。」

「『ここはホテルでしょ?無銭飲食になっちゃうよ。大変だ』と興奮している。」

「ここはホテルでしょ?違うの?知らなかった。」

・遺言作成の約半年前

「落ち着きなく,自宅へ電話するといい自宅に電話する。電話つながるも家族と話しがかみあわず。電話終了し,部屋へ戻る。」

「ホテルのお支払いしないと。お金1銭もないから。」

「失見当著明」

・遺言作成の約10日後

「本人は毎回入院していることを理解せず,帰宅を希望する。」

「現在,救急車で来院されたこと覚えていない。」

「デメンツ強く,言った事を,すぐ忘れてしまう。」

「何度も同じ話を繰り返す等あるが,不穏行動なくNSステーションにて表情穏やかに過される。」

「失見当著明。」

「失見当識著明にて明日退院。」

この裁判例は、上記のような診療録又は看護記録の記載のみから、遺言無効と判断をしています。

長谷川式簡易スケールの結果や介護認定の結果、服薬等の事情は一切考慮されてはいません。

この裁判例は、診療録又は看護記録の記載を丁寧に拾い上げることで遺言の無効が主張できるということを示す一例と言えます。


2017年2月20日更新

生前に自筆で書かれた遺言が法律的に有効であるためには、遺言書を書いた人が、その当時「遺言能力」を有していたことが法律上必要です。

この「遺言能力」とは、遺言の内容をしっかり理解できるだけの知的判断能力です。

したがって、重度の認知症の老人の方が遺した遺言書では、この遺言能力を欠いた状態で書かれたものであるとして無効とされます。

また、認知症ではなかったとしても、重篤な病の治療・投薬等の影響で衰弱し、精神状態にも異常が生じていた場合なども、遺言能力がないと判断されることがあります

この遺言書の無効が争われるケースというのは、自筆証書遺言の場合が多いように感じられます。

それは、遺言を書く本人が重病で意識が朦朧としているような状況であっても、そこに付き添っていた人からの援助(もしくは圧力)で、遺言を書いた本人の力だけでなくとも、何とか遺言書としての形が作り上げてしまうことが不可能ではないからです。

このような、重篤な病の治療・投薬等の影響で衰弱し意識障害が生じていた状況で書かれた自筆証書遺言を無効としたケースとして、東京地裁平成15年9月29日の判決があります。

この裁判例のケースは、自筆証書遺言が作成されるまでの経緯について、以下のように詳細に認定して、遺言書を無効と判断しました。

なお、この件では、遺言書は、平成12年11月13日午後9時ないし10時ころから翌14日午前0時ころまでの間に、入院中の病室で、書面の下敷きを支えるなど被告(この遺言で全財産の贈与を受けるとされていた者)の補助を受けて作成されています。

まず、遺言者の病状の経緯については、裁判所は遺言作成時期の前後の病状を細かく認定しました。

・遺言者は、平成12年9月4日、急性心筋梗塞のため杏林大学医学部付属病院に入院したが、CCU(冠疾患集中治療室)において、重症致死性不整脈で7回に亘る心肺蘇生術を受けた。その後、平成12年9月26日に一般病棟へ移ったものの、肺炎、心不全、消化管疾患(胃潰瘍、偽膜性大腸炎、慢性腎不全)を併発し、低栄養、低酸素状態におかれていた。

・遺言者が緊急入院してからの病状は、平成12年9月26日から同年10月10日ころまでの2週間程度の間が最も良好な病状であり、その後は、徐々に病状が悪化し、同12年10月31日には、急激な病状の悪化が認められたこと。

・平成12年11月7日、担当のH医師と被告との間において、遺言者の病状について、尿路感染が様相を変えてきており真菌が検出されたこと、そのため抗真菌剤を使用するが、腎毒性があり腎臓に対する悪作用があること、腎機能障害が進行したこと、貧血が進行していること、消化管出血の可能性があること、心肺機能の保護のため輸血を必要としていること、栄養補給のために経管栄養を行うことなどの説明と了承がなされたこと。

・平成12年11月10日、腎機能が悪化傾向にあったこと、同月13日には、それまでの3日間、体温が上昇傾向にあったこと。

・同日、担当のH医師から被告に対し、先週から再び熱が出てきたこと、腎不全、貧血が進行しており輸血を行うこと、消化管出血の可能性があるため翌日第3内科の検診を受けて内視鏡検査を検討すること、そのために「禁食」にしたことなどが説明され、被告が回復の見込みを尋ねると「今後、長くなると思われます。」と回答したこと。

・翌11月14日、第3内科の検診がなされたが、遺言者の病状が悪く、検査ができなかったこと。

・平成12年11月14日午前0時、ナースコールがあり、遺言者が軽度の息苦しさを訴えたこと、午前1時45分、息苦しいと訴えたこと、医師の指示で午前1時45分から終日、酸素吸入(3リットル)をしたこと及び終日輸血がなされていたこと。

・平成12年11月15日、担当のH医師から被告に対して、遺言者の全身状態がかなり厳しいこと、心臓、腎臓、感染症がいずれもかなり難治であること、肺炎が起きる可能性があり、その場合突然呼吸状態が悪化し、生命の危険があると告知したこと。

・平成12年12月16日には、担当のH医師から被告に対して、当日の朝呼吸が非常に浅くなり、血液中の酸素、二酸化炭素の数値が著しく悪化したこと、気管内挿管を行い人工呼吸器管理としたこと、挿管直前に血圧低下があり昇圧剤の使用を開始したこと。

・同日、担当のH医師から被告及び原告X1に対して、この数日のうち、早ければ今日明日に急変して死亡する可能性があるとの告知がされたこと。

・年末からは、意識レベルが最良でも1ないし3の状態となり、同13年1月9日の脳波検査では、全汎性の電位低下があり重症な脳機能障害が認められ、財産の管理処分能力は無くなっていたことが認められる

そして、遺言書が作成された時(平成12年11月13日)の状況の不自然性についても以下のように認定しています。

・遺言者は、多数回に亘り遺言書の作成を試み、遺言書の内容は、被告に全財産を遺贈するという趣旨の単純な文面であるにも拘わらず、2時間ないし3時間もの長時間をかけて作成していること、書き損じたものが多数存在すること。

・遺言書の筆跡は、記載文字全部が激しく乱れていると認められること。

・遺言者の遺言書作成について、包括受遺者である被告が同席していたばかりではなく、下敷きを支えるなど遺言書作成の介助行為をしていること。

さらに、遺言書作成の動機が不自然であることなどについても、以下のように認定しています。

・遺言書の内容は、全財産を被告に遺贈するというものであり、従前Iが遺言者から聞いていた、原告らに二分の一ずつ相続させるという内容とは全く異なるものであり、遺言者がその将来の生活について最も心配していた原告X2のことについて何ら言及しておらず不自然であること。

・遺言により全財産を遺贈することになる被告に対して、遺言書作成の後、遺言者が原告X2の生活の介護を託すなど、原告X2を気遣うことなどはなかったこと。

これらの事情を総合考慮して、裁判所は、

「遺言者は、乙1及び乙2の遺言書作成時点において、脳梗塞、腎不全等の病状が悪化し重大な意識障害を来たしていたことが認められ、さらにその上、違法とまでいえるか否かは別として、遺言者は被告から遺言者死亡後の住居を確保するための遺言書を作成するように精神的圧力が加えられたことが推認されるものであり、遺言作成に必要な意思能力を有していたとはいえ」ない。

として、遺言書を無効と判断しました。

本件事例は、認知症で判断能力が衰えていたという事例ではないため、病状の悪化が判断能力にどの程度悪影響を及ぼしていたのか、という点について裁判所も慎重に判断しています。

また、その判断にあたっては、遺言書が作成された時の状況や、遺言者を取り巻く人間関係についても慎重に認定をして、最終的に遺言を無効と判断しています。

遺言書の無効を主張する場合、まずは判断能力の有無・程度が第一に検討されるところではありますが、それだけではなく、作成状況・動機なども併せて慎重に、かつ細かく主張をしていく必要があります。


2017年2月9日更新

親の介護に尽くした者について、遺産分割の際に寄与分が認められるか?

という問題があります。

この問題については、

「介護行為が特別の寄与(貢献)にあたるのか?」

「特別の寄与にあたり寄与分が認められるとしてどの程度の金額が認められるか?」

という点を巡って調停や審判で争われることが多いです。

しかし、その他の問題として、

「そもそも、介護をした者が誰か(法律上寄与分を主張できる者が介護したのか)?」

という点が問題となることがあります。

なぜかと言うと、民法は、寄与分を主張できる者を「相続人」に限定しています(民法904条の2)。

そうだとすると、特別の寄与(貢献)があったかどうかは「相続人」の行為について判断されるのであり、相続人以外の者がどれだけ貢献したとしても遺産分割で寄与分は主張することはできないのです。

この問題が顕在化するのは、介護において

「親の介護をしたのが、子ではなく子の妻だった」

という場合です。

例えば、認知症の親と、その長男家族が同居していたが、長男自身は単身赴任で自宅を空けていて、実際の介護は長男の妻が担っていてそれが特別の寄与(財産の減少を防止した)にあたるような介護態様だった、と言う場合です。

このような場合、実際に介護をし、特別の寄与をしたのは長男の妻になりますが、先程の理屈で言えば、長男の妻は「相続人」ではありませんので、親が亡くなった後の遺産分割において寄与分を主張することは出来ません。

しかし、これでは、実質的に長男の代わりに介護をした長男の妻の特別の寄与が全く評価されないという不公平な事態となってしまいます。

そこで、このようなケースにおいて、東京高等裁判所平成22年9月13日決定は、以下のように述べて、

相続人の配偶者による介護・看護の貢献については、相続人自身の貢献と同視する

という理屈で相続人に寄与分を認めました。

すなわち、裁判所は、まず、介護の態様について

「被相続人は,相続人の妻であるCが嫁いで間もなく脳梗塞で倒れて入院し,付き添いに頼んだ家政婦が被相続人の過大な要望に耐えられなかったため,Cは,少なくとも3か月間は被相続人の入院中の世話をし,その退院後は右半身不随となった被相続人の通院の付き添い,入浴の介助など日常的な介護に当たり,更に被相続人が死亡するまでの半年の間は,被相続人が毎晩失禁する状態となったことから,その処理をする等被相続人の介護に多くの労力と時間を費やした」ことを認め

「Cによる被相続人の介護は,同居の親族の扶養義務の範囲を超え,相続財産の維持に貢献した側面があると評価することが相当である。」

として、寄与分を認めるべき特別の寄与があったと認定しました。

そして、相続人ではなく、相続人の妻(C)が実際に介護をしていたことについては、

「Cによる被相続人の介護は,相続人の履行補助者として相続財産の維持に貢献したものと評価でき,その貢献の程度を金銭に換算すると,200万円を下ることはないというべきである」

として、相続人(Cの夫)に寄与分を認めたのです。

このように、相続人以外の者の特別の寄与であっても「相続人の履行補助者」という理屈に当てはめて、相続人の寄与分が認められています。

この「相続人の履行補助者」というのは、本件の事例では相続人の配偶者でしたが、その他、相続人の子どもも該当する場合があると考えられます。

このような裁判例により、相続人の配偶者による介護等(特別の寄与行為)についても寄与分が認められる可能性は高いといえます。

しかし、このような理論構成も一つ問題が有ります。それは、相続人が被相続人よりも先に亡くなってしまった場合です。

上記の理屈は、相続人の妻の特別の寄与について、あくまでも「相続人」の寄与分として認めるというものです。

したがって、被相続人(親)より先に相続人(子)が死んでしまった場合、相続人の妻は、何ら相続権がありませんので、寄与分を主張する術がなくなってしまうのではないか、という問題があるのです。

このような不都合を防ぐために、現在、民法の相続関係法の改正の中間試案において、このような相続人以外の者の貢献を評価すべき法的手段を設けるか否かが議論されています。

この問題については、数年の間に法改正で大きな動きがあるかもしれませんので、法改正等の動きがありましたらまた取り上げたいと思います。


2017年2月3日更新

Q 父が亡くなりました。相続人は私と兄の二人ですが、現在父の遺産分割で兄と揉めています。

父は生前に兄の家族と同居して生活していました。

そのためか、父は、兄に対して、生活費の援助などで多額の金銭を贈与していましたが、兄だけではなく、兄の妻や子供に対しても、生前に多額の金銭を贈与していたようです。

兄の生活費の援助としてされた生前贈与は、「特別受益」になると主張していますが、兄の妻や子どもに対する贈与も、実質的には兄が利益を得ていたのと同じではないかと思いますので、これも「特別受益」にはならないのでしょうか。

A 原則として、相続人以外の者に対する生前贈与は「特別受益」とはなりませんが、実質的には被相続人から相続人に直接贈与されたのと異ならないと認められるときは「特別受益」と評価されます。

【解説】

相続人のうちの誰か一人だけが親から生活費や学費として多額の援助を受けていた場合、他の相続人からすれば、それは「不公平だから相続の時に考慮すべきだ」と考えるのではないでしょうか。

このような場合、この生前贈与が「特別受益」にあたるかどうか、ということが問題となります。

特別受益に該当すれば、相続分の算定の際に生前贈与の額を考慮して各人の相続分を決めることとなりますので、特別受益と評価されるかどうかは遺産分割においては重要な争点です。

特別受益について問題となる争点は多いですが、本件では「相続人以外の者に対してなされた生前贈与も特別受益となるか」という点が問題となっています。

なぜ、この点が問題になるかというと、特別受益とは、あくまでも「相続人」に対してなされた生前贈与を対象とするのが法律の建前だからです。

しかし、このように形式的に解してしまうと、例えば、相続人の妻に対して生活費の援助として金銭の贈与がなされた場合など、実質的には相続人が利益を得たといえるような場合までもが、特別受益とはならないこととなってしまい、相続人間の公平に反することとなってしまいます。

そこで、この問題については、

実質的には被相続人から相続人に直接贈与されたのと異ならないと認められるときは「特別受益」と評価すべき

というのが、調停実務での考え方となっています。

となると、本件でも、相続人の妻や子どもへの生前贈与が

「実質的には被相続人から相続人に直接贈与されたのと異ならないと認められる」

ためには、どのような事情や要件が必要なのか、ということが問題となります。

この問題について、調停・審判において根拠として使われる裁判例が福島地裁白河支部昭和55年5月24日審判です。

この審判では、相続人以外の者になされた生前贈与が特別受益に該当する場合について、以下のように述べています。

まず、

「通常配偶者の一方に贈与がなされれば、他の配偶者もこれにより多かれ少なかれ利益を受けるのであり、場合によつては、直接の贈与を受けたのと異ならないこともありうる。」

「遺産分割にあたつては、当事者の実質的な公平を図ることが重要であることは言うまでもないところ右のような場合、形式的に贈与の当事者でないという理由で、相続人のうちある者が受けている利益を無視して遺産の分割を行うことは、相続人間の実質的な公平を害することになる」

「贈与の経緯、贈与された物の価値、性質これにより相続人の受けている利益などを考慮し、実質的には相続人に直接贈与されたのと異ならないと認められる場合には、たとえ相続人の配偶者に対してなされた贈与であつてもこれを相続人の特別受益とみて、遺産の分割をすべきである。」

と述べ、相続人以外に対する贈与が特別受益に該当する可能性があることを認めました。

裁判所は、この事案については、以下のように述べて相続人以外に対する生前贈与も特別受益に該当すると判断しています(以下の審判文の中で、邦子が相続人で、被相続人から贈与を受けた洋一郎は邦子の夫)。

重要なのは、

「被相続人が贈与をした趣旨が、相続人に利益を与えることに主眼があったか」

ということです。
「本件贈与は邦子夫婦が分家をする際に、その生計の資本として邦子の父親である被相続人からなされたものであり、とくに贈与された土地のうち大部分を占める農地についてみると、これを利用するのは農業に従事している邦子であること、また、右贈与は被相続人の農業を手伝つてくれたことに対する謝礼の趣旨も含まれていると認められるが、農業を手伝つたのは邦子であることなどの事情からすると、被相続人が贈与した趣旨は邦子に利益を与えることに主眼があつたと判断される。登記簿上洋一郎の名義にしたのは、邦子が述ベているように、夫をたてたほうがよいとの配慮からそのようにしたのではないかと推測される。」

「以上のとおり本件贈与は直接邦子になされたのと実質的には異ならないし、また、その評価も、遺産の総額が、二一、四七三、〇〇〇円であるのに対し、贈与財産の額は一三、五五一、四〇〇円であり、両者の総計額の三八パーセントにもなることを考慮すると、右贈与により邦子の受ける利益を無視して遺産分割をすることは、相続人間の公平に反するというべきであり、本件贈与は邦子に対する特別受益にあたると解するのが相当である。」


2016年10月31日更新

Q 私の母はずっと一人暮らしをしており、私も海外で生活していたためずっと母とは疎遠な状態でした。

母の認知症がひどくなり、成年後見人を付けなければいけない、ということを聞いたので、帰国して母の面倒を見ることになりました。

そうしていたところ、母が5年前に、母の知人に全財産を相続させる、という内容の公正証書遺言を作成していたことが判明しました。

ヘルパーの方やお医者さんに聞いた限りでは、遺言を作成した当時、母は既にかなり認知症が進んでいたようなので、この遺言は、その知人が母をうまく唆して作成したに違いありません。

しかし、母は、今はもう完全に認知症が進んでいて、今から遺言書を作り直したり、撤回する、ということは不可能な状況です。どうしたら良いでしょうか。

A 法的には、今は何もできず、お母様が亡くなった後に、遺言無効確認訴訟を起こすしか手段はありません。

一度遺言書が作成されたが、その後認知症等になり判断能力が喪失されてしまった、という人については、その遺言書を撤回したり、新たに作り直す、ということが不可能となります。

なぜなら、遺言書を作成したり撤回したりするためには、遺言能力(単純にいえば、その本人が遺言の内容をしっかり理解できるだけの知的判断能力)が必要となるからです。

そうだとすれば、今回のケースのように、以前に疑わしい状況で遺言が作成されてしまっているが、当の本人は認知症により判断能力が喪失されてしまっている場合、その家族は、何とか生前に遺言を無効にできないのでしょうか。

この点が問題となったのが、最高裁判所平成11年6月11日判決のケースです。この裁判例は、今回のケースと似たような事案ですが、遺言者の子どもが、遺言者の生前に、遺言無効確認訴訟を起こして遺言の無効を求めた、という事例です。

この裁判は、最初の奈良地方裁判所の判決は

「遺言者の生存中に遺言の無効確認を求める訴えは原則として不適法である。」

として、訴えはあっさり却下されてしまいました。

しかし、その後の大阪高等裁判所は、

「本件のように遺言者による遺言の取消し又は変更の可能性がないことが明白な場合には、その生存中であっても遺言の無効確認を求めることができる。」

と述べて、遺言無効確認訴訟を認めました。

そして、最高裁判所までもつれましたが、最高裁判所は

「遺言者の生存中に本件遺言の無効確認を求める本件訴えは、不適法なものというべきである。」

と述べて、結局訴えを却下しました。

その理由として、最高裁は以下のように述べています。

1「本件において、遺言者の生存中に本件遺言が無効であることを確認する旨の判決を求める趣旨は、遺言によって財産を取得するとされている者が、遺言者の死亡により遺贈を受けることとなる地位にないことの確認を求めることによって、推定相続人である遺言者の子どもの相続する財産が減少する可能性をあらかじめ除去しようとするにあるものと認められる。」

2「ところで、遺言は遺言者の死亡により初めてその効力が生ずるものであり(民法九八五条一項)、遺言者はいつでも既にした遺言を取り消すことができ(同法一〇二二条)、遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときには遺贈の効力は生じない(同法九九四条一項)のであるから、遺言者の生存中は遺贈を定めた遺言によって何らかの法律関係も発生しないのであって、受遺者とされた者は、何らかの権利を取得するものではなく、単に将来遺言が効力を生じたときは遺贈の目的物である権利を取得することができる事実上の期待を有する地位にあるにすぎない(最高裁昭和三〇年(オ)第九五号同三一年一〇月四日第一小法廷判決・民集一〇巻一〇号一二二九頁参照)。」

「したがって、このような受遺者とされる者の地位は、確認の訴えの対象となる権利又は法律関係には該当しないというべきである。」

3「遺言者が心身喪失の常況にあって、回復する見込みがなく、遺言者による当該遺言の取消又は変更の可能性が事実上ない状態にあるとしても、受遺者とされた者の地位の右のような性質が変わるものではない。」

以上の通り、最高裁判所は、あくまでも法律論の原則(遺言は、遺言者の死亡により初めてその効力が生ずる)を貫いており、遺言者の生前の遺言無効確認訴訟の可能性を完全に否定しました。

したがって、今回のようなケースでも、遺言者の生前に法的にできることはなく、遺言者が亡くなった後に、遺言無効確認訴訟を提訴する、ということになります。

となると、生前にできることは、そのための証拠(医療記録、介護記録など)を準備しておくということに尽きます。


2016年10月12日更新

Q 父親が亡くなりました。

その後、金庫から父の自筆証書遺言書が見つかりましたが、紙の左上から右下に向かって赤ペンで大きく斜線が引かれていました。

ただ、斜線は引いてあっても遺言書の中の文字ははっきり読める状況です。

私にとっては不利な内容の遺言書なので、無効と主張したいです。

このような斜線が引いてある遺言書は無効にはなりませんか。

A 自筆証書遺言書に故意に本件斜線を引く行為は,民法1024条前段所定の「故意に遺言書を破棄したとき」に該当するというべきであり,これによりAは本件遺言を撤回したものとみなされることになります。

自筆の遺言書に大きく斜線が引いてあった場合、常識的に考えれば、その斜線が本人の引いた斜線であるならば、その本人としては、

この遺言書は撤回する、不要である

という意思を有していたと思うのではないでしょうか。

しかし、こと自筆証書遺言書の内容の解釈については、遺言者の意思が重要ではあるものの、厳格な様式も重視されます。

したがいまして、自筆証書遺言については、作成の段階においてのみならず、その変更や撤回についても法律で定められた様式を守っていなければいけません。

では、一回書いた自筆証書遺言を撤回することについて、法律の規定はどうなっているのでしょうか。

まず、民法1024条は、遺言者が故意に遺言書を破棄した場合に,その破棄した部分について遺言の撤回があったものとみなす旨定めています。

そのため、一度書いた自筆証書遺言書を撤回したい場合には、捨ててしまうというのが手っ取り早い方法です。

これ以外に撤回する方法としては、前の遺言書とは別に新たに遺言書を作成する、すなわち変更という方法によります。

これは、民法968条2項に規定されていますが、変更の方法については

「自筆証書中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を附記して特にこれに署名し、且つ、その変更の場所に印をおさなければ、その効力がない。」

と規定しています。

この民法968条の2項の規定は,自筆証書等の遺言書の加除その他の変更について厳格な方式を定めており,通説的見解によれば,この方式に違反した変更がされた場合には変更しても無効となり,変更前の遺言の内容のまま残るという解釈がされています。

このように、民法が遺言書の撤回、変更について厳格な様式を定めているため、本件のように、遺言書全体に斜線を引いた行為は

民法1024条前段の「遺言書の破棄」なのか、それとも968条2項の「変更」とのいずれに当たるのかが問題となるのです。

この点について、通説的な考え方は

「本件遺言書に本件斜線を引く行為は,元の文字が判読できる程度の抹消であるから,「遺言書の破棄」ではなく,「変更」に当たり,民法968条2項の方式に従っていない以上,「変更」の効力は認められず,本件遺言は元の文面のものとして有効である」

というものです。

そのため、本件の元となった裁判例で、広島高等裁判所は斜線が引かれた自筆証書遺言を有効なものと判断しました。

この高等裁判所の判断に対して、最高裁判所平成27年11月20日判決は、以下のように判示し、遺言書を無効と判断しました。

「本件のように赤色のボールペンで遺言書の文面全体に斜線を引く行為は,その行為の有する一般的な意味に照らして,その遺言書の全体を不要のものとし,そこに記載された遺言の全ての効力を失わせる意思の表れとみるのが相当であるから,その行為の効力について,一部の抹消の場合と同様に判断することはできない。」

「以上によれば,本件遺言書に故意に本件斜線を引く行為は,民法1024条前段所定の「故意に遺言書を破棄したとき」に該当するというべきであり,これによりAは本件遺言を撤回したものとみなされることになる。したがって,本件遺言は,効力を有しない。」

最高裁判所の判断内容はとても常識的な内容に感じます。

それでもこの事案が最高裁まで争われたというのは、ひとえに遺言書については厳格な様式を守る必要がある、という考え方が根強いことにあります。

自筆証書遺言書の作成等についてはこの点をしっかり頭に入れておく必要があります。


2016年7月22日更新

Q 私は3人兄弟です。兄弟3人とも大学に進学しましたが、私だけが私大の医学部に進学したので、親から出してもらった学費が2000万円を超えています。

そのため、親が亡くなった後、他の兄弟から

「お前の学費は特別受益だ」

と主張されています。

親も医師でしたので、親を継ぐつもりで私は医学部に進学したのにです。他の兄弟の主張は認められるのでしょうか。

A 裁判所の考え方としては、学費の額の多寡を基準にしつつも、その他の周辺事情も考慮して多額の学費が特別受益にあたるかどうかを判断します。

親が子どもの大学卒業まで、学費等の援助を行うことは、今の世の中では、親の子どもに対する「扶養」の一環としてある意味当然のようになされているものです。

兄弟皆が大学に進学して、親から平等に大学の学費等についても援助を受けていた、ということであれば、この援助が特別受益と主張されることはまずありません。

しかし、私大の医学部ともなると他の学部の学費とは桁が違ってきますので、医学部に進学した者とそれ以外に者との学費の援助額には明らかに差ができてしまいます。

そのために、遺産分割で揉めてしまうと「私大医学部の学費は非常に高額なので特別受益だ」という主張を呼び込んでしまうのです。

他方で、医学部に進んだ者の立場からすれば

「自分は一生懸命勉強して、親の期待に答えようと頑張ったのに。それが特別受益だなんて。」

と解せない思いを抱く場合も多いのではないでしょうか。

では、この問題が裁判所で争われた場合、どのように判断されるのでしょうか。

この問題については、裁判所の考え方としては、学費の額の多寡を基準にしつつも、その他の周辺事情も考慮して特別受益にあたるかどうかを判断する傾向があります。

例えば、親の社会的地位や資産、医学部に進学した事情、他の兄弟が医学部に進学しなかった事情や、その他の援助の金額の状況など、周辺事情を総合的に考慮して、特別受益に該当するかどうかが判断されます

例えば、冒頭の質問事例と同様の事例で、京都地方裁判所平成9年10月11日のケースは、以下のように述べて、一人だけが大学歯学部に進学した際の学費(約2300万円)について、特別受益に該当しない、と判断しました。

この裁判例は、学費については、まず

「学資に関しては、親の資産、社会的地位を基準にしたならば、その程度の高等教育をするのが普通だと認められる場合には、そのような学資の支出は親の負担すべき扶養義務の範囲内に入るものとみなし、それを超えた不相応な学資のみを特別受益と考えるべきである。」

と述べた上で、

・兄弟3人のうち、一人だけが医学部に進学しているが、他の兄弟二人も大学に進学していること

・親が開業医で、子どもに継がせたいと考えていたこと

・親が資産家だったこと

を理由として、医学部の学費の援助については

「相続人らはこれを相互に相続財産に加算すべきではなく、亡Aが扶養の当然の延長ないしこれに準ずるものとしてなしたものと見るのが相当である。」

として、特別受益を否定しました。

私大の医学部というだけでどうしても学費の額だけに目が行きがちになってしまいます。

しかし、この点で争いになった場合は、「援助を受けた側」は、それ以外の周辺事情も全て丁寧に拾い上げて「本当に不公平か」どうかを裁判所に理解してもらうよう主張・立証に努めることが重要です。


2016年5月11日更新

Q 妻が夜の飲食の仕事を始めてから朝帰りを繰り返し、挙句そこのスタッフと不倫し、さらに妊娠したことも発覚したので離婚することとなりました。

妻は夜の仕事で夜は不在にしていて、子どもの育児は私が主にしていましたので、私が子どもを引き取りたかったのですが、妻からの強い要望で譲歩し、離婚時に子どもの親権者は妻として届けました。

しかし、婚姻時から妻の生活状況や育児能力には問題があり、離婚後の妻の生活状況を見ても特に改善されずまともに子どもの育児ができる状態ではありません。
ですので、親権者を父側に変更したいと考えています。どうすればよいでしょうか。

A まずは、家庭裁判所に親権者変更の申立の調停(または審判)を申立て、裁判所で協議をし、または裁判所に変更の決定をしてもらう必要があります。

調停というのは、簡単にいえば裁判所での話し合いです。この調停で、親権者の変更について父母間で同意ができればそこで決着できます。

しかし、このような親権者の変更については、父母間の対立が大きい場合も多いため調停で決着できず、審判という手続、すなわち裁判所によって決定をしてもらうという手続まで進むことが多いです。

となると、親権者の変更を求める側としては、裁判所が親権者の変更を認める場合には、どのような基準で判断しているのか、ということがとても気になるところではないでしょうか。

この点について、まず、法律の規定を見てみますと、民法819条6項は,「子の利益のため必要があると認めるときは,家庭裁判所は,子の親族の請求によって,親権者を他の一方に変更することができる。」と規定しています。

つまり「子の利益のため必要がある」と認められれば、変更が認められる事となりますが、当然これだけではよくわかりませんね。

そこで、実際の裁判例の傾向をみてみますと、変更するかどうかの判断基準としては

  • 監護体勢の優劣
  • 父母の監護意思
  • 監護の継続性
  • 子の意思
  • 子の年齢
  • 申立ての動機,目的等

が挙げられています(最高裁事務総局編・改訂家事執務資料集中巻の2・356頁以下)。

これに加えて,

  • 母親優先の原則
  • 監護の継続性(現状尊重)の原則
  • 兄弟姉妹不分離の原則

等も考慮されているようです。

これらの要素は、離婚時に親権者を決める際の基準としても重視されている要素です。

したがって、離婚後の母側の育児・監護状況に問題があれば、親権者の変更は認められそうにも思われます。

しかし、上記の要素に加えて、親権者の変更を求める場合に、特に必要な要素として、

「先になされた親権者の指定後の事情の変更を要すべき」

という考え方もあります。

この考え方は、離婚時に親権者を指定した後で,特に事情の変更もないのに,法的地位の変動を認めることは法的安定性を害するし,離婚の際に親権者はある程度将来の事情を予測して決定しているから,事情の変更は予測したものと異なる事情が新たに生じた場合であるというのがその理由です。

この考え方によれば、監護状態の優劣等だけを言っても足りず、離婚時からの事情の変更がなければ親権者の変更は認められない、ということになってしまいます。

そうなると、親権者の変更を求める側には更に高いハードルが課されてしまうことになってしまいます。

この点について、裁判所がどのように考えているのか参考になる事例として、福岡高等裁判所平成27年1月30日決定の事例があります。

これは、冒頭で紹介した事例(かなりデフォルメしています)と同じく、離婚後の母側の監護状態にはかなり問題があり父側から親権者の変更審判を求めた事例だったのですが、それでも家庭裁判所は、「事情の変更がない」として変更を認めませんでした。

しかし、高等裁判所は「事情の変更が必ずしも必要ではない」として、家庭裁判所の決定を覆して、父側に親権者の変更を認めました。

福岡高裁は、事情の変更が必要かどうか、という点については、

「事情の変更が考慮要素とされるのは,そのような変更もないにもかかわらず親権者の変更を認めることは子の利益に反することがあり得るからであって,あくまで上記考慮要素の1つとして理解すべきであり,最終的には親権者の変更が子の利益のために必要といえるか否かによって決するべきである。」

「そうすると,夫と妻の監護意思,監護能力,監護の安定性等を比較考慮」して「親権者を」決定「することが未成年者らの利益のために必要であると認められる」

と述べており、必ずしも事情の変更が必須ではないという考えに立っています。

至極当然の判断のように思われますが、高等裁判所までもつれているという点で、やはり親権者の変更というのは判断の難しい問題であるということを感じさせる事例とも言えます。

少し長いですが、親権者の変更を検討する方々の参考のために、福岡高裁の決定の抜粋を以下記します。


福岡高等裁判所平成27年1月30日決定(抜粋)

(原文を、夫:夫 妻:妻と変更しています)

1 当裁判所は,原審判と異なり,未成年者らの親権者を妻から夫に変更することが相当であると判断する。

2 認定事実当審及び原審記録並びに平成26年(家イ)第12号及び同第13号親権者変更調停申立事件記録によれば,次の事実が認められる。

(1)婚姻後離婚に至るまでの経緯

ア 妻は,平成12年×月×日,前夫と婚姻し,2人の子をもうけたが,平成18年×月×日に離婚し,上記子らの親権者は前夫とされた。

イ 夫と妻は,平成20年×月×日に婚姻し,平成21年×月×日に長男未成年者C,平成22年×月×日に長女未成年者Dをもうけた。

ウ 妻は,平成23年×月頃から,夜間,飲食店等でアルバイトをするようになり,1週間に2,3回以上,朝帰りをするようになった。また,妻は,夫の留守中にアルバイト先の男性チーフ(以下「男性チーフ」という。)を自宅に泊めるなどし,平成25年×月上旬に男性チーフと肉体関係を持ち,妊娠したので,同年×月中旬に産婦人科病院で人工中絶手術を受けた。

エ 夫と妻の婚姻中の生活は,前記のとおり妻は夜間飲食店等でアルバイトをしていたことから,夫が仕事を終えて夕方帰宅するのと入れ替わりに,妻が食事の準備をして夜出かけて朝方帰宅する状況であった。そして,妻が出かけた後,夫は未成年者らを入浴させて,寝かしつける等していた。

オ 夫と妻は離婚に向けて話し合い,未成年者らの親権について対立したものの,夫は,平成25年×月×日,未成年者らの親権者を妻とすることを承諾した。しかし,その後,妻が夫との約束に反して男性チーフと交際していることがわかったので,同月×日,離婚不受理届を市役所に提出し,同月×日には,妻に対し,未成年者らの親権は渡せないと告げた。これに対し,妻は,包丁を自己の手首に突き付け,そのようなことを言うと死ぬと述べる等して,未成年者らの親権について争った。

カ 夫と妻は,平成25年×月×日,夫の両親及び兄,妻の両親及び妹に加え,男性チーフも交えて話し合いをし,当初,妻以外の全員が未成年者らの親権者を妻とすることに反対したが,妻はあくまで未成年者らの親権者となることを主張した。そこで,夫の母親は,妻に対し,妻の住居や昼の仕事が決まり,生活が安定するまで未成年者らを監護すると申し出,妻はこれを承諾し,その上で未成年者らの親権者を妻とすることで合意した。

夫と妻は,同日市役所に赴き,未成年者らの親権者をいずれも妻とする離婚届を提出し,同日,離婚した。

キ 妻は,平成25年×月×日,未成年者らを夫の両親に預け,福岡県○○市内のアパートを借りて,夫の肩書き住所地にある自宅を出た。

(2)離婚後の経緯

ア 妻は,平成25年×月及び×月に,未成年者らと面会した。

イ 夫の父親は,平成26年×月,妻に対して電話で未成年者らが妻に会うと情緒不安定になるから会わせることはできないと告げた。

ウ 夫は,平成26年×月×日,本件親権者変更の調停を申し立てた。妻は,この調停において,夫に対し,未成年者らとの面会交流を求め,同年×月×日と同年×月,面会交流が実施された。

エ 夫は,平成26年×月,妻を被告として福岡地方裁判所久留米支部に対して,前記(1)ウの不貞行為が不法行為に当たるとして,損害賠償金165万円及び遅延損害金を請求する訴訟を提起した(同裁判所平成26年(ワ)第×××号慰謝料請求事件)。

(3)未成年者らの監護状況

ア 未成年者らは,平成25年×月,いずれも△△幼稚園に通い始め,妻が幼稚園への送迎を行っていたが,同年×月×日以降,夫の両親の自宅で同人らに監護養育されており,その状況に特に問題はない。夫は,できるだけ両親の自宅で過ごすようにして,未成年者らの世話をしている。未成年者Cの欠席日数は同年×月が4日,×月が5日,×月が7日,×月が2日,×月が1日,×月が3日,×月が7日,×月が0日である。

イ △△幼稚園では,2か月に1回当該期間中に誕生日を迎える園児の誕生会が開催され,同会には園児のほか保護者も参加することになっていた。平成25年×・×月の誕生会が企画され,未成年者Dもその対象であったが,親権者である妻は仕事の都合を理由に欠席したためDの誕生会は実施できず,その後も幼稚園の求めにもかかわらず欠席し,結局×・×月の誕生会に夫及び夫の父親が出席し,未成年者Dの誕生を祝った。

また,△△幼稚園では,平成25年×月×日に園児らの普段の様子について担任の先生が保護者に報告をするクラス懇談会が企画され,同園は親権者である妻に参加を求める電話をしたが,電話に出ることはなく,結局,夫が上記懇談会に出席した。

ウ 未成年者らの保育料は夫が支払っていたが,平成25年×月からは妻が支払うこととなった。しかし,妻からは実際に支払われず,引き続き夫が支払っている。

(4)夫及び妻の生活状況

ア 夫は,実家で両親,兄と共に生活し,□□株式会社に勤務し,月額23万円程度の収入を得ている。

イ 妻は,平成26年×月,●●株式会社の面接を受け,同年×月×日付けで同社に就職し,前記○○市内のアパートから妻の肩書き住所地にあるアパートに転居した。しかし,妻は,同年×月頃,同社を休職し,同年×月ころ退社した。もっとも,収入がないため,これまでの貯蓄を取り崩して生活費に充て,未成年者らのために支給されている児童手当や児童扶養手当も自己の生活費に充てることがあった。

ウ 妻は,求職活動の結果,▲▲市内の不動産会社である株式会社■■への就職が決まり,平成27年×月×日から勤務することが予定されている。給料は,試用期間の3か月は手取り12万円,試用期間後は手取り15万円であることが予定されている。

また,妻は,未成年者らを引き取った場合,現在居住するアパートで一緒に暮らすつもりであり,このアパートには未成年者らが生活できるだけの居住空間が確保されている。そして,妻は,未成年者らを福岡県▽▽市内の▼▼保育園に預け,将来的には▲▲市内に転居することを考えている。もっとも,妻には妻の両親等の援助が見込めず,他に妻を援助する監護補助者が見当たらない。

3 判断

(1)民法819条6項は,「子の利益のため必要があると認めるとき」に親権者の変更を認める旨規定しているから,親権者変更の必要性は,親権者を指定した経緯,その後の事情の変更の有無と共に当事者双方の監護能力,監護の安定性等を具体的に考慮して,最終的には子の利益のための必要性の有無という観点から決せられるべきものである。

そこで検討すると,前記2で認定した事実によれば,①未成年者らは平成25年×月以降,親権者である妻ではなく夫及びその両親に監護養育され,安定した生活を送っており,このような監護の実態と親権の所在を一致させる必要があること,②婚姻生活中において,妻は,未成年者らに対して食事の世話等はしているものの,夜間のアルバイトをしていたこともあって,未成年者らの入浴や就寝は夫が行っており,またその間の未成年者Cの幼稚園の欠席日数も少なくないこと,③妻は,未成年者らの通園する幼稚園の行事への参加に消極的であること,また,親権者であるにもかかわらず保育料の支払いも行っていないこと,④妻に監護補助者が存在せず,夫と対比して未成年者らの監護養育に不安がある(両親を含めた夫と妻との話し合いにおいて,妻以外が妻が未成年者らの親権者となることに反対したことからも,その監護能力に不安があることが窺える。)こと,⑤未成年者らの親権者が妻とされた経緯をみても,未成年者らの親権者となることを主張する妻に夫が譲歩する形となったが,他方で妻の住居や昼の仕事が決まり,生活が安定するまで未成年者らを監護することとなり現在に至っているので,必ずしも妻に監護能力があることを認めて親権者が指定されたわけではないこと,⑥妻が養育に手が掛かる幼児がいながら婚姻期間中に男性チーフと不貞行為を行っており,未成年者らに対する監護意思ないし監護適格を疑わせるものであることが認められる。そうすると,未成年者Cが5歳,同Dが4歳と若年で,母性の存在が必要であること,不動産会社への再就職が決まり,一定の収入も見込まれることを併せ考慮しても,未成年者らの利益のためには,親権者を妻から夫に変更することが必要であると認められる。


2016年5月6日更新

Q 離婚後もしばらく夫の姓を名乗っていましたが、子供も独立したので元の姓に戻りたいと考えています。可能でしょうか。

A 家庭裁判所に氏の変更許可の申立てを行い、氏の変更に「やむを得ない事由」があれば、変更が認められます。

夫婦が離婚した後、離婚した配偶者は、そのまま婚姻時の姓を名乗り続けるか(婚氏続称といいます)、結婚前の姓(旧姓)に戻るかを選択することとなります。

離婚時に、婚姻時の姓をそのまま使用することを選択したとしても、その後に時間が経ち「婚姻前の姓に戻りたい」と考えることも起こり得ます。
例えば、離婚した夫婦で、妻が離婚後も、子どもの姓が変わることを避けるために婚姻時の姓(夫の姓)を名乗り続けることを選択し、その後に子どもが成人したので、自分は元の姓に戻りたいと考えるようになった場合、どうすればよいのでしょうか。

旧姓に戻りたいと考えた場合、家庭裁判所に
「氏の変更許可申立て」
という手続を行う必要があります。

しかし、家庭裁判所に申し立てをしたからと言って、当然に旧姓に戻ることが認められるわけではありません。
戸籍法107条という法律があり、以下のように規定しています。
「第107条 やむを得ない事由によつて氏を変更しようとするときは、戸籍の筆頭に記載した者及びその配偶者は、家庭裁判所の許可を得て、その旨を届け出なければならない。」
すなわち「やむを得ない事由」がなければ、氏の変更は認められない、というのが法律の規定となっているのです。
なぜかと言いますと、氏というのは、個人の識別手段として社会的に重要な意義を有しており、その氏が安易に変更されると社会は混乱することから、安易な変更を認めない、というわけです。

そこで、この申し立てを行うにあたっては、
いかなる場合に「やむを得ない事由」があるといえるか
という点が問題になるのです。

一般論で言えば、離婚後も同じ性を名乗っている期間が長ければ長いほど、呼称秩序の維持という観点から、旧姓に戻ることは認められにくいとも言えます。
他方で、その期間の長さだけで決めるのではなく、離婚時に、そのまま同じ性を名乗ることを選択した理由や、なぜ氏を変更したいのか、という必要性なども考慮して氏の変更を認めるべきである、という考え方もあります。

この点について参考になるのが、東京高裁平成26年10月2日判決の事例です。
この裁判例は、妻が、離婚した後も子どもの姓が変わるのを避けるために婚氏を続称し、それから15年経ち、子供が大学を卒業して独立したので婚姻前の姓に戻りたいとして、家庭裁判所に氏の変更許可の申し立てをした、という事例です。
この事例で、家庭裁判所は、その申し立てを却下しましたが、高等裁判所は家庭裁判所の決定を覆して、戸籍法107条Ⅰ項の「やむを得ない事由」があるものと認めるのが相当である、として氏の変更を認めました。

その理由としては以下の理由を述べています(以下妻をⅩとします。)
・Ⅹは,離婚後15年以上,婚姻中の氏である「○○」を称してきたのであるから,その氏は社会的に定着しているものと認められる。
・しかし,Ⅹが,離婚に際して離婚の際に称していた氏である「○○」の続称を選択したのは,当時9歳であった長男が学生であったためであることが認められるところ、長男は,平成24年3月に大学を卒業した
・Ⅹは,婚姻前の氏である「△△」姓の両親と同居し,その後,9年にわたり,両親とともに,△△桶屋という屋号で近所付き合いをしてきた
・Ⅹには,妹が2人いるが,いずれも婚姻しており,両親と同居しているⅩが,両親を継ぐものと認識されている
・長男は,Ⅹが氏を「△△」に変更することの許可を求めることについて同意していること

これらの理由から、東京高裁は、離婚後婚氏の続称が15年間続いていた事例において氏の変更を認めました。

氏の変更について、特に婚氏続称の期間が長い事例について、公表されている裁判例は少ないため、このような事例はとても参考になります。


2016年5月6日更新