川崎・武蔵小杉の弁護士の相続・遺言無効・遺留分法律相談

【質問】

親が亡くなり、相続人4名で遺産分割協議をすることになりました。

私は、親の介護をしていたので、寄与分を主張していたのですが、他の兄弟はなかなか認めてくれず、話し合いは平行線になっています。

そうしたところ、ある日、他の相続人から突然呼び出され、その場で「税務申告の期限が迫っているので、とりあえずは遺産分割協議書を作成したので、これにサインして欲しい」と遺産分割協議書を差し出されました。

その内容は、単に法定相続分で分けるという内容の書面で、遺産の内容についても今まで全く話に出ていなかった遺産などもあり、内容については不明な点が多かったのですが、とりあえずは税務申告のためならと思い、言われるがままにサインしました。

その後も、相続人間で遺産分割の話し合いを続けましたが、ずっと平行線をたどっていたところ、他の相続人より、突然「遺産分割協議書があるから、これ以上は話し合う必要はない」と言われ、一方的に協議を打ち切られてしまいました。

前にサインした遺産分割協議書は、税務申告のため、という名目で、とりあえずサインしたものに過ぎず、相続人間で話し合って決めた内容ではないはずです。

このような遺産分割協議書でも、有効となってしまうのでしょうか。

【説明】

遺産分割の協議を行い、相続人間で合意が得られた場合、その内容を遺産分割協議書にして、全員が署名・押印をする、というのが通常の遺産分割協議の流れです。

そして、このような場合、遺産分割協議書に署名・押印すれば、その内容を後から覆したり、取り消すということは原則としてはできません。

もっとも、例外的に後から遺産分割協議の無効や不成立を主張して、これを取り消すことができる場合もあります。

主なケースとしては、遺産分割協議の錯誤無効を主張する場合です。

すなわち、相続人のうちの誰かが、他に遺産があることを知っていながら、その遺産の存在を他の相続人に隠して遺産分割協議を成立させた場合で、しかも、その遺産の存在を知っていれば、別の遺産分割協議となっていたような場合です。

このような場合、「その遺産の存在を知っていれば、このような遺産分割協議書の内容で合意することはなかった」ということで、遺産分割の合意に対して錯誤無効を主張することができます。

その他に、ケースとしては多くないですが、本件のような場合、すなわち、「遺産分割の協議・合意が存在しない場合」、すなわち、遺産分割に関する合意はまだ形成できていなかったものの、とりあえずは何らかの(別の)目的のために、遺産分割協議書にサインをした。」という場合です。

このような場合、遺産分割協議書は存在していても、そもそも、その協議書の内容となっている相続人間の遺産分割に関する合意が存在しないということになりますので、「遺産分割協議は成立していない(遺産分割の合意が存在しない)」と、後から訴訟で主張することができる、ということになります。

この点が争いとなり、遺産分割協議の不成立が認められた事例が東京地裁平成25年7月19日判決の事例です。

この事例は、遺産分割協議書が2度に渡って作成されていたのですが、いずれも「税務申告のため」、「他の相続人が破産しそうな状況となっていたため、差し押さえなどを逃れるため」という目的のために、相続人間において遺産分割協議書をとりあえず作成したというものです。

裁判所は、この事例において、遺産分割協議書が作成された目的や作成された状況、協議書作成後も遺産分割協議が継続していたことなどの事情を総合考慮して、遺産分割協議は存在しているが、遺産分割協議は成立していない、と認定しました

このような事例が起こることはそれほど多くはないと思いますが、いずれにしても、変な企みをして遺産分割協議書にサインをさせたとしても、それは後々取り消される(取り消せる)ものであるということに留意する必要があります。

【判旨】東京地方裁判所平成25年7月19日判決

1「まず,本件協議書1についてみると,前提となる事実及び前記認定事実によれば,本件協議書1には,被告Y1が管理する約2000万円の金員など,亡Aの遺産の一部が記載されておらず,記載されていない遺産の処理について何ら定められていない上,本件訴訟に至っても,亡Aの遺産の範囲については原告と被告らとの間で争いがある。そもそも,本件協議書1は,原告,被告Y2及び被告Y3が被告Y1の準備した原案にその場で署名押印するという経緯で作成されたものであり,同協議書が作成された際に同協議書に記載された遺産に関する資料が確認されたり,事前に亡Aの遺産の内容やその分割方法について原告と被告らとの間で話合いがされたこともなかったのであるから,同協議書について,原告と被告らとの間で,亡Aの遺産の分割に関する協議が具体的に行われた結果が反映されたものとはにわかにいい難い。

また,本件協議書1が作成された後についてみても,被告Y2本人は,本件協議書1は相続登記を行うことも目的として作成された旨供述するものの,同協議書に基づく相続登記の手続は行われていないこと,本件協議書1の作成から約4か月後である平成19年5月以降,原告が寄与分を主張したのに対し,被告らは遺産分割協議が成立し解決済みであるとの対応をするわけではなく,複数回の話合いに応じていること,平成20年3月には本件協議書1とは内容の異なる本件協議書2が,本件協議書1を修正する旨の文言や同協議書の効力等に関する記載もなく,その他,同協議書との関係につき何らの手当ても講じられないままに作成されるに至っていることが認められる。これらの事実は,本件協議書1によって遺産分割協議が成立したと認識している者の行動としては理解し難いものであり,むしろ,原告及び被告らが,本件協議書1の作成時に,亡Aの遺産に関する遺産分割の内容を確定的に決定する意図を有していなかったことをうかがわせる事情というべきである。

以上のことに加え,本件協議書1の作成時期や,列挙された各遺産をそれぞれ4分の1ずつに機械的に分割するという内容からみても,本件協議書1は,専ら相続税申告に用いることを目的に作成されたものにすぎないと認めるのが相当であり,これを超えて,同協議書に記載されたとおりの内容をもって,原告と被告らとの間で,亡Aの遺産に関する遺産分割協議が成立したと認めることはできない。」

2「次に,本件協議書2についてみると,前記1(3)及び(4)によれば,本件協議書2は,被告Y3が破産手続を行う可能性が生じたことを契機に作成されたものであること,原告は,本件協議書2を作成するより前の平成19年5月以降,被告らに対して寄与分を主張し,その結論が出ていなかったにもかかわらず,原告の寄与分が反映されていないばかりか,被告Y1の相続割合のみが厚くなっている本件協議書2が作成されていることが認められ,原告が,自己の寄与分を主張する権利を留保することなく,その主張が反映されていない本件協議書2の内容を承諾するとは考え難いことも併せてみると,本件協議書2については,飽くまで,被告Y3の破産手続との関係で,被告Y3の相続分を隠匿する目的で作成するという理解の下で作成されたものと認めるのが相当であり,それを超えて,本件協議書2によって,原告と被告らとの間で,亡Aの遺産に関する遺産分割協議が成立したと認めることはできない。」

3「以上のとおり,亡Aの遺産に関する遺産分割については,本件協議書1及び2が作成されてはいるものの,いずれも,その時々の必要に応じて,その目的に沿う限りのものとして作成されたにすぎないと認められ,これらをもって,原告及び被告らの間で,亡Aの遺産の分割について,確定的に協議が調ったものと認めることはできない。」


2018年6月3日更新

公正証書遺言が有効となるためには、以下の方式に従って作成されることが求められます。

1 証人2人以上の立会いがあること

2 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること

3 公証人が遺言者の口述を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせ、又は閲覧させること

4 遺言者及び証人が、筆記の正確なことを承認した後、各自これに署名し、印を押すこと。但し、遺言者が署名することができない場合は、公証人がその事由を付記して、署名に代えることができる。

5 公証人が、その証書は前4号に掲げる方式に従って作ったものである旨を付記して、これに署名し、印を押すこと。

上記の方式について、一つでも欠いた場合には、「方式違背」として公正証書遺言は無効とされます。

公証人は法律の専門家ですので、公正証書遺言を作成する際に、上記の方式を欠くということは通常は起こりません。

もっとも、遺言者が公正証書遺言作成当時に重度の認知症であった、などという理由で遺言の無効が争われる場合、上記方式のうち、
2の「遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること」
の点を巡って争いになることがとても多いです。

この口授というものは、厳密に言えば、遺言作成当日に、遺言者が公証人に遺言の内容を口頭で伝え・・・ということになるのですが、実務上は,公証人が予め遺言者(やその家族)と打ち合わせをして遺言の文案を作成し,遺言作成当日に、公証人が遺言者にその書面を読み聞かせ、これに遺言者が「はい」などと発語して応答すれば、判例もこれをもって口授があったものとしています。他方で、判例は,公証人の質問に対して本人が言語を発さず単に首肯したにすぎないときは,口授があったとはいえないとしています。

そのため、例えば、遺言作成当時に、本人が重度の認知症であった場合、本人の家族が代理と称して公証人と打ち合わせをして遺言の文案を作成し、公正証書遺言作成当日、公証人が本人の前でこの文案を読み上げて、本人がこれに「はい」と声を発して応答すれば、見かけ上は「口授」があったと判断されることになるのです。

このような場合に、本人が本当に遺言の意味を理解して、公証人からの問いかけに反応していたのか、という点が問題となるわけで、本人が公証人からの問いかけに見かけ上「はい」と応答していたとしても、それは法律上の「口授」には該当しない(したがって方式違背だ)という主張がなされて、この点を巡って激しい争いとなるのです。

このように、「口授」の有無が争われる事例においては、裁判所は概ね以下の要素を重視して、その有無を判断しています(判例タイムズ1411号92頁)。

①遺言者が筆記書面作成過程に関与していることが証拠上明らかになっていること

②遺言者の判断能力が遺言時に著しく低下していないこと(遺言の内容が,遺言時の遺言者にとって当否の判断が困難なほど複雑なものとなっていないかが検討される。)

③遺言者が公証人に対して単に筆記書面の記載内容を肯定する旨を述べるのではなく,自分なりの表現でその骨子を述べたり,筆記書面を修正・補充する具体的指示をしていること

これらの要素を考慮した上で、「口授」の要件を欠き、公正証書遺言を無効と判断したのが大阪高等裁判所平成26年11月28日判決の事例です。

この事例は若干特殊で、遺言者が、平成13年、17年、18年、20年と4度に渡って公正証書遺言の作成を繰り返していたという事例で(なお、判決文から伺われる事情として、本人はかなりの資産家のようでした)、一部の相続人より、上記4つの遺言全てについて無効であると主張され、遺言の無効が裁判で争われた事例でした。

この事例で、裁判所は、遺言者の遺言作成当時の認知症等の状態、遺言作成までの公証人とのやりとりの経緯、遺言作成当日の公証人と遺言者との具体的やり取りの状況を踏まえた結果、「口授」の要件を欠くものとして、平成17年以降に作成された公正証書遺言を無効と判断しました。

裁判所が口授の要件を欠くと判断した判示部分を以下ピックアップして引用しますと、以下の通りです(下線は筆者)

公証人は,平成17年遺言に係る公正証書を作成するに当たって,事前には,H事務員を通じて被控訴人Y1から示された遺言の案が,遺言者の意思に合致しているのかを直接確認したことはなく,公認会計士及びH事務員も同様である。そして,遺言当日も,公証人が,あらかじめ作成していた遺言公正証書の案を,病室で横になっていた遺言者の顔前にかざすようにして見せながら,項目ごとにその要旨を説明し,それでよいかどうかの確認を求めたのに対し,遺言者は,うなずいたり,「はい」と返事をしたのみで,遺言の内容に関することは一言も発していない

ところで,平成17年遺言は,評価額合計が数億円(弁論の全趣旨)にも及ぶ多額かつ多数,多様な遺言者の保有資産を推定相続人全員に分けて相続させることを主な内容とする,これを遺言者の意図どおりに実現するためには,自らの保有資産の種類や数,評価額の概略を把握している必要があるほか,従前被控訴人らやDが受けた生前贈与などの遺留分に関わる事情をも把握する必要があるなど,相応の記憶喚起及び計算能力を必要とする

ところが,平成17年遺言当時の遺言者は,多発性脳梗塞等の既往症があり,認知症と診断されたこともあり,記憶力や特に計算能力の低下が目立ち始めていたのである。そして,病気入院中でベッドに横になっていた遺言者が,顔の前にかざされた遺言公正証書の案をどの程度読むことができたのかも定かではない。そうすると,公証人の説明に対して「はい」と返事をしたとしても,それが遺言の内容を理解し,そのとおりの遺言をする趣旨の発言であるかどうかは疑問の残るところであり(あらかじめ遺言者の意思を確認していない公証人,E公認会計士及びH事務員にとっても,公証人が遺言公正証書の案に記載していた内容のとおりの遺言をする趣旨で「はい」と返事をしたのかどうかは本来は明らかではなかったはずである。),この程度の発言でもって,遺言者の真意の確保のために必要とされる「口授」があったということはできない


2018年6月1日更新

「公正証書遺言」であっても、遺言能力がなかった、として無効とする裁判例も多く存在しています。

でば、どのような場合に、「公正証書遺言」が無効とされているのでしょうか。

遺言能力の判断に当たっては

・遺言者の年齢

・当時の病状

・遺言してから死亡するまでの間隔

・遺言の内容の複雑さ(本人に理解できた内容であったか)

・遺言者と遺言によって贈与を受ける者との関係

という要素が考慮されます。

上記の要素の中でも一番重要なのは、「当時の病状」、すなわち遺言を書いた時と近い時点での「医師等による認知能力に関する診断結果」です。

問題となる遺言の動機や経緯に不自然な点があったとしても、遺言者の当時の判断能力、認知能力に特に問題がなかった場合には、遺言者がその遺言の内容を理解し、納得して作成したであろう、ということが推定され、遺言が有効と判断される可能性が高くなります。

そのため、遺言無効訴訟にあたっては、遺言者の遺言作成当時の認知能力等に関する証拠の検討が極めて重視される傾向があります。

このような傾向に対し、遺言作成の動機や経緯の不自然さを重視して公正証書遺言を無効と判断したのが東京地裁平成28年3月4日判決の事例です。

この事例は、当時94歳だった遺言者が、数年前に遺言を作成していたものの、死亡の1月前に、従前の遺言を撤回し全く異なる内容の公正証書遺言を新たに作成したという事例です。

この事例で、裁判所は、遺言者の家族関係や従前の関わり、遺言の作成に至る経緯などを詳細に認定した上で、

「従前の遺言において遺言者が明確に示してきた意向とは根本的に異なる内容となっており,遺言者がそのような翻意をしたことにつき合理的な理由は見当たらない。」

と認定しました。

これに加えて、当時の遺言者の病状として

・本件遺言証書が作成された当時には,94歳という高齢であること

・遺言作成の直前の状況として、知力及び体力の衰えが顕著で,意味不明の言動をしたり,せん妄とみられる状態に陥ったりすることもあったところ,子の急逝により大きな精神的打撃を受けて,さらに心身が衰弱した状態にあったこと

・本件遺言証書の作成から12日後に入院した直後は,せん妄状態が継続し,それが治まった後も,簡単な意思の表明すら口頭でも筆談でも行うことができない状態に陥っていたこと

を併せ考慮して、

「本件遺言証書が作成された当時,自らの行為の意味と結果を認識し,自らの意思によっていかなる行為をすべきであるかを判断できる精神状態になかったものと認められる。」

と判断し、公正証書遺言を無効と判断しました。

この裁判例から読み取れることは、従前に遺言書が作成されていて、それが後に撤回され内容が大きく異なる遺言書が新たに作成された場合には、その撤回の動機の有無や、撤回された遺言書が作成された経緯が重視される、ということと考えられます。

このように、この裁判例は、どちらかといえば遺言作成の動機や経緯に重点を置いた判断であると考えられますが、そうは言っても、やはり、動機や経緯が不自然というだけでは足りず、遺言作成当時の認知能力に問題があることを示すような最低限の事情なり証拠は必要であるということにも留意は必要です。

【東京地裁平成28年3月4日判決の判旨】

2 前記認定事実によれば,Bは,Cの生前,Cと関わりの深いaビルのみならず,当面はFが代表取締役を務めていたb社の経営についても,いずれはその長男であるCに,さらにはその長男である原告X2に代々引き継がれていくことを強く望んでおり,Cの急逝後も,原告X2にこれらを承継させることを望む気持ちに変わりはなかったものと認められる。また,Bは,Cを跡継ぎに据えることを望みつつも,相続させる遺産の価額の面では,できるだけ相続人間の平等を保つよう配慮していたことは,前記認定のとおりである。そして,前記認定事実によれば,Bは,生活面ではIを頼りにするところが大きかったと認められ,死亡直前の入院中にも,Iに対してことさら拒絶的な対応を示していたとは認められず,Cの死後,本件遺言証書が作成されるまでの間に,Bに自己の財産を原告らに相続させる意思を失わせるような決定的な出来事があったとはうかがわれない。

ところが,本件遺言は,BがB家に代々承継されることにこだわっていた資産を全てY家に嫁いだ被告に相続させるというものである点でも,相続人間の平等に配慮せず,Cの子らである原告らには遺留分の限度での分配にとどめるものである点でも,従前の遺言においてBが明確に示してきた意向とは根本的に異なる内容となっており,Bがそのような翻意をしたことにつき合理的な理由は見当たらない。

一方,前記認定事実によれば,本件遺言証書の作成に係る手続は,b社の役員からCの妻子である原告X2及びIを排除してその後任にB及びFと被告の子であるKを就かせることを目的とした臨時株主総会の招集手続と併せて,被告及びFの関与の下に進められており,本件遺言証書が作成される前日には,被告がB宅の玄関の鍵を交換して,BとIとの接触を断とうとしていたことが認められる。

これらの事情に鑑みると,本件遺言の内容及び作成経緯は,Bが自らの真摯な意思に基づき本件遺言をしたものとみるには不自然であるといわざるを得ない。

上記の事実に加えて,Bは,本件遺言証書が作成された当時には,94歳という高齢であり,前記認定のとおり,平成25年の夏頃には知力及び体力の衰えが顕著で,意味不明の言動をしたり,せん妄とみられる状態に陥ったりすることもあったところ,Cの急逝により大きな精神的打撃を受けて,さらに心身が衰弱した状態にあり,本件遺言証書の作成から12日後に入院した直後は,せん妄状態が継続し,それが治まった後も,簡単な意思の表明すら口頭でも筆談でも行うことができない状態に陥っていたことを併せ考慮すると,Bは,本件遺言証書が作成された当時,自らの行為の意味と結果を認識し,自らの意思によっていかなる行為をすべきであるかを判断できる精神状態になかったものと認められる。

以上によれば,Bは,本件遺言証書が作成された当時,遺言能力を欠いており,本件遺言は無効というべきである。


2018年5月28日更新

【質問】
私の叔父が亡くなりました。
叔父は生涯独身で、私の親を含む叔父の兄弟姉妹も皆他界しており、相続人は甥と姪である私たちしかいません。

叔父の生前に、内縁の妻のような形で同居していた女性がいて、叔父の死後はその女性が葬儀などの手配も行い、遺骨も持っていっています。

私は、叔父の生前に「お前の親と同じ墓に入れてくれ」ということを言われていたため、この女性に対して遺骨の引渡しを求めたのですが、この女性は「私が供養する」と言って遺骨を渡してくれません。
どうしたら良いでしょうか。

【説明】
遺骨は、所有権の対象となると解されています。
そのため、人が死亡した場合に、その遺骨は誰が所有すべきか、という点が問題となります。

この点については、従来、遺骨は相続財産に該当するとか、祭祀承継者に帰属するとかなど、見解が分かれているところでしたが、最高裁平成元年7月18日判決において、「遺骨は慣習に従って祭祀を主宰すべき者に帰属したとして、祭祀を主宰すべき者への遺骨の引渡しを命じた原審の結論を維持する」という旨の判断がなされています。
したがって、現在は、遺骨の所有権については、相続財産に該当せず、
「遺骨は慣習に従って祭祀を主宰すべき者に帰属する」
という見解が裁判実務上は通説といえます。

そうなると、本件の事例においては、遺骨の引渡を求めるにあたっては、自らが祭祀承継者であると認められる必要があります(なお、本件の事例は、大阪家庭裁判所平成28年1月22日審判の事例をモチーフにしたものです)。

なお、この祭祀承継者については、民法897条に規定があります。

第897条
1 系譜、祭具及び墳墓の所有権は、前条の規定にかかわらず、慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継する。ただし、被相続人の指定に従って祖先の祭祀を主宰すべき者があるときは、その者が承継する。
2 前項本文の場合において慣習が明らかでないときは、同項の権利を承継すべき者は、家庭裁判所が定める。

系譜」とは歴代の家長を中心に祖先以来の系統(家系)を表示するもの

祭具」とは祖先の祭祀、礼拝に供されるもの(位牌、仏壇等)

墳墓」とは遺体や遺骨を葬っている設備(墓石、墓碑等)

となります。
なお、被相続人の位牌については、被相続人の死亡後に作成されるものでありしたものであり、被相続人の祭祀財産には当たりません。また、被相続人の遺骨についても、生前の被相続人に属していた財産ではないため、相続財産を構成するものではなく、また、民法897条1項本文に規定する祭祀財産にも直接には該当しないとされています。

もっとも、遺骨についての権利は、通常の所有権とは異なり、埋葬や供養のために支配・管理する権利しか行使できない特殊なものであること、既に墳墓に埋葬された祖先の遺骨については、祭祀財産として扱われていることなどを理由として、被相続人の遺骨について、その性質上、祭祀財産に準じて扱うのが相当である、というのが裁判所の考え方です(大阪家裁平成28年1月22日より抜粋)。

したがって、被相続人の指定又は慣習がない場合には、家庭裁判所は、被相続人の遺骨についても、民法897条2項を準用して、被相続人の祭祀を主宰すべき者、すなわち遺骨の取得者を指定することができると言うことになりますので、遺骨の引渡を求めるためには、家庭裁判所に祭祀承継者指定の審判の申立をする必要があります。

なお、家庭裁判所が祭祀承継者を指定するにあたっては、
「被相続人との身分関係や生活関係、被相続人の意思、祭祀承継の意思及び能力、祭具等の取得の目的や管理の経緯、その他一切の事情を総合して判断」されます。

本件の大阪家裁の事例では、被相続人の生前の生活関係等から甥よりも同居している女性の方が緊密であったとして、当該女性を祭祀承継者と指定しています。


2018年5月20日更新

【質問】
父が亡くなり、相続人は長男の兄と次男の私の二人です。
父の死亡後に、兄に全ての遺産を相続させる、という内容の父の自筆遺言書が出てきました。
遺言書は封筒に入っていましたが、封筒は開封された跡がありました。
そこで、この遺言書の効力について町の相談会で司法書士に相談したところ
「この遺言は、封が開封されているため、遺言としての効力はない」
と言われました。
そのため、私も兄も、遺言は無効なものと考え、兄と遺産分割協議をすることとなりました。

 

しかし、その後、なかなか話し合いがまとまらず、そのうち兄との対立が先鋭化し、父の死亡から10年以上が経っても遺産分割協議が成立しませんでした。
すると、ある日、兄が私に対して「やっぱりこの遺言は有効だから、遺言に基づいて俺が全部遺産をもらう」
と言ってきました。
そこで、改めて専門家に相談したところ
「封が開封されていても遺言書は有効である」
と言われました。

 

そうなると私としては遺留分の請求をしなければならないと思い、専門家に相談したのですが、専門家からは
「民法の規定で、遺留分の請求は、被相続人が死亡してから10年を過ぎると一切できない」
と言われてしまいました。
とても理不尽に感じていますが、私はどうしようもないのでしょうか。

【説明】
遺留分の請求について、民法1042条は、

①減殺の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。
②相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。

と定めています(①、②は筆者による)。

一般的な事例では、上記の①の期間制限が1年間と短いため、この期間を超えないように気をつけて対応するということがまず第一です。
例えば、遺留分を侵害する遺言書などが見つかった場合には、遺言書の存在を知ったときから1年以内に内容証明郵便で遺留分の請求を行い、その後に協議、さらに調停、訴訟という流れで紛争が進んでいくこととなります。

もっとも、上記②で規定されている通り、被相続人が死亡してから10年が経った場合は、遺留分の請求はできない、と定められています。
要するに、被相続人死亡後、おそくとも10年以内に訴訟提起して遺留分の請求をしなければならないのです。
遺留分の請求がいつまでも可能であるとすると、法律関係が不安定な状態が続くため、このように10年という最長期間を定めているのです。

では、本件のように、被相続人の死亡後、遺言書が発見されたもののその効力について相続人全員が無効であると誤解し、死後10年以上遺産分割協議をしていたために、10年以内に遺留分の請求ができなかったという場合、上記②の規定のため、遺留分の請求は一切できないのでしょうか。

この点について判断したのが、仙台高等裁判所平成27年9月16日判決の事例です。

本件のケースと同様の事例で、仙台高裁は、上記民法1042条の②の部分の解釈について

「遺留分権利者である相続人が、遺留分減殺請求権を行使することを期待できない特段の事情が解消された時点から六か月以内に同権利を行使したと認められる場合には、当該相続人について、同法一〇四二条後段による遺留分減殺請求権消滅の効果は生じないものと解するのが相当である。」

と判断しました。

要するに、この裁判例によれば
・被相続人の死亡後10年以上に渡って、遺留分減殺請求権を行使することを期待できない特段の事情が存在しており、
・当該事情が解消された日から6ヶ月以内であれば、被相続人の死亡から10年以上経過してもなお遺留分減殺請求を行使できる
ということになります。

となると、「遺留分減殺請求権を行使することを期待できない特段の事情」と何かという点と、「当該事情が解消された日」の2点の解釈が問題となります。

この裁判例は、本件と同様のケースにおいて、まず「遺留分減殺請求権を行使することを期待できない特段の事情」については、

「本件遺言は、相続開始の時から約一年六か月後の時点で、その存在は明らかになっていたものの、同時に、遺言としての有効性について、無効であるとの見解が、具体的な理由付けを含めて専門家の見解として紹介され、相続人全員が、これを信じて、以後、無効を前提として遺産分割協議が継続されていたという事情がある。」
「そして、このような事情からすれば、上記見解が誤ったものであったことを踏まえても、控訴人において、相続開始の時から一〇年間にわたり、有効な遺言が存在することを認識し得ず、その結果、遺留分減殺請求権を行使することを期待できない特段の事情があったと認めるのが相当である。」

と述べ、「特段の事情」の存在を認めました。

次に、「当該事情が解消された日」については、

「遺産分割協議において、C(遺言によって財産を受ける者)が、本件遺言について、従前の見解を改め、専門家の見解を紹介して有効である旨主張するようになり、以後の遺産分割協議の継続を行わない意向を示した時点」

であると述べ、この時点から6ヶ月以内に権利行使しなければならないと判断しました。

以上の通り、この裁判例は、被相続人死亡後10年を経過した場合でも遺留分の請求が可能な場合があることを示しましたが、他方で、「遺留分減殺請求権を行使することを期待できない特段の事情」と、「当該事情が解消された日」については、具体的にはどのような場合が該当するのかは個々の事案によって判断されるものであり、今後のさらなる裁判例の集積が待たれるところです。


2018年5月17日更新

【質問】
遺産として土地が複数あります。
相続人が5人おり、法定相続分通り分けるということは合意していますが、相続人の誰がどの土地を取得するか、遺産分割調停でも話がまとまらず、現在審判手続となっています。

代償分割の方法を誰も主張しておらず、かと言って、土地を競売にかけるということも誰も望んでいません。
この場合、遺産の土地をとりあえず「共有にする」という内容の審判が出されるのでしょうか。

【説明】

遺産を分ける方法については

1 現物分割
2 代償分割
3 換価分割
4 共有分割

の4つの方法があります。
調停や審判で検討される方法の順序も、まさに上記の順番の通りで
まず、原則的な方法は「現物分割」(まさにそのものを分ける)となります。
しかし、土地などの不動産の場合には、現物分割の方法に従ってそのまま法定相続分で土地を分けると、土地が細分化するなどして土地の利用価値がなくなる場合がほとんどです。
ましてや、建物(特に戸建て)も切って分けることはできません。
したがって、一般的な宅地や戸建てが遺産の場合にはこの方法によることは出来ません。

そこで、次に考慮される方法としては、「代償分割」というものになります。
これは、誰かが土地を相続することと引き換えに、土地を相続しない相続人に対して法定相続分に相当する土地の価値相当額(代償金)を支払うという方法です。
しかし、誰も土地を欲しない場合や、そもそも代償金を支払えるような相続人がいない場合もこの方法はとれません。

そうなると、次の手段として「換価分割」という方法になります。この方法は、不動産を競売にかけて、その競売代金を相続分に従って分割するという方法です。
要するに「売ってお金を分ける」という方法です。
不動産の場合は、現物分割や代償分割が不可能な場合、通常はこの「換価分割」という方法で分けられることとなります。

しかし、本件のケースのように、現物分割も代償分割も不可能であり、なおかつ、相続人全員が土地を競売にすることも望んでいないような場合、すなわち換価分割を望んでいない場合、裁判所は最後の「共有分割」という分割方法を認めるのでしょうか?

この点について述べた裁判例が大阪高等裁判所平成14年6月5日決定です。
この裁判例は、相続人全員が遺産土地の競売を望んでいなかった、という事例でありながらも、

「土地を換価分割すべき」

と判断しました。

その理由として、まず、遺産分割の検討方法について

「遺産分割は、共有物分割と同様、相続によって生じた財産の共有・準共有状態を解消し、相続人の共有持分や準共有持分を、単独での財産権行使が可能な権利(所有権や金銭等)に還元することを目的とする手続であるから、遺産分割の方法の選択に関する基本原則は、当事者の意向を踏まえた上での現物分割であり、それが困難な場合には、現物分割に代わる手段として、当事者が代償金の負担を了解している限りにおいて代償分割が相当であり、代償分割すら困難な場合には換価分割がされるべきである。」

として、現物分割→代償分割→換価分割、の順序で検討するよう述べました。

そして、共有分割の可否については、

「共有とする分割方法は、やむを得ない次善の策として許される場合もないわけではないが、この方法は、そもそも遺産分割の目的と相反し、ただ紛争を先送りするだけで、何ら遺産に関する紛争の解決とならないことが予想されるから、現物分割や代償分割はもとより、換価分割さえも困難な状況があるときに選択されるべき分割方法である。」

と述べて否定しています。

すなわち、遺産の共有分割が認められる場合とは「換価分割さえも困難な状況があるとき」と言うこととなります。
これが該当するのがどのような場合かは明確ではありませんが、競売による売却が事実上不可能な場合(競売でも買い手がつかないことが予想される場合)や、相続人全員が当該物件に居住などしていて売却されてしまうと行く宛もなくなってしまう、いった場合などかなり極端な場合に限られるものと考えられます。


2018年5月7日更新

【質問】

親が亡くなりまして、遺産としては親の住んでいた自宅だけがあります。

相続人は、私(次男)と長男の2人だけです。

親が亡くなって空き家ですが、昔から慣れ親しんだ場所なので、私が自宅を取得して住みたいと思っていました。

しかし、兄も同じ考えだったようで、どちらも自宅を取得希望で譲らず、遺産分割協議が進まず、調停になる見込みです。

調停となった場合、どちらが自宅を取得できるのでしょうか。

【説明】

遺産が不動産で、特に一戸建ての場合、遺産分割方法として、実務上は

1 代償分割

2 換価分割

のいずれかの方法で分けることになります。

どちらかが取得を希望する場合は、1の代償分割になりますし、どちらも取得を希望しない場合は、売ってお金で分ける(2の換価分割)ということになります。

では、本件のようにどちらも取得を希望する場合(どちらも代償分割を希望する場合)、どのように分割することになるのでしょうか。

この点について、どのように決められるのか、今のところ法律や判例で確たる基準があるわけではなく、調停や個々の審判事件でケースバイケースにより妥結されているのが実情です。

ただし、最近は、話し合いでの調整が難しい場合、東京家庭裁判所では、以下の考慮要素を設定して双方に主張・立証させた上で、裁判所がどちらが取得すべきか、という点を決しているようです。

1 相続人の年齢、職業、経済状況、被相続人との間の続柄等

2 相続開始前からの遺産の占有・利用状況(誰が、どのように遺産を利用していたか)

3 相続人の財産管理能力(誰がどのように遺産を管理していたか、管理が適切であったか)

4 遺産取得の必要性(なぜ遺産を取得したいのか)

5 遺産そのものの最有効利用の可能性(遺産をどのように利用・再利用するのか)

6 遺言では表れていない被相続人の意向

7 取得希望者の譲歩の有無(遺産を取得する見返りとして他の部分で譲歩できるか)

8 取得希望の程度(入札により高い値を付けたほうが取得するという意向があるか)

9 取得希望の一貫性(調停の経過から取得希望の一貫性があるか)

(以上、「家庭の法と裁判」No.12 145〜146頁より抜粋)

私が関与したケースでも、本件と同じ争点について調停で議論した経験がありますが、上記の考慮要素の中でも、特に重要なのが、2の「相続開始前からの遺産の占有・利用状況」であり、相続開始前から占有・利用していた相続人のアドバンテージはかなり大きいと感じています(この点は、子どもの親権争いの場合に「従前の監護状況」に比重をおいて判断されているということとも重なります)。

相続開始前に、相続人の誰も占有・利用していなかった、という場合には、2以外の要素を総合考慮して、裁判所が結論を決めるということになりますので、このような場合は予測を立てるのは難しいケースが多いと思われます。

以上を踏まえると、相続後に取得を希望したい不動産等がある場合には、なるべく相続開始前から占有・利用に関わるように意識した行動が必要であると考えられます。


2018年4月11日更新

土地や建物の不動産が遺産となる場合、土地や建物を切って分ける、ということは通常は困難な場合が多いです(土地が細分化するなどして土地の利用価値がなくなる場合など)。

したがって、一般的な宅地が遺産の場合に考慮される遺産方法としては、「代償分割」というものになります。

これは、誰かが土地を相続することと引き換えに、土地を相続しない相続人に対して法定相続分に相当する土地の価値相当額(代償金)を支払うという方法です。

この代償分割が認められるための要件として、最高裁判所(最高裁判所平成12年9月7日決定)は、特に代償金を支払う者の資力が重要であると述べています。

なぜならば、この代償分割により遺産分割が成立する場合には、遺産不動産を現物で取得する相続人は、遺産の所有権を直ちに取得することができますが、代償金の支払いを受ける相続人は、代償金債権を取得するだけであり、その履行がなされなかったとしても、遺産分割協議を解除することはできない(最判平成元年2月9日)とされており、また、債務不履行を理由に遺産分割調停や審判が無効であると主張することもできないからです。

そのため、遺産分割調停・審判で代償分割をするに際しては、代償金を支払うことになる相続人に対しては、その原資となるべき預貯金などの資産があるか、金融機関から融資を受けることが可能なのかどうか、あるいは今後の継続的収入が確実であるかどうかなどの資力に関する証拠の提出は必須というのが裁判実務です。

では、不動産を代償取得する相続人の資力が乏しい、もしくは証明ができない場合に、代償分割の方法は一切認められないのでしょうか。

この点については、裁判例や学説もいろいろと議論があるところですが、大阪高等裁判所平成3年11月14日判決は、

「代償金支払債務を負担させられる者にその支払能力がないのに、なお債務負担による分割方法が許されるのは、他の共同相続人らが、代償金の支払を命じられる者の支払能力の有無の如何を問わず、その者の債務負担による分割方法を希望するような極めて特殊な場合に限られるものというべきである。」

と述べています。

要するに、この裁判例によれば

「代償金の支払いを受ける側の相続人が、遺産を代償取得する相続人の資力等は全く気にせず代償分割を希望している」

という場合には、代償分割が認められる可能性がある、ということになります。

ただし、この点については、学説では反対論も根強く、また、そもそも上記裁判例の「極めて特殊な場合」というのがそもそもあり得るのか、と言う指摘もあり(最近の裁判例(大阪高裁平成28年9月27日判決)でも否定されています)、ハードルは高いと言えます。


2018年3月30日更新

親の遺産を巡って紛争になった場合には、まず分ける対象となる遺産の全体像を把握する必要があります。

しかし、親の生前に、親が一部の子どもにしか遺産のことを話していなかったり、誰かが一人で管理していたという場合などには、他の相続人からすれば

「親の遺産がいったいどこにどれくらいあるのか、全てを把握できない」

という状況も生じてしまいます。

このような場合に、遺産の全容を把握する手段として一番確実なのは、相続税の申告書を確認することです。

通常は、相続人全員で相続税の申告をしますので、上記のように相続人間での情報の偏在があるような場合でも、申告の段階で申告書の内容から遺産の概要を把握することが出来ます。

しかし、ケースによっては、相続税の申告すら一人でやられてしまい、他の相続人に申告書の内容を明かすことすら拒むような人もいます。

このような場合に、他の相続人は、税務署に対して

「他の相続人の相続税申告書を開示して欲しい」と求めたいところです。

この手段は果たして可能なのでしょうか。

この点を巡って問題になったのが、福岡高等裁判所宮崎支部平成28年5月26日決定のケースです。

結論から言いますと、このケースでは、他の相続人からの裁判所を通じた税務署に対する相続税申告書の開示請求について、裁判所はこれを認めず、開示がされませんでした。

具体的に言いますと、上記高裁の事例は、遺産分割調停で他の相続人が税務署に提出した相続税申告書について開示するよう文書提出命令の申立てをした、という事案でしたが、裁判所は、税務署が相続税申告書を他の相続人に開示する必要はない、と判断し、文書提出命令の申立てを却下しました。

その理由として、裁判所は以下のように述べています。

まず、文書提出命令の申立てがされた場合に、対象文書の所持者が、その提出を拒むことが出来る場合というのが、民事訴訟法220条1項4号に列記されています。

この列記事由の一つに

「ロ 公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」

というものがあります。

本件では、税務署に提出された相続税申告書が対象文書でしたが、これが上記列記事由に該当するかどうかが問題となりました。

この点について、裁判所は、

①本件文書が「公務員の職務上の秘密に関する文書」に該当するか

②本件文書について「その提出により公共の利益を害し,または公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれ」があるか

という2つの観点から検討しています。

まず、①の点については、

「相続税申告書及びその添付書類」は,「被相続人の遺産並びに申告者が相続しまたは遺贈を受けた財産の具体的内容及びその評価額や申告者の親族関係等の秘密にわたる事項が記載されているのであるから,公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密が記載されたものであって,これが公にされることにより,申告者との信頼関係が損なわれ,申告納税方式による税の徴収という公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるということができる」

として、

「民事訴訟法220条4号ロにいう「公務員の職務上の秘密に関する文書」に該当する。」

と判断しました。

次に、②の点については、

「遺産分割調停事件における相続税申告書及びその添付書類の提出が,被相続人の遺産の全貌を明らかにし,調停手続を円滑かつ迅速に進める上でその必要性が認められ,ひいては適正な遺産分割の実現による紛争の解決に資するところがある」

と言いつつも、

「かかる事情を考慮しても,本件文書のような相続税申告書及びその添付書類は,その記載内容からみて,その提出により公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれの存在することが具体的に認められ,民事訴訟法220条4号ロに該当するというべきである。」

と述べて、税務署が開示を拒むことが出来る、と判断しました。

判断の理由について判決文は詳細に述べていますが、長くなりますのでここでは割愛します。端的にいうと、税務署が、申告者の意に反して税務申告書を他人に開示してしまうと、

「税務行政に対する納税者の信頼が損なわれ,納税者の自主性を前提に組み立てられている申告納税方式による国税の適正な徴収の円滑な遂行に著しい支障を生ずる。」

ということが主たる理由となっています。

裁判所の判決は、理屈としては確かにその通りなのでしょう。

しかし、遺産分割事件では、遺産の存在、範囲や特別受益(生前贈与)については証拠がなければ裁判所は基本的には全く認定判断してくれませんし、加えて、裁判所が積極的に証拠を収集してくれるわけでもありません。

そこにきて、このような判断となると、結局のところ「証拠は隠したもの勝ち」という風潮を助長するのではないかと危惧されるところです。


2017年8月30日更新

Q 親が亡くなりましたが、遺産は親が住んでいた実家の建物だけです。

相続人は子ども二人ですが、二人とも実家の建物なだけに売ることは避けたいと考えています。ただし、どう分けたら良いのかもよくわかりません。

A 親が亡くなり相続が発生した場合、遺産は、法律上「共有」という状態になります。

この遺産の共有は、民法で規定されている共有と同様の性質を持ち、この遺産の共有及び分割方法については民法で定められている規定が第一次的に適用されます。

民法は以下のように規定しています(一部抜粋。下線は筆者)

(共有物の分割請求)

第256条  各共有者は、いつでも共有物の分割を請求することができる。ただし、五年を超えない期間内は分割をしない旨の契約をすることを妨げない。

(裁判による共有物の分割)

第258条  共有物の分割について共有者間に協議が調わないときは、その分割を裁判所に請求することができる。

2  前項の場合において、共有物の現物を分割することができないとき、又は分割によってその価格を著しく減少させるおそれがあるときは、裁判所は、その競売を命ずることができる。

この民法の規定ぶりから、民法258条2項により「現物分割」が遺産分割の原則となると考えられています。

そして、当該不動産の有効利用という観点に反しない限り分割して取得者を決めることを本則とすべきであると言われています(「遺産分割事件の処理を巡る諸問題」司法研修所編 315頁以下参照)。
ですので、不動産を「共有のまま」ということにはせず、基本的には現物分割等の方法で分けられることになります。

ここで問題になるのは、例えば、遺産の不動産が

・一戸建て

・マンションの一室

の場合です。

このような場合に、「現物で分割する」ということは現実的ではありません。一戸建ての建物やマンションの一室を現実的に切って分けることはできませんし、所有権を分けることも不可能だからです。

しかし、一棟の建物が区分所有が可能な構造であれば別です。

これは、わかり易い例で言えば、戸建てであっても二世帯住宅の場合や、アパート又はマンション一棟で中が幾つかの独立した居室に分かれている場合などが当てはまります。

このような場合、各相続人が取得する建物の部分(専有部分)を決め、その敷地である土地は専有部分の床面積の割合に応ずる持ち分により共有するという現物分割が可能であると言われています(区分所有法22条2項、14条)(「現物分割の問題点」今井理基夫 判例タイムズ1100号400頁)。

現物分割が不可能な場合には、「換価分割」(売ってお金で分ける)又は「代償分割」(誰か一人が所有権を取得し、他の相続人に対価を支払う)の方法に拠るしかありません。


2017年6月3日更新