川崎・武蔵小杉の弁護士の相続・遺言無効・遺留分法律相談

Q
結婚して10年になりますが、夫との考え方の違いに耐えきれなくなり、夫に離婚を申し入れましたが、夫は全く聞く耳を持ってくれません。

弁護士に相談したところ、

「離婚をするためには、別居して調停を申し立てた方が良い」とアドバイスされましたので、別居して家庭裁判所に調停を申し立てましたが、それでも夫は離婚に応じてくれず調停は終わってしまいました。弁護士からは「後は離婚訴訟を起こすしか無い」と言われています。

夫と別居してもう3年以上になりますが、裁判を起こせば離婚は認められるのでしょうか。

A
裁判を起こした場合に、不倫やDVなどの行為を理由とするのではなく、性格の不一致を理由とする場合には、離婚が認められるためには、

「婚姻を継続しがたい重大な事由」(民法770条1項5号)

というものが認められなければなりません。

これは、簡単に言えば、夫婦関係が破綻して回復の見込みがない状態である、ということです。

性格の不一致を理由とした離婚請求の場合に、この「夫婦関係が破綻して回復の見込みがない状態」というのを第三者である裁判官が判断することはとても困難を伴います。

例えば「喧嘩するほど仲が良い」と言う格言もあるように、表向きは相手を激しく避難していても内心はわかりませんし、どちらか一方が離婚を望んでおらず復縁を働きかけているような場合には、第三者からすれば「もしかしたらよりを戻す可能性があるのでは」とも考えてしまうからです。

そのため、離婚訴訟においては、夫婦関係が破綻して回復の見込みがない状態か否かを判断するために、

別居期間が相当長期に渡っているか否か

という点を非常に重視する傾向にあります。

夫婦の別居期間が長ければ長いほど、第三者である裁判官から見ても「夫婦の関係はもう回復不可能なほどに破綻している」と判断することが容易だからです。

では、その別居期間はどの程度の長さがあれば、離婚が認められる方向に傾くのでしょうか。

結論から言いますと、「この期間であれば必ず離婚が認められる」という基準はありません。

別居期間が2年程度でみとめられる場合もあれば、3年でも認められない場合もあり、まさにケースバイケースです。もっとも、敢えて言えば、

「別居期間3〜5年」

というのが一つの目安になるのではないかと考えられます。私が以前経験したケースで担当していた裁判官は「別居期間が3年あれば離婚を認める」と言っていました。

また、別居期間だけでなく、

・離婚を求める側の離婚意思の強さ

・離婚を拒絶している側の復縁意思の強さ

も考慮されています。

例えば、別居期間中に、離婚を拒絶している側が、復縁のためにどのような働きかけや言動をしていたか、という点も考慮され、離婚を認めるべき別居期間が裁判官に考慮されている傾向があります。

その他、結婚してから別居するまでの間の同居期間の長さ、というのも考慮される場合があります。

この点について、一つの参考事例として、東京高等裁判所平成28年5月25日判決の事例があります。

この事例は、妻が別居して、夫に離婚訴訟を起こした、という事例です。

この事案で、第一審の地方裁判所の判決は、別居期間が3年5ヶ月だったことについて、

・同居期間が10年間であるのに対して別居期間は約3年5ヶ月と短い

・夫は妻との修復を強く望み、従前の言動を真摯に反省し、時間をかけて関係改善を考えている

などと認定して、妻からの離婚請求を棄却しました。

この判決対して、妻が高等裁判所に控訴し、控訴審の終結時には別居期間がさらに延びて4年10ヶ月あまりとなっていました。

この控訴審の判決は、

「別居期間の長さは,それ自体として,控訴人と被控訴人との婚姻関係の破綻を基礎づける事情といえる。」
として、別居期間が長期に渡っていることを認めました。

加えて、「夫が,婚姻関係の修復に向けた具体的な行動ないし努力をした形跡はうかがわれず,かえって,別件婚費分担審判により命じられた婚姻費用分担金の支払を十分にしないなど,被控訴人が婚姻関係の修復に向けた意思を有していることに疑念を抱かせるような事情を認めることができる」と認定しました。

そして結論として、

「別居期間が長期に及んでおり,その間,夫により修復に向けた具体的な働き掛けがあったことがうかがわれない上,妻の離婚意思は強固であり,夫の修復意思が強いものであるとはいい難いことからすると,夫婦の婚姻関係は,既に破綻しており回復の見込みがないと認めるべきである」

と述べて、妻からの離婚請求を認めました。

先程述べた通り、最低どの程度の別居期間があれば離婚が認められるかという基準は存在しないため、具体的な判断に悩むケースも多いですが、この事例は一つの判断基準として参考になります。


2017年4月24日更新

遺産の預貯金というのは、遺産分割協議や調停で相続人間の合意が無くても、各相続人が自分の法定相続分に相当する分を銀行に払戻し請求することができる、というのがこれまでの裁判・銀行実務でした。

ですので、これまでは、遺産分割で相続人間で揉めていても、預貯金については各相続人は自分の法定相続分については銀行に請求して払い戻すことが可能でした。

しかし、最高裁判所平成28年12月16日判決は、これまでの裁判・銀行実務を変更し、

「遺産の預貯金については、払い戻すためには相続人全員の同意が必要」

という方向性を打ち出しました。

そのため、原則として、遺産の預貯金を引き出すためには、相続人全員で遺産分割協議をするか、もしくは争いがある場合には、家庭裁判所での遺産分割調停又は審判を得た後でなければできない、ということになりました。

遺産の公平な分割という観点から言えば、上記の最高裁判所の判決は歓迎すべき内容ではありますが、他方で、揉めている場合などには、家庭裁判所の調停や審判を得るまでに相当の時間がかかってしまい遺産の預貯金に手を付けられないのが長期間にも及んでしまうという事態も生じてしまいます。

そうなると、例えば

・生活に困窮していて親の預金(遺産)を頼って生活していた者がいる場合

・葬儀費用や相続税の支払が多額になり、親の預金(遺産)をおろさなければ支払いきれない場合

などには、相続人が立ち行かなくなってしまうという事態が発生することが懸念されます。

このような事態に対処するために検討すべき手続というのが

「遺産の仮分割の仮処分」

という手続です。

この手続は、ごく簡単に言えば、遺産分割で揉めていて、家庭裁判所の調停をする必要がある状況で、生活費や葬儀費用等の支払いで遺産の預貯金を早急に降ろさなければならず調停が終わるまで待っていられない、という場合に、裁判所に遺産の預貯金の一部について分割するよう仮の決定を出してもらい、遺産の一部の預貯金について早急に払い戻しを受けられるようにする、という手続です。

上記の最高裁判所の判例が出されたことにより、今後、この仮処分の手続の利用を検討すベき状況が増えてくるのではないかと考えられます。

この手続の概要について、「家庭の法と裁判第9号」掲載の学者・裁判官の座談会で議論されていましたので、その内容の一部を以下紹介します。

1 仮分割の仮処分を利用すべき場合

①扶養を受けていた共同相続人の生活費や施設入所費用の支払を早急にしなければならない場合

②葬儀費用や相続税など相続に伴う費用の支払が必要な場合

③被相続人の医療費や被相続人の債務(借金)の支払が必要な場合

*いずれも、遺産の預貯金を下ろさなければ払えないような場合であることが前提

上記の中では、特に①のケースが必要性が高いと考えられる。

2 仮分割の仮処分を申し立てるために必要な証拠や書類

上記①の場合は、仮分割を申し立てる人の収入資料(源泉徴収票や課税証明書、確定申告書、家計収支一覧表、預金通帳、陳述書など)

上記②、③の場合は、債務や費用についての明細資料、報告書など

3 仮分割の仮処分決定が出るまでの期間

仮分割の仮処分は、調停又は審判を申し立てることが前提。

したがって、第一回調停(審判)期日の中で、この仮処分の審理を行うことになり、その後に決定が出ることになる。もっとも、緊急性の高い事案の場合は、第一回目の期日前に、相続人全員から書面で陳述を聴取して決定を出すこともありうる。

4 仮分割の仮処分決定の内容

「預金債権を、同目録記載の申立人取得額のとおり申立人に仮に取得させる」という決定文となる。

また、目録の中では、預金債権の種別(普通か定期か)、口座番号、取得金額が特定される。

5 担保について

仮処分手続ではあるが、事案の性質上担保は不要となる。


2017年4月24日更新

Q 生命保険の死亡保険金については、受取人固有の財産とされ、遺産分割の対象とはならない、と聞きました。

しかし、遺産があまりなくて、逆に生命保険金しかなかったような場合、生命保険金を受取った人だけが利益を受けることになり、不公平だと思います。

このような場合も、生命保険の死亡保険金は遺産分割では全く考慮されないのでしょうか?

A 生命保険の死亡保険金については、最高裁判所の判例が

・原則としては遺産分割では考慮しない(特別受益にはならない)

・ただし、例外的に、特別受益として遺産分割で考慮する場合がある

と述べています。

すなわち、最高裁判所平成16年10月29日決定は、

「保険契約に基づき相続人が取得した死亡保険金等は、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないと解するのが相当である」

と原則論を述べつつも、例外として

「保険金受取人である相続人とその他の相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、当該死亡保険金等は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当である」

と述べています。

となると、この例外が認められる場合とはどのような場合かが問題となります。

この点については、例外が認められるかどうかで最も重視されるのは

「遺産の総額と比較して、生命保険の死亡保険金の金額がどの程度の割合を占めるか」

という点です。

すなわち、遺産の額と比較して保険金の額が同等かそれに匹敵する場合には、保険金の受取人が、多額の保険金を受け取れるだけの理由(親との同居や介護の約束があったか等)がないと、相続人間の公平を図るために保険金も遺産分割の際に考慮すべきであると判断されることとなるというのが調停・審判実務の考え方です。

上記のような考え方を採用して、生命保険の死亡保険金を特別受益と評価したので岐阜家庭裁判所平成17年4月7日審判の事例です。

この審判の事例は、

・死亡保険金等の合計額は5154万0864円とかなり高額であること

・この額は遺産の相続開始時の価額(8328万5000円)の約59パーセント、遺産分割時の価額(約6640万円)の約77パーセントを占めている

という事例でした。

このような事情を踏まえて、裁判所は

「被相続人と保険金の受取人との婚姻期間が3年5か月程度であることなどを総合的に考慮すると上記の特段の事情が存するものというべきであり、上記死亡保険金等は民法903条の類推適用により持戻しの対象となると解するのが相当である。」

と判断し、死亡保険金全額について特別受益となり持戻しの対象となると判断しました。

なお、東京家庭裁判所では、生命保険の受取金が遺産総額の6割以上の場合は、特別受益として取り扱う運用のようですので、6割を超えるかを一つの目安として、調停や審判での主張を検討するのが妥当と言えます。


2017年4月12日更新

親の相続が発生したときに、

「親が亡くなる前に親の家業を手伝っていた子と、そうでない子」

との間で対立が生じるということがあります。

裁判上よく見られるのは、実家が農家で、子どもが農業を手伝っていた、というケースです。

このような場合に、家業を手伝っていた子としては

「自分は無償で親の家業を手伝っていたのだから、その分遺産を多く取得できるはずだ」

という主張をするのではないでしょうか。

このような主張を、法律的には「寄与分」と言います。

「寄与分」とは、被相続人の生前において、被相続人の財産の維持又は増加に貢献した者がいる場合、それを遺産分割において考慮する、というものです。

この寄与分というものは、認められるためには、「特別な寄与」(特別な貢献とも言います)が必要となります。

「特別な寄与」、とは親の「財産」の維持等に貢献したという事情、例えば子の貢献によって親の財産が増えた、又は余計な出費が減り親の財産を維持できた、といった事情があることが重要なのです。

家業を手伝っていた子が「特別の貢献」があった認められるためには、短期間、有償で手伝っていた、というのではダメで、

・無償で手伝っていた(無償性)

・長期間継続して手伝っていた(継続性)

・片手間ではなく相当の負担を有するものだった(専従性)

という各要件を満たすことが必要です。

では、上記要件が認められるためには、具体的にはどの程度の行為・貢献が必要なのか、というところが問題となります。

この点、寄与分というのは民法904条の2第2項が

家庭裁判所が寄与の時期,方法及び程度,相続財産の額その他一切の事情を考慮して寄与分を定める」と規定しているように、裁判所の広い裁量を認めています。

したがいまして、過去の裁判事例などを参考にして判断していくしかないというのが実情です。

農業に従事していた子に寄与分を認めた事例として、比較的最近の裁判例として大阪高等裁判所平成27年10月6日のケースがあります。

この事例は、長男が、親の所有するみかん畑の耕作について、会社員として勤務する傍ら、休みの日に農作業を手伝い、また退職後も農作業に従事してみかん畑を維持していた、という事例で、農作業に従事していた長男から寄与分の主張がされました(その期間は、約30年にも及んでいました)。

このような事例で、裁判所は、

「みかん畑を維持することができたのは,長男が,昭和51年以降,農業に従事したからである」

とした上で,

「耕作放棄によりみかん畑が荒れた場合にはその取引価格も事実上低下するおそれがあるから,長男には,農業に従事してみかん畑を維持することにより遺産の価値の減少を防いだ寄与がある」

と判断して,みかん畑の評価額の30パーセントを寄与分と認めました

寄与分が認められる場合、一般的には「遺産全体の・・%」(概ね10〜20%とされるケースも多いです)と算出されることが多いのですが、この事例は、遺産の全てではなく,遺産の一部(農地)についてのみ寄与による維持又は増加が認められるものとして、遺産の一部についてのみ寄与分を認めたという点で特徴があります。


2017年2月20日更新

「遺言を作成した当時、認知症であり遺言能力がなかった」

として遺言の無効が争われる事案では、医療記録により遺言当時の遺言者の精神上の障害の程度を判断します。

主に証拠として用いられるのは、入院、通院、往診の医師のカルテや、要介護認定の際の認定調査票、主治医意見書などです。

また、長谷川式簡易スケールの点数も大きな判断要素となることがあります。

訴訟となった場合は、上記の証拠を収集して、これらの証拠から遺言当時の遺言者の認知能力、すなわち遺言能力の有無を判断していきます。

ただし、上記の証拠がピンポイントでもれなく揃っているというケースはそれほど多くはなく、どれかが欠けていて今一歩という事例も多くあります。

どこまで証拠が揃っていれば「遺言無効」と判断されるのか、ということは非常に判断が難しいというのが実情です。

そんな中、遺言を作成した日の約8ヶ月前、約半年前と、遺言作成後の約10日後の病院での診療録・介護記録のみで、遺言無効と判断した事例があります。

東京地裁平成26年11月6日の事例です。

この事例は、遺言作成の8ヶ月前の診療録又は看護記録と、遺言作成後10日後の診療録又は看護記録について、以下のように認定をして、公正証書遺言を無効と判断しました。

・遺言作成の約8ヶ月前

「相変わらず見当識障害あり 入院していることを理解していない様子」

「現状認識が乏しく,『何だかわからなくなっちゃった。』と繰り返す。」

「認知症であり,今入院していて点滴をしていることも理解できていない。」

「ここはどこだ。えっ?病院ですか。どこのですか。六本木?」という話を繰り返しており,説明しても理解しておらず。」

「失見当識変わらず。時折『(点滴)切っちゃってよ』と興奮するが,すぐに忘れてしまう。」

「2-3時間おきに失見当あり。」

「『ここはホテルでしょ?無銭飲食になっちゃうよ。大変だ』と興奮している。」

「ここはホテルでしょ?違うの?知らなかった。」

・遺言作成の約半年前

「落ち着きなく,自宅へ電話するといい自宅に電話する。電話つながるも家族と話しがかみあわず。電話終了し,部屋へ戻る。」

「ホテルのお支払いしないと。お金1銭もないから。」

「失見当著明」

・遺言作成の約10日後

「本人は毎回入院していることを理解せず,帰宅を希望する。」

「現在,救急車で来院されたこと覚えていない。」

「デメンツ強く,言った事を,すぐ忘れてしまう。」

「何度も同じ話を繰り返す等あるが,不穏行動なくNSステーションにて表情穏やかに過される。」

「失見当著明。」

「失見当識著明にて明日退院。」

この裁判例は、上記のような診療録又は看護記録の記載のみから、遺言無効と判断をしています。

長谷川式簡易スケールの結果や介護認定の結果、服薬等の事情は一切考慮されてはいません。

この裁判例は、診療録又は看護記録の記載を丁寧に拾い上げることで遺言の無効が主張できるということを示す一例と言えます。


2017年2月20日更新

生前に自筆で書かれた遺言が法律的に有効であるためには、遺言書を書いた人が、その当時「遺言能力」を有していたことが法律上必要です。

この「遺言能力」とは、遺言の内容をしっかり理解できるだけの知的判断能力です。

したがって、重度の認知症の老人の方が遺した遺言書では、この遺言能力を欠いた状態で書かれたものであるとして無効とされます。

また、認知症ではなかったとしても、重篤な病の治療・投薬等の影響で衰弱し、精神状態にも異常が生じていた場合なども、遺言能力がないと判断されることがあります

この遺言書の無効が争われるケースというのは、自筆証書遺言の場合が多いように感じられます。

それは、遺言を書く本人が重病で意識が朦朧としているような状況であっても、そこに付き添っていた人からの援助(もしくは圧力)で、遺言を書いた本人の力だけでなくとも、何とか遺言書としての形が作り上げてしまうことが不可能ではないからです。

このような、重篤な病の治療・投薬等の影響で衰弱し意識障害が生じていた状況で書かれた自筆証書遺言を無効としたケースとして、東京地裁平成15年9月29日の判決があります。

この裁判例のケースは、自筆証書遺言が作成されるまでの経緯について、以下のように詳細に認定して、遺言書を無効と判断しました。

なお、この件では、遺言書は、平成12年11月13日午後9時ないし10時ころから翌14日午前0時ころまでの間に、入院中の病室で、書面の下敷きを支えるなど被告(この遺言で全財産の贈与を受けるとされていた者)の補助を受けて作成されています。

まず、遺言者の病状の経緯については、裁判所は遺言作成時期の前後の病状を細かく認定しました。

・遺言者は、平成12年9月4日、急性心筋梗塞のため杏林大学医学部付属病院に入院したが、CCU(冠疾患集中治療室)において、重症致死性不整脈で7回に亘る心肺蘇生術を受けた。その後、平成12年9月26日に一般病棟へ移ったものの、肺炎、心不全、消化管疾患(胃潰瘍、偽膜性大腸炎、慢性腎不全)を併発し、低栄養、低酸素状態におかれていた。

・遺言者が緊急入院してからの病状は、平成12年9月26日から同年10月10日ころまでの2週間程度の間が最も良好な病状であり、その後は、徐々に病状が悪化し、同12年10月31日には、急激な病状の悪化が認められたこと。

・平成12年11月7日、担当のH医師と被告との間において、遺言者の病状について、尿路感染が様相を変えてきており真菌が検出されたこと、そのため抗真菌剤を使用するが、腎毒性があり腎臓に対する悪作用があること、腎機能障害が進行したこと、貧血が進行していること、消化管出血の可能性があること、心肺機能の保護のため輸血を必要としていること、栄養補給のために経管栄養を行うことなどの説明と了承がなされたこと。

・平成12年11月10日、腎機能が悪化傾向にあったこと、同月13日には、それまでの3日間、体温が上昇傾向にあったこと。

・同日、担当のH医師から被告に対し、先週から再び熱が出てきたこと、腎不全、貧血が進行しており輸血を行うこと、消化管出血の可能性があるため翌日第3内科の検診を受けて内視鏡検査を検討すること、そのために「禁食」にしたことなどが説明され、被告が回復の見込みを尋ねると「今後、長くなると思われます。」と回答したこと。

・翌11月14日、第3内科の検診がなされたが、遺言者の病状が悪く、検査ができなかったこと。

・平成12年11月14日午前0時、ナースコールがあり、遺言者が軽度の息苦しさを訴えたこと、午前1時45分、息苦しいと訴えたこと、医師の指示で午前1時45分から終日、酸素吸入(3リットル)をしたこと及び終日輸血がなされていたこと。

・平成12年11月15日、担当のH医師から被告に対して、遺言者の全身状態がかなり厳しいこと、心臓、腎臓、感染症がいずれもかなり難治であること、肺炎が起きる可能性があり、その場合突然呼吸状態が悪化し、生命の危険があると告知したこと。

・平成12年12月16日には、担当のH医師から被告に対して、当日の朝呼吸が非常に浅くなり、血液中の酸素、二酸化炭素の数値が著しく悪化したこと、気管内挿管を行い人工呼吸器管理としたこと、挿管直前に血圧低下があり昇圧剤の使用を開始したこと。

・同日、担当のH医師から被告及び原告X1に対して、この数日のうち、早ければ今日明日に急変して死亡する可能性があるとの告知がされたこと。

・年末からは、意識レベルが最良でも1ないし3の状態となり、同13年1月9日の脳波検査では、全汎性の電位低下があり重症な脳機能障害が認められ、財産の管理処分能力は無くなっていたことが認められる

そして、遺言書が作成された時(平成12年11月13日)の状況の不自然性についても以下のように認定しています。

・遺言者は、多数回に亘り遺言書の作成を試み、遺言書の内容は、被告に全財産を遺贈するという趣旨の単純な文面であるにも拘わらず、2時間ないし3時間もの長時間をかけて作成していること、書き損じたものが多数存在すること。

・遺言書の筆跡は、記載文字全部が激しく乱れていると認められること。

・遺言者の遺言書作成について、包括受遺者である被告が同席していたばかりではなく、下敷きを支えるなど遺言書作成の介助行為をしていること。

さらに、遺言書作成の動機が不自然であることなどについても、以下のように認定しています。

・遺言書の内容は、全財産を被告に遺贈するというものであり、従前Iが遺言者から聞いていた、原告らに二分の一ずつ相続させるという内容とは全く異なるものであり、遺言者がその将来の生活について最も心配していた原告X2のことについて何ら言及しておらず不自然であること。

・遺言により全財産を遺贈することになる被告に対して、遺言書作成の後、遺言者が原告X2の生活の介護を託すなど、原告X2を気遣うことなどはなかったこと。

これらの事情を総合考慮して、裁判所は、

「遺言者は、乙1及び乙2の遺言書作成時点において、脳梗塞、腎不全等の病状が悪化し重大な意識障害を来たしていたことが認められ、さらにその上、違法とまでいえるか否かは別として、遺言者は被告から遺言者死亡後の住居を確保するための遺言書を作成するように精神的圧力が加えられたことが推認されるものであり、遺言作成に必要な意思能力を有していたとはいえ」ない。

として、遺言書を無効と判断しました。

本件事例は、認知症で判断能力が衰えていたという事例ではないため、病状の悪化が判断能力にどの程度悪影響を及ぼしていたのか、という点について裁判所も慎重に判断しています。

また、その判断にあたっては、遺言書が作成された時の状況や、遺言者を取り巻く人間関係についても慎重に認定をして、最終的に遺言を無効と判断しています。

遺言書の無効を主張する場合、まずは判断能力の有無・程度が第一に検討されるところではありますが、それだけではなく、作成状況・動機なども併せて慎重に、かつ細かく主張をしていく必要があります。


2017年2月9日更新

親の介護に尽くした者について、遺産分割の際に寄与分が認められるか?

という問題があります。

この問題については、

「介護行為が特別の寄与(貢献)にあたるのか?」

「特別の寄与にあたり寄与分が認められるとしてどの程度の金額が認められるか?」

という点を巡って調停や審判で争われることが多いです。

しかし、その他の問題として、

「そもそも、介護をした者が誰か(法律上寄与分を主張できる者が介護したのか)?」

という点が問題となることがあります。

なぜかと言うと、民法は、寄与分を主張できる者を「相続人」に限定しています(民法904条の2)。

そうだとすると、特別の寄与(貢献)があったかどうかは「相続人」の行為について判断されるのであり、相続人以外の者がどれだけ貢献したとしても遺産分割で寄与分は主張することはできないのです。

この問題が顕在化するのは、介護において

「親の介護をしたのが、子ではなく子の妻だった」

という場合です。

例えば、認知症の親と、その長男家族が同居していたが、長男自身は単身赴任で自宅を空けていて、実際の介護は長男の妻が担っていてそれが特別の寄与(財産の減少を防止した)にあたるような介護態様だった、と言う場合です。

このような場合、実際に介護をし、特別の寄与をしたのは長男の妻になりますが、先程の理屈で言えば、長男の妻は「相続人」ではありませんので、親が亡くなった後の遺産分割において寄与分を主張することは出来ません。

しかし、これでは、実質的に長男の代わりに介護をした長男の妻の特別の寄与が全く評価されないという不公平な事態となってしまいます。

そこで、このようなケースにおいて、東京高等裁判所平成22年9月13日決定は、以下のように述べて、

相続人の配偶者による介護・看護の貢献については、相続人自身の貢献と同視する

という理屈で相続人に寄与分を認めました。

すなわち、裁判所は、まず、介護の態様について

「被相続人は,相続人の妻であるCが嫁いで間もなく脳梗塞で倒れて入院し,付き添いに頼んだ家政婦が被相続人の過大な要望に耐えられなかったため,Cは,少なくとも3か月間は被相続人の入院中の世話をし,その退院後は右半身不随となった被相続人の通院の付き添い,入浴の介助など日常的な介護に当たり,更に被相続人が死亡するまでの半年の間は,被相続人が毎晩失禁する状態となったことから,その処理をする等被相続人の介護に多くの労力と時間を費やした」ことを認め

「Cによる被相続人の介護は,同居の親族の扶養義務の範囲を超え,相続財産の維持に貢献した側面があると評価することが相当である。」

として、寄与分を認めるべき特別の寄与があったと認定しました。

そして、相続人ではなく、相続人の妻(C)が実際に介護をしていたことについては、

「Cによる被相続人の介護は,相続人の履行補助者として相続財産の維持に貢献したものと評価でき,その貢献の程度を金銭に換算すると,200万円を下ることはないというべきである」

として、相続人(Cの夫)に寄与分を認めたのです。

このように、相続人以外の者の特別の寄与であっても「相続人の履行補助者」という理屈に当てはめて、相続人の寄与分が認められています。

この「相続人の履行補助者」というのは、本件の事例では相続人の配偶者でしたが、その他、相続人の子どもも該当する場合があると考えられます。

このような裁判例により、相続人の配偶者による介護等(特別の寄与行為)についても寄与分が認められる可能性は高いといえます。

しかし、このような理論構成も一つ問題が有ります。それは、相続人が被相続人よりも先に亡くなってしまった場合です。

上記の理屈は、相続人の妻の特別の寄与について、あくまでも「相続人」の寄与分として認めるというものです。

したがって、被相続人(親)より先に相続人(子)が死んでしまった場合、相続人の妻は、何ら相続権がありませんので、寄与分を主張する術がなくなってしまうのではないか、という問題があるのです。

このような不都合を防ぐために、現在、民法の相続関係法の改正の中間試案において、このような相続人以外の者の貢献を評価すべき法的手段を設けるか否かが議論されています。

この問題については、数年の間に法改正で大きな動きがあるかもしれませんので、法改正等の動きがありましたらまた取り上げたいと思います。


2017年2月3日更新

Q 父が亡くなりました。相続人は私と兄の二人ですが、現在父の遺産分割で兄と揉めています。

父は生前に兄の家族と同居して生活していました。

そのためか、父は、兄に対して、生活費の援助などで多額の金銭を贈与していましたが、兄だけではなく、兄の妻や子供に対しても、生前に多額の金銭を贈与していたようです。

兄の生活費の援助としてされた生前贈与は、「特別受益」になると主張していますが、兄の妻や子どもに対する贈与も、実質的には兄が利益を得ていたのと同じではないかと思いますので、これも「特別受益」にはならないのでしょうか。

A 原則として、相続人以外の者に対する生前贈与は「特別受益」とはなりませんが、実質的には被相続人から相続人に直接贈与されたのと異ならないと認められるときは「特別受益」と評価されます。

【解説】

相続人のうちの誰か一人だけが親から生活費や学費として多額の援助を受けていた場合、他の相続人からすれば、それは「不公平だから相続の時に考慮すべきだ」と考えるのではないでしょうか。

このような場合、この生前贈与が「特別受益」にあたるかどうか、ということが問題となります。

特別受益に該当すれば、相続分の算定の際に生前贈与の額を考慮して各人の相続分を決めることとなりますので、特別受益と評価されるかどうかは遺産分割においては重要な争点です。

特別受益について問題となる争点は多いですが、本件では「相続人以外の者に対してなされた生前贈与も特別受益となるか」という点が問題となっています。

なぜ、この点が問題になるかというと、特別受益とは、あくまでも「相続人」に対してなされた生前贈与を対象とするのが法律の建前だからです。

しかし、このように形式的に解してしまうと、例えば、相続人の妻に対して生活費の援助として金銭の贈与がなされた場合など、実質的には相続人が利益を得たといえるような場合までもが、特別受益とはならないこととなってしまい、相続人間の公平に反することとなってしまいます。

そこで、この問題については、

実質的には被相続人から相続人に直接贈与されたのと異ならないと認められるときは「特別受益」と評価すべき

というのが、調停実務での考え方となっています。

となると、本件でも、相続人の妻や子どもへの生前贈与が

「実質的には被相続人から相続人に直接贈与されたのと異ならないと認められる」

ためには、どのような事情や要件が必要なのか、ということが問題となります。

この問題について、調停・審判において根拠として使われる裁判例が福島地裁白河支部昭和55年5月24日審判です。

この審判では、相続人以外の者になされた生前贈与が特別受益に該当する場合について、以下のように述べています。

まず、

「通常配偶者の一方に贈与がなされれば、他の配偶者もこれにより多かれ少なかれ利益を受けるのであり、場合によつては、直接の贈与を受けたのと異ならないこともありうる。」

「遺産分割にあたつては、当事者の実質的な公平を図ることが重要であることは言うまでもないところ右のような場合、形式的に贈与の当事者でないという理由で、相続人のうちある者が受けている利益を無視して遺産の分割を行うことは、相続人間の実質的な公平を害することになる」

「贈与の経緯、贈与された物の価値、性質これにより相続人の受けている利益などを考慮し、実質的には相続人に直接贈与されたのと異ならないと認められる場合には、たとえ相続人の配偶者に対してなされた贈与であつてもこれを相続人の特別受益とみて、遺産の分割をすべきである。」

と述べ、相続人以外に対する贈与が特別受益に該当する可能性があることを認めました。

裁判所は、この事案については、以下のように述べて相続人以外に対する生前贈与も特別受益に該当すると判断しています(以下の審判文の中で、邦子が相続人で、被相続人から贈与を受けた洋一郎は邦子の夫)。

重要なのは、

「被相続人が贈与をした趣旨が、相続人に利益を与えることに主眼があったか」

ということです。
「本件贈与は邦子夫婦が分家をする際に、その生計の資本として邦子の父親である被相続人からなされたものであり、とくに贈与された土地のうち大部分を占める農地についてみると、これを利用するのは農業に従事している邦子であること、また、右贈与は被相続人の農業を手伝つてくれたことに対する謝礼の趣旨も含まれていると認められるが、農業を手伝つたのは邦子であることなどの事情からすると、被相続人が贈与した趣旨は邦子に利益を与えることに主眼があつたと判断される。登記簿上洋一郎の名義にしたのは、邦子が述ベているように、夫をたてたほうがよいとの配慮からそのようにしたのではないかと推測される。」

「以上のとおり本件贈与は直接邦子になされたのと実質的には異ならないし、また、その評価も、遺産の総額が、二一、四七三、〇〇〇円であるのに対し、贈与財産の額は一三、五五一、四〇〇円であり、両者の総計額の三八パーセントにもなることを考慮すると、右贈与により邦子の受ける利益を無視して遺産分割をすることは、相続人間の公平に反するというべきであり、本件贈与は邦子に対する特別受益にあたると解するのが相当である。」


2016年10月31日更新

Q 私の母はずっと一人暮らしをしており、私も海外で生活していたためずっと母とは疎遠な状態でした。

母の認知症がひどくなり、成年後見人を付けなければいけない、ということを聞いたので、帰国して母の面倒を見ることになりました。

そうしていたところ、母が5年前に、母の知人に全財産を相続させる、という内容の公正証書遺言を作成していたことが判明しました。

ヘルパーの方やお医者さんに聞いた限りでは、遺言を作成した当時、母は既にかなり認知症が進んでいたようなので、この遺言は、その知人が母をうまく唆して作成したに違いありません。

しかし、母は、今はもう完全に認知症が進んでいて、今から遺言書を作り直したり、撤回する、ということは不可能な状況です。どうしたら良いでしょうか。

A 法的には、今は何もできず、お母様が亡くなった後に、遺言無効確認訴訟を起こすしか手段はありません。

一度遺言書が作成されたが、その後認知症等になり判断能力が喪失されてしまった、という人については、その遺言書を撤回したり、新たに作り直す、ということが不可能となります。

なぜなら、遺言書を作成したり撤回したりするためには、遺言能力(単純にいえば、その本人が遺言の内容をしっかり理解できるだけの知的判断能力)が必要となるからです。

そうだとすれば、今回のケースのように、以前に疑わしい状況で遺言が作成されてしまっているが、当の本人は認知症により判断能力が喪失されてしまっている場合、その家族は、何とか生前に遺言を無効にできないのでしょうか。

この点が問題となったのが、最高裁判所平成11年6月11日判決のケースです。この裁判例は、今回のケースと似たような事案ですが、遺言者の子どもが、遺言者の生前に、遺言無効確認訴訟を起こして遺言の無効を求めた、という事例です。

この裁判は、最初の奈良地方裁判所の判決は

「遺言者の生存中に遺言の無効確認を求める訴えは原則として不適法である。」

として、訴えはあっさり却下されてしまいました。

しかし、その後の大阪高等裁判所は、

「本件のように遺言者による遺言の取消し又は変更の可能性がないことが明白な場合には、その生存中であっても遺言の無効確認を求めることができる。」

と述べて、遺言無効確認訴訟を認めました。

そして、最高裁判所までもつれましたが、最高裁判所は

「遺言者の生存中に本件遺言の無効確認を求める本件訴えは、不適法なものというべきである。」

と述べて、結局訴えを却下しました。

その理由として、最高裁は以下のように述べています。

1「本件において、遺言者の生存中に本件遺言が無効であることを確認する旨の判決を求める趣旨は、遺言によって財産を取得するとされている者が、遺言者の死亡により遺贈を受けることとなる地位にないことの確認を求めることによって、推定相続人である遺言者の子どもの相続する財産が減少する可能性をあらかじめ除去しようとするにあるものと認められる。」

2「ところで、遺言は遺言者の死亡により初めてその効力が生ずるものであり(民法九八五条一項)、遺言者はいつでも既にした遺言を取り消すことができ(同法一〇二二条)、遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときには遺贈の効力は生じない(同法九九四条一項)のであるから、遺言者の生存中は遺贈を定めた遺言によって何らかの法律関係も発生しないのであって、受遺者とされた者は、何らかの権利を取得するものではなく、単に将来遺言が効力を生じたときは遺贈の目的物である権利を取得することができる事実上の期待を有する地位にあるにすぎない(最高裁昭和三〇年(オ)第九五号同三一年一〇月四日第一小法廷判決・民集一〇巻一〇号一二二九頁参照)。」

「したがって、このような受遺者とされる者の地位は、確認の訴えの対象となる権利又は法律関係には該当しないというべきである。」

3「遺言者が心身喪失の常況にあって、回復する見込みがなく、遺言者による当該遺言の取消又は変更の可能性が事実上ない状態にあるとしても、受遺者とされた者の地位の右のような性質が変わるものではない。」

以上の通り、最高裁判所は、あくまでも法律論の原則(遺言は、遺言者の死亡により初めてその効力が生ずる)を貫いており、遺言者の生前の遺言無効確認訴訟の可能性を完全に否定しました。

したがって、今回のようなケースでも、遺言者の生前に法的にできることはなく、遺言者が亡くなった後に、遺言無効確認訴訟を提訴する、ということになります。

となると、生前にできることは、そのための証拠(医療記録、介護記録など)を準備しておくということに尽きます。


2016年10月12日更新

Q 父親が亡くなりました。

その後、金庫から父の自筆証書遺言書が見つかりましたが、紙の左上から右下に向かって赤ペンで大きく斜線が引かれていました。

ただ、斜線は引いてあっても遺言書の中の文字ははっきり読める状況です。

私にとっては不利な内容の遺言書なので、無効と主張したいです。

このような斜線が引いてある遺言書は無効にはなりませんか。

A 自筆証書遺言書に故意に本件斜線を引く行為は,民法1024条前段所定の「故意に遺言書を破棄したとき」に該当するというべきであり,これによりAは本件遺言を撤回したものとみなされることになります。

自筆の遺言書に大きく斜線が引いてあった場合、常識的に考えれば、その斜線が本人の引いた斜線であるならば、その本人としては、

この遺言書は撤回する、不要である

という意思を有していたと思うのではないでしょうか。

しかし、こと自筆証書遺言書の内容の解釈については、遺言者の意思が重要ではあるものの、厳格な様式も重視されます。

したがいまして、自筆証書遺言については、作成の段階においてのみならず、その変更や撤回についても法律で定められた様式を守っていなければいけません。

では、一回書いた自筆証書遺言を撤回することについて、法律の規定はどうなっているのでしょうか。

まず、民法1024条は、遺言者が故意に遺言書を破棄した場合に,その破棄した部分について遺言の撤回があったものとみなす旨定めています。

そのため、一度書いた自筆証書遺言書を撤回したい場合には、捨ててしまうというのが手っ取り早い方法です。

これ以外に撤回する方法としては、前の遺言書とは別に新たに遺言書を作成する、すなわち変更という方法によります。

これは、民法968条2項に規定されていますが、変更の方法については

「自筆証書中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を附記して特にこれに署名し、且つ、その変更の場所に印をおさなければ、その効力がない。」

と規定しています。

この民法968条の2項の規定は,自筆証書等の遺言書の加除その他の変更について厳格な方式を定めており,通説的見解によれば,この方式に違反した変更がされた場合には変更しても無効となり,変更前の遺言の内容のまま残るという解釈がされています。

このように、民法が遺言書の撤回、変更について厳格な様式を定めているため、本件のように、遺言書全体に斜線を引いた行為は

民法1024条前段の「遺言書の破棄」なのか、それとも968条2項の「変更」とのいずれに当たるのかが問題となるのです。

この点について、通説的な考え方は

「本件遺言書に本件斜線を引く行為は,元の文字が判読できる程度の抹消であるから,「遺言書の破棄」ではなく,「変更」に当たり,民法968条2項の方式に従っていない以上,「変更」の効力は認められず,本件遺言は元の文面のものとして有効である」

というものです。

そのため、本件の元となった裁判例で、広島高等裁判所は斜線が引かれた自筆証書遺言を有効なものと判断しました。

この高等裁判所の判断に対して、最高裁判所平成27年11月20日判決は、以下のように判示し、遺言書を無効と判断しました。

「本件のように赤色のボールペンで遺言書の文面全体に斜線を引く行為は,その行為の有する一般的な意味に照らして,その遺言書の全体を不要のものとし,そこに記載された遺言の全ての効力を失わせる意思の表れとみるのが相当であるから,その行為の効力について,一部の抹消の場合と同様に判断することはできない。」

「以上によれば,本件遺言書に故意に本件斜線を引く行為は,民法1024条前段所定の「故意に遺言書を破棄したとき」に該当するというべきであり,これによりAは本件遺言を撤回したものとみなされることになる。したがって,本件遺言は,効力を有しない。」

最高裁判所の判断内容はとても常識的な内容に感じます。

それでもこの事案が最高裁まで争われたというのは、ひとえに遺言書については厳格な様式を守る必要がある、という考え方が根強いことにあります。

自筆証書遺言書の作成等についてはこの点をしっかり頭に入れておく必要があります。


2016年7月22日更新