相続・遺言無効・遺留分請求のための弁護士相談

Q 夫が多額の借金を抱えていたことが発覚し、離婚することになりました。

離婚の際には、財産分与として自宅をもらうことになり、自宅の名義を夫名義から私に全部移転してもらいました。

離婚してから間もなく、夫は裁判所に破産の申立をしたようです。

夫から財産分与された自宅は大丈夫なのでしょうか?

A 過大な財産分与と評価されてしまう場合には、後に夫の破産手続の中で裁判所から取り消すよう命じられてしまうことになります。

離婚の際に、夫から妻に財産分与として預金だったり不動産が譲渡されることはよくありますが、離婚の際にすでに夫が多額の借金を抱えていて、離婚後まもなく破産してしまった場合、夫から妻への財産分与が取り消されてしまうことはあるのでしょうか。

例えば、妻の方から「夫が借金を抱えていて破産は免れないので、離婚して、その際に私の方に家などの財産を移転させておきたいのですが大丈夫でしょうか。」という相談を受けることは多々あります。

結論から言えば、あまりに過大な財産分与と評価されてしまう場合には、後に夫の破産手続の中で裁判所から取り消すよう命じられてしまうことになります。

破産手続というのは、裁判所が破産を申し立てた人(破産申立人といいます。)の借金と、残っている財産を調査し、残っている財産では借金を返済できないと認めて借金をチャラにする手続です。借金をチャラにするということは、債権者は大きな不利益を被るわけですから、裁判所としては債権者が不当な不利益を受けないように、破産申立人が本当に財産がないのかどうかということを厳しくチェックします。

特に、世の中には、財産を隠して、借金だけを免れようとして破産を申し立てる人がどうしても一定数存在するので、裁判所は破産申立人が破産の申立の直前に財産を隠していないか、特に破産の申立前にどこかに財産を隠匿していないか、ということを一番気にするのです。

したがって、離婚の際の財産分与といえども、それが破産申立人の財産の隠匿と評価されてしまうような過大な財産分与であった場合には、後で取り消されてしまいます。

もっとも、どのような場合に、離婚の財産分与が財産の隠匿となるのか、過大な財産分与となるのか、という点については未だはっきりした基準はなく、また、公開されている裁判例も少ないため見極めが難しいです。

例えば、東京地裁平成18年7月14日判決のケースは、離婚後約1年後に夫が破産の申立をしたが、離婚の際には既に夫が多額の負債を負っていたというケースで、離婚時の財産分与として夫が妻に約8000万円の不動産と、現金5000万円を譲渡したことに対して、裁判所は8000万円の不動産については財産分与としては過大だとして、譲渡を取り消しました。

このケースは、夫が石油類の販売、石油製品の製造をするグループ会社の社長で、相当の資産家であったためにかなりスケールの大きい話になっていますので、いわゆる一般のサラリーマン家庭の場合にはあまり参考にならないのですが、総財産の2分の1を超える財産分与については、課題と評価されるリスクはあるということは示唆していると思います。

離婚の財産分与というのは、現在は実務上「2分の1ルール」というのが定着していますので、総財産の2分の1までの分与は問題なく認められます。

したがって、2分の1を超える財産分与をした場合には、2分の1を超える合理的理由、例えば、財産を分与する側に離婚原因があったとか、分与される側に扶養的な財産分与を認めるべき事情があったという理由がないと、「過大な財産分与」と評価されるリスクが出てくるのではないかと思います。


2015年11月30日更新

 

Q 夫は自動車の販売会社を経営しています。

社員は2人しかおらず、私が経理や総務の仕事をしていて、実質的には夫婦で経営しているような状態でした。

夫とは離婚することになり、今現在離婚の条件について話し合いをしていますが、夫名義の財産があまりなく、税金対策などで車や不動産など会社名義のものが多いのです。

会社は、夫婦で経営していたようなものですし、会社名義の財産と言っても、実質的には夫が個人で使っていたようなものばかりです。

会社名義のものは財産分与の対象とはならないのでしょうか。

A 原則として財産分与の対象とはなりませんが、会社が夫と妻だけの同族会社のような場合には、会社の財産も財産分与の対象となります。

俗に、日本の法人(株式会社、有限会社等)の9割は法人成りした個人事業と言われており、従業員は社長だけ、もしくは社長とその家族だけだったり、従業員が社長とパート1名だけだったりという会社が圧倒的に多いのが実情です。

このような個人事業のような会社の場合、社長は会社名義で自宅用の自動車や備品などを買ったり、会社の財布と家の財布が混同していたり、ということも多々あります。

こういう会社をここでは便宜上「ワンマン会社」と言いますが、ワンマン会社の社長が離婚する場合に問題になるのが、「会社の財産も財産分与の対象にならないのか」ということです。

先ほどの例で言えば、会社名義で買った車を、社長がプライベートでも家族用で乗り回している場合、それは感覚的には会社のものと言うよりも夫婦の共有財産ではないかとも言えるからです。

この点について、裁判所の基本的な見解は、法人はあくまでも個人とは法的に別個の存在であり、財産分与とはあくまでも夫婦個人の財産を分けるものであるから、原則として法人の財産は対象とならない、ということになっています。

しかし、こう言いきってしまうと、ワンマン会社の社長は何でもかんでも法人名義で買っておけば(自動車のみならず、家なども)、離婚しても相手に分けることなくそのまま自分だけで所持し続けることができてしまうという不公平な事態が生じてしまいます。

そこで、このような不公平な事態を回避するために、裁判所は、ワンマン会社が夫と妻だけの同族会社であるような場合、その法人の財産も財産分与の対象として夫婦で公平に分けるべきという考え方をとっています。

広島高等裁判所岡山支部平成16年6月18日判決は、個人で自動車修理業を営んでいた夫が、事業を拡大して妻を代表取締役とする自動車販売会社を設立し、さらに夫婦で不動産管理会社を設立するなどして、会社名義で不動産ほか多額の資産を形成し、妻は夫の仕事を手伝い、経理事務担当、自動車販売、不動産管理の業務に従事するなどして、会社の資産形成に大きく貢献したという事案で、夫婦で経営していた同族会社であるという事情を重視して、その会社の財産も財産分与の対象とすべきと判断しました。

以上の通り、ワンマン会社の社長は、離婚の際には会社の財産も半分は財産分与の対象となる、考えておく必要があります。


【判旨:広島高等裁判所岡山支部平成16年6月18日判決】

「C川社は、一審原・被告が営んできた自動車販売部門を独立させるために設立され、D原社は、一審原・被告が所有するマンションの管理会社として設立されたものであり、いずれも一審原・被告を中心とする同族会社であって、一審原・被告がその経営に従事していたことに徴すると、上記各会社名義の財産も財産分与の対象として考慮するのが相当である。」


2015年11月30日更新

Q これまで、子どもの出産祝いや入学祝いでもらった祝い金については、子ども名義の銀行口座を作って、そこに貯金しておきました。

その後、夫と離婚することになり、私が子どもを引き取ることとなったので、子ども名義の預金もそのまま私が管理しようとしたのですが、夫から

「離婚するんだから、子ども名義の預金も半分に分けるべきだ」

と言われました。

子ども名義の預金も離婚の際は財産分与で分けなければならないのでしょうか?

A 祝い金等を貯めた子ども名義の口座の場合には、子どもの財産となるので財産分与の対象とはならないと考えられます。また、子どもの将来の教育費のため、結婚資金等子どものために使う意図で預金したものであった場合も同様に財産分与の対象とならない可能性があります。

子ども名義の預金口座を作って、子どもの出産祝いや入学祝いなどの祝い金をその口座に預金したり、子どもの将来の教育費などの備えとしての貯金を子ども名義の口座に預金したり、ということは多くの家庭で行われているように見受けられます。

しかし、その後不幸にもこの夫婦が離婚に至ってしまった場合、子ども名義の預金口座に入っている預金は、離婚時の財産分与の対象として夫婦で分けなければならないのでしょうか。

本件のような場合、妻の立場としては、「子どものために貯めた子供名義の預金だから、夫婦で分けるのではなく子どものものとして扱うべきだ。」、という言い分になります。

果たして、このような言い分は認められるのでしょうか。

出産祝いや入学祝い等の祝い金は、第三者から子どもに贈与されたものとみることが可能ですので、子供名義の預金はあくまでも子どものものであるとして、夫婦の財産分与とは無関係と言えるでしょう。

問題は、夫婦の収入を、単に子供名義の口座に積み立てていたような場合です。

この場合の子供名義の口座の預金は、夫婦の収入が原資となっているものですから、夫婦の財産といえ、なお財産分与の対象となりうるのが原則的な考え方と言えます。

しかし、そうであったとしても、それが子どもの将来の教育費のため、結婚資金等子どものために使う意図で預金したものであった場合には、親から子どもに贈与されたものとして、夫婦の財産とは別のものになるという考えもあります(以下の裁判例)。

いずれにしても、この問題は形式的に判断することは困難であり、子ども名義の預金がなされた状況や、それが夫婦共有財産に占める割合などの事情を総合考慮して決められることになることが多いでしょう。


【判旨:高松高等裁判所平成9年3月27日判決】

「なお、控訴人は、右認定の財産のほか、長女春子名義の預金二四三万三五四六円及び三女秋子名義の預金一三七万三九九一円も、財産分与の対象に含めるべきであると主張するが、いずれも子に対する贈与の趣旨で預金されたと認めるのが相当であるから、財産分与の対象財産とならない。」


2015年11月30日更新

Q 私は毎月自分の小遣いで宝くじを買っていました。

運良く賞金5000万円があたったこともあります。ちなみに、その賞金は全て自宅の住宅ローンの支払に充てました。

それはさておき、妻と離婚することになり、自宅を処分することになりました。自宅のローンは全て私が買った宝くじがあたったお金で払ったものですから、自宅を処分して得られるお金は全て私が取得する、と主張しています。

しかし、妻は「財産分与だから、半分もらう。」と言って、譲りません。

私が全て取得することはできないのでしょうか?

A 基本的には財産分与の対象になります。しかし、その割合については、通常の場合とは異なる可能性が高いです。

夫婦が婚姻期間中に取得した財産は、どちらの名義で買ったものであっても、基本的には全て夫婦が協力して得た財産とみなされ、財産分与の対象となります。

しかし、婚姻期間中に取得した財産であっても、夫または妻の固有の事情で取得した財産、夫または妻の固有の才覚だけで取得された財産の場合は、夫または妻の「特有財産」として財産分与の対象とはなりません。

具体的には以下のような財産が特有財産になります。

・親から相続した財産

・芸能人、スポーツ選手、作家など特別な才能で稼いだ報酬など

では、夫が小遣いで宝くじを買って多額の賞金が当たった場合、その賞金は離婚の際に財産分与の対象となるのでしょうか。

今回のケースと似た事例で奈良家庭裁判所平成13年7月24日審判のケースがあります。

このケースは、夫が小遣いで買った宝くじで当たったお金で自宅を購入した、というケースで、離婚する際にその自宅を売却して得たお金が夫の特有財産として全て夫のものとなるのか、それとも財産分与の対象として妻にも分与すべきかということが争われました。

このケースで裁判所は、

「宝くじが当たったことは夫がもつ運によるところが大きい」

と言いながらも、

・購入の原資である小遣いはそもそも生活費の一部であって夫婦共有財産であること

・賞金は全て自宅の購入費用に当てられ、その自宅で12年間もの間夫婦として生活してきたこと

・宝くじの当選は所詮運に過ぎず固有の才覚によるところが大きいとは言えない

という理由で、夫の特有財産とすべきではなく、夫婦の共有財産として財産分与の対象とすべきという判断をしました。

とは言え、あくまでも夫の運によるところが大きいことを重視し、一般的な考え方であれば双方が半々で分けるべきところを、夫に3分の2、妻に3分の1ずつ分けるべきという判断をしました。

このケースは、宝くじの賞金が夫婦の生活の本拠となる自宅の購入資金に当てられていたことが、判断を左右する大きな要素となったように思われます。

また、自宅の売却資金以外に財産分与の対象となる財産がなかったことや、離婚後の妻の生活が困窮することなども判断要素としてあげられています。

したがって、本件のケースとは異なり、宝くじの賞金を例えばヨットや美術品などのぜいたく品などの購入に当てたような場合や、貯金で持っていたという場合には、また違った判断になるかもしれません。


2015年11月30日更新

Q 妻が子どもを連れて家を出ていってしまいました。

その後、妻から離婚調停の申立がなされ、離婚の条件について色々と調停の席上で話し合いをしました。

結果、子どもの親権は妻とすることとなりましたが、その代わりに毎月1回は私は子どもと面会できるということも調停条項の中で決めてもらいました。

その後、調停で決めた子どもとの面会の日が近づいてきたので、妻に子どもとの面会の件について連絡したところ「子どもが会いたくないと言っている。」等と言って会わせてくれません。

裁判所で月1回は子どもと面会すると決めたのに、妻が嘘かホントか、子どもが会いたくないという理由で会わせてくれないのは納得できません。裁判所の調停で決めても無意味なのでしょうか?

A 面会についての方法を具体的に決めておけば、間接的に面会を強制する申立を行うことが可能です。

調停や裁判で、面会交流について条件を定めたのにも拘らず(例えば月1回は会わせるといった内容)、相手がそれを守らなかった場合、法律的に取りうる手段としては裁判所に強制執行を申し立てることになります。

もっとも、強制執行と言っても、いくら裁判所といえども無理やり力づくで子どもを引っ張り出して面会をさせる、といったことは当然ながらできないので、「間接強制」という方法になります。

「間接強制」とは、つまり、裁判所で決めた条件を守らなかった場合は、守らなかったこと1回につき・・・円を払え、という命令を裁判所に出してもらい、「間接的に」裁判所の決定に従うよう仕向ける方法です。

要するに、従わなかったことについて罰金を課すような感じです。

面会交流の場合、「会わせなかったこと1回について5万円を払え」、といった命令を裁判所に出してもらうことになります(なお金額については色々とバリエーションがありますが、面会交流の場合は概ね1回につき5万円前後になると思われます。)。

もっとも、この間接強制の方法は簡単に認められるものではなく、面会交流の方法や条件について、調停や裁判で具体的に決めておかなければなりません。

面会交流の方法や条件の決め方が曖昧だった場合、間接強制を申し立てられた側(本件では妻)が、何を守ればお金を払わずに済むかということが明確にならないからです。

では、どの程度まで面会交流の方法や条件を決めておく必要があるのでしょうか。

この点について、最近最高裁判所の決定が出されたことで注目されています。

最高裁判所平成25年3月28日決定は、

「面会交流の日時、各回の面会交流時間の長さ及び子の引渡しの方法」

を定める必要がある、と述べています。

ちなみに、この日は最高裁判所で面会交流について3件の決定が出され、3件のうち間接強制が認められたのは1件だけで、その他2件は間接強制が認められませんでした。

結論が別れたのは、「面会交流の日時、各回の面会交流時間の長さ及び子の引渡しの方法」の決め方の具体性の違いによります。

間接強制が認められた方の事案の面会交流の条件は

  1. 面会交流の日程等について、月1回、毎月第2土曜日の午前10時から午後4時までとし、場所は、長女の福祉を考慮して相手方自宅以外の相手方が定めた場所とすること、
  2.  面会交流の方法として、長女の受渡場所は、抗告人自宅以外の場所とし、当事者間で協議して定めるが、協議が調わないときは、JR甲駅東口改札付近とすること、抗告人は、面会交流開始時に、受渡場所において長女を相手方に引き渡し、相手方は、面会交流終了時に、受渡場所において長女を抗告人に引き渡すこと、抗告人は、長女を引き渡す場面のほかは、相手方と長女の面会交流には立ち会わないこと、
  3. 長女の病気などやむを得ない事情により上記①の日程で面会交流を実施できない場合は、相手方と抗告人は、長女の福祉を考慮して代替日を決めること、
  4. 抗告人は、相手方が長女の入学式、卒業式、運動会等の学校行事(父兄参観日を除く。)に参列することを妨げてはならないこと

と具体的に決められています。

他方で、間接強制が認められなかった方の事案では

ア 相手方は、抗告人に対し、長男と、2箇月に1回程度、原則として第3土曜日の翌日に、半日程度(原則として午前11時から午後5時まで)面接をすることを認める。ただし、最初は1時間程度から始めることとし、長男の様子を見ながら徐々に時間を延ばすこととする。

イ 相手方は、前項に定める面接の開始時にa県b市のc通りの喫茶店の前で長男を抗告人に会わせ、抗告人は終了時間に同場所において長男を相手方に引き渡すことを当面の原則とする。ただし、面接交渉の具体的な日時、場所、方法等は、子の福祉に慎重に配慮して、抗告人と相手方間で協議して定める。

ウ 抗告人と相手方は、上記アに基づく1回目の面接交渉を、平成22年1月末日までに行うこととする。

というものでした。

二つの事案を見比べるとわかるように、面会交流の間接強制が認められなかった事案の方は、各回の面会交流時間の長さについて

「半日程度(原則として午前11時から午後5時まで)」としつつも、「最初は1時間程度から始めることとし、長男の様子を見ながら徐々に時間を延ばすこととする。」

としたり

「面接交渉の具体的な日時、場所、方法等は、子の福祉に慎重に配慮して、抗告人と相手方間で協議して定める。」

とするなど、条件について協議する余地を残しており具体的に定めずに曖昧さを残していたことが、結論を分けたものと言えます。

調停の場や裁判では、子どものことに配慮して、あまり面会の条件をガチガチに決めずに、双方親どうしで柔軟に対処できるように「協議する」といった曖昧な決め方をすることも多かったのですが、この最高裁の登場により、今後は、面会交流の条件もガチガチに固めなければならないと思われます。

因みにこの最高裁は

「子の利益が最も優先して考慮されるべきであり(民法766条1項参照)、面会交流は、柔軟に対応することができる条項に基づき、監護親と非監護親の協力の下で実施されることが望ましい」

とも述べていますが、何とも理想と現実のような皮肉にも聞こえます。


2015年11月30日更新

遺言を作成する場合には、遺言者に
「遺言事項の意味内容や当該遺言をすることの意義を理解して遺言意思を形成する能力」
が無ければなりません。

たとえ、公正証書遺言の方法によって遺言が遺されていたとしても、後々、病院の診断書、介護施設の介護記録等から、遺言者が遺言当時認知症であることが明らかであった場合には、遺言は無効とされます。

東京高裁平成22年7月15日判決は、遺言者が認知症であったことを理由に公正証書遺言を無効としたケースですが、当該ケースは、さらに司法書士が公正証書遺言の作成に関与していながら、無効とされたケースです。
このケースにおいては、以下の事実が遺言の無効と判断する上で認定されています。

遺言は平成17年12月に作成されたものですが、まず、認知症の進行については、

① 遺言者は平成14年4月の夫の死亡の際には83歳であり,そのころから軽度の認知症と思われる症状が出始めた。平成16年にはその症状が進み,妄想的被害を訴えたり,昼夜の認識や場所の見当識が薄れる状況となっていた。
② 平成17年3月及び5月には,医師から痴呆ないし認知症の診断を受けるようになっており、平成17年5月の時点における改訂長谷川式簡易知能スケールの点数は20点。
③ 遺言者は平成17年2月に大腿骨骨折により入院し,退院後も車椅子生活となって介護老人保健施設に入所し,平成17年12月の本件公正証書作成まで入所を継続していた。
④ 平成18年9月の原医師の診断においては,大きく進行した認知症の症状が表れており、長谷川式簡易知能スケール11点。

という事実を踏まえて
「本件公正証書作成当時は,少なくとも平成17年3月及び5月時点より認知症の症状は進行していたものと認められる。」

と認定しました。

また、認知症の症状については

① 金銭管理はできない,ないし金銭管理には全介助が必要とされていたこと、及び被害妄想的であることが介護記録上認められること、
② その遺言の内容が、長年遺言者と同居して介護に当たり,養子縁組もしている被控訴人らに一切の財産を相続させず,控訴人に遺贈するという内容であり,特に遺言者の財産に属する本件不動産には被控訴人らが居住していること

であったことを合わせ考えると,

「このような認知症の症状下にある遺言者には,上記のような遺言事項の意味内容や当該遺言をすることの意義を理解して遺言意思を形成する能力があったものということはできない。」

と判断して、遺言能力を否定し、遺言を無効としました。

遺言の作成において司法書士が関与していた点については、

① 本件公正証書の作成に関与した東田司法書士等は,公正証書作成当日初めて遺言者に会ったものであること
② 遺言者は当時87歳で介護老人保健施設に入所しており,公正証書の作成を依頼した親族により車椅子に乗せられてきたこと
③ 同司法書士等は遺言者を診察したことのある医師や亡春子の介護に当たっていた老人介護施設職員の意見を聴取していないこと

を理由に、仮に司法書士等が当日の遺言者との会話の中で,その受け答えに基づいて遺言者に遺言能力があると感じたとしても,遺言能力が無い、という結論は妨げられない、としました。

この裁判例を踏まえれば、例え弁護士や司法書士等の専門家が関与して公正証書遺言を作成するとしても、認知症の疑いがある高齢者については、医師や介護施設職員から意見を聴取する等して、認知症の程度について確認する、というプロセスを経ていなければ、後々無効とされるリスクがあるということになります。

 

2015年12月4日更新

Q 妻が他の男性と不倫していることが発覚しました。

妻は二人の子ども(5歳と2歳)を寝かしつけた後、深夜に他の男性と会って不倫をしていたようです。

これから離婚の話し合いになりますが、不倫をするような妻に子どもを任せるわけにはいきませんので、自分が親権者になって子どもを育てたいです。

妻が不倫をしていたということは、親権争いの中でこちらから強く主張できますか?

不倫をしていたことは、親権・監護権争いの中ではほとんど考慮されませんが、不倫行為が、子の養育に具体的に悪影響を及ぼしている場合には考慮されます。

妻が不倫しなければ、夫婦関係が悪くなることもなく、子どもたちも両親の離婚という不幸な経験をすることもなかったはずです。

そのように考えれば、不倫をした、ということは子どもに対しての裏切り行為であり、したがって、それは親権・監護権争いの中で不利な要素として考慮すべきようにも思われます。

しかし、子どもの親権・監護権というものは、今まで夫と妻のどちらが子どもを育てていたか、とか、どちらが今後も健やかに育てていけるか、子の養育態勢はどちらが整っているか、という点を中心に判断されます。

あくまでも、子どもの実際の養育方法や環境という観点で決せられるべきものなのです。

したがって、不倫をしていた、ということはけしからん行為であり非難の対象ではありますが、子どもの親権・監護権を決める際には特に考慮すべき要素とはされないのが裁判実務です。

質問のケースは、大阪高等裁判所平成21年9月17日決定の事案とほぼ同様の事案ですが、大阪高等裁判所はこのような事案で、

「 相手方(母親)については、抗告人(父親)と同居中、 未成年者らを寝かしつけてから深夜まで、遊びに出かけ、さらにこれが高じて不貞行為にまで至ったものと認められるが、 (中略) そのために未成年者らの監護を疎かにしたような具体的事実や、 未成年者らに対して悪影響を及ぼしたような具体的事実は認められない」

「加えて、 (中略)従前のような遊びは控えざるをえないし、転居によって監護者としての自覚もできていることを考慮すれば、現時点においては、未成年者らの監護よりも自己の快楽の追求を優先するようなことは考え難い。」

と述べ、不倫をしていた母親に子どもの監護権を認めました。

もっとも、不倫をしていたことで育児・養育がおろそかになっていた、とか、自分の欲望を優先して子どもに配慮できない性格である、などという事情が認められれば、不倫をしていたということが子どもの実際の養育に悪影響を及ぼしている事になりますので、それは親権・監護権争いの中で不利な要素になります。


2015年11月30日更新

Q 夫とは別居しており、現在離婚協議中です。

子どもは私が育てていたのですが、ある日夫が突然家にやってきて、子どもを連れていってしまいました。

そこで、家庭裁判所に子の引渡しの審判の申立をして、最終的には「子どもを妻のもとに戻しなさい」という内容の家庭裁判所の審判をもらうことができました。

しかし、その後も夫は家庭裁判所の審判には従わず、私のところに子どもを戻そうとしません。どうしたらよいでしょうか?

裁判所に対して、強制執行の申立てをする、という手続きをとることとなります。

強制執行というものには、大きく分けて以下の二つの手段があります。

①直接強制

大雑把に言うと、裁判所の執行官が直接夫のところに行って子どもを連れ戻す、という手続きです。

例えば、執行官が夫の家に赴き、夫に対して説得をして、もしくは有無を言わさず室内に立ち入って子ども連れ出したり、子どもの学校や保育園の帰りを狙って連れ戻したりといった、要するに実力行使による連れ戻しの手段です。この手段が成功すれば、子どもはすぐに妻のもとに戻ってきます。

しかし、夫が子どもを打き抱えたまま離さずに絶対に引き渡さなかったり、執行官が夫の家に赴いて子どもを戻すよう求めても鍵を閉めて応じなかったりするなど強硬に拒んだ場合、現実的に執行官が子どもを連れ戻すことが困難です。

このような状況になってしまった場合には執行官が連れ戻しは不可能であると判断し、子どもを連れ戻すことなく手続きはそこで終了してしまいます。

また、執行官によってはそもそもこの直接強制という手続自体に難色を示して(子どもをあたかも物のように扱う手続とも思われるため)、執行官に直接強制の申立をしても「できない」と言って却下されてしまうことも多いのが現状です。

したがって、その場合は、以下の②の手段しか取れる手段は有りません。

②間接強制

裁判所が夫に対して、「妻のもとに子どもを戻さなければ、一日あたり~円の金銭の支払をせよ。」という命令を発して、間接的に子どもを戻すよう促します。

金額については一日あたり1~5万円の範囲内で決められることが多いです。

このように間接的にプレッシャーを与えて子どもの連れ戻しを図るのが間接強制という手続きです。


2015年11月30日更新

Q 現在夫とは別居しており、離婚に向けて話し合いをしている最中です。5歳になる子どもは私の家で育てています。

しかし、ある日夫が突然家にやってきて、子どもを連れ去ってしまいました。その後子どもは夫の家で暮らしており、私のもとに返すように言っても全く聞き入れてもらえません。

子どもを私のもとに連れ戻すにはどうしたらいいのでしょうか。

A 家庭裁判所に対して、監護権者の指定、子の引渡しの審判の申立てをして、裁判所から夫に対して子どもの連れ戻しを命じてもらうことになります。

この審判の手続きの流れは以下のとおりです。

裁判所に申立書を提出し受理されてからおおよそ2週間~1ヶ月の間(裁判所の混み具合で多少前後します)に裁判所で審判期日が開かれ、夫、妻が裁判所に出廷します。そこで裁判所の裁判官が妻、夫双方から子どもの連れ去り前後の事情(子どもを連れ去った状況、連れ去り前後の妻、夫のもとでの子どもの養育状況)を聴取します。

必要があれば審判期日の後に追加で双方の言い分を書類で提出します。

その後、日を改めて裁判所もしくは自宅で、家庭裁判所の調査官が、妻、夫それぞれから事情を聴取します。

妻に対しては、主に連れ去られる前の子どもの養育状況を、

夫に対しては主に連れ去った後の子どもの養育状況を聴取し、

双方の養育環境に問題がないかを調べます。

裁判官は、連れ去った状況や調査官からの聴取結果をもとにして、おおよそ1ヶ月以内に審判を下します。

私がこれまでに経験したケースを見る限りでは、審判官は、妻のもとでの子どもの養育状況に特に問題なかったような場合には、「子どもを妻のもとに戻せ」という審判を下す傾向があるようです。

「子どもを妻のもとに戻しなさい。」という審判が出た場合には、夫は妻のもとに子供をもどさなければなりません。

しかし、夫が裁判所の命令に従わず、子供を戻さない場合、強制執行という手続きが必要となります。


2015年11月30日更新

遺言書を作成したとしても、遺言者が、その遺言の意味,内容を理解し,遺言の効果を判断するに足りる能力、すなわち「遺言能力」を有していなければ、後にその遺言は裁判で無効と判断されます。

「認知症や重病で、知的能力・判断能力が著しく衰えている状態で、遺産の独り占めを企てて,他の兄弟が自分に有利な遺言を親に書かせようとした。」
「こんな遺言は有効なのか」
というご相談をお受けすることが多いですが、このような場合は、後に遺言無効確認訴訟で遺言の有効性が争われます。
その際は「遺言能力」があったかどうかが中心的な争点となります。

近年は、遺言書に対する世間的関心の高まりや、司法書士、弁護士等による宣伝広告活動により、専門家が関与して、公正証書遺言が作成されるというケースが多くなっています。
司法書士、弁護士等の専門家が関与し、さらに公証人も関与して遺言が作成されれば、一般的には、
「専門家が、遺言者の遺言能力の有無なども確認した上で、遺言が作成されたであろう」
という印象が強いのは事実です。

しかし、診断記録、介護記録などから、客観的に認知症等の精神上の障害の存在が明らかな場合には、これら専門家が遺言の作成に関与していたとしても、
遺言能力なし
として、公正証書遺言が裁判で無効とされるのです。

東京地裁平成20年11月13日判決のケースは、

1 遺言者の事前の依頼に基づき弁護士が遺言の案文をとりまとめ
2 遺言当日,弁護士2名が証人となり、公証人においても同じ文面の遺言書の案文を,一か条ずつ読みながら確認した
3 遺言者は各条文の読み聞かせに対し手を握って応じた

というケースですが、裁判所は以下の事実を認めて遺言を無効としました。

1 本件遺言書作成日の約10日前から,肺癌の骨転移に伴う高カルシウム血症,腸閉塞に伴う脱水等の症状や肺癌に伴う肺炎に起因する低酸素血症などの意識障害を引き起こしかねない病態が重なって徐々に意識レベルが低下していた
2 本件遺言書作成日の約1週間前には,閉眼して傾眠傾向の状態になり,呼びかけてもあまり反応しないような状態に陥っていたこと,
3 本件遺言書作成日の前日にも傾眠傾向にあって,努力様の呼吸を続けており,同日夜には見当識障害が認められたこと
4 本件遺言書の作成当日には,上肢と手指に抑制器具を装着して酸素供給を受けながら,公証人により遺言公正証書の案文を読み聞かされている最中に,首を大きく横に振って非常に苦しそうな態度をしてそのまま眠ってしまい,公証人が一旦は遺言公正証書の作成を断念するほどの状況になり,妻から何度も揺すられ声をかけられてようやく目をさました、という状態だったこと

ちなみに、遺言者は、遺言作成時は、肺癌に脳幹梗塞を併発して入院中であり、遺言の作成の約一月後に死亡しています。

なお、遺言作成の10日前に、遺言者の主治医により「判断能力は十分にあったと考えられる旨の診断書」が作成されていますが、それでも、遺言書は無効であるとされています。

この裁判例においては、弁護士や公証人の関与、というのはほとんど考慮されていません。
あくまでも、遺言者の遺言作成時の「心身の状態」について、遺言作成の直前から遺言作成当日の状況まで、かなり詳細に事実認定をした上で、遺言の有効性を判断しています。


2015年11月30日更新