相続・遺言無効・遺留分請求のための弁護士相談

【質問】
私の叔父が亡くなりました。
叔父は生涯独身で、私の親を含む叔父の兄弟姉妹も皆他界しており、相続人は甥と姪である私たちしかいません。

叔父の生前に、内縁の妻のような形で同居していた女性がいて、叔父の死後はその女性が葬儀などの手配も行い、遺骨も持っていっています。

私は、叔父の生前に「お前の親と同じ墓に入れてくれ」ということを言われていたため、この女性に対して遺骨の引渡しを求めたのですが、この女性は「私が供養する」と言って遺骨を渡してくれません。
どうしたら良いでしょうか。

【説明】
遺骨は、所有権の対象となると解されています。
そのため、人が死亡した場合に、その遺骨は誰が所有すべきか、という点が問題となります。

この点については、従来、遺骨は相続財産に該当するとか、祭祀承継者に帰属するとかなど、見解が分かれているところでしたが、最高裁平成元年7月18日判決において、「遺骨は慣習に従って祭祀を主宰すべき者に帰属したとして、祭祀を主宰すべき者への遺骨の引渡しを命じた原審の結論を維持する」という旨の判断がなされています。
したがって、現在は、遺骨の所有権については、相続財産に該当せず、
「遺骨は慣習に従って祭祀を主宰すべき者に帰属する」
という見解が裁判実務上は通説といえます。

そうなると、本件の事例においては、遺骨の引渡を求めるにあたっては、自らが祭祀承継者であると認められる必要があります(なお、本件の事例は、大阪家庭裁判所平成28年1月22日審判の事例をモチーフにしたものです)。

なお、この祭祀承継者については、民法897条に規定があります。

第897条
1 系譜、祭具及び墳墓の所有権は、前条の規定にかかわらず、慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継する。ただし、被相続人の指定に従って祖先の祭祀を主宰すべき者があるときは、その者が承継する。
2 前項本文の場合において慣習が明らかでないときは、同項の権利を承継すべき者は、家庭裁判所が定める。

系譜」とは歴代の家長を中心に祖先以来の系統(家系)を表示するもの

祭具」とは祖先の祭祀、礼拝に供されるもの(位牌、仏壇等)

墳墓」とは遺体や遺骨を葬っている設備(墓石、墓碑等)

となります。
なお、被相続人の位牌については、被相続人の死亡後に作成されるものでありしたものであり、被相続人の祭祀財産には当たりません。また、被相続人の遺骨についても、生前の被相続人に属していた財産ではないため、相続財産を構成するものではなく、また、民法897条1項本文に規定する祭祀財産にも直接には該当しないとされています。

もっとも、遺骨についての権利は、通常の所有権とは異なり、埋葬や供養のために支配・管理する権利しか行使できない特殊なものであること、既に墳墓に埋葬された祖先の遺骨については、祭祀財産として扱われていることなどを理由として、被相続人の遺骨について、その性質上、祭祀財産に準じて扱うのが相当である、というのが裁判所の考え方です(大阪家裁平成28年1月22日より抜粋)。

したがって、被相続人の指定又は慣習がない場合には、家庭裁判所は、被相続人の遺骨についても、民法897条2項を準用して、被相続人の祭祀を主宰すべき者、すなわち遺骨の取得者を指定することができると言うことになりますので、遺骨の引渡を求めるためには、家庭裁判所に祭祀承継者指定の審判の申立をする必要があります。

なお、家庭裁判所が祭祀承継者を指定するにあたっては、
「被相続人との身分関係や生活関係、被相続人の意思、祭祀承継の意思及び能力、祭具等の取得の目的や管理の経緯、その他一切の事情を総合して判断」されます。

本件の大阪家裁の事例では、被相続人の生前の生活関係等から甥よりも同居している女性の方が緊密であったとして、当該女性を祭祀承継者と指定しています。


2018年5月20日更新

【質問】
父が亡くなり、相続人は長男の兄と次男の私の二人です。
父の死亡後に、兄に全ての遺産を相続させる、という内容の父の自筆遺言書が出てきました。
遺言書は封筒に入っていましたが、封筒は開封された跡がありました。
そこで、この遺言書の効力について町の相談会で司法書士に相談したところ
「この遺言は、封が開封されているため、遺言としての効力はない」
と言われました。
そのため、私も兄も、遺言は無効なものと考え、兄と遺産分割協議をすることとなりました。

 

しかし、その後、なかなか話し合いがまとまらず、そのうち兄との対立が先鋭化し、父の死亡から10年以上が経っても遺産分割協議が成立しませんでした。
すると、ある日、兄が私に対して「やっぱりこの遺言は有効だから、遺言に基づいて俺が全部遺産をもらう」
と言ってきました。
そこで、改めて専門家に相談したところ
「封が開封されていても遺言書は有効である」
と言われました。

 

そうなると私としては遺留分の請求をしなければならないと思い、専門家に相談したのですが、専門家からは
「民法の規定で、遺留分の請求は、被相続人が死亡してから10年を過ぎると一切できない」
と言われてしまいました。
とても理不尽に感じていますが、私はどうしようもないのでしょうか。

【説明】
遺留分の請求について、民法1042条は、

①減殺の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。
②相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。

と定めています(①、②は筆者による)。

一般的な事例では、上記の①の期間制限が1年間と短いため、この期間を超えないように気をつけて対応するということがまず第一です。
例えば、遺留分を侵害する遺言書などが見つかった場合には、遺言書の存在を知ったときから1年以内に内容証明郵便で遺留分の請求を行い、その後に協議、さらに調停、訴訟という流れで紛争が進んでいくこととなります。

もっとも、上記②で規定されている通り、被相続人が死亡してから10年が経った場合は、遺留分の請求はできない、と定められています。
要するに、被相続人死亡後、おそくとも10年以内に訴訟提起して遺留分の請求をしなければならないのです。
遺留分の請求がいつまでも可能であるとすると、法律関係が不安定な状態が続くため、このように10年という最長期間を定めているのです。

では、本件のように、被相続人の死亡後、遺言書が発見されたもののその効力について相続人全員が無効であると誤解し、死後10年以上遺産分割協議をしていたために、10年以内に遺留分の請求ができなかったという場合、上記②の規定のため、遺留分の請求は一切できないのでしょうか。

この点について判断したのが、仙台高等裁判所平成27年9月16日判決の事例です。

本件のケースと同様の事例で、仙台高裁は、上記民法1042条の②の部分の解釈について

「遺留分権利者である相続人が、遺留分減殺請求権を行使することを期待できない特段の事情が解消された時点から六か月以内に同権利を行使したと認められる場合には、当該相続人について、同法一〇四二条後段による遺留分減殺請求権消滅の効果は生じないものと解するのが相当である。」

と判断しました。

要するに、この裁判例によれば
・被相続人の死亡後10年以上に渡って、遺留分減殺請求権を行使することを期待できない特段の事情が存在しており、
・当該事情が解消された日から6ヶ月以内であれば、被相続人の死亡から10年以上経過してもなお遺留分減殺請求を行使できる
ということになります。

となると、「遺留分減殺請求権を行使することを期待できない特段の事情」と何かという点と、「当該事情が解消された日」の2点の解釈が問題となります。

この裁判例は、本件と同様のケースにおいて、まず「遺留分減殺請求権を行使することを期待できない特段の事情」については、

「本件遺言は、相続開始の時から約一年六か月後の時点で、その存在は明らかになっていたものの、同時に、遺言としての有効性について、無効であるとの見解が、具体的な理由付けを含めて専門家の見解として紹介され、相続人全員が、これを信じて、以後、無効を前提として遺産分割協議が継続されていたという事情がある。」
「そして、このような事情からすれば、上記見解が誤ったものであったことを踏まえても、控訴人において、相続開始の時から一〇年間にわたり、有効な遺言が存在することを認識し得ず、その結果、遺留分減殺請求権を行使することを期待できない特段の事情があったと認めるのが相当である。」

と述べ、「特段の事情」の存在を認めました。

次に、「当該事情が解消された日」については、

「遺産分割協議において、C(遺言によって財産を受ける者)が、本件遺言について、従前の見解を改め、専門家の見解を紹介して有効である旨主張するようになり、以後の遺産分割協議の継続を行わない意向を示した時点」

であると述べ、この時点から6ヶ月以内に権利行使しなければならないと判断しました。

以上の通り、この裁判例は、被相続人死亡後10年を経過した場合でも遺留分の請求が可能な場合があることを示しましたが、他方で、「遺留分減殺請求権を行使することを期待できない特段の事情」と、「当該事情が解消された日」については、具体的にはどのような場合が該当するのかは個々の事案によって判断されるものであり、今後のさらなる裁判例の集積が待たれるところです。


2018年5月17日更新

【質問】
遺産として土地が複数あります。
相続人が5人おり、法定相続分通り分けるということは合意していますが、相続人の誰がどの土地を取得するか、遺産分割調停でも話がまとまらず、現在審判手続となっています。

代償分割の方法を誰も主張しておらず、かと言って、土地を競売にかけるということも誰も望んでいません。
この場合、遺産の土地をとりあえず「共有にする」という内容の審判が出されるのでしょうか。

【説明】

遺産を分ける方法については

1 現物分割
2 代償分割
3 換価分割
4 共有分割

の4つの方法があります。
調停や審判で検討される方法の順序も、まさに上記の順番の通りで
まず、原則的な方法は「現物分割」(まさにそのものを分ける)となります。
しかし、土地などの不動産の場合には、現物分割の方法に従ってそのまま法定相続分で土地を分けると、土地が細分化するなどして土地の利用価値がなくなる場合がほとんどです。
ましてや、建物(特に戸建て)も切って分けることはできません。
したがって、一般的な宅地や戸建てが遺産の場合にはこの方法によることは出来ません。

そこで、次に考慮される方法としては、「代償分割」というものになります。
これは、誰かが土地を相続することと引き換えに、土地を相続しない相続人に対して法定相続分に相当する土地の価値相当額(代償金)を支払うという方法です。
しかし、誰も土地を欲しない場合や、そもそも代償金を支払えるような相続人がいない場合もこの方法はとれません。

そうなると、次の手段として「換価分割」という方法になります。この方法は、不動産を競売にかけて、その競売代金を相続分に従って分割するという方法です。
要するに「売ってお金を分ける」という方法です。
不動産の場合は、現物分割や代償分割が不可能な場合、通常はこの「換価分割」という方法で分けられることとなります。

しかし、本件のケースのように、現物分割も代償分割も不可能であり、なおかつ、相続人全員が土地を競売にすることも望んでいないような場合、すなわち換価分割を望んでいない場合、裁判所は最後の「共有分割」という分割方法を認めるのでしょうか?

この点について述べた裁判例が大阪高等裁判所平成14年6月5日決定です。
この裁判例は、相続人全員が遺産土地の競売を望んでいなかった、という事例でありながらも、

「土地を換価分割すべき」

と判断しました。

その理由として、まず、遺産分割の検討方法について

「遺産分割は、共有物分割と同様、相続によって生じた財産の共有・準共有状態を解消し、相続人の共有持分や準共有持分を、単独での財産権行使が可能な権利(所有権や金銭等)に還元することを目的とする手続であるから、遺産分割の方法の選択に関する基本原則は、当事者の意向を踏まえた上での現物分割であり、それが困難な場合には、現物分割に代わる手段として、当事者が代償金の負担を了解している限りにおいて代償分割が相当であり、代償分割すら困難な場合には換価分割がされるべきである。」

として、現物分割→代償分割→換価分割、の順序で検討するよう述べました。

そして、共有分割の可否については、

「共有とする分割方法は、やむを得ない次善の策として許される場合もないわけではないが、この方法は、そもそも遺産分割の目的と相反し、ただ紛争を先送りするだけで、何ら遺産に関する紛争の解決とならないことが予想されるから、現物分割や代償分割はもとより、換価分割さえも困難な状況があるときに選択されるべき分割方法である。」

と述べて否定しています。

すなわち、遺産の共有分割が認められる場合とは「換価分割さえも困難な状況があるとき」と言うこととなります。
これが該当するのがどのような場合かは明確ではありませんが、競売による売却が事実上不可能な場合(競売でも買い手がつかないことが予想される場合)や、相続人全員が当該物件に居住などしていて売却されてしまうと行く宛もなくなってしまう、いった場合などかなり極端な場合に限られるものと考えられます。


2018年5月7日更新

【質問】

親が亡くなりまして、遺産としては親の住んでいた自宅だけがあります。

相続人は、私(次男)と長男の2人だけです。

親が亡くなって空き家ですが、昔から慣れ親しんだ場所なので、私が自宅を取得して住みたいと思っていました。

しかし、兄も同じ考えだったようで、どちらも自宅を取得希望で譲らず、遺産分割協議が進まず、調停になる見込みです。

調停となった場合、どちらが自宅を取得できるのでしょうか。

【説明】

遺産が不動産で、特に一戸建ての場合、遺産分割方法として、実務上は

1 代償分割

2 換価分割

のいずれかの方法で分けることになります。

どちらかが取得を希望する場合は、1の代償分割になりますし、どちらも取得を希望しない場合は、売ってお金で分ける(2の換価分割)ということになります。

では、本件のようにどちらも取得を希望する場合(どちらも代償分割を希望する場合)、どのように分割することになるのでしょうか。

この点について、どのように決められるのか、今のところ法律や判例で確たる基準があるわけではなく、調停や個々の審判事件でケースバイケースにより妥結されているのが実情です。

ただし、最近は、話し合いでの調整が難しい場合、東京家庭裁判所では、以下の考慮要素を設定して双方に主張・立証させた上で、裁判所がどちらが取得すべきか、という点を決しているようです。

1 相続人の年齢、職業、経済状況、被相続人との間の続柄等

2 相続開始前からの遺産の占有・利用状況(誰が、どのように遺産を利用していたか)

3 相続人の財産管理能力(誰がどのように遺産を管理していたか、管理が適切であったか)

4 遺産取得の必要性(なぜ遺産を取得したいのか)

5 遺産そのものの最有効利用の可能性(遺産をどのように利用・再利用するのか)

6 遺言では表れていない被相続人の意向

7 取得希望者の譲歩の有無(遺産を取得する見返りとして他の部分で譲歩できるか)

8 取得希望の程度(入札により高い値を付けたほうが取得するという意向があるか)

9 取得希望の一貫性(調停の経過から取得希望の一貫性があるか)

(以上、「家庭の法と裁判」No.12 145〜146頁より抜粋)

私が関与したケースでも、本件と同じ争点について調停で議論した経験がありますが、上記の考慮要素の中でも、特に重要なのが、2の「相続開始前からの遺産の占有・利用状況」であり、相続開始前から占有・利用していた相続人のアドバンテージはかなり大きいと感じています(この点は、子どもの親権争いの場合に「従前の監護状況」に比重をおいて判断されているということとも重なります)。

相続開始前に、相続人の誰も占有・利用していなかった、という場合には、2以外の要素を総合考慮して、裁判所が結論を決めるということになりますので、このような場合は予測を立てるのは難しいケースが多いと思われます。

以上を踏まえると、相続後に取得を希望したい不動産等がある場合には、なるべく相続開始前から占有・利用に関わるように意識した行動が必要であると考えられます。


2018年4月11日更新

土地や建物の不動産が遺産となる場合、土地や建物を切って分ける、ということは通常は困難な場合が多いです(土地が細分化するなどして土地の利用価値がなくなる場合など)。

したがって、一般的な宅地が遺産の場合に考慮される遺産方法としては、「代償分割」というものになります。

これは、誰かが土地を相続することと引き換えに、土地を相続しない相続人に対して法定相続分に相当する土地の価値相当額(代償金)を支払うという方法です。

この代償分割が認められるための要件として、最高裁判所(最高裁判所平成12年9月7日決定)は、特に代償金を支払う者の資力が重要であると述べています。

なぜならば、この代償分割により遺産分割が成立する場合には、遺産不動産を現物で取得する相続人は、遺産の所有権を直ちに取得することができますが、代償金の支払いを受ける相続人は、代償金債権を取得するだけであり、その履行がなされなかったとしても、遺産分割協議を解除することはできない(最判平成元年2月9日)とされており、また、債務不履行を理由に遺産分割調停や審判が無効であると主張することもできないからです。

そのため、遺産分割調停・審判で代償分割をするに際しては、代償金を支払うことになる相続人に対しては、その原資となるべき預貯金などの資産があるか、金融機関から融資を受けることが可能なのかどうか、あるいは今後の継続的収入が確実であるかどうかなどの資力に関する証拠の提出は必須というのが裁判実務です。

では、不動産を代償取得する相続人の資力が乏しい、もしくは証明ができない場合に、代償分割の方法は一切認められないのでしょうか。

この点については、裁判例や学説もいろいろと議論があるところですが、大阪高等裁判所平成3年11月14日判決は、

「代償金支払債務を負担させられる者にその支払能力がないのに、なお債務負担による分割方法が許されるのは、他の共同相続人らが、代償金の支払を命じられる者の支払能力の有無の如何を問わず、その者の債務負担による分割方法を希望するような極めて特殊な場合に限られるものというべきである。」

と述べています。

要するに、この裁判例によれば

「代償金の支払いを受ける側の相続人が、遺産を代償取得する相続人の資力等は全く気にせず代償分割を希望している」

という場合には、代償分割が認められる可能性がある、ということになります。

ただし、この点については、学説では反対論も根強く、また、そもそも上記裁判例の「極めて特殊な場合」というのがそもそもあり得るのか、と言う指摘もあり(最近の裁判例(大阪高裁平成28年9月27日判決)でも否定されています)、ハードルは高いと言えます。


2018年3月30日更新

親の遺産を巡って紛争になった場合には、まず分ける対象となる遺産の全体像を把握する必要があります。

しかし、親の生前に、親が一部の子どもにしか遺産のことを話していなかったり、誰かが一人で管理していたという場合などには、他の相続人からすれば

「親の遺産がいったいどこにどれくらいあるのか、全てを把握できない」

という状況も生じてしまいます。

このような場合に、遺産の全容を把握する手段として一番確実なのは、相続税の申告書を確認することです。

通常は、相続人全員で相続税の申告をしますので、上記のように相続人間での情報の偏在があるような場合でも、申告の段階で申告書の内容から遺産の概要を把握することが出来ます。

しかし、ケースによっては、相続税の申告すら一人でやられてしまい、他の相続人に申告書の内容を明かすことすら拒むような人もいます。

このような場合に、他の相続人は、税務署に対して

「他の相続人の相続税申告書を開示して欲しい」と求めたいところです。

この手段は果たして可能なのでしょうか。

この点を巡って問題になったのが、福岡高等裁判所宮崎支部平成28年5月26日決定のケースです。

結論から言いますと、このケースでは、他の相続人からの裁判所を通じた税務署に対する相続税申告書の開示請求について、裁判所はこれを認めず、開示がされませんでした。

具体的に言いますと、上記高裁の事例は、遺産分割調停で他の相続人が税務署に提出した相続税申告書について開示するよう文書提出命令の申立てをした、という事案でしたが、裁判所は、税務署が相続税申告書を他の相続人に開示する必要はない、と判断し、文書提出命令の申立てを却下しました。

その理由として、裁判所は以下のように述べています。

まず、文書提出命令の申立てがされた場合に、対象文書の所持者が、その提出を拒むことが出来る場合というのが、民事訴訟法220条1項4号に列記されています。

この列記事由の一つに

「ロ 公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」

というものがあります。

本件では、税務署に提出された相続税申告書が対象文書でしたが、これが上記列記事由に該当するかどうかが問題となりました。

この点について、裁判所は、

①本件文書が「公務員の職務上の秘密に関する文書」に該当するか

②本件文書について「その提出により公共の利益を害し,または公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれ」があるか

という2つの観点から検討しています。

まず、①の点については、

「相続税申告書及びその添付書類」は,「被相続人の遺産並びに申告者が相続しまたは遺贈を受けた財産の具体的内容及びその評価額や申告者の親族関係等の秘密にわたる事項が記載されているのであるから,公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密が記載されたものであって,これが公にされることにより,申告者との信頼関係が損なわれ,申告納税方式による税の徴収という公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるということができる」

として、

「民事訴訟法220条4号ロにいう「公務員の職務上の秘密に関する文書」に該当する。」

と判断しました。

次に、②の点については、

「遺産分割調停事件における相続税申告書及びその添付書類の提出が,被相続人の遺産の全貌を明らかにし,調停手続を円滑かつ迅速に進める上でその必要性が認められ,ひいては適正な遺産分割の実現による紛争の解決に資するところがある」

と言いつつも、

「かかる事情を考慮しても,本件文書のような相続税申告書及びその添付書類は,その記載内容からみて,その提出により公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれの存在することが具体的に認められ,民事訴訟法220条4号ロに該当するというべきである。」

と述べて、税務署が開示を拒むことが出来る、と判断しました。

判断の理由について判決文は詳細に述べていますが、長くなりますのでここでは割愛します。端的にいうと、税務署が、申告者の意に反して税務申告書を他人に開示してしまうと、

「税務行政に対する納税者の信頼が損なわれ,納税者の自主性を前提に組み立てられている申告納税方式による国税の適正な徴収の円滑な遂行に著しい支障を生ずる。」

ということが主たる理由となっています。

裁判所の判決は、理屈としては確かにその通りなのでしょう。

しかし、遺産分割事件では、遺産の存在、範囲や特別受益(生前贈与)については証拠がなければ裁判所は基本的には全く認定判断してくれませんし、加えて、裁判所が積極的に証拠を収集してくれるわけでもありません。

そこにきて、このような判断となると、結局のところ「証拠は隠したもの勝ち」という風潮を助長するのではないかと危惧されるところです。


2017年8月30日更新

Q 親が亡くなりましたが、遺産は親が住んでいた実家の建物だけです。

相続人は子ども二人ですが、二人とも実家の建物なだけに売ることは避けたいと考えています。ただし、どう分けたら良いのかもよくわかりません。

A 親が亡くなり相続が発生した場合、遺産は、法律上「共有」という状態になります。

この遺産の共有は、民法で規定されている共有と同様の性質を持ち、この遺産の共有及び分割方法については民法で定められている規定が第一次的に適用されます。

民法は以下のように規定しています(一部抜粋。下線は筆者)

(共有物の分割請求)

第256条  各共有者は、いつでも共有物の分割を請求することができる。ただし、五年を超えない期間内は分割をしない旨の契約をすることを妨げない。

(裁判による共有物の分割)

第258条  共有物の分割について共有者間に協議が調わないときは、その分割を裁判所に請求することができる。

2  前項の場合において、共有物の現物を分割することができないとき、又は分割によってその価格を著しく減少させるおそれがあるときは、裁判所は、その競売を命ずることができる。

この民法の規定ぶりから、民法258条2項により「現物分割」が遺産分割の原則となると考えられています。

そして、当該不動産の有効利用という観点に反しない限り分割して取得者を決めることを本則とすべきであると言われています(「遺産分割事件の処理を巡る諸問題」司法研修所編 315頁以下参照)。
ですので、不動産を「共有のまま」ということにはせず、基本的には現物分割等の方法で分けられることになります。

ここで問題になるのは、例えば、遺産の不動産が

・一戸建て

・マンションの一室

の場合です。

このような場合に、「現物で分割する」ということは現実的ではありません。一戸建ての建物やマンションの一室を現実的に切って分けることはできませんし、所有権を分けることも不可能だからです。

しかし、一棟の建物が区分所有が可能な構造であれば別です。

これは、わかり易い例で言えば、戸建てであっても二世帯住宅の場合や、アパート又はマンション一棟で中が幾つかの独立した居室に分かれている場合などが当てはまります。

このような場合、各相続人が取得する建物の部分(専有部分)を決め、その敷地である土地は専有部分の床面積の割合に応ずる持ち分により共有するという現物分割が可能であると言われています(区分所有法22条2項、14条)(「現物分割の問題点」今井理基夫 判例タイムズ1100号400頁)。

現物分割が不可能な場合には、「換価分割」(売ってお金で分ける)又は「代償分割」(誰か一人が所有権を取得し、他の相続人に対価を支払う)の方法に拠るしかありません。


2017年6月3日更新

Q
結婚して10年になりますが、夫との考え方の違いに耐えきれなくなり、夫に離婚を申し入れましたが、夫は全く聞く耳を持ってくれません。

弁護士に相談したところ、

「離婚をするためには、別居して調停を申し立てた方が良い」とアドバイスされましたので、別居して家庭裁判所に調停を申し立てましたが、それでも夫は離婚に応じてくれず調停は終わってしまいました。弁護士からは「後は離婚訴訟を起こすしか無い」と言われています。

夫と別居してもう3年以上になりますが、裁判を起こせば離婚は認められるのでしょうか。

A
裁判を起こした場合に、不倫やDVなどの行為を理由とするのではなく、性格の不一致を理由とする場合には、離婚が認められるためには、

「婚姻を継続しがたい重大な事由」(民法770条1項5号)

というものが認められなければなりません。

これは、簡単に言えば、夫婦関係が破綻して回復の見込みがない状態である、ということです。

性格の不一致を理由とした離婚請求の場合に、この「夫婦関係が破綻して回復の見込みがない状態」というのを第三者である裁判官が判断することはとても困難を伴います。

例えば「喧嘩するほど仲が良い」と言う格言もあるように、表向きは相手を激しく避難していても内心はわかりませんし、どちらか一方が離婚を望んでおらず復縁を働きかけているような場合には、第三者からすれば「もしかしたらよりを戻す可能性があるのでは」とも考えてしまうからです。

そのため、離婚訴訟においては、夫婦関係が破綻して回復の見込みがない状態か否かを判断するために、

別居期間が相当長期に渡っているか否か

という点を非常に重視する傾向にあります。

夫婦の別居期間が長ければ長いほど、第三者である裁判官から見ても「夫婦の関係はもう回復不可能なほどに破綻している」と判断することが容易だからです。

では、その別居期間はどの程度の長さがあれば、離婚が認められる方向に傾くのでしょうか。

結論から言いますと、「この期間であれば必ず離婚が認められる」という基準はありません。

別居期間が2年程度でみとめられる場合もあれば、3年でも認められない場合もあり、まさにケースバイケースです。もっとも、敢えて言えば、

「別居期間3〜5年」

というのが一つの目安になるのではないかと考えられます。私が以前経験したケースで担当していた裁判官は「別居期間が3年あれば離婚を認める」と言っていました。

また、別居期間だけでなく、

・離婚を求める側の離婚意思の強さ

・離婚を拒絶している側の復縁意思の強さ

も考慮されています。

例えば、別居期間中に、離婚を拒絶している側が、復縁のためにどのような働きかけや言動をしていたか、という点が裁判官に考慮されているという傾向があります。

その他、結婚してから別居するまでの間の同居期間の長さ、というのも考慮される場合があります。

この点について、一つの参考事例として、東京高等裁判所平成28年5月25日判決の事例があります。

この事例は、妻が別居して、夫に離婚訴訟を起こした、という事例です。

この事案で、第一審の地方裁判所の判決は、別居期間が3年5ヶ月だったことについて、

・同居期間が10年間であるのに対して別居期間は約3年5ヶ月と短い

・夫は妻との修復を強く望み、従前の言動を真摯に反省し、時間をかけて関係改善を考えている

などと認定して、妻からの離婚請求を棄却しました。

この判決対して、妻が高等裁判所に控訴し、控訴審の終結時には別居期間がさらに延びて4年10ヶ月あまりとなっていました。

この控訴審の判決は、

「別居期間の長さは,それ自体として,控訴人と被控訴人との婚姻関係の破綻を基礎づける事情といえる。」
として、別居期間が長期に渡っていることを認めました。

加えて、「夫が,婚姻関係の修復に向けた具体的な行動ないし努力をした形跡はうかがわれず,かえって,別件婚費分担審判により命じられた婚姻費用分担金の支払を十分にしないなど,被控訴人が婚姻関係の修復に向けた意思を有していることに疑念を抱かせるような事情を認めることができる」と認定しました。

そして結論として、

「別居期間が長期に及んでおり,その間,夫により修復に向けた具体的な働き掛けがあったことがうかがわれない上,妻の離婚意思は強固であり,夫の修復意思が強いものであるとはいい難いことからすると,夫婦の婚姻関係は,既に破綻しており回復の見込みがないと認めるべきである」

と述べて、妻からの離婚請求を認めました。

先程述べた通り、最低どの程度の別居期間があれば離婚が認められるかという基準は存在しないため、具体的な判断に悩むケースも多いですが、この事例は一つの判断基準として参考になります。


2017年4月24日更新

遺産の預貯金というのは、遺産分割協議や調停で相続人間の合意が無くても、各相続人が自分の法定相続分に相当する分を銀行に払戻し請求することができる、というのがこれまでの裁判・銀行実務でした。

ですので、これまでは、遺産分割で相続人間で揉めていても、預貯金については各相続人は自分の法定相続分については銀行に請求して払い戻すことが可能でした。

しかし、最高裁判所平成28年12月16日判決は、これまでの裁判・銀行実務を変更し、

「遺産の預貯金については、払い戻すためには相続人全員の同意が必要」

という方向性を打ち出しました。

そのため、原則として、遺産の預貯金を引き出すためには、相続人全員で遺産分割協議をするか、もしくは争いがある場合には、家庭裁判所での遺産分割調停又は審判を得た後でなければできない、ということになりました。

遺産の公平な分割という観点から言えば、上記の最高裁判所の判決は歓迎すべき内容ではありますが、他方で、揉めている場合などには、家庭裁判所の調停や審判を得るまでに相当の時間がかかってしまい遺産の預貯金に手を付けられないのが長期間にも及んでしまうという事態も生じてしまいます。

そうなると、例えば

・生活に困窮していて親の預金(遺産)を頼って生活していた者がいる場合

・葬儀費用や相続税の支払が多額になり、親の預金(遺産)をおろさなければ支払いきれない場合

などには、相続人が立ち行かなくなってしまうという事態が発生することが懸念されます。

このような事態に対処するために検討すべき手続というのが

「遺産の仮分割の仮処分」

という手続です。

この手続は、ごく簡単に言えば、遺産分割で揉めていて、家庭裁判所の調停をする必要がある状況で、生活費や葬儀費用等の支払いで遺産の預貯金を早急に降ろさなければならず調停が終わるまで待っていられない、という場合に、裁判所に遺産の預貯金の一部について分割するよう仮の決定を出してもらい、遺産の一部の預貯金について早急に払い戻しを受けられるようにする、という手続です。

上記の最高裁判所の判例が出されたことにより、今後、この仮処分の手続の利用を検討すベき状況が増えてくるのではないかと考えられます。

この手続の概要について、「家庭の法と裁判第9号」掲載の学者・裁判官の座談会で議論されていましたので、その内容の一部を以下紹介します。

1 仮分割の仮処分を利用すべき場合

①扶養を受けていた共同相続人の生活費や施設入所費用の支払を早急にしなければならない場合

②葬儀費用や相続税など相続に伴う費用の支払が必要な場合

③被相続人の医療費や被相続人の債務(借金)の支払が必要な場合

*いずれも、遺産の預貯金を下ろさなければ払えないような場合であることが前提

上記の中では、特に①のケースが必要性が高いと考えられる。

2 仮分割の仮処分を申し立てるために必要な証拠や書類

上記①の場合は、仮分割を申し立てる人の収入資料(源泉徴収票や課税証明書、確定申告書、家計収支一覧表、預金通帳、陳述書など)

上記②、③の場合は、債務や費用についての明細資料、報告書など

3 仮分割の仮処分決定が出るまでの期間

仮分割の仮処分は、調停又は審判を申し立てることが前提。

したがって、第一回調停(審判)期日の中で、この仮処分の審理を行うことになり、その後に決定が出ることになる。もっとも、緊急性の高い事案の場合は、第一回目の期日前に、相続人全員から書面で陳述を聴取して決定を出すこともありうる。

4 仮分割の仮処分決定の内容

「預金債権を、同目録記載の申立人取得額のとおり申立人に仮に取得させる」という決定文となる。

また、目録の中では、預金債権の種別(普通か定期か)、口座番号、取得金額が特定される。

5 担保について

仮処分手続ではあるが、事案の性質上担保は不要となる。


2017年4月24日更新

Q 生命保険の死亡保険金については、受取人固有の財産とされ、遺産分割の対象とはならない、と聞きました。

しかし、遺産があまりなくて、逆に生命保険金しかなかったような場合、生命保険金を受取った人だけが利益を受けることになり、不公平だと思います。

このような場合も、生命保険の死亡保険金は遺産分割では全く考慮されないのでしょうか?

A 生命保険の死亡保険金については、最高裁判所の判例が

・原則としては遺産分割では考慮しない(特別受益にはならない)

・ただし、例外的に、特別受益として遺産分割で考慮する場合がある

と述べています。

すなわち、最高裁判所平成16年10月29日決定は、

「保険契約に基づき相続人が取得した死亡保険金等は、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないと解するのが相当である」

と原則論を述べつつも、例外として

「保険金受取人である相続人とその他の相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、当該死亡保険金等は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当である」

と述べています。

となると、この例外が認められる場合とはどのような場合かが問題となります。

この点については、例外が認められるかどうかで最も重視されるのは

「遺産の総額と比較して、生命保険の死亡保険金の金額がどの程度の割合を占めるか」

という点です。

すなわち、遺産の額と比較して保険金の額が同等かそれに匹敵する場合には、保険金の受取人が、多額の保険金を受け取れるだけの理由(親との同居や介護の約束があったか等)がないと、相続人間の公平を図るために保険金も遺産分割の際に考慮すべきであると判断されることとなるというのが調停・審判実務の考え方です。

上記のような考え方を採用して、生命保険の死亡保険金を特別受益と評価したので岐阜家庭裁判所平成17年4月7日審判の事例です。

この審判の事例は、

・死亡保険金等の合計額は5154万0864円とかなり高額であること

・この額は遺産の相続開始時の価額(8328万5000円)の約59パーセント、遺産分割時の価額(約6640万円)の約77パーセントを占めている

という事例でした。

このような事情を踏まえて、裁判所は

「被相続人と保険金の受取人との婚姻期間が3年5か月程度であることなどを総合的に考慮すると上記の特段の事情が存するものというべきであり、上記死亡保険金等は民法903条の類推適用により持戻しの対象となると解するのが相当である。」

と判断し、死亡保険金全額について特別受益となり持戻しの対象となると判断しました。

なお、東京家庭裁判所では、生命保険の受取金が遺産総額の6割以上の場合は、特別受益として取り扱う運用のようですので、6割を超えるかを一つの目安として、調停や審判での主張を検討するのが妥当と言えます。


2017年4月12日更新