相続・遺言無効・遺留分請求のための弁護士相談

遺言を作成した当時、遺言者が認知症を患っていた場合、

「遺言者には遺言能力がなかった」

として、後に訴訟でその遺言の効力が争われることがあります。

「遺言能力」とは、単純にいえば、その本人が遺言の内容をしっかり理解できるだけの知的判断能力があったかどうか、ということです。

重度の認知症の老人の方が遺した遺言書では、この遺言能力が否定されるケースが多いです。

公証人が立ち会って作成する公正証書遺言の場合も、この遺言能力を問題として争われるケースは多く、「公正証書遺言」であっても、遺言能力がなかった、として無効とする裁判例も多く存在しています。

でば、どのような場合に、「公正証書遺言」が無効とされているのでしょうか。

遺言能力の判断に当たっては

・遺言者の年齢

・当時の病状

・遺言してから死亡するまでの間隔

・遺言の内容の複雑さ(本人に理解できた内容であったか)

・遺言者と遺言によって贈与を受ける者との関係

等が考慮されますが、上記の要素を判断するにあたって一番重要なのは、遺言を書いた時と近い時点での「医師等による診断結果」です。

医師による鑑定結果を踏まえて、公正証書遺言を無効とした裁判例として、高知地方裁判所平成24年3月29日判決のケースがあります。

このケースは、遺言者について

平成17年9月9日 医師により財産管理能力がないという鑑定書の作成

平成17年10月12日 公正証書遺言作成

平成17年11月2日 遺言者について成年後見開始の審判

という事実経過を辿っており、そもそも認知能力(遺言能力)がかなり怪しい事案ですが、それでも公正証書遺言が作成されていたという事案です。

この事案について、医師は鑑定書において以下の指摘をしました。

①アルツハイマー型認知症を発病しており,程度は中等度以上である。

②自己の財産を管理・処分する能力はない。

③回復の可能性は極めて低い。

④記憶力

氏名・生年月日は正確に答える。既時型記憶力は多少保たれており,数列の逆唱は可能である。しかし,近時記憶は著しく障害されている。遅延再生試験が全くできない。遠隔記憶の障害も出現しており,夫の死亡時が分からない,同胞の名前や出生順があやふやなどの症状が見られる。

⑤見当識

時間的な見当識,場所の見当識が障害されている。時間的なものについては現在の年月日,曜日のいずれも分からない。場所的なものについても,現在いるところが自宅でないことは分かっているが,勤務先と思っている。人についての見当識は保たれている。

⑥知能検査,心理学的検査

 長谷川式スケール 13点

⑦説明

本人は,平成14・5年頃より短期記銘力低下による症状(物盗られ妄想,火の不始末等)が出現。骨折による入院のため環境が変化したことで,その症状が増悪し,時間・場所の失見当識もこれに加わってきている。これらは一時的な意識レベルの障害であるせん妄や,精神疾患であるうつ病によるものではない。(中略)本人はアルツハイマー型認知症を発病していると考える。遠隔記憶の障害が始まってきており,時間だけでなく場所の失見当識もみられ,また物盗られ妄想が強く不穏もみられることより,その程度は中等度以上であると考える。

食事や排泄等,ADLは見守りから一部介助の状況であるが,近時記憶の著しい障害により,社会生活上,状況に応じた合理的な判断を下すことは不可能であろうと思われる。このため,自己の財産を管理・処分する能力はないと思われる。

また,これらの症状は,発症時より進行を続けており,現代の医療では回復していく可能性は極めて低いと考える。

上記のような医師の鑑定結果を踏まえて、裁判所は以下のとおり判断して、公正証書遺言を無効としました。

「ア I医師は,平成17年9月9日,亡A1には財産を管理する能力がないとの鑑定意見を作成しているが,この鑑定が,それまで半年以上の長期間にわたり亡A1の診察に当たってきた医師によるものであることや,その内容が合理的かつ説得的であること,そして,その鑑定結果に基づいて実際に成年後見開始の審判がなされたことなどを考慮すると,その鑑定結果には高度の信用性が認められる。

そうすると,亡A1は,遅くとも平成17年9月14日には,事理を弁識する能力に欠け,財産を管理することができない常況にあったと認められるから,このような状況下で同年10月12日に作成された本件公正証書遺言については,その当時亡A1が事理を弁識する能力を一時回復していたことが具体的に示されない限り,遺言能力がないために無効となるというべきである(民法973条参照)。

イ そのような見地から本件公正証書遺言が作成された状況を検討すると,まず,亡A1の遺言は公証人により作成されているが,公証人が遺言の作成に関与したということだけでは,遺言者に遺言能力があったはずであるとはいえない(同条参照)。

ウ そうすると,本件公正証書遺言の作成当時,亡A1には遺言能力がなかったと認められる。」

なお、この事案の遺言は、「全遺産を〜に相続させる」というとても単純な内容であり、これは遺言能力を肯定する一つの要因となり得る事情です。

しかし、この点についても、裁判所は、

本件公正証書遺言の内容自体は,全財産を被告Y1に遺贈するという,単純なものであるが,そのような内容の遺言をする意思を形成する過程では,遺産を構成する個々の財産やその財産的価値を認識し,受遺者である被告Y1だけでなく,その他の身近な人たちとの従前の関係を理解し,財産を遺贈するということの意味を理解する必要があるのであって,その思考過程は決して単純なものとはいえない。」

と述べて遺言能力を否定しており、このような判断は特徴的といえます。


2016年1月4日更新

 

相続人全員で遺産分割協議をして、協議書まで作成したのに、その内容に従わない相続人がいる場合、一旦締結した遺産分割協議書を白紙にして新たに協議をやり直したい、と訴える方がいます。例えば以下のようなケースがあります。

父親が亡くなり、相続人は母親と長男、次男の3名というケースで、長男が今後母親と同居して扶養・介護等の生活の面倒を見る、という条件で、長男にほぼ全ての遺産を相続させる内容の遺産分割協議をしたにも拘らず、その後、長男がこの約束を反故にし、母親の面倒を全く見ず、挙句虐待などに及んだ、という場合です。

このような場合、母親や次男からすれば、

「約束が違う!遺産分割協議は白紙に戻すべきだ!」

「次男が母親の面倒をみるから、次男が遺産を全て相続する内容に変更すべきだ!」

という主張が当然ながら出てきます。

このような主張は認められるのでしょうか。

この点について、最高裁判所平成元年2月9日判決は

「遺産分割協議が成立したにもかかわらず、相続人の一人が遺産分割協議で約束した負担を履行しないという場合、民法541条の債務不履行による右遺産分割協議の解除はできない」

と延べ、一旦有効に成立した遺産分割協議を解除することはできないと判断しました。

要するに、約束を守らない者がいても、白紙撤回できない、ということになります。

最高裁は、その理由として、

①遺産分割はその性質上協議の成立とともに終了し、その後は右協議において右債務を負担した相続人とその債権を取得した相続人間の債権債務関係が残るだけと解すべきであること

②このように解さなければ民法九〇九条本文により遡及効を有する遺産の再分割を余儀なくされ、法的安定性が著しく害されることになる

と述べています。

なお、判例解説によれば、遺産分割協議における相続人の意思表示に錯誤、詐欺、強迫など、その成立過程で、意思表示に瑕疵がある場合は、協議の無効、取消を主張し得るとされています。

この最高裁に対しては、学説から形式論に過ぎるとして批判もなされているところですが、いずれにしましても、一度成立した遺産分割協議は、よほどのことがない限りは白紙撤回できないということを肝に命じて、慎重に事を進める必要があります。


2015年12月23日更新

調停や裁判で、面会交流について条件を定めたのに、その後に相手がそれを守らず子供に会えなくなってしまったという場合、どうしたらよいでしょうか。
相手に掛け合ってもらちが明かない場合は、裁判所を通して何とか約束通り面会を実現するように求めていかなければなりません。この場合の法律的に取りうる手段としては裁判所に強制執行を申し立てるということになります。

この場合の強制執行とは、「間接強制」という方法になります(間接強制については、https://iryubun-bengoshi.jp/444の記事を御覧ください。)。

「間接強制」を行うためには、最高裁判所平成25年3月28日決定が

「面会交流の日時、各回の面会交流時間の長さ及び子の引渡しの方法」

を定める必要がある、と判示していますので、調停や審判、裁判では、この点を具体的に決めておく必要があります。

もっとも、上記の最高裁判所の事例は、面会を伴わない月1回の定期的な面会についての具体的な定め方の事例であり、宿泊を伴う面会ついては、同様に調停で事細かく条件を決めるという事はあまり行われていませんでした。

そのため、宿泊を伴う面会の約束が破られた場合の強制執行の手段を確保するために、調停でどのように定めたら良いのかと悩む場面もしばしば生じていたのですが、この問題について参考になりそう事例が家庭の裁判と法で紹介されていました。京都家庭裁判所平成26年2月4日審判のケースです。

このケースは、宿泊を伴う面会交流についても、間接強制を意識して具体的に定めており、面会交流の権利を確保したい方々にとっては実務上参考になる思われます。

 

別紙 面会交流実施要領(申立人を母,相手方を父という。)

1⃣面会日,面会時間

(1)毎月1回,日曜日の午前9時から午後5時まで

(2)上記(1)とは別に,毎年,①7月20日から8月31日までの間,②12月26日から1月7日までの間に,それぞれ2泊3日程度の宿泊を伴う面会交流

(3)上記(1)の面会実施日は,前月末日までに母と父が協議して定めるが,協議が調わない場合は,第3日曜日とする。

(4)上記(2)の面会日は,①では7月19日まで,②では12月25日までに父と母が協議して定めるが,協議が調わない場合には,①については8月1日から3日まで,②については,12月27日から29日までとし,待ち合わせ場所及び方法は,2項のとおりとする。

2⃣待ち合わせ場所及び方法

(1)待ち合わせ場所

○○駅改札口を出た広場付近

(2)待ち合わせ方法

母が,上記面会交流開始時刻に未成年者を待ち合わせ場所に連れて行き,未成年者を引き渡し,父が面会終了時刻に待ち合わせ場所まで未成年者を連れて来て引き渡す。

3⃣面会場所の制限

父は,上記1(1)の第1回及び第2回面会日に限り,未成年者との面会は○○市内で行うこととする。

4⃣父の保育園行事への参加について

(1)母は,保育園の意向に反しない限り,父が保育園の運動会,生活発表会等の保育園行事に参加することを認め,父と母は,父が参加できる学校行事について別途協議をして決める。

(2)母は,保育園から行事日程の連絡を受けたときは,すみやかに父に連絡する。

5⃣誕生日,クリスマスなどの未成年者へのプレゼントの渡し方

父と母が協議をして決めるが,協議が調うまでは,誕生日やクリスマスに近接する面会日に父が直接未成年者に手渡すこととする。

6⃣面会日等の変更

未成年者の病気,その他やむを得ない事情により,上記1項の日時に面会交流が実施できない場合には,当該事由の生じた当事者は,速やかに他方当事者に連絡し,双方協議の上代替日を定める。協議が調わないときは,1(1)の面会日は,第4日曜日の同じ時刻とする。

7⃣連絡方法等

父と母の連絡方法は,原則としてメールによる。

8⃣その他

(1)当事者双方が合意をしたときは,上記1項ないし7項の内容を変更することができる。

(2)当事者双方は,未成年者の福祉に配慮し,特に未成年者の体調の変化に注意する。


2015年12月21日更新

Q 妻とは別居中です。

今から約2年前に、裁判所で妻に支払う生活費(婚費)について、家庭裁判所の審判で月10万円と決められました。

当時は、私の年収が485万円でしたので、何とか月10万円でも払えたのですが、今は年収が425万円に減ってしまっており、月10万円では支払うのが厳しいです。

月6万円くらいに減らしたいと考えていますが、裁判所で決められた婚費を減額することは可能なのでしょうか。

A 審判の当時予測できない事情の変更であれば、減額が認められます。

婚姻費用や養育費の金額というのは、金額を合意した当時の双方の収入を基本として決められるのが裁判実務です。

したがって、その後に、どちらかの年収が下がってしまうなどの事情の変動が生じた場合には、以前に取り決めた金額を支払うことが客観的にも厳しくなってしまいますので、一度取り決めた金額を全く変更できないということはありません。

しかし、仮に何らかの事情の変更があったとしても、事情の変更がある度に逐一、婚姻費用分担金の額を変更しなければならないとすると、確定した一定額の婚姻費用分担金の支払を前提とする当事者双方の安定した生活を一方的に不安定なものとする結果ともなってしまいます。

したがって、裁判所は、安易に事情の変更による婚姻費用分担金の減額を認めてはくれません。

以上の考え方から、調停や審判確定後に婚姻費用の減額認められるためには、

「事情の変更による婚姻費用分担金の減額は、その調停や審判が確定した当時には予測できなかった後発的な事情の発生により、その内容をそのまま維持させることが一方の当事者に著しく酷であって、客観的に当事者間の衡平を害する結果になると認められるような例外的な場合に限って許される」

というのが裁判所の考え方です(東京高等裁判所平成26年11月26日判決)。

冒頭の質問の例は、東京高等裁判所平成26年11月26日判決の事例をモチーフにしたものですが、この裁判例は

・年収の減少は、約60万円程度で、減少率は12.5%であり、それほど大幅な減少とは認められない

・審判時において、給与収入の減少がどの程度まで予測されていたのか不明である

などと述べて、家裁が認めた婚費の減少の審判を取り消しており、再度事情変更についてしっかり判断するよう差し戻しています。

以上を踏まえますと、単に年収が多少下がった(上がった)という程度では婚費の増減は認められにくいと言えます。


2015年12月21日更新

Q 父が死亡した後、父の自筆証書遺言が発見されました。

その内容は、姉に父の全財産を相続させる、という内容でした(相続人は私と姉の二人だけです)。

しかし、遺言がつくられた時期の父は、病気の後遺症で両手の筋力がかなり衰えていて、字なんかまともに書ける状態ではありませんでした。

そこで、姉を問い詰めたところ、姉は

「父が遺言を書きたいと言ったので、私は父の背後から、マジックペンを持つ父の手の甲を上から握り、父は書こうとする語句を一字一字発声しながら、二人が手を動かして本件遺言書を書き上げた。」、「私は手助けしただけだ」と釈明しています。

当時、姉が父の介護で父のところによく出入りしていたので、そこで姉が父にうまく取り入って、自分に有利な遺言を書かせたに違いありません。このような遺言は無効にはならないのでしょうか。

A 自筆証書によって遺言をするためには、遺言を遺す人が、その遺言書の全文と日付、氏名を全て「自書」(自筆で書く)しなければいけません。この「自書」という要件を欠くと、遺言は無効となります。

高齢や病気で手が思うように動かず字が書けない、とか、視力が著しく衰えて目が見えず字が書けない、といった場合に自筆証書遺言を遺すには、第三者に添え手をしてもらうなどアシストしてもらいながら、なんとか自筆で書くという以外には現実的には手段がありません。

このように、第三者が添え手をして書かれた自筆証書遺言書というのは、自筆証書遺言の「自書」という要件を満たすのでしょうか。

この点については、最高裁判所の判例(昭和62年10月8日小法廷判決)があります。

最高裁は、

他人の添え手によって書かれた遺言については、原則として無効

とし、例外的に有効とされるためには、以下に述べるようなとても厳しい条件を満たさなければならない、としています。

その理由として最高裁は、以下のように述べています。

自筆証書遺言が「最も簡易な方式の遺言であるために、それだけに偽造、変造の危険が最も大きく、遺言者の真意に出たものであるか否かをめぐつて紛争の生じやすい遺言方式であるといえるから、自筆証書遺言の本質的要件ともいうべき「自書」の要件については厳格な解釈を必要とする」としています。

このような前提のもとで、

「病気その他の理由により運筆について他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言」が有効となるためには、

①遺言者が証書作成時に自書能力を有し、

②他人の添え手が、単に始筆若しくは改行にあたり若しくは字の間配りや行間を整えるため遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか、又は遺言者の手の動きが遺言者の望みにまかされており、遺言者は添え手をした他人から単に筆記を容易にするための支えを借りただけであり

③添え手が右のような態様のものにとどまること、すなわち添え手をした他人の意思が介入した形跡のないことが、筆跡のうえで判定できる場合

のいずれの要件も満たす必要がある、と判断しています。

裁判例上問題になるのは、②、③の要件です。

他人の添え手によって書かれた遺言が有効とされる例は少なく、「第三者が積極的に手を誘導して筆記されたものと認められる」などと認定されて無効とされる例が多いように見受けられます。

以上を踏まえると、自力で遺言全文を書く事が困難な方は、後に無効とされるリスクを防ぐために公正証書遺言を作成するのが無難です。


2015年12月8日更新

 

Q 夫とは数年前からうまくいかなくなり、離婚を考えるようになりました。夫に離婚したいと告げても、夫は「離婚は絶対にしない!」と頑なに拒んできます。私は耐え切れなくなり、家を出て別居し、裁判所に離婚調停を申し立てました。

しかし、夫は調停でも離婚を拒絶するばかりで、離婚調停は不成立で終わってしまいました。

専門家の方に相談したところ、「離婚するには裁判しか無い」と言われたのですが、裁判までやる踏ん切りがつかないまま、時間が経ってしまっています。

離婚調停が不調になってから時間も経っていますので夫の気が少しは変わってくれたかもしれません。

ですので、もう一度離婚調停をしてみたいと考えているのですが、一度調停が不調になっても、もう一度調停を申し立てることはできるのでしょうか?

A 原則として何度でも申し立てることが可能です。

調停の申立については、法律上は制限はありません。

したがって、一度不調となっても、何度も離婚調停の申し立てをすることは可能です。

しかし、私の経験上は、余程の事情の変化(数年経過したとか、どちらかに新しいパートナーができたなど)が無い限りは、一度離婚調停が不調になった場合には、その後に再度調停の申立をしても結論が変わることはほぼないと感じています。

したがって、調停での離婚が難しいことが想定される場合には、早い段階で裁判を見据えて準備しておくことが、解決への近道になります。


2015年11月30日更新

 

離婚の法律相談をしていますと、夫側から、以下の様な相談をお受けすることがあります。

「妻と夫婦喧嘩した翌日、妻が何も言わず家を出て行ってしまい、その後離婚を要求されています。いつもの夫婦ゲンカと思っていたので、妻がそこまで思いつめていたとは思いもしませんでした。私は離婚したくないのですが、妻に何とか考えなおしてもらえないでしょうか。」

上記のケースは、夫は夫婦関係が問題無いと思っていても、実は妻には不満がどんどん蓄積していて、ある日それが爆発して離婚に至る、というケースです。

このような夫と妻との間の意識の違いはどうして生じてしまうのでしょうか。

この答えの手がかりとなる一つの考え方が家庭裁判月報(第65巻6号)掲載の「わが国における家族の動向とその将来について」(稲葉昭英)という論文に記されています。

同論文は、夫婦の結婚満足度について概ね以下のように説明しています。

全国家族調査によれば、夫婦間の情緒的サポートについてみると、妻はより多くのサポートを夫に提供するが、夫が妻に提供するサポートはこれに比較すると少ない。つまり、概して夫は妻から多くのサポートを受けているのに対し、妻は夫からそれに匹敵するサポートを受けているわけではないと指摘されています。

なお、配偶者からのサポートは、結婚直後に高く、子どもの出生後に低下、末子が中学生ころに最も低い値となり、その後子どもの学卒や離家に伴い再び高い値を取ることが指摘されているとのことです。

結婚満足度についても、男性はほとんどが高い満足とサポートを得ているのに対し、女性は一部に低い満足度とサポートを示す者がいる他、総じて男性よりはやや低い満足度を示しているようです。

なぜ、男性と女性の間でこのような満足度やサポートに差異が生じているかということについては、

・男性においては男性の友人が、女性においては女性の友人が対人関係の主要部分を占める。

・女性は他者にケアを提供してくれる友人関係を豊富に持つが、男性はこうした友人関係に乏しい。

・男性は結婚によってケアを提供してくれる希少なパートナーを持つことになる。このため、結婚への心理的なメリットが大きくなり、配偶者への心理的な依存も大きなものとなる。

・女性は恋愛や結婚にかかわらず、ケアを提供してくれる同性の友人を豊富に持つ。このため、男性ほどは結婚によって利用可能なケアが劇的に変化するわけではなく、結婚の心理的メリットや配偶者への心理的依存は男性に比較して相対的に小さなものとなる。

と推論しています。

妻から突如離婚をつきつけられてしまった男性の弁として

「自分は家族のためにひたすら仕事を頑張って家計に貢献していたのに・・・」

ということをよく耳にします。

しかし、それだけでは不十分で、その他の「ケア」を提供しないと、妻の心は次第に離れていってしまうのかもしれません。


2015年11月30日更新

Q 夫は仕事が忙しく、毎日家には夜遅く帰ってきて、朝早くに出て行ってしまう。

さらには出張ばかりで外泊も多い。そんな状態がもう何年も続いている。

形だけの結婚生活は続けていけないのでもう離婚したいですが、このような理由での離婚請求は認められるでしょうか。

A 夫婦の同居協力義務違反として離婚請求が認められる可能性があります。

家庭を顧みずに仕事に没頭し、家にほとんど帰って来ない夫との生活に耐えられなくなった妻は、夫と離婚することができるのでしょうか。

夫の立場からすれば

「仕事に打ち込むこと自体は別に悪いことではないはず。」

「家族の生活のために仕事をしているのに、仕事が理由で離婚させられてしまうのか」

という言い分が考えられるところです。

このような場合に妻の離婚の訴えは認められるのでしょうか。

過去の裁判例ですが、夫は出張で外泊が続き、家に帰ってくるのが月に2回程度のときもあり、さらには住民票まで出張先の旅館に移していた、というケースで、裁判所は

たとえ仕事のためとはいえ、余りに多い出張、外泊等妻ら家族を顧みない行動により、妻に対する夫としての同居協力扶助の義務を十分に尽さなかったことにあると断じて妨げない。

と判示して、妻からの離婚請求を認めました(大阪地裁昭和43年6月27日判決のケース)。

上記のケースは、少し極端なケースではありますが、例え仕事が理由であっても夫婦の同居義務を果たせない場合には、離婚が認められる場合もあるということを示した例であると言えます。


2015年11月30日更新

Q 妻と結婚し、その後子どもが産まれました。

しかし、子どもが10歳になった頃、妻が長年不倫していたことが発覚し、離婚することになりました。

妻は私と結婚した直後くらいから、他の男性と関係を持っていたようなので、子どもが本当に私の子どもなのかDNA鑑定をしたところ、父子関係はないという結果が出ました。

色々と考えるところはありますが、子どもとの親子関係は切りたいと考えています。どうすれば良いでしょうか。

A 嫡出否認の訴えや親子関係不存在確認の訴えを起こす必要がある、というのが従来の考え方でしたが、平成26年7月17日に最高裁判所の判例により、DNA鑑定の結果如何によっても、訴えが認められないとの判断が示されました。

親子関係というものは、基本的には生物学上の関係を前提とするものですので、DNA鑑定によって父子関係が存在しないことが科学的に判明した場合には、父子関係は存在しないことになります。

しかし、そのままにしておいても、法律上(戸籍上)は、父子関係はそのまま存在することになりますので、これを削除するためには別途法的手続が必要になります。

その手続は、大別すると

①嫡出否認の訴え

②親子関係不存在確認訴訟

の2つです。

夫婦が婚姻した後に産まれた子どもは夫の子として推定され、原則として父子関係が発生します(もっと正確に言うと、婚姻後200日後に産まれた子、または離婚後300日以内に産まれた子が夫の子として推定されます。)。

このような子に対して、父親が

「この子とは父子関係はない。」

と主張して法的手続をするためには、①嫡出否認の訴えというものを裁判所に提起する必要があります。

しかし、この嫡出否認の訴えというものは、訴えを起こせる期間が制限されており

「子の出生を知った時から1年」

とされています。

このような訴えを無制限に認めてしまうと、子どもの身分が不安定に晒される期間が長期間になるおそれがあるからです。

したがって、結婚して、子どもが産まれてから数年後にDNA鑑定などで父子関係がないことがわかったとしても、上記の1年間という期間を経過してしまっているため、原則として嫡出否認の訴えを起こすことができません。

ちなみに、②の親子関係不存在確認の訴えというものは、上記のような嫡出子として推定される子(婚姻後200日後に産まれた子、または離婚後300日以内に産まれた子)との父子関係を否定するためには使えません。

②の親子関係不存在確認の訴えというものは、妻が夫の子を懐胎することが不可能な事情が客観的に明白な場合(長期別居中に産まれた子だったり、夫が刑務所にいる間に産まれた子といった場合)にのみ可能です。

となると、本件では、DNA鑑定によって生物学上は父子関係がないことが明らかになったとしても、法律上は父子関係を否定することはできないということになってしまうのでしょうか。

このような法の不都合を克服するために

「子の出生を知った時から1年」

という期間制限については、

「自分の子ではないとわかった時から1年」

と緩く解釈し、DNA鑑定の結果などで、父子関係が存在しないことが明らかになった場合には、その時点から1年間は訴えを起こせるようにすべきだ、という考え方も提唱されています。

そのような取扱いを認めた裁判例もあるようですが、裁判実務上確固たる基準となっているわけではありませんでした。

そうしたところ、平成26年7月17日、最高裁判所において、

「夫と子との間に生物学上の父子関係が認められないことが科学的証拠により明らかであり、かつ、夫と妻が既に離婚して別居し、子が親権者である妻の下で監護されているという事情があっても、子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから、上記の事情が存在するからといって、同条による嫡出の推定が及ばなくなるものとはいえず、親子関係不存在確認の訴えをもって当該父子関係の存否を争うことはできないものと解するのが相当である 」

という判断が示され、下級審では判断が分かれていたこの問題にピリオドを打ちました。

したがいまして、本件においては、後にDNA鑑定の結果で父子関係が0%と証明されても、法律上の父子関係は削除されないということとなります。


2015年11月30日更新

Q 結婚生活を始めた頃はきれい好きな妻に好感を持っていました。

しかし、一緒に生活を続けるうちに次第に妻が異常なまでに潔癖症であることが明らかになりました。

例えば、帰宅すると、玄関で靴下を脱いで室内用靴下に履き替え、玄関のすぐ横の部屋で、室内用の服に着替えをして、敷いた新聞紙の上にかばんを置くといったことなどです。

このような妻からの異常なまでの要求に毎日の生活がとても窮屈に感じられるようになり、次第に家に帰るのが苦痛になってしまいました。

そんなとき知り合った女性と恋愛関係になってしまいました。今はその女性と一緒になりたいと思っています。そこで妻に離婚を求めていますが、妻は承知してくれません。私は離婚できないのでしょうか?

A 不倫をした夫からの離婚請求は、例え妻の潔癖症がその一因であったとしても、所謂有責配偶者からの離婚請求として、厳しい要件を満たさなければ認められません。

不倫をした者からの離婚の請求は、裁判では容易には認められない、ということは「不倫した夫からの離婚請求が認められるために必要な別居期間はどれくらいか」で説明したとおりです。

しかし、夫が不倫に走ってしまった原因が妻からの非常識とも言えるような要求に疲れはてた末のものであった、という場合でも同様なのでしょうか。

不倫をした夫からは「不倫してしまったのは妻がきつい性格でいつも辛くあたられていたからだ」とか「不倫してしまったのは、妻がだらしない生活態度で嫌気がさしたからだ」などという訴えを聞くことも多いですが、このような夫の心情は考慮されないのでしょうか。

まさにこのようなケースを判断した最高裁判所の有名な判例があります。

この判例のケースは、妻が異常な潔癖症だったというケースなのですが、具体的に、夫は妻から毎日以下のような要求を受けていました。

①夫が帰宅すると、玄関で靴下を脱いで室内用靴下に履き替え、玄関のすぐ横の夫の部屋で、室内用の服に着替えをして、敷いた新聞紙の上にかばんを置くものとされたこと、

②衣類は一度洗濯してから着るものとされ、夫が子供と公園の砂場等で遊んで帰ってきたときには、居間等に入る前に必ず風呂場でシャワーを浴びるものとされたこと、

③居間等で寝転ぶときは、頭の油で汚れることを理由に、頭の下に広告の紙を敷くものとされたこと

というものです。

夫は、このような妻の要求に不快感を覚えるようになり、遂には同僚の女性と不倫関係になります。

そして、夫は意を決して妻に対し、「好きな人がいる、その人が大事だ」、「2馬力で楽しい人生が送れる」、「女の人を待たせている」などと言って、離婚を申し入れました。

しかし、妻は、これを拒否し、その後さらにお互いの関係は悪化して夫婦間にはほとんど会話がなくなり、妻の潔癖症に拍車がかかりました。

具体的には、

①妻は、夫がトイレを使用したり、蛇口をひねって手を洗ったりするとすぐにトイレや蛇口の掃除をする

②夫が夜遅く帰宅すると、起床して夫が歩いたり触れたりした箇所を掃除したりする

というようになりました。

結局、その後間もなく夫は家を出て一人暮らしをするようになり、その後妻に対して離婚の裁判を起こした、という事案です。

このケースは、別居してから2年4ヶ月しか経過していないというケースです。

しかも夫婦には7歳になる子どももいました。

このケースは夫が不倫しているので、いわゆる有責配偶者からの離婚請求、というカテゴリーに入りますので別居期間が最低でも6年以上は必要です。

また、子どもも成人していることが必要です。

したがって、法律家の一般的な感覚ではこのケースでは離婚は難しいということになります。

しかし、広島高等裁判所平成15年11月12日判決は、このように短い別居期間で、しかも小さい子供がいても、妻のかなり極端な清潔好きの傾向が婚姻関係破綻の一原因であることや、別居後に全く夫婦間で家族としての交流がないを理由として、不倫をした夫からの離婚請求を認めました。

これはこれでとても画期的な判決だったのですが、しかし、その後妻側が上告し、結局最高裁判所で平成16年11月18日に出された判決で離婚は認めない、という逆転判決が出されました。

最高裁の判例の理由では、妻の潔癖症については全く触れられておらず、離婚の原因は夫の不倫にあること、別居期間が短いこと、7歳になる子どもがいること、妻が病気で働けず離婚すると妻が生活苦になること、を理由として、夫からの離婚の請求を退けました。

このように、最高裁判所の判断は、いわゆる有責配偶者からの離婚請求「3要件」に沿った極めて保守的な判断となっています。

法律相談を受けていると、不倫をした夫からは「不倫してしまったのは妻がきつい性格でいつも辛くあたられていたからだ」とか「不倫してしまったのは、妻がだらしない生活態度で嫌気がさしたからだ」などという訴えを聞くことも多いです。

しかし、少なくとも最高裁判所の現在のスタンスは、不倫に至った理由というものはあまり(というかほとんど)考慮してくれないと考えておくべきでしょう。


【判旨:最高裁判所平成16年11月18日判決】上告人:妻 被上告人:夫

「民法770条1項5号所定の事由による離婚請求がその事由につき専ら又は主として責任のある一方の当事者(以下「有責配偶者」という。)からされた場合において、当該請求が信義誠実の原則に照らして許されるものであるかどうかを判断するに当たっては、有責配偶者の責任の態様・程度、相手方配偶者の婚姻継続についての意思及び請求者に対する感情、離婚を認めた場合における相手方配偶者の精神的・経済的状態、夫婦間の子、殊に未成熟の子の監護・教育・福祉の状況、別居後に形成された生活関係等が考慮されなければならず、更には、時の経過とともに、これらの諸事情がそれ自体あるいは相互に影響し合って変容し、また、これらの諸事情の持つ社会的意味ないしは社会的評価も変化することを免れないから、時の経過がこれらの諸事情に与える影響も考慮されなければならないものというべきである。」

「そうだとすると、有責配偶者からされた離婚請求については、①夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及んでいるか否か、②その間に未成熟の子が存在するか否か、③相手方配偶者が離婚により精神的・経済的に極めて苛酷な状況に置かれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような事情が存するか否か等の諸点を総合的に考慮して、当該請求が信義誠実の原則に反するといえないときには、当該請求を認容することができると解するのが相当である(最高裁昭和61年(オ)第260号同62年9月2日大法廷判決・民集41巻6号1423頁参照)。

上記の見地に立って本件をみるに、前記の事実関係によれば、①上告人と被上告人との婚姻については民法770条1項5号所定の事由があり、被上告人は有責配偶者であること、②上告人と被上告人との別居期間は、原審の口頭弁論終結時(平成15年10月1日)に至るまで約2年4か月であり、双方の年齢や同居期間(約6年7か月)との対比において相当の長期間に及んでいるとはいえないこと、③上告人と被上告人との間には、その監護、教育及び福祉の面での配慮を要する7歳(原審の口頭弁論終結時)の長男(未成熟の子)が存在すること、④上告人は、子宮内膜症にり患しているため就職して収入を得ることが困難であり、離婚により精神的・経済的に苛酷な状況に置かれることが想定されること等が明らかである。

以上の諸点を総合的に考慮すると、被上告人の本件離婚請求は、信義誠実の原則に反するものといわざるを得ず、これを棄却すべきものである。 」


2015年11月30日更新