離婚時に子の親権者を母としたが、その後に親権者を父に変更した裁判例

Q 妻が夜の飲食の仕事を始めてから朝帰りを繰り返し、挙句そこのスタッフと不倫し、さらに妊娠したことも発覚したので離婚することとなりました。

妻は夜の仕事で夜は不在にしていて、子どもの育児は私が主にしていましたので、私が子どもを引き取りたかったのですが、妻からの強い要望で譲歩し、離婚時に子どもの親権者は妻として届けました。

しかし、婚姻時から妻の生活状況や育児能力には問題があり、離婚後の妻の生活状況を見ても特に改善されずまともに子どもの育児ができる状態ではありません。
ですので、親権者を父側に変更したいと考えています。どうすればよいでしょうか。

A まずは、家庭裁判所に親権者変更の申立の調停(または審判)を申立て、裁判所で協議をし、または裁判所に変更の決定をしてもらう必要があります。

調停というのは、簡単にいえば裁判所での話し合いです。この調停で、親権者の変更について父母間で同意ができればそこで決着できます。

しかし、このような親権者の変更については、父母間の対立が大きい場合も多いため調停で決着できず、審判という手続、すなわち裁判所によって決定をしてもらうという手続まで進むことが多いです。

となると、親権者の変更を求める側としては、裁判所が親権者の変更を認める場合には、どのような基準で判断しているのか、ということがとても気になるところではないでしょうか。

この点について、まず、法律の規定を見てみますと、民法819条6項は,「子の利益のため必要があると認めるときは,家庭裁判所は,子の親族の請求によって,親権者を他の一方に変更することができる。」と規定しています。

つまり「子の利益のため必要がある」と認められれば、変更が認められる事となりますが、当然これだけではよくわかりませんね。

そこで、実際の裁判例の傾向をみてみますと、変更するかどうかの判断基準としては

  • 監護体勢の優劣
  • 父母の監護意思
  • 監護の継続性
  • 子の意思
  • 子の年齢
  • 申立ての動機,目的等

が挙げられています(最高裁事務総局編・改訂家事執務資料集中巻の2・356頁以下)。

これに加えて,

  • 母親優先の原則
  • 監護の継続性(現状尊重)の原則
  • 兄弟姉妹不分離の原則

等も考慮されているようです。

これらの要素は、離婚時に親権者を決める際の基準としても重視されている要素です。

したがって、離婚後の母側の育児・監護状況に問題があれば、親権者の変更は認められそうにも思われます。

しかし、上記の要素に加えて、親権者の変更を求める場合に、特に必要な要素として、

「先になされた親権者の指定後の事情の変更を要すべき」

という考え方もあります。

この考え方は、離婚時に親権者を指定した後で,特に事情の変更もないのに,法的地位の変動を認めることは法的安定性を害するし,離婚の際に親権者はある程度将来の事情を予測して決定しているから,事情の変更は予測したものと異なる事情が新たに生じた場合であるというのがその理由です。

この考え方によれば、監護状態の優劣等だけを言っても足りず、離婚時からの事情の変更がなければ親権者の変更は認められない、ということになってしまいます。

そうなると、親権者の変更を求める側には更に高いハードルが課されてしまうことになってしまいます。

この点について、裁判所がどのように考えているのか参考になる事例として、福岡高等裁判所平成27年1月30日決定の事例があります。

これは、冒頭で紹介した事例(かなりデフォルメしています)と同じく、離婚後の母側の監護状態にはかなり問題があり父側から親権者の変更審判を求めた事例だったのですが、それでも家庭裁判所は、「事情の変更がない」として変更を認めませんでした。

しかし、高等裁判所は「事情の変更が必ずしも必要ではない」として、家庭裁判所の決定を覆して、父側に親権者の変更を認めました。

福岡高裁は、事情の変更が必要かどうか、という点については、

「事情の変更が考慮要素とされるのは,そのような変更もないにもかかわらず親権者の変更を認めることは子の利益に反することがあり得るからであって,あくまで上記考慮要素の1つとして理解すべきであり,最終的には親権者の変更が子の利益のために必要といえるか否かによって決するべきである。」

「そうすると,夫と妻の監護意思,監護能力,監護の安定性等を比較考慮」して「親権者を」決定「することが未成年者らの利益のために必要であると認められる」

と述べており、必ずしも事情の変更が必須ではないという考えに立っています。

至極当然の判断のように思われますが、高等裁判所までもつれているという点で、やはり親権者の変更というのは判断の難しい問題であるということを感じさせる事例とも言えます。

少し長いですが、親権者の変更を検討する方々の参考のために、福岡高裁の決定の抜粋を以下記します。


福岡高等裁判所平成27年1月30日決定(抜粋)

(原文を、夫:夫 妻:妻と変更しています)

1 当裁判所は,原審判と異なり,未成年者らの親権者を妻から夫に変更することが相当であると判断する。

2 認定事実当審及び原審記録並びに平成26年(家イ)第12号及び同第13号親権者変更調停申立事件記録によれば,次の事実が認められる。

(1)婚姻後離婚に至るまでの経緯

ア 妻は,平成12年×月×日,前夫と婚姻し,2人の子をもうけたが,平成18年×月×日に離婚し,上記子らの親権者は前夫とされた。

イ 夫と妻は,平成20年×月×日に婚姻し,平成21年×月×日に長男未成年者C,平成22年×月×日に長女未成年者Dをもうけた。

ウ 妻は,平成23年×月頃から,夜間,飲食店等でアルバイトをするようになり,1週間に2,3回以上,朝帰りをするようになった。また,妻は,夫の留守中にアルバイト先の男性チーフ(以下「男性チーフ」という。)を自宅に泊めるなどし,平成25年×月上旬に男性チーフと肉体関係を持ち,妊娠したので,同年×月中旬に産婦人科病院で人工中絶手術を受けた。

エ 夫と妻の婚姻中の生活は,前記のとおり妻は夜間飲食店等でアルバイトをしていたことから,夫が仕事を終えて夕方帰宅するのと入れ替わりに,妻が食事の準備をして夜出かけて朝方帰宅する状況であった。そして,妻が出かけた後,夫は未成年者らを入浴させて,寝かしつける等していた。

オ 夫と妻は離婚に向けて話し合い,未成年者らの親権について対立したものの,夫は,平成25年×月×日,未成年者らの親権者を妻とすることを承諾した。しかし,その後,妻が夫との約束に反して男性チーフと交際していることがわかったので,同月×日,離婚不受理届を市役所に提出し,同月×日には,妻に対し,未成年者らの親権は渡せないと告げた。これに対し,妻は,包丁を自己の手首に突き付け,そのようなことを言うと死ぬと述べる等して,未成年者らの親権について争った。

カ 夫と妻は,平成25年×月×日,夫の両親及び兄,妻の両親及び妹に加え,男性チーフも交えて話し合いをし,当初,妻以外の全員が未成年者らの親権者を妻とすることに反対したが,妻はあくまで未成年者らの親権者となることを主張した。そこで,夫の母親は,妻に対し,妻の住居や昼の仕事が決まり,生活が安定するまで未成年者らを監護すると申し出,妻はこれを承諾し,その上で未成年者らの親権者を妻とすることで合意した。

夫と妻は,同日市役所に赴き,未成年者らの親権者をいずれも妻とする離婚届を提出し,同日,離婚した。

キ 妻は,平成25年×月×日,未成年者らを夫の両親に預け,福岡県○○市内のアパートを借りて,夫の肩書き住所地にある自宅を出た。

(2)離婚後の経緯

ア 妻は,平成25年×月及び×月に,未成年者らと面会した。

イ 夫の父親は,平成26年×月,妻に対して電話で未成年者らが妻に会うと情緒不安定になるから会わせることはできないと告げた。

ウ 夫は,平成26年×月×日,本件親権者変更の調停を申し立てた。妻は,この調停において,夫に対し,未成年者らとの面会交流を求め,同年×月×日と同年×月,面会交流が実施された。

エ 夫は,平成26年×月,妻を被告として福岡地方裁判所久留米支部に対して,前記(1)ウの不貞行為が不法行為に当たるとして,損害賠償金165万円及び遅延損害金を請求する訴訟を提起した(同裁判所平成26年(ワ)第×××号慰謝料請求事件)。

(3)未成年者らの監護状況

ア 未成年者らは,平成25年×月,いずれも△△幼稚園に通い始め,妻が幼稚園への送迎を行っていたが,同年×月×日以降,夫の両親の自宅で同人らに監護養育されており,その状況に特に問題はない。夫は,できるだけ両親の自宅で過ごすようにして,未成年者らの世話をしている。未成年者Cの欠席日数は同年×月が4日,×月が5日,×月が7日,×月が2日,×月が1日,×月が3日,×月が7日,×月が0日である。

イ △△幼稚園では,2か月に1回当該期間中に誕生日を迎える園児の誕生会が開催され,同会には園児のほか保護者も参加することになっていた。平成25年×・×月の誕生会が企画され,未成年者Dもその対象であったが,親権者である妻は仕事の都合を理由に欠席したためDの誕生会は実施できず,その後も幼稚園の求めにもかかわらず欠席し,結局×・×月の誕生会に夫及び夫の父親が出席し,未成年者Dの誕生を祝った。

また,△△幼稚園では,平成25年×月×日に園児らの普段の様子について担任の先生が保護者に報告をするクラス懇談会が企画され,同園は親権者である妻に参加を求める電話をしたが,電話に出ることはなく,結局,夫が上記懇談会に出席した。

ウ 未成年者らの保育料は夫が支払っていたが,平成25年×月からは妻が支払うこととなった。しかし,妻からは実際に支払われず,引き続き夫が支払っている。

(4)夫及び妻の生活状況

ア 夫は,実家で両親,兄と共に生活し,□□株式会社に勤務し,月額23万円程度の収入を得ている。

イ 妻は,平成26年×月,●●株式会社の面接を受け,同年×月×日付けで同社に就職し,前記○○市内のアパートから妻の肩書き住所地にあるアパートに転居した。しかし,妻は,同年×月頃,同社を休職し,同年×月ころ退社した。もっとも,収入がないため,これまでの貯蓄を取り崩して生活費に充て,未成年者らのために支給されている児童手当や児童扶養手当も自己の生活費に充てることがあった。

ウ 妻は,求職活動の結果,▲▲市内の不動産会社である株式会社■■への就職が決まり,平成27年×月×日から勤務することが予定されている。給料は,試用期間の3か月は手取り12万円,試用期間後は手取り15万円であることが予定されている。

また,妻は,未成年者らを引き取った場合,現在居住するアパートで一緒に暮らすつもりであり,このアパートには未成年者らが生活できるだけの居住空間が確保されている。そして,妻は,未成年者らを福岡県▽▽市内の▼▼保育園に預け,将来的には▲▲市内に転居することを考えている。もっとも,妻には妻の両親等の援助が見込めず,他に妻を援助する監護補助者が見当たらない。

3 判断

(1)民法819条6項は,「子の利益のため必要があると認めるとき」に親権者の変更を認める旨規定しているから,親権者変更の必要性は,親権者を指定した経緯,その後の事情の変更の有無と共に当事者双方の監護能力,監護の安定性等を具体的に考慮して,最終的には子の利益のための必要性の有無という観点から決せられるべきものである。

そこで検討すると,前記2で認定した事実によれば,①未成年者らは平成25年×月以降,親権者である妻ではなく夫及びその両親に監護養育され,安定した生活を送っており,このような監護の実態と親権の所在を一致させる必要があること,②婚姻生活中において,妻は,未成年者らに対して食事の世話等はしているものの,夜間のアルバイトをしていたこともあって,未成年者らの入浴や就寝は夫が行っており,またその間の未成年者Cの幼稚園の欠席日数も少なくないこと,③妻は,未成年者らの通園する幼稚園の行事への参加に消極的であること,また,親権者であるにもかかわらず保育料の支払いも行っていないこと,④妻に監護補助者が存在せず,夫と対比して未成年者らの監護養育に不安がある(両親を含めた夫と妻との話し合いにおいて,妻以外が妻が未成年者らの親権者となることに反対したことからも,その監護能力に不安があることが窺える。)こと,⑤未成年者らの親権者が妻とされた経緯をみても,未成年者らの親権者となることを主張する妻に夫が譲歩する形となったが,他方で妻の住居や昼の仕事が決まり,生活が安定するまで未成年者らを監護することとなり現在に至っているので,必ずしも妻に監護能力があることを認めて親権者が指定されたわけではないこと,⑥妻が養育に手が掛かる幼児がいながら婚姻期間中に男性チーフと不貞行為を行っており,未成年者らに対する監護意思ないし監護適格を疑わせるものであることが認められる。そうすると,未成年者Cが5歳,同Dが4歳と若年で,母性の存在が必要であること,不動産会社への再就職が決まり,一定の収入も見込まれることを併せ考慮しても,未成年者らの利益のためには,親権者を妻から夫に変更することが必要であると認められる。


2016年5月6日更新

公開日:2016年05月06日 更新日:2017年02月10日 監修 弁護士 北村 亮典 プロフィール 慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。