相続・遺言無効・遺留分請求のための弁護士相談

被相続人により、「全財産を●●に相続させる」といった偏った内容の遺言書が遺されていた場合、遺留分を侵害される相続人が生じる場合があります。

この場合、遺留分を侵害された相続人には、遺留分侵害額請求権が発生します。

遺留分侵害額の具体的な金額を出すためには、まず、各相続人の遺留分割合をかけるための「相続財産の全体額」を算出しなければなりません。

ここで基礎となる相続財産とは、原則として

「被相続人が死亡時(相続開始時)に有していた財産全体」に

「相続開始前の1年間になされた第三者への贈与」と

「相続開始前の10年間になされた相続人への贈与」

を加えた金額となります。

ここで一つ問題となるのは、「相続開始前の10年間になされた相続人への贈与」について、その金額をどのように評価するか、という問題です。

この点については、最高裁判例(最高裁判所昭和51年3月18日判決)により、

「被相続人が相続人に対しその生計の資本として贈与した財産の価額をいわゆる特別受益として遺留分算定の基礎となる財産に加える場合に、右贈与財産が金銭であるときは、その贈与の時の金額を相続開始の時の貨幣価値に換算した価額をもつて評価すべきものと解するのが、相当である。」

と判断されています。

すなわち、「特別受益がなされた時点の評価額」ではなく、「相続開始時点の評価額」で算定すべき、ということになります。

例えば、相続開始の9年前に相続人へ1000万円の贈与がなされていた場合、相続開始時点と貨幣価値が大きく変動していた場合は、この1000万円を相続開始時点の貨幣価値に換算して評価すべき、ということとなります。

この問題は、現金の場合は、10年では貨幣価値が大きく変動することが現状ではほぼ生じていないために問題となりませんが、価値が大きく変動しうる特別受益、例えば

・不動産

・株式などの有価証券

の贈与の場合は問題となります。

たとえば、被相続人から当時1000万円だった土地を9年前に贈与され、それが相続開始時点では3000万円となっていた場合には、3000万円と計算して相続財産の価額に加えることになります。

株式についても同様で、例えば、●●会社の株を5年前に200株贈与された場合には、その株式の相続開始時点の評価額で計算するということになります。

以上の通り、特別受益の評価額の計算は「相続開始時点の評価額」ということとなります。

現物か、現金かにより評価額が大きく異なってくる場合もありますので、特別受益が争点となった場合には、土地や株などの「現物」で贈与がされたのか、それとも、購入資金等の「現金」で贈与を受けたものか、という点の検討が必要となります。


この記事は2020年4月12日時点の情報に基づいて書かれています。

【設例】

妻も子供はおらず、相続人は兄弟姉妹のみ、という方が亡くなりました。

この方は、生前に遺言書を作成していたところ、その内容は、自分の死後に全財産を処分してその金銭を、かねてから信仰していた宗教団体にすべて寄付するというものでした。

遺言執行者には、被相続人の知人(宗教団体の信者)が指定されていました。

 

被相続人の死後、遺言執行者は遺言に従って財産を処分しましたが、相続人たち(兄弟姉妹)には何も伝えず、また財産目録の交付などは一切行いませんでした。なぜなら、相続人は兄弟姉妹であり、遺留分を有していなかったから、特に伝えなくとも問題ないと考えたからでした。

 

このような場合に遺言執行者は責任を負うことがあるでしょうか。

【答え】

遺言執行者に選任された者は、

・相続財産の目録を作成して、相続人に交付すること(民法1011条)

・相続人から要求があったときは、遺言執行の状況を報告すること(民法1012条)

という法律上の義務を負っています。

もっとも、設例のようなケースですと、兄弟姉妹の相続人には遺留分がありませんので、被相続人の遺産を一切取得することができません。

そうだとすると、相続財産の目録の交付を受けたり遺言執行に関する報告を受けることに対する実益は無いようにも思われます。

そこで問題となるのは

「遺留分の権利もない相続人に対しても、遺言執行者は報告義務を負うか」

という点です。

設例のケースは、東京地方裁判所平成19年12月3日判決の事例をモチーフにしたものですが、この事例では、相続人(兄弟姉妹)は、遺言執行者に対して、遺言執行の詳細を明らかにせず、相続財産目録も交付しなかったことなどを違法として、相続人が支出した調査費用実費のほか精神的苦痛に対する慰謝料等を請求するとともに,相続財産目録その他の関係書面の写しの交付を請求しました。

この事案で、裁判所は、まず遺言執行者の負うべき説明・報告義務として

「まず,現行民法によれば,遺言執行者は,遺言者の相続人の代理人とされており(民法1015条),遅滞なく相続財産の目録を作成して相続人に交付しなければならないとされている(民法1011条1項)ほか,善管注意義務に基づき遺言執行の状況及び結果について報告しなければならないとされている(民法1012条2項,同法645条)のであって,このことは,相続人が遺留分を有するか否かによって特に区別が設けられているわけではないから,遺言執行者の相続人に対するこれらの義務は,相続人が遺留分を有する者であるか否か,遺贈が個別の財産を贈与するものであるか,全財産を包括的に遺贈するものであるか否かにかかわらず,等しく適用されるものと解するのが相当である。」

「したがって,遺言執行者は,遺留分が認められていない相続人に対しても,遅滞なく被相続人に関する相続財産の目録を作成してこれを交付するとともに,遺言執行者としての善管注意義務に基づき,遺言執行の状況について適宜説明や報告をすべき義務を負うというべきである。」

と述べ、遺留分を有しない相続人に対しても説明・報告義務があるという原則を述べました。

もっとも、常に上記原則に拠るべきとまで断定するわけではなく、

「遺言執行者から,遺贈をした遺言者の遺志が適正に行われることにつき重大な関心を有する相続人に対して,遺言執行に関する情報が適切に開示されることは,遺言執行者の恣意的判断を排除して遺言執行の適正を確保する上で有益なものということができる反面,遺留分を有しない相続人による遺言執行行為への過度の介入を招き,かえって適正な遺言の執行を妨げる結果になることも懸念されるところであるから,個々の遺言執行行為に先立って常に相続人に対して説明しなければならないとすることは相当ではない。」

との理由から

「遺言執行者から相続人に対してなされるべき説明や報告の内容や時期は,適正かつ迅速な遺言執行を実現するために必要であるか否か,その遺言執行行為によって相続人に何らかの不利益が生じる可能性があるか否かなど諸般の事情を総合的に勘案して,個別具体的に判断されるべきものである。」

と述べ、説明・報告義務の内容については、個別事情を考慮した上で判断されるべきとの限定も付しています。

また、遺言執行者が就任したことや、遺産を処分する際に事前に相続人に通知すべきか否か、という点については、

「遺言執行者は,相続人が何らかの事情によって被相続人が遺贈をしていることを知っていることを把握している場合や,相続財産が動産や現金等だけで不動産を含まず,即時取得(民法192条)の規定などによって第三者も保護されるような場合でない限り,相続人が不測の損害や不利益を被ることがないよう,前述の遺言執行者としての善管注意義務(民法1012条2項,同法645条)の一内容として,相続人に対し,遅滞なく遺言執行者に就任したことを通知するか,又は,相続財産に属する不動産の換価処分に先立って当該不動産を遺言により換価処分する旨を通知しなければならないというべきである。」

と述べ、遺言執行者の通知義務を認めています。

以上を踏まえて、本件事案については、遺言執行者はこれらの義務に違反したとして、相続人から遺言執行者への損害賠償責任が認められました。

なお、損害額は

・弁護士費用(訴訟まで提訴したことについての費用含む)として40万円

・調査費用として5万円

・慰謝料として相続人一人あたり10万円

と認定しています。

慰謝料については、義務違反があったからと言って当然に認められたというわけではなく、この事案に特有の事情(末尾参照)を認定して認めていますので、この点はケースバイケースの判断になるものと考えられます。

遺言執行者は、弁護士などの専門家が選任されている場合もあれば、子供や配偶者など、被相続人の身近な親族が選任されていることもあります。

この判例が認定しているように、遺言執行者には、その職務上様々な法的義務が課されており、それは遺言執行者が専門家か否かによって異なるわけではありませんので、この点に留意して遺言執行行為を行うべきということとなります。

【参考:東京地方裁判所平成19年12月3日判決(慰謝料部分の判示)】

「オ そして,原告らは,これらの財産的な損害のほか,前記認定のとおり,原告らの知らないうちに平成18年3月14日付けで本件土地・建物につき原告ら名義の相続登記がなされていたことや,粕谷弁護士に依頼して被告らに経緯を尋ねたにもかかわらず遺言執行の詳細について明らかにしてもらうことができず,そうこうしているうちに,同年6月9日には練馬都税事務所から「X1様方B様」として原告X1宛に固定資産税等の納税通知書が送付されてきたことなどから,誰かが原告らの実印や印鑑証明書などを盗用したり偽造したのではないかとか,関係のない税負担だけを強いられることになるのではないかなど,精神的な損害を被ったこと,しかも,そのような混乱の原因には被告らの当時の代理人による形式的な対応が背景となっていることも否定できない事実である。したがって,そのような本件に顕れた諸般の事情を総合的に勘案すれば,原告ら各人が受けた精神的な損害に対する慰謝料としては,原告1人当たり10万円をもって相当とする。」


この記事は2020年4月5日時点の情報に基づいて書かれています。

遺言書は、法律の定める方式(日付の記載、押印の有無など)に従って書かれていない限り無効とされます。

また、たとえ方式に従って書かれている遺言であったとしても、その具体的な内容(どの遺産を誰に相続させたいのか)がしっかり書かれていないと、やはり効力が生じないということになってしまいます。

もっとも、遺言書の文言だけでは判然としない、という内容であったとしても、可能な限り遺言者の遺志を汲んで有効になるように解釈すべき、というのが最高裁判所の考え方です。

最高裁判所昭和58年3月18日判決は、遺言書の解釈指針について、以下のように述べています。

「遺言の解釈にあたつては、遺言書の文言を形式的に判断するだけではなく、遺言者の真意を探究すべきものであ」る。

「遺言書が多数の条項からなる場合にそのうちの特定の条項を解釈するにあたつても、単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出しその文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく、遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を探究し当該条項の趣旨を確定すべきものであると解するのが相当である。」

もしも、趣旨が判然としない遺言書の文言があったとしても、上記指針に従って、文言だけではなく、その他の条項や周辺事情も踏まえた遺言書の解釈というものが重要となります。


この記事は2020年3月29日時点の情報に基づいて書かれています。

家族がいない方、もしくは家族と疎遠となっている方の場合、もし遺言書などを遺さなかった場合には、その遺産は

・家族(相続人)がいなければ、遺産は国庫に帰属する

・家族(相続人)がいる場合は、どんなに疎遠であってもその家族(相続人)に帰属する

ということになります。

このような方の場合、自分の死後に自己の遺産を、家族以外のお世話になった人や、公的な機関に贈与または寄付をしたいと考えることも多々あると思います。

そのような場合は、遺言書で、しっかりとその贈与または寄付の希望を遺しておく必要があります。

遺言書を作成するにあたっては、有効にするためには法律の方式にしっかりと従って書くことが求められます。

公正証書遺言で作成する場合には公証人のチェックがされますので、この方式が守られておらず無効になるケースというのは稀ですが、自分で書く自筆証書遺言の場合、方式が守られておらず無効となってしまうこともありますので、注意が必要です。

特に、自分の財産を相続人以外の第三者に贈与もしくは寄付したい場合に問題となるのは、「贈与または寄付先が特定されていない」という場合です。

個人であれば氏名と住所はしっかりと特定し、団体であれば法人名やその本店所在地などの住所でしっかりと特定できるだけの記載を遺言書に書いておかなければ、特定不十分として贈与または寄付が効力を生じないという事態になってしまう場合もあります。

この点を巡って問題となったのが、最高裁裁判所平成5年1月19日判決の事例です。

この事例は、被相続人が他の家族と絶縁状態だったため、家族には相続させたくないと考えて、自筆証書遺言に

「一、発喪不要。二、遺産は一切の相続を排除し、三、全部を公共に寄与する。」

と記載して遺して知人を遺言執行者として託していました。

被相続人の死後に、この遺言の効力が問題となりました。

家族側(相続人側)は、

「公共に寄付する」だけでは、寄付先が特定されていないから無効だ

と主張し、遺言を託された遺言執行者は

「相続を排除し」とも書かれており、公共的な機関に寄付するという意思明確だ

と主張しました。

このような事案において、裁判所は以下のように述べて遺言の効力を認める判断をしました。

裁判所の判断は以下の内容です。

まず、遺言の解釈の一般論として

「遺言の解釈に当たっては、遺言書に表明されている遺言者の意思を尊重して合理的にその趣旨を解釈すべきである」

可能な限りこれを有効となるように解釈することが右意思に沿うゆえんであり、そのためには、遺言書の文言を前提にしながらも、遺言者が遺言書作成に至った経緯及びその置かれた状況等を考慮することも許されるものというべきである。」

と述べ、遺言を可能な限り有効とすべき方向で検討すべきとの解釈指針を示しています。

これを前提とした上で、本件については、

「本件遺言書の文言全体の趣旨及び同遺言書作成時の遺言者の置かれた状況からすると、同人としては、自らの遺産を法定相続人に取得させず、これをすべて公益目的のために役立てたいという意思を有していたことが明らかである。」

「そして、本件遺言書において、あえて遺産を「公共に寄與する」として、遺産の帰属すべき主体を明示することなく、遺産が公共のために利用されるべき旨の文言を用いていることからすると、本件遺言は、右目的を達成することのできる団体等(原判決の挙げる国・地方公共団体をその典型とし、民法34条に基づく公益法人あるいは特別法に基づく学校法人、社会福祉法人等をも含む。)にその遺産の全部を包括遺贈する趣旨であると解するのが相当である。」

「また、本件遺言に先立ち、本件遺言執行者指定の遺言書を作成してこれを被上告人に託した上、本件遺言のために被上告人に再度の来宅を求めたという前示の経緯をも併せ考慮すると、本件遺言執行者指定の遺言及びこれを前提にした本件遺言は、遺言執行者に指定した被上告人に右団体等の中から受遺者として特定のものを選定することをゆだねる趣旨を含むものと解するのが相当である。」

と判示して、「受遺者の特定にも欠けるところはない。」と結論付けました。

このように、裁判所は、遺言書の中で贈与先(寄付先)が具体的に特定はされていなかったものの、

「どこに寄付するかは遺言執行者にゆだねる趣旨である」

との解釈をして、この遺言を有効と判断しました。

これについては、

「遺言執行者がどこに寄付するかまで担保できないではないか」

という反論もありましたが、これに対しても裁判所は、

「遺言者自らが具体的な受遺者を指定せず、その選定を遺言執行者に委託する内容を含むことになるが、遺言者にとって、このような遺言をする必要性のあることは否定できないところ、本件においては、遺産の利用目的が公益目的に限定されている上、被選定者の範囲も前記の団体等に限定され、そのいずれが受遺者として選定されても遺言者の意思と離れることはなく、したがって、選定者における選定権濫用の危険も認められないのであるから、本件遺言は、その効力を否定するいわれはないものというべきである。」

と述べて、問題ないとの判断を示しました。

この判決は、受遺者の選定を遺言執行者に委託する旨の遺言の効力について、最高裁として初めて判断を示したもの、加えて、遺言を有効の方向で解釈した点で、その意義は大きいものと言われています。

もっとも、この判例は、贈与先(寄付先)が公共、公益目的に限定されていた、という点が一つの大きなポイントとも考えられていますので、逆に、寄付先が特定されておらず、なおかつ非公益目的の場合には、遺言書において被選定者たる受遺者や遺贈対象財産の範囲が具体的に特定されていて、選定者における選定権濫用の危険が認められないような場合でない限り、遺言が有効であると解することはできないとの指摘もされていますので(判例タイムズ主要民事判例解説852号 166頁参照)、この点に留意する必要があります。


この記事は2020年3月22日時点の情報に基づいて書かれています。

【質問】

父が亡くなりました。私は三男です。

父の自筆で、「遺産はすべて三男に相続させる」という遺言のようなものが見つかったのですが、日付が書いていなかったため、遺言書として効力がない、と言われてしまいました。

このような書面はやはり全く効力がないのでしょうか?

ちなみに、私は父の生前、家業である農業を手伝っていて、父の生前に農地の約3分の2の生前贈与を受けています。

【説明】

遺言書には、大きく分けて自筆証書遺言書と公正証書遺言の2つの種類があります。

これら遺言書は、その効力が求められるためには、法律で定められている厳格な形式をすべて満たしていなければなりません。

公正証書遺言の場合は、公証人の手によって作成されるため、形式を満たしていないということは起こり得ないのですが、本人が自分で作成することが多い自筆証書遺言については、ケースによっては

・押印がされていない

・日付が書かれていない

等といったミスによって遺言書が効力を生じない、ということもあります。

このようなミスによって効力が生じない書面というのは、法律上全く意味のないものとなってしまうのでしょうか。

この点が問題となったのが、福岡高等裁判所昭和45年7月31日決定のケースです。

この事例は、本件の事例と同様に、「遺産をすべて三男に相続させる」という遺言があったのですが、日付の記載を欠いていたため遺言としては効力が生じないものでした。

他方で、三男が、被相続人の生前にその所有する不動産の約3分の2について生前贈与を受けており、これは三男の法定相続分を大きく超えるものとなっていました。

そのため、この生前贈与について三男の特別受益が問題となったのですが、三男が父の家業である農業を継いでいたこと、「すべて三男に相続させる」という内容の書面があることを重視し、裁判所は、当該生前贈与について

「特別受益の持戻免除の意思を表示していたものと認める」

との判断をしました。

遺言書としての形式を欠く文書の効力及び持戻免除の意思表示に関する事例として、参考になります。

 

【福岡高等裁判所昭和45年7月31日決定】

「佐賀家庭裁判所唐津支部の検認を経た均作成名義の遺言書によると、「私が全財産を三男浩へ譲渡す家出人相ぞく無浩渡ス」旨の記載があるけれども、日付としては昭和三五年八月とあるだけで日の記載を欠いており、この点において右遺言書は自筆証書遺言の要件を欠き有効な遺言とみることはできないので、被相続人均が遺産全部を抗告人浩に遺贈したものとみることはできない。」

「しかしながら、均が作成したと認むべき右遺言書の記載、原審における抗告人、相手方馬場篤及び馬場明審問の結果、原審鑑定人住友順一、西山三郎の鑑定の結果並びに記録添付の戸籍謄本、登記簿謄本を総合すると、被相続人馬場均(明治一八年生れ)は、本籍地において農業を経営してきたものであるが、昭和三三年から昭和三五年二月二九日までの間数回にわたりその三男である抗告人に対し原審判添付第二目録記載の田、山林、原野、宅地及び居住家屋(以下、本件第二物件と称す。右物件の相続開始時における評価額は金三九三万七、〇五〇円)を贈与したこと、本件第二物件は金額にして均の所有していた不動産の約三分の二に相当し、抗告人の法定相続分をはるかにこえるものであること、均の長男であつた相手方篤は、当時均とは独立し肩書住所に居住して瓦製造業を営んでいたこと、同人の二男である明もまた均とは独立して別居し、当時郵便局に勤務して農業には従事していなかつたこと、抗告人は当時均及びその妻馬場ハツと同居して農耕に従事していたものであることを認めることができ、右事実によれば、均は自己の営んできた農業を抗告人に継がせる意思であつたことを推認することができる。」

「しかして、これら認定事実によれば、被相続人均は本件第二物件を抗告人に贈与するに際し、これらの特別受益の持戻免除の意思を表示していたものと認めるのが相当である。」


この記事は2020年2月26日時点の情報に基づいて書かれています。

【質問】

自分には養子が一人いますが、最近亡くなってしまいました。養子には子供が一人いますが、自分が亡くなった時に、養子の子は代襲相続するのでしょうか。

【説明】

民法第887条第2項は、

被相続人の子が、相続の開始以前に死亡したとき、又は第891条の規定に該当し、若しくは廃除によって、その相続権を失ったときは、その者の子がこれを代襲して相続人となる。ただし、被相続人の直系卑属でない者は、この限りでない。

と定めています。

養子の子に代襲相続権が生じるかどうかは、その出生のタイミングによって結論が異なります。

まず、養子の子が、養子縁組後に生まれた子である場合は、養子の子は被相続人の「直系卑属」となりますので、養子の子にも代襲相続権が発生します。

他方で、養子の子が、養子縁組前に生まれていた場合、その後に被相続人と養子が養子縁組をしても、当然に被相続人と養子の子との間に血族関係が生じるものではありません。

この場合、養子の子は、被相続人の直系卑属にはあたらず、したがって、代襲相続権は発生しません。


この記事は、2020年2月9日時点の情報に基づいて書かれています。

【質問】

父が亡くなりました。

遺言書で私が祭祀承継者として指定されていたのですが、妹はこれに従わず、墓の玄室に勝手に侵入して納骨するなど反発してきました。

話し合いにも応じないため、私は、自分の祭祀主宰権(父遺骨及び本件墓の管理権限を含む。)を有することの確認、玄室への立入禁止,精神的苦痛の慰謝料10万円の支払を求める訴えを起こしたところ、裁判所は全面的に私の訴えを認めました。

しかし、それでも妹は判決も無視して玄室に立ち入って遺骨を持ち出し、それからは私に遺骨を引き渡そうとしません。

そこで、私は遺骨の引渡しの訴えを起こす準備をしていますが、このような妹の行動に対して、慰謝料を請求することはできないのでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所平成21年 2月17日判決の事例をモチーフにしたものです。

この裁判事例では、妹が遺骨を玄室から持ち出して返還しない行為について、

「遺骨に対する原告の管理権を侵害する不法行為に当たる」

とした上で、

「本件遺骨に対し原告が管理権を有することを確認した別件1審判決が言い渡された直後,これを無視して本件墓から本件遺骨を持ち出し,その後,原告から再三本件遺骨の引渡しを求められたにもかかわらず,また,本件1審判決を是認する東京高等裁判所の判決及び最高裁判所の決定が出されたにもかかわらず,本件遺骨を原告に返還する姿勢を全く示さないものである。」

「原告は,このような被告の行為により,日々精神的苦痛を受け続けているということができる」

として、結論として、

「慰謝料の額は1日当たり1000円を下らないと認めるのが相当である。」

と判断しました。

祭祀承継者であることの確認がなされた裁判の判決が出た後であるにも拘わらず、遺骨を持ち出して返還しなかった、という点で特殊事情があるとは言えますが、祭祀承継者への遺骨の返還拒否について1日当たりの慰謝料を認めたという点において参考となる事例です。


本記事は、2020年1月26日時点の情報に基づいて書かれています。

【質問】

親が亡くなりました。相続人は私長男と次男の二人です。

私は親と同居していましたが、亡くなる4年前から認知症を発症して要介護認定(4〜5)を受けていました。

ただ、親が自宅での生活を望んだので、在宅介護することとして、訪問介護やデイサービスを利用しつつも、毎日の食事やトイレ、さらに痰の吸引などもはほとんど私が付きっきりで介護していました。

親が亡くなった後、次男と遺産分割の話し合いになりましたが、私の上記のような介護の貢献についてどのように評価すべきか、次男と話し合いがつかない状況です。

もし家庭裁判所の調停や審判となった場合、どのように評価されるのでしょうか。

【説明】

相続人のうちの誰か一人だけが親を介護していた、という場合、その介護の負担がとても大きかった場合には、他の兄弟に対して介護の負担を考慮して相続分を多く主張するということは実務上非常に多く見られます。

 

この主張は、法律上は「寄与分」として評価できるかどうか、という点が調停や審判では問題となります。

 

これについては、「寄与分」とそもそも評価されるかどうか、という問題は、こちらで説明していますが、かいつまんで言うと、親が重度の要介護状態で常時付き添いが必要な状態であるような場合で、子が介護サービスなどを利用せずに在宅で介護したり、もしくは介護サービスの費用を負担した場合には寄与分が認められます。

 

では、子が介護していた場合、寄与分というのはどの程度認められるのでしょうか。

 

これについては、色々な考え方がありますが、最近の調停・審判実務では、「介護保険の介護報酬基準に基づく1日の報酬額に、看護した日数をかけ、それに一定の修正をかける」という方法が取られていることが多いです。

 

この考え方に従って親族による療養看護の寄与分を算定したのが東京高等裁判所平成29年9月22日決定です。

本件は、この裁判例の事例をモチーフにしたものですが、この裁判例は、子による在宅介護の寄与分の算定について、概要として以下の判断を示しました。

 

1 寄与分の算定方法として、まずは要介護認定に応じた介護報酬被相続人の要介護度に対応する要介護認定等基準時間の訪問介護費に療養看護の日数を乗じる方法で算定する。

2 子が痰の吸引を行っていたことについては訪問介護費より高額な訪問看護費として算定されるべきものとする。

3 上記1,2を前提とし、さらに裁量的割合として、0.7を掛けた金額を寄与分として評価する。

 

まず、1について裁判所は、

「被相続人は,遅くとも平成21年●月●日から平成22年●月●日まで要介護4,同年●月●日から要介護5と認定されていたところ(認定事実ア),要介護度の認定がされている場合に,被相続人の要介護度に対応する要介護認定等基準時間の訪問介護費に療養看護の日数を乗じる方法は,要介護5の場合に,その介護時間を120分以上150分未満とみることも含めて,被相続人に対して看護又は介護の資格を有している者が介護するのに要する時間を算定する方法として,一定の合理性があるというべきである。」

と述べて、介護報酬基準に基づく算定方法によるべきことを示しました。

 

次に2について、子は、早朝や深夜も介護していたことを介護時間に含めて算定すべきと主張しましたが、これについて、裁判所は

「被相続人と相続人の身分関係に基づいて通常期待されるような程度の貢献は相続分自体において評価されているというべきであり,寄与分は,これを超える特別の貢献をした場合に,相続人の行為によって被相続人の財産が減少することが防止できた限度で認められるものであって,相続人が,被相続人の療養看護をした場合であっても,相続人が行った介護について被相続人に対する報酬請求権を認めるものではないから,相続人がした全ての介護行為について,被相続人が資格を有する第三者に介護を依頼した場合と全く同額の報酬相当額を寄与分として算定することは相当ではない。」

と判断して、その主張は認めませんでした。

 

3については、

被相続人と相続人との身分関係に基づいて通常期待されるような程度の貢献は相続分自体において評価されているというべきであるところ,抗告人は被相続人の子であって,抗告人がした介護等には,被相続人との身分関係に基づいて通常期待される部分も一定程度含まれていたとみるべきこと,抗告人は,被相続人所有の自宅に無償で居住し,その生活費は被相続人の預貯金で賄われていたこと,被相続人は,第三者による介護サービスも利用していたことからすれば,原審判が,第三者に介護を依頼した際に相当と認められる報酬額に裁量的割合として0.7を乗じて寄与分を算出したことが不当であるとはいえ」ない

と判断しました。

 

上記のような介護報酬基準を踏まえた寄与分の算定方法は、今後も調停・審判実務で採用される例は増えていくものと思われます。

なお、本件では、遺産総額が6607万2398円であったのに対し、最終的に寄与分の算定は、以下の通り759万3530円と算定されました。

寄与分は、遺産総額の概ね10〜20%、というのが一つの目安とも言われていますので、裁判所として上記目安も意識した上で金額を算定しているとも言えます。

「被相続人が要介護4の認定を受けていた期間における寄与分は,要介護4の介護報酬6670円に80日を乗じ,これに0.7を乗じた37万3520円になり,被相続人が要介護5の認定を受けていた期間における寄与分は,要介護5の介護報酬7500円に1176.5日を乗じ,これに0.7を乗じた617万6625円になる。

抗告人がした医療行為についての寄与分は,前記(4)ウで算出した149万0550円に裁量的割合である0.7を乗じると104万3385円になる。これらを合計すると,抗告人の寄与分は759万3530円と算定される。」


上記内容は2019年8月26日更新時点の情報に基づくものです。

【質問】

父が亡くなりました。相続人は、長男である私と弟の二人です。

父が死亡したとき、金庫に500万円の現金がありましたので、とりあえず遺産管理人名義で預金を作成して、そこに入れて保管をしています。

弟とは、父の遺産分割を巡ってまだ協議が続いていますが、弟からは

現金だった500万円については、協議成立前に半分(法定相続分)を払ってくれ

と要求されています。

私としては、遺産分割の見通しを考え、遺産分割の成立までは弟には金銭を渡したくないと考えています。

金銭債権は、遺産分割協議を経ずとも当然に分割されるということを聞きましたが、現金についてはどうなるのでしょうか。

 

【説明】

遺産である財産については、法律上は相続人間で共有の状態となっています。

そのため、原則として、これを分ける(各相続人が処分できるようにする)ためには、相続人全員で協議して、その分け方や処分方法について合意しなければなりません。

そして、相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家裁が審判によってこれを定めるべき、ということとなります(最三小判昭62.9.4)。

 

一方で、上記のような協議や審判を経ずとも、「金銭債権」については、相続開始時において法定相続分割合に応じて各相続人に当然に分割される、とされています。

なお、以前は銀行の預金(これも銀行への払戻請求権という金銭債権とされています)も上記と同様に考えられていましたが、これについては最高裁平成28年12月19日決定で実務上の扱いが変更され、相続人全員の合意がなければ分割又は処分できないということになりました。

 

では、現金、すなわち金銭についてはどうなるのでしょうか。

「金銭債権」と同じと考えれば、遺産分割協議成立前でも法定相続分に従って分けるよう請求できるということになります。

そうでなければ、原則に従い、遺産分割協議や調停等での合意成立までは分けるよう請求ができない、ということになります。

どちらの扱いになるのでしょうか。

 

この点については、最高裁判所平成4年4月10日判決が以下のように指針を示しています。すなわり

「相続人は、遺産の分割までの間は、相続開始時に存した金銭を相続財産として保管している他の相続人に対して、自己の相続分に相当する金銭の支払を求めることはできないと解するのが相当である。」

と判断しています。

 

したがって、遺産分割協議前に現金を分けるよう請求することはできない、ということになります。

これは、例えば、遺産たる現金が、その後誰か一人の相続人名義の預金口座に一時的に預け入れられていたとしても変わらないと考えられます(上記最高裁の事例でも、遺産たる現金を相続人が「●●遺産管理人〇〇」名義の通知預金としていました。)。


2019年4月21日更新

【質問】

父が死亡しました。相続人は、長男である私と、弟の二人です。

父は土地をいくつか所有していましたが、そのうちの一つには借地権が設定されていました。

まだ遺産分割協議の途中ですが、その間、父の死後に私が借地人と交渉して借地契約を解消し、更地にしました。そのことで、その遺産の土地の価値はかなり上がりました。

この私の行為で遺産の価値が増加したと言えますから、寄与分として遺産分割で主張したいと考えています。

これは可能でしょうか。

【説明】

遺産分割における「寄与分」とは、被相続人の生前において、被相続人の財産の維持又は増加に貢献した者がいる場合、それを遺産分割において考慮する、というものです。

本件では、被相続人の「死後」の相続人の行為により遺産が増加したという点で特殊であり、このような死後の寄与行為が寄与分として評価されるのか、という点が問題となります。

この点について判断したのが、東京高等裁判所昭和57年3月16日決定です。

死後の寄与行為について、東京高裁は、遺産分割では評価されず、あくまでも相続開始時を基準としてこれを考慮すべき、と判断しています。

その理由としては、以下のように述べています。

「いわゆる寄与分とは、共同相続人の一部の者が被相続人の財産の維持又は増加に対し通常の程度を超えて寄与した場合に、遺産分割に際し、相続開始時における具体的相続分を算定するにあたり、共同相続人間の衡平を図る見地から、特別受益と同様に、その寄与を評価すべきものとされるものにほかならないから、相続開始時を基準としてこれを考慮すべきであつて、相続開始後に相続財産を維持又は増加させたことに対する貢献は寄与分として評価すべきものではないと解すべき」

「被相続人の死後の相続財産の管理のために現実に要した費用は、遺産分割に際してあわせて清算されるとしても、管理により増加させた相続財産の価値については、相続財産に関する費用に準じて、分割時にこれを清算すべきであるとする法的根拠を見出すこともできない。

以上の通り、被相続人の死後の行為については寄与分として評価することは出来ず、相続開始後の行為については、あくまでも相続財産の管理費用についてのみ考慮できるということになります。


2018年12月20日更新