相続・遺言無効・遺留分請求のための弁護士相談

【質問】

父が亡くなりました。相続人は長男と、次男の私二人です。

 

父はアパートを所有しており、アパート、その他の遺産を巡って長男とは遺産分割協議がまとまらず現在に至っています。

 

父が亡くなった後もそのアパートからの賃料収入が入ってきますが、賃料収入については、長男が全て回収して管理しており、私には渡そうとしません。

 

産分割協議がまとまるまでまだまだ時間も掛かりそうなのですが、この間のアパートの賃料収入はどうやって分けるべきなのでしょうか。

なお、長男は、自宅だった不動産その他多くの遺産を取得する予定なので、アパートは私が相続することになると思いますが、その場合、父の死亡時まで遡って賃料も全て私が取得することができるのでしょうか。

【説明】

被相続人の方が亡くなってから、相続人間で遺産分割協議が整うまでに長期間を要する場合があります。

このような場合に、民法909条が

遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。

と規定しているため、遺産に本件のような収益物件があり、賃料が生じる場合、

① 遺産分割協議が成立するまでの間に発生した賃料はどのように分けられるのか

② 遺産分割協議が成立した場合に、その収益物件を取得した者が賃料も全て取得できるのか

ということが問題となります。

この点について判断したのが最高裁判所平成17年9月8日判決のケースです。

最高裁は、相続開始後に発生した遺産不動産からの賃料について、

①共同相続財産である賃貸不動産から生ずる賃料債権は、遺産とは別個の財産であって、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得する

②遺産分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずるものであるが、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得した賃料債権の帰属は、後にされた遺産分割の影響を受けない

③相続開始から本件遺産分割決定が確定するまでの間に本件各不動産から生じた賃料債権は、その相続人らが相続分に応じて分割単独債権として取得する

と判断しました。

上記のような最高裁の判断の理由として、判例タイムズ1195号 100頁は

「遺産分割前の時点において、遺産から生じた果実は、相続開始によって遺産共有となった財産を使用管理して収取されるものとなることから、遺産とは別個の、共同相続人の共有財産であると解するのが相当である。

そして、遺産たる賃貸不動産から生じた賃料債権は、可分債権であるから、民法427条により、当然に分割されて、共有者である共同相続人がその共有持分である法定相続分に応じて、単独分割債権として取得するものと解される(奥田昌道・債権総論335頁、340頁等。なお、賃借権を共同相続した場合の賃料債務は不可分債務となる。)。

さらに、以上にかんがみれば、遺産共有の状態にある賃貸不動産から生じた賃料債権について、遺産とは別個の財産として、各共同相続人が相続分に応じて分割単独債権として取得したものとする以上、その帰属は確定したものであって、遺産分割の効力を受けないものと解するのが相当である。」

と解説しています。

上記判断を本件に当てはめると、

父死亡後、遺産分割が確定するまでの間のアパート賃料については、長男と次男が法定相続分の2分1ずつ取得する

ということになります。

これは、後の遺産分割協議で次男がアパートを単独で相続するということになっても変わりません。

したがいまして、次男としては、遺産分割が確定するまでの間は、アパート賃料の2分の1相当額については、長男(もしくは賃借人)に請求することができるということになります。

なお、実務上は、遺産分割協議が確定するまでの間は、相続人間で合意して相続人の誰かが代表して賃料債権を回収・管理してその都度分配したり、遺産分割協議・調停の中で遺産と併せて分配について協議する、という方法が執られることが多いです。


2018年10月25日

【質問】

私の弟が亡くなりました。

弟は生涯独身だったため、相続人は我々兄弟姉妹になるのですが、兄弟姉妹は10人ほどおり、またすでに亡くなっている者もいて代襲相続も発生しています。そのため、相続人は10人を超える人数になっており、また、長年連絡をとっていない者も数人います。

 

弟は不動産を遺して亡くなったのですが、空き家状態が続いているので早く処分しなければならないと考えています。

どのような手段を取るべきなのでしょうか。

【説明】

複数人で共有となっている不動産の共同所有関係の解消方法について、民法は、

1 共有物分割訴訟(民法二五八条一項)

2 遺産分割審判(同法九〇七条二項、家事事件手続法別表第2)

の2つの手段を規定しています。

両者の関係は必ずしも条文上明らかではないため、本件のような場合に、共有物分割請求訴訟をするか、遺産分割調停・審判をやるか、どちらかを選択的に選べるようにも考えられるため、その適否が問題となっていました。

この点について、判断したのが最高裁判所昭和62年9月4日判決です。

判例では

「遺産相続により相続人の共有となつた財産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家事審判法の定めるところに従い、家庭裁判所が審判によつてこれを定めるべきものであり、通常裁判所が判決手続で判定すべきものではないと解するのが相当である。」

と判断しています。

したがいまして、相続で共有となっている不動産については、まずは家事事件手続法に従い、遺産分割調停・審判の手続を進めていく必要があります。


2018年10月24日

【質問】

父が亡くなりました。

相続人は、母と、長男、次男、三男である私です。

父の遺産については、自宅不動産も含め長男が法定相続分よりも多めに相続するということで遺産分割協議しましたが、その条件として、

長男は、母と同居する、母を扶養し、母にふさわしい老後を送ることができるように最善の努力をする、長男の妻とともに、母の日々の食事その他身の廻りの世話をその満足を得るような方法で行う、先祖の祭祀を承継し、各祭事を誠実に行う」といった条件を付しました。

 

しかし、長男は、遺産分割協議の後、この条件を履行せず、母を虐待して十分な扶養をしないばかりか、祭祀を放擲し、更には口論のうえ母を素手で殴打して傷害を負わせたりするなど、遺産分割協議で決めた約束をことごとく破りました

これでは、せっかく長男に多めに相続させた意味がないので、遺産分割協議を解除したいのですが、可能でしょうか。

【説明】

本件は、最高裁判所平成元年2月9日判決の事例をモチーフにした事例です。

長男以外の相続人の立場からすれば、「長男は遺産分割協議の前提となる約束を破ったのだから、遺産分割協議自体やり直しをすべきだ」という考えになるかもしれません。

いわば、契約の債務不履行があるのと同じ状況なので、債務不履行解除できるのではないか、という考えです。

しかし、このような事例について、裁判所は、

「共同相続人間において遺産分割協議が成立した場合に、相続人の一人が他の相続人に対して右協議において負担した債務を履行しないときであっても、他の相続人は民法五四一条によって右遺産分割協議を解除することができないと解するのが相当である。」

と判断しました。

その理由として、

「遺産分割はその性質上協議の成立とともに終了し、その後は右協議において右債務を負担した相続人とその債権を取得した相続人間の債権債務関係が残るだけと解すべきであり、しかも、このように解さなければ民法九〇九条本文により遡及効を有する遺産の再分割を余儀なくされ、法的安定性が著しく害されることになるからである。」

と述べており、一般的な契約とは性質を異なるということをその根拠としています。

このような帰結ですと、長男以外の相続人にとっては酷な結果となってしまうかもしれませんが、他の相続人としては、長男に遺産分割協議で決められた約束を履行するよう求めるしかないということになります。

なお、遺産分割協議における相続人の意思表示に錯誤、詐欺、強迫など、その成立過程で、意思表示に瑕疵がある場合は、協議の無効、取消を主張し得るとされていますので、この点との違いには留意する必要があります。
また、相続人全員が合意すれば、いったんなされた遺産分割協議の合意についても解約して、改めて遺産分割協議のやり直しをすることは可能と解されています(最高裁判所平成2年9月27日判決)。


2018年10月23日更新

【質問】

父が亡くなりました。

相続人は、長男と次男の私の二人です。

父は遺言書を遺していましたが、「遺産を全て長男に相続させる」という内容でした。

父の遺産は、不動産や預貯金で合計4億円ほどありましたが、金融機関からの借金も4億円残っています。

父の遺言によれば私は何も相続できないのですが、借金については被相続人や相続人の話し合いだけで決めることはできない、というようなことを専門家から聞きました。

そうなると、私は遺産は何も相続できないのに、借金については法定相続分の2分の1を相続して返済義務を負うことになるのでしょうか。

【説明】

民法899条は,

「各共同相続人は,その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する。」

と規定しています。

したがって、被相続人の借金については、相続人はその返済義務を法定相続分に従って承継することとなります。

しかし、本事例のように、遺言で相続分が指定されていて、それが法定相続分と異なる割合のような場合に、借金については法定相続分で承継するとされてしまうと、遺言では法定相続分を下回る分しか相続できない相続人にとっては酷な結果となってしまいます。

相続放棄をすることで借金の相続は免れることはできますが、そうなると遺留分の請求もできなくなってしまうというジレンマに陥ります。

では、遺言書で、プラスの財産の相続割合だけではなく、マイナスの財産(借金)の相続割合を決めるということはできないのでしょうか

この点についての判断指針を示したのが、最高裁判所平成21年3月24日判決です。

この最判の事例は、本件と似たような事案で、長男、次男と二人相続人がいたところ、長男に全てを相続させるという遺言があったという事案です。

この事案では、裁判所は、

「相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定された場合,遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り,当該相続人に相続債務もすべて相続させる旨の意思が表示されたものと解すべきであり,これにより,相続人間においては,当該相続人が指定相続分の割合に応じて相続債務をすべて承継することになると解するのが相当である。」

と判断しました。

もっとも,これはあくまでも相続人間での割合を決めるに留まるもので、あくまでも債権者(金融機関等)との関係については

「上記遺言による相続債務についての相続分の指定は,相続債務の債権者(以下「相続債権者」という。)の関与なくされたものであるから,相続債権者に対してはその効力が及ばないものと解するのが相当であり,各相続人は,相続債権者から法定相続分に従った相続債務の履行を求められたときには,これに応じなければならず,指定相続分に応じて相続債務を承継したことを主張することはできないが,相続債権者の方から相続債務についての相続分の指定の効力を承認し,各相続人に対し,指定相続分に応じた相続債務の履行を請求することは妨げられないというべきである。」

と判断しました。

以上の判決に従えば、次男としては、遺言があっても

・債権者に対しては、法定相続分の割合で借金を返済する義務を負う

・ただし、長男との関係では、長男が全て返済する義務を負うので、万が一、次男が債権者に返済をした場合にはその分を全て長男に求償できる

ということとなります。

なお、実務上は、本件のような場合は、金融機関が長男に対して免責的債務引受の合意をするよう求めて、次男を債務関係から離脱させて現実的な解決を図るということが多いです。


2018年10月22日更新

【質問】

父が亡くなりました。

相続人は、母と、子である私長男、次男、三男、四男です。

父は広土地をいくつか所有していましたが、母が「お父さんの土地は私が生前にお父さんからもらったものだ」と言い張り、なかなか協議に応じようとしませんでした。

我々子としては、母が全て遺産を相続しても、母が亡くなったら子どもたちに相続ということになる見通しだったので、やむなく母の意向を受け入れ、父の遺産は全て母が相続する、と言う遺産分割協議をしました。

しかし、その約1年後、父の自筆証書遺言が見つかりました。

その内容は、遺産の土地は、母ではなく、我々子どもたちにそれぞれ相続させる、という内容の遺言書でした。

もし、この遺言書の存在を知っていれば、母に全て相続させるという遺産分割協議はしなかったと思います。

今から、遺産分割協議を無効にすることはできるでしょうか。

【説明】

遺産分割協議とは、法的に言えば、遺産の処分に関する相続人間の合意ということになります。

そして、その合意をするにあたって錯誤がある場合には、その合意は無効であると主張することができます。

錯誤とは、簡単に言えば「もしその事実を知っていれば、こんな合意はしなかった。」という状況のことです。

これを本件について言い換えれば、遺産分割協議を後から無効とできるかどうかは

「もし遺言書の存在を知っていれば、こんな遺産分割協議はしなかった」

と言えるかどうか、ということが問題となるわけです。

この点について判断をしたのが、最高裁平成5年12月16日判決です。

この最高裁は、

「相続人が遺産分割協議の意思決定をする場合において、遺言で分割の方法が定められているときは、その趣旨は遺産分割の協議及び審判を通じて可能な限り尊重されるべきものであり、相続人もその趣旨を尊重しようとするのが通常であるから、相続人の意思決定に与える影響力は格段に大きいということができる。」

と述べた上で、

「遺言の存在を知っていれば、特段の事情のない限り、本件土地を妻が単独で相続する旨の本件遺産分割協議の意思表示をしなかった蓋然性が極めて高いものというべきである。」

と判断し、遺産分割協議は無効になるとの判断を示しました。

この最高裁の通り、「もし遺言の存在を知っていれば、このような遺産分割協議はしなかった。」と言えれば、遺産分割協議は無効となります。

なお、この最高裁の判断については、遺産分割協議の内容と遺言の内容が全く異なるものであったことが判断のポイントになっている、という指摘がされています。

したがいまして、遺産分割協議をした後に遺言書が発見された場合、無条件で遺産分割協議が無効となるわけではなく、例えば、遺言書の内容と遺産分割協議の内容の相違の程度が小さい場合などは、錯誤はないとして、遺産分割協議は無効とはならない可能性もあるということには留意が必要です。


2018年10月18日

「親が亡くなった後に、他の兄弟が親の遺言書があると言ってきた。」

「しかし、遺言を作成した当時、親は認知症が進んでおり遺言書など到底できる状態ではなかった。」

「遺言書の内容はとても不公平だし、親が元気だった頃に言っていたこととも全然違う」

このように訴えて、遺言書の無効を主張できないかと言うご相談が増えています。

このようなご相談を弁護士が受けた場合、まず遺言者の生前の医療記録等の取り寄せをしていただき、遺言当時の遺言者の精神上の障害の程度を判断します。

遺言が無効となるかどうかは、まず第一に遺言者の方の遺言作成当時の認知症や認知能力の状態が最重要だからです。

主に証拠として用いられるのは、内科や精神科の入院、通院、往診の医師のカルテや、要介護認定の際の認定調査票、主治医意見書、施設での介護記録等などです。

交渉や訴訟で遺言の無効を主張する場合には、上記の証拠を収集して、これらの証拠から遺言当時の遺言者の認知能力、すなわち遺言能力の有無を判断して無効であると訴えていくわけです。

ただし、どの程度まで認知症が進んでいれば遺言が無効になるか、ということについては明確な基準があるわけではなく、認知症が初期や中程度の場合には、特にその判断には困難が伴います。特に初期や中程度の場合には、遺言の内容の複雑性や動機、遺言者を巡る人的関係といった周辺事情も絡んできます。
したがって、訴訟の見通しを立てるにあたっては、遺言を無効と判断した裁判例を調査して、裁判所の相場感を探りつつ進めていく必要があります。

今回紹介する東京地裁平成29年6月6日判決のケースは、遺言者の遺言当時の認知症の程度は初期から中程度であると認定した上で、遺言の内容が複雑であったこと等も考慮して公正証書遺言を無効と判断した事例です。

この事例は、遺言書を作成した3ヶ月前に行われた介護認定調査における主治医意見書の内容が以下の内容でした。

・平成一八年ころにアルツハイマー型認知症を発症したこと、記銘力障害を中心に入浴拒否傾向、無目的行動、徘徊などを時に呈することが記載されている

・日常生活自立度は「J2」及び「Ⅱb」の各欄にチェックが付されている。

・認知症の中核症状として、短期記憶は「問題あり」、日常の意思決定を行うための認知能力は「いくらか困難」、自分の意思の伝達能力は「いくらか困難」の各欄にチェックが付されている。

・認知症の周辺症状として、「徘徊」の欄にチェックが付されている。

本件裁判例は、上記状態を前提としつつ、アルツハイマー型認知症を発症した平成18年頃からの遺言者の医療記録、介護認定記録より、遺言者の認知症の状態、日常の異常行動について細かく認定をした上で、

遺言者は「本件遺言を行った当時、アルツハイマー型認知症により、その中核症状として、短期記憶障害が相当程度進んでおり、自己の話した内容や人が話した内容等、新たな情報を理解して記憶に留めておくことが困難になっていたほか、季節の理解やこれに応じた適切な服装の選択をすることができず、徘徊行動及び感情の混乱等も見られるようになっていたということができるから、その認知症の症状は少なくとも初期から中期程度には進行しており、自己の遺言内容自体も理解及び記憶できる状態でなかった蓋然性が高いといえる。」

と判断しました。

これに加えて、遺言が複雑な内容であることも併せ認定し、遺言者は遺言作成当時遺言能力を欠いていたとして公正証書遺言を無効と判断しました。

なお、遺言作成当時、遺言者は、一人でテニスクラブに通っていたことや、医師の意見書で軽度のアルツハイマーであるとされていたという事情もありましたが、それでも判決では遺言能力がないと判断されています。

裁判所は、遺言者の認知症の症状のうち、以下の通り述べ短期記憶が失われていることを重視しているように見えます。

「遺言者の要介護認定・要支援認定の際に、被告の同席の下で調査が行われ、この中で、一日の予定を理解して記憶することができずに、一日に何度も確認する電話をかけること、電話の内容を記憶することができないこと、食事をしたことも忘れてしまうこと、外出して帰宅することが困難なときがあること、習慣的なことを除いてAの短期的な記憶能力や理解能力が失われていることなどが明らかにされている。」

認知症が中程度でも公正証書遺言の無効を認めた事例として参考になる裁判例です。


2018年10月4日更新

2020年11月13日更新

今国会で、相続法に関わる民法の改正法案が成立しました。

相続法分野においては昭和55年以来の大改正であり、改正部分は多岐にわたりますが、ここでは、「自筆証書遺言の保管制度」について説明します。

今回新たに「自筆証書遺言を法務局が預かり保管する」という制度が創設されました。

これは、自筆証書遺言の利用を促進するという目的から作られたものです。

概要をかいつまんで言いますと

1 自筆証書遺言を、作成した本人が法務局に持参すれば(代理での持参は不可)、法務局で原本を保管してもらえる

2 原本の保管は、遺言者が亡くなり、遺言書による相続手続が終わると見込まれるまでの長期間保管される(おそらく半永久的に保管されると思われます)

3 法務局で保管された自筆証書遺言については、家庭裁判所の検認手続が不要

です。

自筆証書遺言は、紙とペンと印鑑さえあれば簡単に作成でき、その手軽さが一つのメリットではありましたが、他方で

1 作成後に、紛失、他人に偽造・変造される、もしくは亡くなった後に発見されないおそれがある

2 家庭裁判所の検認手続を経なければならず、相続開始後に手続の煩雑であり、なおかつ遺言書を利用した相続手続の開始に時間がかかる

3 方式の不備で無効とされたり、後に、遺言能力がない状況で書かれたとして争われるリスクが有る

というデメリットが指摘されていました。

そのため、専門家は、これまで上記デメリットをカバーできる「公正証書遺言」の作成を勧めることが一般的でしたが、今回の自筆証書遺言の保管制度によっても上記のデメリットをほとんどカバーできることになります。

公正証書遺言は、公証人が作成に関与しますので、法的に確実なものができる、という安心感がありますが、他方で、公証役場に問い合わせをしたり、公証人の手数料がかかったり、証人を2名用意しなければならないというデメリットもあり、人によっては大きなハードルともなっていました。

したがって、今回の保管制度により、遺言書の作成の実質的な選択肢が増えるものと考えられます。

なお、この保管制度は「遺言を書いた本人が直接法務局に持参しなければならない」ということとなっています。

そのため、入院中だったり、足が悪くて外に出かけられない方は、事実上利用が不可能ですので、その場合は、やはり公正証書遺言を利用せざるを得ないと考えられます。

逆に言えば、自力で法務局まで赴き、保管サービスの申込みをする必要がありますので、従前自筆証書遺言で多く見られた「遺言能力を欠く状態で作成された」「他人が作成した」という紛争は相当程度は減るものと思われます。

また、自筆証書遺言を法務局に持参した際に、窓口で形式の不備はチェックされるとみられますが(日付の記載や押印の有無など)、内容の不備(例:①一つの財産を複数人に相続させる場合で、各相続人の相続分を明記していない。②「配分は皆で相談して決めてください」などと書かれている。③「すべてを〇〇(兄の名前)に任せる」と書いてあるなど)まではチェックされないと思われますので、この点は留意が必要です。


2018年7月10日更新

【質問】

親が亡くなり、相続人4名で遺産分割協議をすることになりました。

私は、親の介護をしていたので、寄与分を主張していたのですが、他の兄弟はなかなか認めてくれず、話し合いは平行線になっています。

そうしたところ、ある日、他の相続人から突然呼び出され、その場で「税務申告の期限が迫っているので、とりあえずは遺産分割協議書を作成したので、これにサインして欲しい」と遺産分割協議書を差し出されました。

その内容は、単に法定相続分で分けるという内容の書面で、遺産の内容についても今まで全く話に出ていなかった遺産などもあり、内容については不明な点が多かったのですが、とりあえずは税務申告のためならと思い、言われるがままにサインしました。

その後も、相続人間で遺産分割の話し合いを続けましたが、ずっと平行線をたどっていたところ、他の相続人より、突然「遺産分割協議書があるから、これ以上は話し合う必要はない」と言われ、一方的に協議を打ち切られてしまいました。

前にサインした遺産分割協議書は、税務申告のため、という名目で、とりあえずサインしたものに過ぎず、相続人間で話し合って決めた内容ではないはずです。

このような遺産分割協議書でも、有効となってしまうのでしょうか。

【説明】

遺産分割の協議を行い、相続人間で合意が得られた場合、その内容を遺産分割協議書にして、全員が署名・押印をする、というのが通常の遺産分割協議の流れです。

そして、このような場合、遺産分割協議書に署名・押印すれば、その内容を後から覆したり、取り消すということは原則としてはできません。

もっとも、例外的に後から遺産分割協議の無効や不成立を主張して、これを取り消すことができる場合もあります。

主なケースとしては、遺産分割協議の錯誤無効を主張する場合です。

すなわち、相続人のうちの誰かが、他に遺産があることを知っていながら、その遺産の存在を他の相続人に隠して遺産分割協議を成立させた場合で、しかも、その遺産の存在を知っていれば、別の遺産分割協議となっていたような場合です。

このような場合、「その遺産の存在を知っていれば、このような遺産分割協議書の内容で合意することはなかった」ということで、遺産分割の合意に対して錯誤無効を主張することができます。

その他に、ケースとしては多くないですが、本件のような場合、すなわち、「遺産分割の協議・合意が存在しない場合」、すなわち、遺産分割に関する合意はまだ形成できていなかったものの、とりあえずは何らかの(別の)目的のために、遺産分割協議書にサインをした。」という場合です。

このような場合、遺産分割協議書は存在していても、そもそも、その協議書の内容となっている相続人間の遺産分割に関する合意が存在しないということになりますので、「遺産分割協議は成立していない(遺産分割の合意が存在しない)」と、後から訴訟で主張することができる、ということになります。

この点が争いとなり、遺産分割協議の不成立が認められた事例が東京地裁平成25年7月19日判決の事例です。

この事例は、遺産分割協議書が2度に渡って作成されていたのですが、いずれも「税務申告のため」、「他の相続人が破産しそうな状況となっていたため、差し押さえなどを逃れるため」という目的のために、相続人間において遺産分割協議書をとりあえず作成したというものです。

裁判所は、この事例において、遺産分割協議書が作成された目的や作成された状況、協議書作成後も遺産分割協議が継続していたことなどの事情を総合考慮して、遺産分割協議は存在しているが、遺産分割協議は成立していない、と認定しました

このような事例が起こることはそれほど多くはないと思いますが、いずれにしても、変な企みをして遺産分割協議書にサインをさせたとしても、それは後々取り消される(取り消せる)ものであるということに留意する必要があります。

【判旨】東京地方裁判所平成25年7月19日判決

1「まず,本件協議書1についてみると,前提となる事実及び前記認定事実によれば,本件協議書1には,被告Y1が管理する約2000万円の金員など,亡Aの遺産の一部が記載されておらず,記載されていない遺産の処理について何ら定められていない上,本件訴訟に至っても,亡Aの遺産の範囲については原告と被告らとの間で争いがある。そもそも,本件協議書1は,原告,被告Y2及び被告Y3が被告Y1の準備した原案にその場で署名押印するという経緯で作成されたものであり,同協議書が作成された際に同協議書に記載された遺産に関する資料が確認されたり,事前に亡Aの遺産の内容やその分割方法について原告と被告らとの間で話合いがされたこともなかったのであるから,同協議書について,原告と被告らとの間で,亡Aの遺産の分割に関する協議が具体的に行われた結果が反映されたものとはにわかにいい難い。

また,本件協議書1が作成された後についてみても,被告Y2本人は,本件協議書1は相続登記を行うことも目的として作成された旨供述するものの,同協議書に基づく相続登記の手続は行われていないこと,本件協議書1の作成から約4か月後である平成19年5月以降,原告が寄与分を主張したのに対し,被告らは遺産分割協議が成立し解決済みであるとの対応をするわけではなく,複数回の話合いに応じていること,平成20年3月には本件協議書1とは内容の異なる本件協議書2が,本件協議書1を修正する旨の文言や同協議書の効力等に関する記載もなく,その他,同協議書との関係につき何らの手当ても講じられないままに作成されるに至っていることが認められる。これらの事実は,本件協議書1によって遺産分割協議が成立したと認識している者の行動としては理解し難いものであり,むしろ,原告及び被告らが,本件協議書1の作成時に,亡Aの遺産に関する遺産分割の内容を確定的に決定する意図を有していなかったことをうかがわせる事情というべきである。

以上のことに加え,本件協議書1の作成時期や,列挙された各遺産をそれぞれ4分の1ずつに機械的に分割するという内容からみても,本件協議書1は,専ら相続税申告に用いることを目的に作成されたものにすぎないと認めるのが相当であり,これを超えて,同協議書に記載されたとおりの内容をもって,原告と被告らとの間で,亡Aの遺産に関する遺産分割協議が成立したと認めることはできない。」

2「次に,本件協議書2についてみると,前記1(3)及び(4)によれば,本件協議書2は,被告Y3が破産手続を行う可能性が生じたことを契機に作成されたものであること,原告は,本件協議書2を作成するより前の平成19年5月以降,被告らに対して寄与分を主張し,その結論が出ていなかったにもかかわらず,原告の寄与分が反映されていないばかりか,被告Y1の相続割合のみが厚くなっている本件協議書2が作成されていることが認められ,原告が,自己の寄与分を主張する権利を留保することなく,その主張が反映されていない本件協議書2の内容を承諾するとは考え難いことも併せてみると,本件協議書2については,飽くまで,被告Y3の破産手続との関係で,被告Y3の相続分を隠匿する目的で作成するという理解の下で作成されたものと認めるのが相当であり,それを超えて,本件協議書2によって,原告と被告らとの間で,亡Aの遺産に関する遺産分割協議が成立したと認めることはできない。」

3「以上のとおり,亡Aの遺産に関する遺産分割については,本件協議書1及び2が作成されてはいるものの,いずれも,その時々の必要に応じて,その目的に沿う限りのものとして作成されたにすぎないと認められ,これらをもって,原告及び被告らの間で,亡Aの遺産の分割について,確定的に協議が調ったものと認めることはできない。」


2018年6月3日更新

公正証書遺言が有効となるためには、以下の方式に従って作成されることが求められます。

1 証人2人以上の立会いがあること

2 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること

3 公証人が遺言者の口述を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせ、又は閲覧させること

4 遺言者及び証人が、筆記の正確なことを承認した後、各自これに署名し、印を押すこと。但し、遺言者が署名することができない場合は、公証人がその事由を付記して、署名に代えることができる。

5 公証人が、その証書は前4号に掲げる方式に従って作ったものである旨を付記して、これに署名し、印を押すこと。

上記の方式について、一つでも欠いた場合には、「方式違背」として公正証書遺言は無効とされます。

公証人は法律の専門家ですので、公正証書遺言を作成する際に、上記の方式を欠くということは通常は起こりません。

もっとも、遺言者が公正証書遺言作成当時に重度の認知症であった、などという理由で遺言の無効が争われる場合、上記方式のうち、
2の「遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること」
の点を巡って争いになることがとても多いです。

この口授というものは、厳密に言えば、遺言作成当日に、遺言者が公証人に遺言の内容を口頭で伝え・・・ということになるのですが、実務上は,公証人が予め遺言者(やその家族)と打ち合わせをして遺言の文案を作成し,遺言作成当日に、公証人が遺言者にその書面を読み聞かせ、これに遺言者が「はい」などと発語して応答すれば、判例もこれをもって口授があったものとしています。他方で、判例は,公証人の質問に対して本人が言語を発さず単に首肯したにすぎないときは,口授があったとはいえないとしています。

そのため、例えば、遺言作成当時に、本人が重度の認知症であった場合、本人の家族が代理と称して公証人と打ち合わせをして遺言の文案を作成し、公正証書遺言作成当日、公証人が本人の前でこの文案を読み上げて、本人がこれに「はい」と声を発して応答すれば、見かけ上は「口授」があったと判断されることになるのです。

このような場合に、本人が本当に遺言の意味を理解して、公証人からの問いかけに反応していたのか、という点が問題となるわけで、本人が公証人からの問いかけに見かけ上「はい」と応答していたとしても、それは法律上の「口授」には該当しない(したがって方式違背だ)という主張がなされて、この点を巡って激しい争いとなるのです。

このように、「口授」の有無が争われる事例においては、裁判所は概ね以下の要素を重視して、その有無を判断しています(判例タイムズ1411号92頁)。

①遺言者が筆記書面作成過程に関与していることが証拠上明らかになっていること

②遺言者の判断能力が遺言時に著しく低下していないこと(遺言の内容が,遺言時の遺言者にとって当否の判断が困難なほど複雑なものとなっていないかが検討される。)

③遺言者が公証人に対して単に筆記書面の記載内容を肯定する旨を述べるのではなく,自分なりの表現でその骨子を述べたり,筆記書面を修正・補充する具体的指示をしていること

これらの要素を考慮した上で、「口授」の要件を欠き、公正証書遺言を無効と判断したのが大阪高等裁判所平成26年11月28日判決の事例です。

この事例は若干特殊で、遺言者が、平成13年、17年、18年、20年と4度に渡って公正証書遺言の作成を繰り返していたという事例で(なお、判決文から伺われる事情として、本人はかなりの資産家のようでした)、一部の相続人より、上記4つの遺言全てについて無効であると主張され、遺言の無効が裁判で争われた事例でした。

この事例で、裁判所は、遺言者の遺言作成当時の認知症等の状態、遺言作成までの公証人とのやりとりの経緯、遺言作成当日の公証人と遺言者との具体的やり取りの状況を踏まえた結果、「口授」の要件を欠くものとして、平成17年以降に作成された公正証書遺言を無効と判断しました。

裁判所が口授の要件を欠くと判断した判示部分を以下ピックアップして引用しますと、以下の通りです(下線は筆者)

公証人は,平成17年遺言に係る公正証書を作成するに当たって,事前には,H事務員を通じて被控訴人Y1から示された遺言の案が,遺言者の意思に合致しているのかを直接確認したことはなく,公認会計士及びH事務員も同様である。そして,遺言当日も,公証人が,あらかじめ作成していた遺言公正証書の案を,病室で横になっていた遺言者の顔前にかざすようにして見せながら,項目ごとにその要旨を説明し,それでよいかどうかの確認を求めたのに対し,遺言者は,うなずいたり,「はい」と返事をしたのみで,遺言の内容に関することは一言も発していない

ところで,平成17年遺言は,評価額合計が数億円(弁論の全趣旨)にも及ぶ多額かつ多数,多様な遺言者の保有資産を推定相続人全員に分けて相続させることを主な内容とする,これを遺言者の意図どおりに実現するためには,自らの保有資産の種類や数,評価額の概略を把握している必要があるほか,従前被控訴人らやDが受けた生前贈与などの遺留分に関わる事情をも把握する必要があるなど,相応の記憶喚起及び計算能力を必要とする

ところが,平成17年遺言当時の遺言者は,多発性脳梗塞等の既往症があり,認知症と診断されたこともあり,記憶力や特に計算能力の低下が目立ち始めていたのである。そして,病気入院中でベッドに横になっていた遺言者が,顔の前にかざされた遺言公正証書の案をどの程度読むことができたのかも定かではない。そうすると,公証人の説明に対して「はい」と返事をしたとしても,それが遺言の内容を理解し,そのとおりの遺言をする趣旨の発言であるかどうかは疑問の残るところであり(あらかじめ遺言者の意思を確認していない公証人,E公認会計士及びH事務員にとっても,公証人が遺言公正証書の案に記載していた内容のとおりの遺言をする趣旨で「はい」と返事をしたのかどうかは本来は明らかではなかったはずである。),この程度の発言でもって,遺言者の真意の確保のために必要とされる「口授」があったということはできない


2018年6月1日更新

「公正証書遺言」であっても、遺言能力がなかった、として無効とする裁判例も多く存在しています。

でば、どのような場合に、「公正証書遺言」が無効とされているのでしょうか。

遺言能力の判断に当たっては

・遺言者の年齢

・当時の病状

・遺言してから死亡するまでの間隔

・遺言の内容の複雑さ(本人に理解できた内容であったか)

・遺言者と遺言によって贈与を受ける者との関係

という要素が考慮されます。

上記の要素の中でも一番重要なのは、「当時の病状」、すなわち遺言を書いた時と近い時点での「医師等による認知能力に関する診断結果」です。

問題となる遺言の動機や経緯に不自然な点があったとしても、遺言者の当時の判断能力、認知能力に特に問題がなかった場合には、遺言者がその遺言の内容を理解し、納得して作成したであろう、ということが推定され、遺言が有効と判断される可能性が高くなります。

そのため、遺言無効訴訟にあたっては、遺言者の遺言作成当時の認知能力等に関する証拠の検討が極めて重視される傾向があります。

このような傾向に対し、遺言作成の動機や経緯の不自然さを重視して公正証書遺言を無効と判断したのが東京地裁平成28年3月4日判決の事例です。

この事例は、当時94歳だった遺言者が、数年前に遺言を作成していたものの、死亡の1月前に、従前の遺言を撤回し全く異なる内容の公正証書遺言を新たに作成したという事例です。

この事例で、裁判所は、遺言者の家族関係や従前の関わり、遺言の作成に至る経緯などを詳細に認定した上で、

「従前の遺言において遺言者が明確に示してきた意向とは根本的に異なる内容となっており,遺言者がそのような翻意をしたことにつき合理的な理由は見当たらない。」

と認定しました。

これに加えて、当時の遺言者の病状として

・本件遺言証書が作成された当時には,94歳という高齢であること

・遺言作成の直前の状況として、知力及び体力の衰えが顕著で,意味不明の言動をしたり,せん妄とみられる状態に陥ったりすることもあったところ,子の急逝により大きな精神的打撃を受けて,さらに心身が衰弱した状態にあったこと

・本件遺言証書の作成から12日後に入院した直後は,せん妄状態が継続し,それが治まった後も,簡単な意思の表明すら口頭でも筆談でも行うことができない状態に陥っていたこと

を併せ考慮して、

「本件遺言証書が作成された当時,自らの行為の意味と結果を認識し,自らの意思によっていかなる行為をすべきであるかを判断できる精神状態になかったものと認められる。」

と判断し、公正証書遺言を無効と判断しました。

この裁判例から読み取れることは、従前に遺言書が作成されていて、それが後に撤回され内容が大きく異なる遺言書が新たに作成された場合には、その撤回の動機の有無や、撤回された遺言書が作成された経緯が重視される、ということと考えられます。

このように、この裁判例は、どちらかといえば遺言作成の動機や経緯に重点を置いた判断であると考えられますが、そうは言っても、やはり、動機や経緯が不自然というだけでは足りず、遺言作成当時の認知能力に問題があることを示すような最低限の事情なり証拠は必要であるということにも留意は必要です。

【東京地裁平成28年3月4日判決の判旨】

2 前記認定事実によれば,Bは,Cの生前,Cと関わりの深いaビルのみならず,当面はFが代表取締役を務めていたb社の経営についても,いずれはその長男であるCに,さらにはその長男である原告X2に代々引き継がれていくことを強く望んでおり,Cの急逝後も,原告X2にこれらを承継させることを望む気持ちに変わりはなかったものと認められる。また,Bは,Cを跡継ぎに据えることを望みつつも,相続させる遺産の価額の面では,できるだけ相続人間の平等を保つよう配慮していたことは,前記認定のとおりである。そして,前記認定事実によれば,Bは,生活面ではIを頼りにするところが大きかったと認められ,死亡直前の入院中にも,Iに対してことさら拒絶的な対応を示していたとは認められず,Cの死後,本件遺言証書が作成されるまでの間に,Bに自己の財産を原告らに相続させる意思を失わせるような決定的な出来事があったとはうかがわれない。

ところが,本件遺言は,BがB家に代々承継されることにこだわっていた資産を全てY家に嫁いだ被告に相続させるというものである点でも,相続人間の平等に配慮せず,Cの子らである原告らには遺留分の限度での分配にとどめるものである点でも,従前の遺言においてBが明確に示してきた意向とは根本的に異なる内容となっており,Bがそのような翻意をしたことにつき合理的な理由は見当たらない。

一方,前記認定事実によれば,本件遺言証書の作成に係る手続は,b社の役員からCの妻子である原告X2及びIを排除してその後任にB及びFと被告の子であるKを就かせることを目的とした臨時株主総会の招集手続と併せて,被告及びFの関与の下に進められており,本件遺言証書が作成される前日には,被告がB宅の玄関の鍵を交換して,BとIとの接触を断とうとしていたことが認められる。

これらの事情に鑑みると,本件遺言の内容及び作成経緯は,Bが自らの真摯な意思に基づき本件遺言をしたものとみるには不自然であるといわざるを得ない。

上記の事実に加えて,Bは,本件遺言証書が作成された当時には,94歳という高齢であり,前記認定のとおり,平成25年の夏頃には知力及び体力の衰えが顕著で,意味不明の言動をしたり,せん妄とみられる状態に陥ったりすることもあったところ,Cの急逝により大きな精神的打撃を受けて,さらに心身が衰弱した状態にあり,本件遺言証書の作成から12日後に入院した直後は,せん妄状態が継続し,それが治まった後も,簡単な意思の表明すら口頭でも筆談でも行うことができない状態に陥っていたことを併せ考慮すると,Bは,本件遺言証書が作成された当時,自らの行為の意味と結果を認識し,自らの意思によっていかなる行為をすべきであるかを判断できる精神状態になかったものと認められる。

以上によれば,Bは,本件遺言証書が作成された当時,遺言能力を欠いており,本件遺言は無効というべきである。


2018年5月28日更新