遺言書としての形式を満たしていない文書に、持戻免除の意思表示の根拠の一つとして効力を認めた事例
【質問】
父が亡くなりました。私は三男です。
父の自筆で、「遺産はすべて三男に相続させる」という遺言のようなものが見つかったのですが、日付が書いていなかったため、遺言書として効力がない、と言われてしまいました。
このような書面はやはり全く効力がないのでしょうか?
ちなみに、私は父の生前、家業である農業を手伝っていて、父の生前に農地の約3分の2の生前贈与を受けています。
【説明】
遺言書には、大きく分けて自筆証書遺言書と公正証書遺言の2つの種類があります。
これら遺言書は、その効力が求められるためには、法律で定められている厳格な形式をすべて満たしていなければなりません。
公正証書遺言の場合は、公証人の手によって作成されるため、形式を満たしていないということは起こり得ないのですが、本人が自分で作成することが多い自筆証書遺言については、ケースによっては
・押印がされていない
・日付が書かれていない
等といったミスによって遺言書が効力を生じない、ということもあります。
このようなミスによって効力が生じない書面というのは、法律上全く意味のないものとなってしまうのでしょうか。
この点が問題となったのが、福岡高等裁判所昭和45年7月31日決定のケースです。
この事例は、本件の事例と同様に、「遺産をすべて三男に相続させる」という遺言があったのですが、日付の記載を欠いていたため遺言としては効力が生じないものでした。
他方で、三男が、被相続人の生前にその所有する不動産の約3分の2について生前贈与を受けており、これは三男の法定相続分を大きく超えるものとなっていました。
そのため、この生前贈与について三男の特別受益が問題となったのですが、三男が父の家業である農業を継いでいたこと、「すべて三男に相続させる」という内容の書面があることを重視し、裁判所は、当該生前贈与について
「特別受益の持戻免除の意思を表示していたものと認める」
との判断をしました。
遺言書としての形式を欠く文書の効力及び持戻免除の意思表示に関する事例として、参考になります。
【福岡高等裁判所昭和45年7月31日決定】
「佐賀家庭裁判所唐津支部の検認を経た均作成名義の遺言書によると、「私が全財産を三男浩へ譲渡す家出人相ぞく無浩渡ス」旨の記載があるけれども、日付としては昭和三五年八月とあるだけで日の記載を欠いており、この点において右遺言書は自筆証書遺言の要件を欠き有効な遺言とみることはできないので、被相続人均が遺産全部を抗告人浩に遺贈したものとみることはできない。」
「しかしながら、均が作成したと認むべき右遺言書の記載、原審における抗告人、相手方馬場篤及び馬場明審問の結果、原審鑑定人住友順一、西山三郎の鑑定の結果並びに記録添付の戸籍謄本、登記簿謄本を総合すると、被相続人馬場均(明治一八年生れ)は、本籍地において農業を経営してきたものであるが、昭和三三年から昭和三五年二月二九日までの間数回にわたりその三男である抗告人に対し原審判添付第二目録記載の田、山林、原野、宅地及び居住家屋(以下、本件第二物件と称す。右物件の相続開始時における評価額は金三九三万七、〇五〇円)を贈与したこと、本件第二物件は金額にして均の所有していた不動産の約三分の二に相当し、抗告人の法定相続分をはるかにこえるものであること、均の長男であつた相手方篤は、当時均とは独立し肩書住所に居住して瓦製造業を営んでいたこと、同人の二男である明もまた均とは独立して別居し、当時郵便局に勤務して農業には従事していなかつたこと、抗告人は当時均及びその妻馬場ハツと同居して農耕に従事していたものであることを認めることができ、右事実によれば、均は自己の営んできた農業を抗告人に継がせる意思であつたことを推認することができる。」
「しかして、これら認定事実によれば、被相続人均は本件第二物件を抗告人に贈与するに際し、これらの特別受益の持戻免除の意思を表示していたものと認めるのが相当である。」
この記事は2020年2月26日時点の情報に基づいて書かれています。
公開日:2020年02月26日
更新日:2020年02月26日
監修
弁護士 北村 亮典 プロフィール
慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。
現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。