死後に、自分の財産を相続人ではなく、第三者に寄付したい場合の遺言書の記載方法が問題となった事例

家族がいない方、もしくは家族と疎遠となっている方の場合、もし遺言書などを遺さなかった場合には、その遺産は

・家族(相続人)がいなければ、遺産は国庫に帰属する

・家族(相続人)がいる場合は、どんなに疎遠であってもその家族(相続人)に帰属する

ということになります。

このような方の場合、自分の死後に自己の遺産を、家族以外のお世話になった人や、公的な機関に贈与または寄付をしたいと考えることも多々あると思います。

そのような場合は、遺言書で、しっかりとその贈与または寄付の希望を遺しておく必要があります。

遺言書を作成するにあたっては、有効にするためには法律の方式にしっかりと従って書くことが求められます。

公正証書遺言で作成する場合には公証人のチェックがされますので、この方式が守られておらず無効になるケースというのは稀ですが、自分で書く自筆証書遺言の場合、方式が守られておらず無効となってしまうこともありますので、注意が必要です。

特に、自分の財産を相続人以外の第三者に贈与もしくは寄付したい場合に問題となるのは、「贈与または寄付先が特定されていない」という場合です。

個人であれば氏名と住所はしっかりと特定し、団体であれば法人名やその本店所在地などの住所でしっかりと特定できるだけの記載を遺言書に書いておかなければ、特定不十分として贈与または寄付が効力を生じないという事態になってしまう場合もあります。

この点を巡って問題となったのが、最高裁裁判所平成5年1月19日判決の事例です。

この事例は、被相続人が他の家族と絶縁状態だったため、家族には相続させたくないと考えて、自筆証書遺言に

「一、発喪不要。二、遺産は一切の相続を排除し、三、全部を公共に寄与する。」

と記載して遺して知人を遺言執行者として託していました。

被相続人の死後に、この遺言の効力が問題となりました。

家族側(相続人側)は、

「公共に寄付する」だけでは、寄付先が特定されていないから無効だ

と主張し、遺言を託された遺言執行者は

「相続を排除し」とも書かれており、公共的な機関に寄付するという意思明確だ

と主張しました。

このような事案において、裁判所は以下のように述べて遺言の効力を認める判断をしました。

裁判所の判断は以下の内容です。

まず、遺言の解釈の一般論として

「遺言の解釈に当たっては、遺言書に表明されている遺言者の意思を尊重して合理的にその趣旨を解釈すべきである」

可能な限りこれを有効となるように解釈することが右意思に沿うゆえんであり、そのためには、遺言書の文言を前提にしながらも、遺言者が遺言書作成に至った経緯及びその置かれた状況等を考慮することも許されるものというべきである。」

と述べ、遺言を可能な限り有効とすべき方向で検討すべきとの解釈指針を示しています。

これを前提とした上で、本件については、

「本件遺言書の文言全体の趣旨及び同遺言書作成時の遺言者の置かれた状況からすると、同人としては、自らの遺産を法定相続人に取得させず、これをすべて公益目的のために役立てたいという意思を有していたことが明らかである。」

「そして、本件遺言書において、あえて遺産を「公共に寄與する」として、遺産の帰属すべき主体を明示することなく、遺産が公共のために利用されるべき旨の文言を用いていることからすると、本件遺言は、右目的を達成することのできる団体等(原判決の挙げる国・地方公共団体をその典型とし、民法34条に基づく公益法人あるいは特別法に基づく学校法人、社会福祉法人等をも含む。)にその遺産の全部を包括遺贈する趣旨であると解するのが相当である。」

「また、本件遺言に先立ち、本件遺言執行者指定の遺言書を作成してこれを被上告人に託した上、本件遺言のために被上告人に再度の来宅を求めたという前示の経緯をも併せ考慮すると、本件遺言執行者指定の遺言及びこれを前提にした本件遺言は、遺言執行者に指定した被上告人に右団体等の中から受遺者として特定のものを選定することをゆだねる趣旨を含むものと解するのが相当である。」

と判示して、「受遺者の特定にも欠けるところはない。」と結論付けました。

このように、裁判所は、遺言書の中で贈与先(寄付先)が具体的に特定はされていなかったものの、

「どこに寄付するかは遺言執行者にゆだねる趣旨である」

との解釈をして、この遺言を有効と判断しました。

これについては、

「遺言執行者がどこに寄付するかまで担保できないではないか」

という反論もありましたが、これに対しても裁判所は、

「遺言者自らが具体的な受遺者を指定せず、その選定を遺言執行者に委託する内容を含むことになるが、遺言者にとって、このような遺言をする必要性のあることは否定できないところ、本件においては、遺産の利用目的が公益目的に限定されている上、被選定者の範囲も前記の団体等に限定され、そのいずれが受遺者として選定されても遺言者の意思と離れることはなく、したがって、選定者における選定権濫用の危険も認められないのであるから、本件遺言は、その効力を否定するいわれはないものというべきである。」

と述べて、問題ないとの判断を示しました。

この判決は、受遺者の選定を遺言執行者に委託する旨の遺言の効力について、最高裁として初めて判断を示したもの、加えて、遺言を有効の方向で解釈した点で、その意義は大きいものと言われています。

もっとも、この判例は、贈与先(寄付先)が公共、公益目的に限定されていた、という点が一つの大きなポイントとも考えられていますので、逆に、寄付先が特定されておらず、なおかつ非公益目的の場合には、遺言書において被選定者たる受遺者や遺贈対象財産の範囲が具体的に特定されていて、選定者における選定権濫用の危険が認められないような場合でない限り、遺言が有効であると解することはできないとの指摘もされていますので(判例タイムズ主要民事判例解説852号 166頁参照)、この点に留意する必要があります。


この記事は2020年3月22日時点の情報に基づいて書かれています。

公開日:2020年03月22日 更新日:2020年03月22日 監修 弁護士 北村 亮典 プロフィール 慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。