遺産分割協議後に相続放棄を認めた事例

【質問】

父が亡くなりました。相続人は、長男・次男・三男の3人です。

父は、個人事業をしており、長男がそれを継ぐということになったので、長男が父の遺産を全て相続し、次男と三男は何も相続しない、という内容で遺産分割協議をしました。

 

しかし、父が死んでから半年ほど経った頃に、国民政策金融公庫から次男と三男宛に手紙が届きました。そこで長男を問い詰めたところ、父が生前借りていたという借金が5000万円残っていたということが発覚しました。

父にこれだけの借金があったのであれば、次男と三男は遺産分割協議ではなく、間違いなく相続放棄をしていました。

 

遺産分割協議をしてしまった後でも、相続放棄をすることは可能でしょうか。

【説明】

相続人が「被相続人の借金を一切相続したくない」という場合に主にとられる方法は、家庭裁判所に対して相続放棄の申述を、相続開始後3か月以内に行う、というものになります。

この相続放棄をするための要件として重要なのは、

1 相続開始後3か月以内に行うこと

2 相続の承認と見られる行為を行わないこと

となります。

ここで、2とは、簡単に言うと相続人が相続財産の一部でも処分する行為のことを言います。

例えば、

・被相続人名義の預貯金の解約・払戻をして受け取り費消すること

・遺産分割協議を行い、遺産の分割方法を決めて合意すること

・遺産不動産を売却して処分すること

等がこれにあたると考えられています。

以上を踏まえると、本件の設例では、相続人間ですでに遺産分割協議をしていますので、相続の承認をしてしまっており、相続放棄の申述は認められないようにも思われます。

他方で、遺産分割協議をした時点では、相続人は多額の借金があったことは全く知らなかったものであり、放棄ができないとなると酷ではないか、という疑問もあります。

この問題について判断したのか、大阪高等裁判所平成10年2月9日決定です。

本件はこの裁判例をモチーフにしたものですが、この事案は

・相続開始から3か月経過後でも相続放棄ができるか。

・遺産分割協議により相続の承認がされている後でも、相続放棄が認められるのか。

という2点が問題となりました。

まず、相続開始から3か月経過した場合の相続放棄の申述については、

「三か月以内に相続放棄をしなかったことが、相続人において、相続債務が存在しないか、あるいは相続放棄の手続をとる必要をみない程度の少額にすぎないものと誤信したためであり、かつそのように信じるにつき相当な理由があるときは、相続債務のほぼ全容を認識したとき、または通常これを認識しうべきときから起算すべきものと解するのが相当である。」

として、例外的に、相続開始から3か月経過後であっても相続放棄が可能な場合があることを示しました。

また、遺産分割協議成立後でも相続放棄が可能かどうかという点については、遺産分割協議が錯誤で無効になると評価されるものであったならば、相続の承認の効果も生じないと解されるので、なお相続放棄が可能と解釈できる場合があると判断しました。

「抗告人(筆者注:相続放棄を主張する相続人)らは、他の共同相続人との間で本件遺産分割協議をしており、右協議は、抗告人らが相続財産につき相続分を有していることを認識し、これを前提に、相続財産に対して有する相続分を処分したもので、相続財産の処分行為と評価することができ、法定単純承認事由に該当するというべきである。」

「しかし、抗告人らが前記多額の相続債務の存在を認識しておれば、当初から相続放棄の手続を採っていたものと考えられ、抗告人らが相続放棄の手続を採らなかったのは、相続債務の不存在を誤信していたためであり、前記のとおり被相続人と抗告人らの生活状況、Bら他の共同相続人との協議内容の如何によっては、本件遺産分割協議が要素の錯誤により無効となり、ひいては法定単純承認の効果も発生しないと見る余地がある。」

「そうすると、本件申述を受理すべきか否かは、前記相続債務の有無及び金額、右相続債務についての抗告人らの認識、本件遺産分割協議の際の相続人の話合の内容等の諸般の事情につき、更に事実調査を遂げた上で判断すべき」である。

相続放棄は、冒頭で述べたように、期間制限など厳しい要件がありますが、これら要件を満たさなかったとしても、例外的に認められた裁判例もありますので、もし問題が生じていたとしても諦めずに早めに専門家に相談してその可否を判断してもらうことが重要です。


この記事は、2020年4月22日時点の情報に基づいて書かれています。

公開日:2020年04月22日 更新日:2020年04月22日 監修 弁護士 北村 亮典 プロフィール 慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。