知的能力が十分でなかった被相続人の雇用主として40年以上関わってきた者について、特別縁故者と認め、遺産の約半分の分与を認めた事例

生前に身寄りのなかった方(相続人がいない方)が、例えば物心両面で生活を支えてくれた人やお世話になった人、その他相続権が無い内縁の配偶者に対して自分の遺産を渡したいと考えた時は、遺言書にその意思を書き記すことでそれが可能になります。

しかし、遺言書を残さなかった場合、その遺産は原則として国庫に帰属することとなります。

もっとも、民法は、上記のような場合で遺言書が残されていない場合があることも踏まえ、

「相当と認めるときは、家庭裁判所は、被相続人と生計を同じくしていた者、被相続人の療養看護に努めた者その他被相続人と特別の縁故があった者の請求によって、これらの者に、清算後残存すべき相続財産の全部又は一部を与えることができる。」(民法958条の3)

と規定して、特別縁故者に対する相続財産分与の制度を設けています。

どのような者がこれに該当するかと言うと、

①被相続人と生計を同じくしていた者

②被相続人の療養看護に努めた者

③被相続人と特別の縁故があった者

の3つを民法は規定しています。

①については、内縁の妻や事実上の養子、叔父・叔母などが該当するケースが多いです。

③については「生計を同じくしていた者、療養看護に努めた者に該当する者に準ずる程度に被相続人との間に具体的かつ現実的な精神的・物質的に密接な交渉のあった者で、相続財産をその者に分与することが被相続人の意思に合致するであろうと見られる程度に特別の関係にあった者をいう」(大阪高等裁判所昭和46年5月18日決定)と解されており、この基準に照らしてケースバイケースで判断されます。

また、上記の①~③の者に該当したとしても、相続財産の分与をすることが「相当である」と家庭裁判所が認めた場合に、相続財産の全部または一部の分与を受けられるということとなっています。

上記判断について法律は何も基準を設けていないため、家庭裁判所の裁量でなされるものであり、一般的には

「縁故関係の内容、厚薄、程度、特別縁故者の性別、年齢、職業、教育程度、残存すべき相続財産の種類、数額、状況、所在その他一切の事情」

について、家庭裁判所において調査し、これらの事情を総合考慮して決められることとなります。

どのような要素が重視され、また、どの程度の分与額になるかについては、過去の審判例を参考にして見通しを立てていくこととなります。

この点の判断において、一つの参考となる最近の事例が大阪高等裁判所平成31年2月15日決定の事例です。

この事例は、身寄りがなく,知的能力が十分ではない被相続人の相続財産(約4120万円)について、元雇用主が相続財産分与の審判を求めたという事案です。

この裁判例は、

知的能力が十分でなかった被相続人が4000万円以上もの相続財産を形成・維持することができたのは、約28年間にもわたり、労働の対価を超えて実質的な援助を含んだ給与を支給し続けてきたことや、雇用終了後に被相続人が脳梗塞を発症してから死亡するまでの約15年間緻密な財産管理を継続してきたためである

と認め、相続財産の約半分の分与を元雇用主に認めたものです。

なお、原審の大阪家裁の審判では、雇用終了後の約15年間の財産管理の貢献のみを認め、800万円の分与を決定していましたので、原審と高裁で判断が分かれたという事案になります。

したがいまして、裁判所が重視すべき事情とそれが結果に及ぼす影響を判断するにあたって、一つの参考となる事例です。

【大阪高等裁判所平成31年2月15日決定】(抗告人が特別縁故者)

「(1) 被相続人は,幼い頃(4歳)に父と死別してから,母の下でK地区の地域住民の支援を受けて成育した。被相続人は,知的能力が十分ではなかったため,抗告人の父に雇用されたが,昭和53年(47歳)までには,親族(弟,妻,母)と死に別れ,独居生活となった。

(2) このような中,抗告人は,昭和47年に抗告人父から家業を引き継いだが,被相続人(42歳)の生活を慮って,平成12年(70歳)までの約28年もの間,家業引継前と同様,被相続人の雇用を続けた。被相続人は,知的能力が十分でなかったが,抗告人は,被相続人が高齢になるまで,同人の稼働能力に見合う以上の給料を支給し続けた。

このような被相続人の稼働能力と抗告人による被相続人の雇用の実態に照らすならば,抗告人から被相続人に給料名目で支給された金額には,被相続人の労働に対する対価に止まらず,それを超えた抗告人による好意的な援助の部分が少なからず含まれていたとみることができる。その上,抗告人は,上記期間,被相続人に食事や風呂を提供するなどして,同人の生活も支えてきた。

(3) また,被相続人は,平成13年2月(解雇直後)の脳梗塞等の発症後,入院治療を経て施設に入所した。抗告人は,その際の諸手続を行い,その後の見舞い,外出時の付添及び施設への対応を続けたほか,被相続人の財産を管理し,被相続人の自宅の取壊しと跡地の有効利用(賃貸)に奔走した。そして,被相続人が死亡する平成28年●●●月までの約16年間,上記の財産管理等の状況を精緻に記録し,被相続人に説明した。

他方,被相続人も,生活全般や財産管理を抗告人に任せ,任意後見受任者を抗告人とするなど抗告人を頼りにしていた。

(4) さらに,抗告人は,被相続人が死亡すると(抗告人70歳),被相続人の四十九日までの法要を執り行い,相続財産管理人選任の申立てをし,同管理人の業務に協力した。

(5) 以上の検討を踏まえると,被相続人が4000万円以上もの相続財産を形成し,これを維持できたのは,抗告人によって,昭和47年からの約28年間,被相続人の稼働能力を超えた経済的援助(前記(2))と,平成13年から被相続人死亡までの約16年間,緻密な財産管理が続けられた(同(3))からとみるのが相当である。被相続人の相続財産の中には,抗告人による約44年間もの長年にわたる経済的援助等によって形成された部分が少なからず含まれているというべきである。このほか,抗告人は,上記の期間(抗告人26歳から70歳,被相続人42歳から86歳),生活面でも被相続人を献身的に支え,同人死亡後は,その法要等を執り行った。

このように,被相続人の相続財産の相応の部分が抗告人による経済的援助を原資としていることに加え,被相続人の死亡前後を通じての抗告人の貢献の期間,程度に照らすならば,抗告人は,親兄弟にも匹敵するほどに,被相続人を経済的に支えた上,同人の安定した生活と死後縁故に尽くしたということができる。したがって,抗告人は,被相続人の療養看護に努め,被相続人と特別の縁故があった者(民法958条の3第1項)に該当するというべきである。

そして,上記の抗告人自身と被相続人との縁故の期間(被相続人42歳から86歳)や程度のほか,相続財産の形成過程や金額など一件記録に顕れた一切の事情を考慮すれば,被相続人の相続財産から抗告人に分与すべき額について,2000万円とするのが相当である。」


この記事は、2020年5月25日時点の情報に基づいて書かれています。

公開日:2020年05月25日 更新日:2020年05月25日 監修 弁護士 北村 亮典 プロフィール 慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。