異常なまでに潔癖症の妻に嫌気がさし、不倫してしまった夫からの離婚請求は認められるか?
Q 結婚生活を始めた頃はきれい好きな妻に好感を持っていました。
しかし、一緒に生活を続けるうちに次第に妻が異常なまでに潔癖症であることが明らかになりました。
例えば、帰宅すると、玄関で靴下を脱いで室内用靴下に履き替え、玄関のすぐ横の部屋で、室内用の服に着替えをして、敷いた新聞紙の上にかばんを置くといったことなどです。
このような妻からの異常なまでの要求に毎日の生活がとても窮屈に感じられるようになり、次第に家に帰るのが苦痛になってしまいました。
そんなとき知り合った女性と恋愛関係になってしまいました。今はその女性と一緒になりたいと思っています。そこで妻に離婚を求めていますが、妻は承知してくれません。私は離婚できないのでしょうか?
A 不倫をした夫からの離婚請求は、例え妻の潔癖症がその一因であったとしても、所謂有責配偶者からの離婚請求として、厳しい要件を満たさなければ認められません。
不倫をした者からの離婚の請求は、裁判では容易には認められない、ということは「不倫した夫からの離婚請求が認められるために必要な別居期間はどれくらいか」で説明したとおりです。
しかし、夫が不倫に走ってしまった原因が妻からの非常識とも言えるような要求に疲れはてた末のものであった、という場合でも同様なのでしょうか。
不倫をした夫からは「不倫してしまったのは妻がきつい性格でいつも辛くあたられていたからだ」とか「不倫してしまったのは、妻がだらしない生活態度で嫌気がさしたからだ」などという訴えを聞くことも多いですが、このような夫の心情は考慮されないのでしょうか。
まさにこのようなケースを判断した最高裁判所の有名な判例があります。
この判例のケースは、妻が異常な潔癖症だったというケースなのですが、具体的に、夫は妻から毎日以下のような要求を受けていました。
①夫が帰宅すると、玄関で靴下を脱いで室内用靴下に履き替え、玄関のすぐ横の夫の部屋で、室内用の服に着替えをして、敷いた新聞紙の上にかばんを置くものとされたこと、
②衣類は一度洗濯してから着るものとされ、夫が子供と公園の砂場等で遊んで帰ってきたときには、居間等に入る前に必ず風呂場でシャワーを浴びるものとされたこと、
③居間等で寝転ぶときは、頭の油で汚れることを理由に、頭の下に広告の紙を敷くものとされたこと
というものです。
夫は、このような妻の要求に不快感を覚えるようになり、遂には同僚の女性と不倫関係になります。
そして、夫は意を決して妻に対し、「好きな人がいる、その人が大事だ」、「2馬力で楽しい人生が送れる」、「女の人を待たせている」などと言って、離婚を申し入れました。
しかし、妻は、これを拒否し、その後さらにお互いの関係は悪化して夫婦間にはほとんど会話がなくなり、妻の潔癖症に拍車がかかりました。
具体的には、
①妻は、夫がトイレを使用したり、蛇口をひねって手を洗ったりするとすぐにトイレや蛇口の掃除をする
②夫が夜遅く帰宅すると、起床して夫が歩いたり触れたりした箇所を掃除したりする
というようになりました。
結局、その後間もなく夫は家を出て一人暮らしをするようになり、その後妻に対して離婚の裁判を起こした、という事案です。
このケースは、別居してから2年4ヶ月しか経過していないというケースです。
しかも夫婦には7歳になる子どももいました。
このケースは夫が不倫しているので、いわゆる有責配偶者からの離婚請求、というカテゴリーに入りますので別居期間が最低でも6年以上は必要です。
また、子どもも成人していることが必要です。
したがって、法律家の一般的な感覚ではこのケースでは離婚は難しいということになります。
しかし、広島高等裁判所平成15年11月12日判決は、このように短い別居期間で、しかも小さい子供がいても、妻のかなり極端な清潔好きの傾向が婚姻関係破綻の一原因であることや、別居後に全く夫婦間で家族としての交流がないを理由として、不倫をした夫からの離婚請求を認めました。
これはこれでとても画期的な判決だったのですが、しかし、その後妻側が上告し、結局最高裁判所で平成16年11月18日に出された判決で離婚は認めない、という逆転判決が出されました。
最高裁の判例の理由では、妻の潔癖症については全く触れられておらず、離婚の原因は夫の不倫にあること、別居期間が短いこと、7歳になる子どもがいること、妻が病気で働けず離婚すると妻が生活苦になること、を理由として、夫からの離婚の請求を退けました。
このように、最高裁判所の判断は、いわゆる有責配偶者からの離婚請求「3要件」に沿った極めて保守的な判断となっています。
法律相談を受けていると、不倫をした夫からは「不倫してしまったのは妻がきつい性格でいつも辛くあたられていたからだ」とか「不倫してしまったのは、妻がだらしない生活態度で嫌気がさしたからだ」などという訴えを聞くことも多いです。
しかし、少なくとも最高裁判所の現在のスタンスは、不倫に至った理由というものはあまり(というかほとんど)考慮してくれないと考えておくべきでしょう。
【判旨:最高裁判所平成16年11月18日判決】上告人:妻 被上告人:夫
「民法770条1項5号所定の事由による離婚請求がその事由につき専ら又は主として責任のある一方の当事者(以下「有責配偶者」という。)からされた場合において、当該請求が信義誠実の原則に照らして許されるものであるかどうかを判断するに当たっては、有責配偶者の責任の態様・程度、相手方配偶者の婚姻継続についての意思及び請求者に対する感情、離婚を認めた場合における相手方配偶者の精神的・経済的状態、夫婦間の子、殊に未成熟の子の監護・教育・福祉の状況、別居後に形成された生活関係等が考慮されなければならず、更には、時の経過とともに、これらの諸事情がそれ自体あるいは相互に影響し合って変容し、また、これらの諸事情の持つ社会的意味ないしは社会的評価も変化することを免れないから、時の経過がこれらの諸事情に与える影響も考慮されなければならないものというべきである。」
「そうだとすると、有責配偶者からされた離婚請求については、①夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及んでいるか否か、②その間に未成熟の子が存在するか否か、③相手方配偶者が離婚により精神的・経済的に極めて苛酷な状況に置かれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような事情が存するか否か等の諸点を総合的に考慮して、当該請求が信義誠実の原則に反するといえないときには、当該請求を認容することができると解するのが相当である(最高裁昭和61年(オ)第260号同62年9月2日大法廷判決・民集41巻6号1423頁参照)。
上記の見地に立って本件をみるに、前記の事実関係によれば、①上告人と被上告人との婚姻については民法770条1項5号所定の事由があり、被上告人は有責配偶者であること、②上告人と被上告人との別居期間は、原審の口頭弁論終結時(平成15年10月1日)に至るまで約2年4か月であり、双方の年齢や同居期間(約6年7か月)との対比において相当の長期間に及んでいるとはいえないこと、③上告人と被上告人との間には、その監護、教育及び福祉の面での配慮を要する7歳(原審の口頭弁論終結時)の長男(未成熟の子)が存在すること、④上告人は、子宮内膜症にり患しているため就職して収入を得ることが困難であり、離婚により精神的・経済的に苛酷な状況に置かれることが想定されること等が明らかである。
以上の諸点を総合的に考慮すると、被上告人の本件離婚請求は、信義誠実の原則に反するものといわざるを得ず、これを棄却すべきものである。 」
2015年11月30日更新
公開日:2015年12月07日
更新日:2017年02月14日
監修
弁護士 北村 亮典 プロフィール
慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。
現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。