自筆証書遺言全体に斜線を引けば、遺言書の撤回となるか

Q 父親が亡くなりました。

その後、金庫から父の自筆証書遺言書が見つかりましたが、紙の左上から右下に向かって赤ペンで大きく斜線が引かれていました。

ただ、斜線は引いてあっても遺言書の中の文字ははっきり読める状況です。

私にとっては不利な内容の遺言書なので、無効と主張したいです。

このような斜線が引いてある遺言書は無効にはなりませんか。

A 自筆証書遺言書に故意に本件斜線を引く行為は,民法1024条前段所定の「故意に遺言書を破棄したとき」に該当するというべきであり,これによりAは本件遺言を撤回したものとみなされることになります。

自筆の遺言書に大きく斜線が引いてあった場合、常識的に考えれば、その斜線が本人の引いた斜線であるならば、その本人としては、

この遺言書は撤回する、不要である

という意思を有していたと思うのではないでしょうか。

しかし、こと自筆証書遺言書の内容の解釈については、遺言者の意思が重要ではあるものの、厳格な様式も重視されます。

したがいまして、自筆証書遺言については、作成の段階においてのみならず、その変更や撤回についても法律で定められた様式を守っていなければいけません。

では、一回書いた自筆証書遺言を撤回することについて、法律の規定はどうなっているのでしょうか。

まず、民法1024条は、遺言者が故意に遺言書を破棄した場合に,その破棄した部分について遺言の撤回があったものとみなす旨定めています。

そのため、一度書いた自筆証書遺言書を撤回したい場合には、捨ててしまうというのが手っ取り早い方法です。

これ以外に撤回する方法としては、前の遺言書とは別に新たに遺言書を作成する、すなわち変更という方法によります。

これは、民法968条2項に規定されていますが、変更の方法については

「自筆証書中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を附記して特にこれに署名し、且つ、その変更の場所に印をおさなければ、その効力がない。」

と規定しています。

この民法968条の2項の規定は,自筆証書等の遺言書の加除その他の変更について厳格な方式を定めており,通説的見解によれば,この方式に違反した変更がされた場合には変更しても無効となり,変更前の遺言の内容のまま残るという解釈がされています。

このように、民法が遺言書の撤回、変更について厳格な様式を定めているため、本件のように、遺言書全体に斜線を引いた行為は

民法1024条前段の「遺言書の破棄」なのか、それとも968条2項の「変更」とのいずれに当たるのかが問題となるのです。

この点について、通説的な考え方は

「本件遺言書に本件斜線を引く行為は,元の文字が判読できる程度の抹消であるから,「遺言書の破棄」ではなく,「変更」に当たり,民法968条2項の方式に従っていない以上,「変更」の効力は認められず,本件遺言は元の文面のものとして有効である」

というものです。

そのため、本件の元となった裁判例で、広島高等裁判所は斜線が引かれた自筆証書遺言を有効なものと判断しました。

この高等裁判所の判断に対して、最高裁判所平成27年11月20日判決は、以下のように判示し、遺言書を無効と判断しました。

「本件のように赤色のボールペンで遺言書の文面全体に斜線を引く行為は,その行為の有する一般的な意味に照らして,その遺言書の全体を不要のものとし,そこに記載された遺言の全ての効力を失わせる意思の表れとみるのが相当であるから,その行為の効力について,一部の抹消の場合と同様に判断することはできない。」

「以上によれば,本件遺言書に故意に本件斜線を引く行為は,民法1024条前段所定の「故意に遺言書を破棄したとき」に該当するというべきであり,これによりAは本件遺言を撤回したものとみなされることになる。したがって,本件遺言は,効力を有しない。」

最高裁判所の判断内容はとても常識的な内容に感じます。

それでもこの事案が最高裁まで争われたというのは、ひとえに遺言書については厳格な様式を守る必要がある、という考え方が根強いことにあります。

自筆証書遺言書の作成等についてはこの点をしっかり頭に入れておく必要があります。


2016年7月22日更新

公開日:2016年07月22日 更新日:2017年01月31日 監修 弁護士 北村 亮典 プロフィール 慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。