不動産の仲介業者が、不動産の所有者から売却の媒介の依頼を受け、購入希望者が見つかった場合に、
「仲介業者がその買主の素性をどこまで調査すべきか」
ということが裁判で問題となりました。
東京地裁平成26年11月28日判決の事例です。
この裁判の事案を説明しますと、5億2000万円の不動産の所有者が、その売却の媒介を仲介業者に依頼し、無事に契約が完了しました。
その後、仲介業者は、当然のことながら売主に対して仲介手数料として約1600万円を請求したところ、売主が仲介業者に対して
「宅建業者として守るべき善管注意義務、信義誠実の原則に反する行為があり、報酬全額を請求することは権利の濫用である」
と主張して支払いを拒んだため、仲介業者が売主を訴えたという事案です。
この裁判の中で、売主は、仲介業者の善管注意義務等に違反する行為としてあれこれ理由をつけて主張していたのですが、その中の一つとして、買主の素性調査義務が挙げられました。
具体的に言うと、売主は
「本件売買契約締結時,買主の情報は,パスポートと名刺1枚しかなかったため、売主は,買主の素性の調査を仲介業者に依頼したが,仲介業者がこれを実行しなかった」
と主張しました。
このような主張に対して、裁判所は、
「仲介業者において,買主の素性を調査すべき義務を負っているとは認め難い。」
と判断しています。
この他、売主は、
「F司法書士が,売主に対し,登録免許税節約のため,実体的な権利変動と異なる登記を強制しようとし,この点についての売主からの問いに対し,仲介業者は積極的な対応をしなかった」として、仲介業者の司法書士に対する指導・助言義務も主張しました。
しかし、裁判所は、これについても
「仲介業者は,専門家である司法書士に対し,指導等を行うべき立場にはない。」
と述べて、仲介業者の司法書士に対する指導助言義務を否定しています。
なお、売主は、上記以外にも仲介業者の問題行為として
「売買契約前日の買主との面談において、仲介業者の担当者がそれまで担当していた部署とは違う部署の担当者に変わった」
「仲介業者が、売主の体調に配慮せず、柔軟なスケジュール調整を行わなかった」
「買主側との仲介手数料に差があった。」
などということも主張していますが、これらの売主の主張は当然ながら認められませんでした。
裁判例には理由が示されておらず、また特異な事例判断と見る余地もありますが、仲介業者は取引の相手方の素性調査義務はない、司法書士に指導等を行う立場にない、という判断は仲介業務において参考になる判断といえます。
2016年9月21日更新
この記事の監修者
北村 亮典東京弁護士会所属
慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。