弁護士コラム

遺言者の生前に、公正証書遺言を無効にする訴えを起こすことはできる?

2016.10.12

Q 私の母はずっと一人暮らしをしており、私も海外で生活していたためずっと母とは疎遠な状態でした。

母の認知症がひどくなり、成年後見人を付けなければいけない、ということを聞いたので、帰国して母の面倒を見ることになりました。

そうしていたところ、母が5年前に、母の知人に全財産を相続させる、という内容の公正証書遺言を作成していたことが判明しました。

ヘルパーの方やお医者さんに聞いた限りでは、遺言を作成した当時、母は既にかなり認知症が進んでいたようなので、この遺言は、その知人が母をうまく唆して作成したに違いありません。

しかし、母は、今はもう完全に認知症が進んでいて、今から遺言書を作り直したり、撤回する、ということは不可能な状況です。どうしたら良いでしょうか。

A 法的には、今は何もできず、お母様が亡くなった後に、遺言無効確認訴訟を起こすしか手段はありません。

一度遺言書が作成されたが、その後認知症等になり判断能力が喪失されてしまった、という人については、その遺言書を撤回したり、新たに作り直す、ということが不可能となります。

なぜなら、遺言書を作成したり撤回したりするためには、遺言能力(単純にいえば、その本人が遺言の内容をしっかり理解できるだけの知的判断能力)が必要となるからです。

そうだとすれば、今回のケースのように、以前に疑わしい状況で遺言が作成されてしまっているが、当の本人は認知症により判断能力が喪失されてしまっている場合、その家族は、何とか生前に遺言を無効にできないのでしょうか。

この点が問題となったのが、最高裁判所平成11年6月11日判決のケースです。この裁判例は、今回のケースと似たような事案ですが、遺言者の子どもが、遺言者の生前に、遺言無効確認訴訟を起こして遺言の無効を求めた、という事例です。

この裁判は、最初の奈良地方裁判所の判決は

「遺言者の生存中に遺言の無効確認を求める訴えは原則として不適法である。」

として、訴えはあっさり却下されてしまいました。

しかし、その後の大阪高等裁判所は、

「本件のように遺言者による遺言の取消し又は変更の可能性がないことが明白な場合には、その生存中であっても遺言の無効確認を求めることができる。」

と述べて、遺言無効確認訴訟を認めました。

そして、最高裁判所までもつれましたが、最高裁判所は

「遺言者の生存中に本件遺言の無効確認を求める本件訴えは、不適法なものというべきである。」

と述べて、結局訴えを却下しました。

その理由として、最高裁は以下のように述べています。

1「本件において、遺言者の生存中に本件遺言が無効であることを確認する旨の判決を求める趣旨は、遺言によって財産を取得するとされている者が、遺言者の死亡により遺贈を受けることとなる地位にないことの確認を求めることによって、推定相続人である遺言者の子どもの相続する財産が減少する可能性をあらかじめ除去しようとするにあるものと認められる。」

2「ところで、遺言は遺言者の死亡により初めてその効力が生ずるものであり(民法九八五条一項)、遺言者はいつでも既にした遺言を取り消すことができ(同法一〇二二条)、遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときには遺贈の効力は生じない(同法九九四条一項)のであるから、遺言者の生存中は遺贈を定めた遺言によって何らかの法律関係も発生しないのであって、受遺者とされた者は、何らかの権利を取得するものではなく、単に将来遺言が効力を生じたときは遺贈の目的物である権利を取得することができる事実上の期待を有する地位にあるにすぎない(最高裁昭和三〇年(オ)第九五号同三一年一〇月四日第一小法廷判決・民集一〇巻一〇号一二二九頁参照)。」

「したがって、このような受遺者とされる者の地位は、確認の訴えの対象となる権利又は法律関係には該当しないというべきである。」

3「遺言者が心身喪失の常況にあって、回復する見込みがなく、遺言者による当該遺言の取消又は変更の可能性が事実上ない状態にあるとしても、受遺者とされた者の地位の右のような性質が変わるものではない。」

以上の通り、最高裁判所は、あくまでも法律論の原則(遺言は、遺言者の死亡により初めてその効力が生ずる)を貫いており、遺言者の生前の遺言無効確認訴訟の可能性を完全に否定しました。

したがって、今回のようなケースでも、遺言者の生前に法的にできることはなく、遺言者が亡くなった後に、遺言無効確認訴訟を提訴する、ということになります。

となると、生前にできることは、そのための証拠(医療記録、介護記録など)を準備しておくということに尽きます。


2016年10月12日更新

この記事の監修者

北村 亮典東京弁護士会所属

慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。

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