弁護士コラム

相続人の妻や子どもに対する生前贈与は、特別受益とはならないのか(特別受益者の範囲)?

2016.10.31

Q 父が亡くなりました。相続人は私と兄の二人ですが、現在父の遺産分割で兄と揉めています。

父は生前に兄の家族と同居して生活していました。

そのためか、父は、兄に対して、生活費の援助などで多額の金銭を贈与していましたが、兄だけではなく、兄の妻や子供に対しても、生前に多額の金銭を贈与していたようです。

兄の生活費の援助としてされた生前贈与は、「特別受益」になると主張していますが、兄の妻や子どもに対する贈与も、実質的には兄が利益を得ていたのと同じではないかと思いますので、これも「特別受益」にはならないのでしょうか。

A 原則として、相続人以外の者に対する生前贈与は「特別受益」とはなりませんが、実質的には被相続人から相続人に直接贈与されたのと異ならないと認められるときは「特別受益」と評価されます。

【解説】

相続人のうちの誰か一人だけが親から生活費や学費として多額の援助を受けていた場合、他の相続人からすれば、それは「不公平だから相続の時に考慮すべきだ」と考えるのではないでしょうか。

このような場合、この生前贈与が「特別受益」にあたるかどうか、ということが問題となります。

特別受益に該当すれば、相続分の算定の際に生前贈与の額を考慮して各人の相続分を決めることとなりますので、特別受益と評価されるかどうかは遺産分割においては重要な争点です。

特別受益について問題となる争点は多いですが、本件では「相続人以外の者に対してなされた生前贈与も特別受益となるか」という点が問題となっています。

なぜ、この点が問題になるかというと、特別受益とは、あくまでも「相続人」に対してなされた生前贈与を対象とするのが法律の建前だからです。

しかし、このように形式的に解してしまうと、例えば、相続人の妻に対して生活費の援助として金銭の贈与がなされた場合など、実質的には相続人が利益を得たといえるような場合までもが、特別受益とはならないこととなってしまい、相続人間の公平に反することとなってしまいます。

そこで、この問題については、

実質的には被相続人から相続人に直接贈与されたのと異ならないと認められるときは「特別受益」と評価すべき

というのが、調停実務での考え方となっています。

となると、本件でも、相続人の妻や子どもへの生前贈与が

「実質的には被相続人から相続人に直接贈与されたのと異ならないと認められる」

ためには、どのような事情や要件が必要なのか、ということが問題となります。

この問題について、調停・審判において根拠として使われる裁判例が福島地裁白河支部昭和55年5月24日審判です。

この審判では、相続人以外の者になされた生前贈与が特別受益に該当する場合について、以下のように述べています。

まず、

「通常配偶者の一方に贈与がなされれば、他の配偶者もこれにより多かれ少なかれ利益を受けるのであり、場合によつては、直接の贈与を受けたのと異ならないこともありうる。」

「遺産分割にあたつては、当事者の実質的な公平を図ることが重要であることは言うまでもないところ右のような場合、形式的に贈与の当事者でないという理由で、相続人のうちある者が受けている利益を無視して遺産の分割を行うことは、相続人間の実質的な公平を害することになる」

「贈与の経緯、贈与された物の価値、性質これにより相続人の受けている利益などを考慮し、実質的には相続人に直接贈与されたのと異ならないと認められる場合には、たとえ相続人の配偶者に対してなされた贈与であつてもこれを相続人の特別受益とみて、遺産の分割をすべきである。」

と述べ、相続人以外に対する贈与が特別受益に該当する可能性があることを認めました。

裁判所は、この事案については、以下のように述べて相続人以外に対する生前贈与も特別受益に該当すると判断しています(以下の審判文の中で、邦子が相続人で、被相続人から贈与を受けた洋一郎は邦子の夫)。

重要なのは、

「被相続人が贈与をした趣旨が、相続人に利益を与えることに主眼があったか」

ということです。
「本件贈与は邦子夫婦が分家をする際に、その生計の資本として邦子の父親である被相続人からなされたものであり、とくに贈与された土地のうち大部分を占める農地についてみると、これを利用するのは農業に従事している邦子であること、また、右贈与は被相続人の農業を手伝つてくれたことに対する謝礼の趣旨も含まれていると認められるが、農業を手伝つたのは邦子であることなどの事情からすると、被相続人が贈与した趣旨は邦子に利益を与えることに主眼があつたと判断される。登記簿上洋一郎の名義にしたのは、邦子が述ベているように、夫をたてたほうがよいとの配慮からそのようにしたのではないかと推測される。」

「以上のとおり本件贈与は直接邦子になされたのと実質的には異ならないし、また、その評価も、遺産の総額が、二一、四七三、〇〇〇円であるのに対し、贈与財産の額は一三、五五一、四〇〇円であり、両者の総計額の三八パーセントにもなることを考慮すると、右贈与により邦子の受ける利益を無視して遺産分割をすることは、相続人間の公平に反するというべきであり、本件贈与は邦子に対する特別受益にあたると解するのが相当である。」


2016年10月31日更新

この記事の監修者

北村 亮典東京弁護士会所属

慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。

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