Q 私が都内(世田谷区)で所有しているワンルームマンションで、賃借人が自殺してしまいました。
このような痛ましい事故が起きてしまったので、今後の賃借人の募集が難しくなってしまい、賃料もかなり下げなければなさそうです。
連帯保証人である遺族の方には申し訳ありませんが、この場合の損害を請求したいと考えています。この賃料収入の減少分の損害というのはどの程度請求できるのでしょうか。
A 賃貸借の目的物である建物の内部において賃借人が自殺をした場合,通常人であれば,当該建物の使用につき心理的な嫌悪感が生じるものであることは明らかであると言えます。
もしもこのような事情が第三者に知られれば,当該建物につき賃借人となる者が一定期間現れなかったり,適正賃料よりも相当低額でなければ賃貸できなくなることになることも当然予想されます。
したがって、当該賃借人が当該建物内において自殺することは,当該目的物の価値を毀損する行為に当たるものとして,賃借人の善管注意義務に違反するということとなります。
では、当該物件の今後の賃料収入の減少が予想されることについて、どの程度の賠償額が裁判例では認められているのでしょうか。
東京地裁平成27年9月28日のケースでは、大雑把に言うと
・当初1年間は賃料全額
・2年目、3年目についてはそれぞれ賃料の半額
・したがって、合計で約賃料の2年分
を損害として認めています。
その理由としては、以下のように述べています。
・賃貸借の目的物である建物の内部において賃借人が自殺をした場合,通常人であれば,当該建物の使用につき心理的な嫌悪感が生じるものであることは明らかであり,かかる事情が知られれば,当該建物につき賃借人となる者が一定期間現れなかったり,適正賃料よりも相当低額でなければ賃貸できなくなることになるものといえる。
・もっとも、賃料額を低額にせざるを得ないのは,建物内での自殺という事情について通常人が抱く心理的嫌悪感に起因するものであるから,心理的嫌悪感は,時間の経過とともに自ずと減少し,やがて消滅する
・また,本件貸室は,単身者ないし2人向けの1Kのアパートであり,その立地は,東京都世田谷区〈以下省略〉(東急電鉄大井町線のa駅周辺)にあり,交通の便も比較的良く利便性も比較的高い物件であることが認められることにある
・これらの事情を考慮すれば,原告の逸失利益については,当初の1年は賃貸不能期間とし,本件貸室において通常設定されるであろう賃貸借期間である2年間(本件賃貸借契約も同様である。)は,本件賃貸借契約の賃料の半額でなければ賃貸できない期間とみるのが相当である。
・以上によれば,原告の逸失利益は,次の計算式のとおり,158万7860円となる(賃料月額は7万2000円)。
(1年目)7万2000円×12箇月×0.9524(ライプニッツ係数)=82万2874円(小数点以下四捨五入)
(2年目)3万6000円×12箇月×0.9070(ライプニッツ係数)=39万1824円
(3年目)3万6000円×12箇月×0.8638(ライプニッツ係数)=37万3162円(小数点以下四捨五入)
なお、賃借人が自殺したことによる損害賠償責任は本件連帯保証契約に基づく被告の責任に含まれるかという点も、裁判で争われましたが、この点について裁判所は、
本件賃貸借契約に基づいて亡Aが負担する一切の債務について連帯保証人としてその責めを負う旨合意していることが認められるから,亡Aが負う善管注意義務違反に基づく損害賠償責任についてもこれに含まれるものと解するのが相当であり,この解釈が消費者契約法10条に直ちに違反するものと解することはできない。
と述べて、連帯保証人の責任を認めています。
この事例は、都心のワンルームマンションの事例ですが、このような物件の場合の逸失利益は、本裁判例と同様に、当初1年間は賃貸不能期間として賃料全額、その後の2年間については賃料半額程度とする事例が多いようですので、これが実務上は一つの目安となるでしょう。
2017年1月27日更新
この記事の監修者
北村 亮典東京弁護士会所属
慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。