遺産の預貯金というのは、遺産分割協議や調停で相続人間の合意が無くても、各相続人が自分の法定相続分に相当する分を銀行に払戻し請求することができる、というのがこれまでの裁判・銀行実務でした。
ですので、これまでは、遺産分割で相続人間で揉めていても、預貯金については各相続人は自分の法定相続分については銀行に請求して払い戻すことが可能でした。
しかし、最高裁判所平成28年12月16日判決は、これまでの裁判・銀行実務を変更し、
「遺産の預貯金については、払い戻すためには相続人全員の同意が必要」
という方向性を打ち出しました。
そのため、原則として、遺産の預貯金を引き出すためには、相続人全員で遺産分割協議をするか、もしくは争いがある場合には、家庭裁判所での遺産分割調停又は審判を得た後でなければできない、ということになりました。
遺産の公平な分割という観点から言えば、上記の最高裁判所の判決は歓迎すべき内容ではありますが、他方で、揉めている場合などには、家庭裁判所の調停や審判を得るまでに相当の時間がかかってしまい遺産の預貯金に手を付けられないのが長期間にも及んでしまうという事態も生じてしまいます。
そうなると、例えば
・生活に困窮していて親の預金(遺産)を頼って生活していた者がいる場合
・葬儀費用や相続税の支払が多額になり、親の預金(遺産)をおろさなければ支払いきれない場合
などには、相続人が立ち行かなくなってしまうという事態が発生することが懸念されます。
このような事態に対処するために検討すべき手続というのが
「遺産の仮分割の仮処分」
という手続です。
この手続は、ごく簡単に言えば、遺産分割で揉めていて、家庭裁判所の調停をする必要がある状況で、生活費や葬儀費用等の支払いで遺産の預貯金を早急に降ろさなければならず調停が終わるまで待っていられない、という場合に、裁判所に遺産の預貯金の一部について分割するよう仮の決定を出してもらい、遺産の一部の預貯金について早急に払い戻しを受けられるようにする、という手続です。
上記の最高裁判所の判例が出されたことにより、今後、この仮処分の手続の利用を検討すベき状況が増えてくるのではないかと考えられます。
この手続の概要について、「家庭の法と裁判第9号」掲載の学者・裁判官の座談会で議論されていましたので、その内容の一部を以下紹介します。
1 仮分割の仮処分を利用すべき場合
①扶養を受けていた共同相続人の生活費や施設入所費用の支払を早急にしなければならない場合
②葬儀費用や相続税など相続に伴う費用の支払が必要な場合
③被相続人の医療費や被相続人の債務(借金)の支払が必要な場合
*いずれも、遺産の預貯金を下ろさなければ払えないような場合であることが前提
上記の中では、特に①のケースが必要性が高いと考えられる。
2 仮分割の仮処分を申し立てるために必要な証拠や書類
上記①の場合は、仮分割を申し立てる人の収入資料(源泉徴収票や課税証明書、確定申告書、家計収支一覧表、預金通帳、陳述書など)
上記②、③の場合は、債務や費用についての明細資料、報告書など
3 仮分割の仮処分決定が出るまでの期間
仮分割の仮処分は、調停又は審判を申し立てることが前提。
したがって、第一回調停(審判)期日の中で、この仮処分の審理を行うことになり、その後に決定が出ることになる。もっとも、緊急性の高い事案の場合は、第一回目の期日前に、相続人全員から書面で陳述を聴取して決定を出すこともありうる。
4 仮分割の仮処分決定の内容
「預金債権を、同目録記載の申立人取得額のとおり申立人に仮に取得させる」という決定文となる。
また、目録の中では、預金債権の種別(普通か定期か)、口座番号、取得金額が特定される。
5 担保について
仮処分手続ではあるが、事案の性質上担保は不要となる。
2017年4月24日更新
この記事の監修者
北村 亮典東京弁護士会所属
慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。