弁護士コラム

他の相続人が提出した相続税申告書について、税務署に開示を求めることができるか

2017.08.30

親の遺産を巡って紛争になった場合には、まず分ける対象となる遺産の全体像を把握する必要があります。

しかし、親の生前に、親が一部の子どもにしか遺産のことを話していなかったり、誰かが一人で管理していたという場合などには、他の相続人からすれば

「親の遺産がいったいどこにどれくらいあるのか、全てを把握できない」

という状況も生じてしまいます。

このような場合に、遺産の全容を把握する手段として一番確実なのは、相続税の申告書を確認することです。

通常は、相続人全員で相続税の申告をしますので、上記のように相続人間での情報の偏在があるような場合でも、申告の段階で申告書の内容から遺産の概要を把握することが出来ます。

しかし、ケースによっては、相続税の申告すら一人でやられてしまい、他の相続人に申告書の内容を明かすことすら拒むような人もいます。

このような場合に、他の相続人は、税務署に対して

「他の相続人の相続税申告書を開示して欲しい」と求めたいところです。

この手段は果たして可能なのでしょうか。

この点を巡って問題になったのが、福岡高等裁判所宮崎支部平成28年5月26日決定のケースです。

結論から言いますと、このケースでは、他の相続人からの裁判所を通じた税務署に対する相続税申告書の開示請求について、裁判所はこれを認めず、開示がされませんでした。

具体的に言いますと、上記高裁の事例は、遺産分割調停で他の相続人が税務署に提出した相続税申告書について開示するよう文書提出命令の申立てをした、という事案でしたが、裁判所は、税務署が相続税申告書を他の相続人に開示する必要はない、と判断し、文書提出命令の申立てを却下しました。

その理由として、裁判所は以下のように述べています。

まず、文書提出命令の申立てがされた場合に、対象文書の所持者が、その提出を拒むことが出来る場合というのが、民事訴訟法220条1項4号に列記されています。

この列記事由の一つに

「ロ 公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」

というものがあります。

本件では、税務署に提出された相続税申告書が対象文書でしたが、これが上記列記事由に該当するかどうかが問題となりました。

この点について、裁判所は、

①本件文書が「公務員の職務上の秘密に関する文書」に該当するか

②本件文書について「その提出により公共の利益を害し,または公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれ」があるか

という2つの観点から検討しています。

まず、①の点については、

「相続税申告書及びその添付書類」は,「被相続人の遺産並びに申告者が相続しまたは遺贈を受けた財産の具体的内容及びその評価額や申告者の親族関係等の秘密にわたる事項が記載されているのであるから,公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密が記載されたものであって,これが公にされることにより,申告者との信頼関係が損なわれ,申告納税方式による税の徴収という公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるということができる」

として、

「民事訴訟法220条4号ロにいう「公務員の職務上の秘密に関する文書」に該当する。」

と判断しました。

次に、②の点については、

「遺産分割調停事件における相続税申告書及びその添付書類の提出が,被相続人の遺産の全貌を明らかにし,調停手続を円滑かつ迅速に進める上でその必要性が認められ,ひいては適正な遺産分割の実現による紛争の解決に資するところがある」

と言いつつも、

「かかる事情を考慮しても,本件文書のような相続税申告書及びその添付書類は,その記載内容からみて,その提出により公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれの存在することが具体的に認められ,民事訴訟法220条4号ロに該当するというべきである。」

と述べて、税務署が開示を拒むことが出来る、と判断しました。

判断の理由について判決文は詳細に述べていますが、長くなりますのでここでは割愛します。端的にいうと、税務署が、申告者の意に反して税務申告書を他人に開示してしまうと、

「税務行政に対する納税者の信頼が損なわれ,納税者の自主性を前提に組み立てられている申告納税方式による国税の適正な徴収の円滑な遂行に著しい支障を生ずる。」

ということが主たる理由となっています。

裁判所の判決は、理屈としては確かにその通りなのでしょう。

しかし、遺産分割事件では、遺産の存在、範囲や特別受益(生前贈与)については証拠がなければ裁判所は基本的には全く認定判断してくれませんし、加えて、裁判所が積極的に証拠を収集してくれるわけでもありません。

そこにきて、このような判断となると、結局のところ「証拠は隠したもの勝ち」という風潮を助長するのではないかと危惧されるところです。


2017年8月30日更新

この記事の監修者

北村 亮典東京弁護士会所属

慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。

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