弁護士コラム

賃貸物件についての原状回復と明渡しの関係

2020.10.11

【アパートオーナーからの質問】

私の所有するアパートの一室を貸していたのですが、この度賃借人から解約の申し出があり、鍵の返還を受けました。

しかし、鍵の返還を受けた時点では原状回復はなされておらず、什器やエアコン等の備品が付いたままであり、その後、賃借人はあれこれ理由をつけて原状回復工事の費用の支払いを拒否し続けました。

結局、賃借人から原状回復工事の費用の支払いを受けられて工事ができたのは、鍵の返還を受けてから1年以上経った後でした。

こちらとしては、原状回復工事が完了するまでは、貸室の明渡しも完了していないものとして、賃料を請求したいのですが、可能でしょうか。

なお、賃貸借契約書には、明渡しと原状回復については以下のように規定されています。

 

15条1項 賃借人は,本件賃貸借契約が終了したとき,本件居室を遅滞なく賃借人の負担で,自然損耗と認めがたい破損・汚損箇所を修繕する等,原状に復して賃貸人に返還する。

2項 賃借人は,前項の原状に復するための工事を,賃貸人又は賃貸人が指定した業者に委託することを予め承諾する。

3項 賃借人が本件居室を返還した後,本件居室に残置物等が存する場合,賃借人はその所有権を放棄し,賃貸人は,賃借人の費用負担でその撤去,任意処分,その他必要な措置をとることができる。賃借人は,これに対して異議を述べない。

【説明】

賃貸借契約終了時における賃借人の原状回復義務については、改正民法621条により以下の通り明確に規定されました。

民法621条

賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。 以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。

もっとも、この規定では「賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。

とされているだけであり、

賃借人が原状回復義務を履行するまでは、明渡し(契約の終了)は認められず、賃料支払義務を負うのか

という点については明らかではありません。

この問題が争われたのが、東京地方裁判所平成28年2月19日判決であり、本件の事例は、この裁判例をモチーフにしたものです。

この問題について、裁判所は、契約書において、原状回復をした後に退去すべき、と合意されていると解釈されるかどうかによって判断しています。

そして、裁判所は、本件については

「本件賃貸借契約及び本件更新契約において,本件居室の明渡しにつき「原状回復をした上で明け渡すこと」を指す旨合意したことを認めるに足りる証拠はない。

「かえって,本件更新契約15条1項は,原状回復と返還(明渡し)とが別の行為であることを前提とし,明渡しに先立って原状回復が行われなければならない旨を定めているものと解される」

と述べて、原状回復工事完了までの賃料の請求は認めませんでした

また、賃借人がエアコンの撤去などせずに明渡しをしたことについては、

「明渡し前の原状回復義務違反を理由とする債務不履行が成立するにすぎないから,原状回復がなされていないことは,明渡し義務の未履行を意味するものではない。」

と述べており、あくまでも明渡しと原状回復義務は別々の義務であると判断しています。

以上を踏まえると、賃貸人が原状回復工事完了までの賃料の請求をできるかどうか、という点については、

・契約書で明渡し前の原状回復義務の履行が合意されていると解釈されるか

という点がまず考慮されることとなります。

そして、明渡し前の原状回復義務が合意されていない場合は、あくまでも原状回復義務違反の問題となり、

・原状回復工事をしなければ新たな賃貸借契約の締結の妨げとなるか、また、この場合に原状回復工事完了までに通常必要な期間はどの程度か

という点を考慮して、工事完了までの期間の賃料請求の可否が判断されることになると考えられます。


この記事は、2020年10月11日時点の情報に基づいて書かれています。

この記事の監修者

北村 亮典東京弁護士会所属

慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。

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