弁護士コラム

被相続人死亡時から10年以上経過した場合であっても、遺留分減殺請求権が行使できる場合とは?

2018.05.17

【質問】
父が亡くなり、相続人は長男の兄と次男の私の二人です。
父の死亡後に、兄に全ての遺産を相続させる、という内容の父の自筆遺言書が出てきました。
遺言書は封筒に入っていましたが、封筒は開封された跡がありました。
そこで、この遺言書の効力について町の相談会で司法書士に相談したところ
「この遺言は、封が開封されているため、遺言としての効力はない」
と言われました。
そのため、私も兄も、遺言は無効なものと考え、兄と遺産分割協議をすることとなりました。

 

しかし、その後、なかなか話し合いがまとまらず、そのうち兄との対立が先鋭化し、父の死亡から10年以上が経っても遺産分割協議が成立しませんでした。
すると、ある日、兄が私に対して「やっぱりこの遺言は有効だから、遺言に基づいて俺が全部遺産をもらう」
と言ってきました。
そこで、改めて専門家に相談したところ
「封が開封されていても遺言書は有効である」
と言われました。

 

そうなると私としては遺留分の請求をしなければならないと思い、専門家に相談したのですが、専門家からは
「民法の規定で、遺留分の請求は、被相続人が死亡してから10年を過ぎると一切できない」
と言われてしまいました。
とても理不尽に感じていますが、私はどうしようもないのでしょうか。

【説明】
遺留分の請求について、民法1042条は、

①減殺の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。
②相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。

と定めています(①、②は筆者による)。

一般的な事例では、上記の①の期間制限が1年間と短いため、この期間を超えないように気をつけて対応するということがまず第一です。
例えば、遺留分を侵害する遺言書などが見つかった場合には、遺言書の存在を知ったときから1年以内に内容証明郵便で遺留分の請求を行い、その後に協議、さらに調停、訴訟という流れで紛争が進んでいくこととなります。

もっとも、上記②で規定されている通り、被相続人が死亡してから10年が経った場合は、遺留分の請求はできない、と定められています。
要するに、被相続人死亡後、おそくとも10年以内に訴訟提起して遺留分の請求をしなければならないのです。
遺留分の請求がいつまでも可能であるとすると、法律関係が不安定な状態が続くため、このように10年という最長期間を定めているのです。

では、本件のように、被相続人の死亡後、遺言書が発見されたもののその効力について相続人全員が無効であると誤解し、死後10年以上遺産分割協議をしていたために、10年以内に遺留分の請求ができなかったという場合、上記②の規定のため、遺留分の請求は一切できないのでしょうか。

この点について判断したのが、仙台高等裁判所平成27年9月16日判決の事例です。

本件のケースと同様の事例で、仙台高裁は、上記民法1042条の②の部分の解釈について

「遺留分権利者である相続人が、遺留分減殺請求権を行使することを期待できない特段の事情が解消された時点から六か月以内に同権利を行使したと認められる場合には、当該相続人について、同法一〇四二条後段による遺留分減殺請求権消滅の効果は生じないものと解するのが相当である。」

と判断しました。

要するに、この裁判例によれば
・被相続人の死亡後10年以上に渡って、遺留分減殺請求権を行使することを期待できない特段の事情が存在しており、
・当該事情が解消された日から6ヶ月以内であれば、被相続人の死亡から10年以上経過してもなお遺留分減殺請求を行使できる
ということになります。

となると、「遺留分減殺請求権を行使することを期待できない特段の事情」と何かという点と、「当該事情が解消された日」の2点の解釈が問題となります。

この裁判例は、本件と同様のケースにおいて、まず「遺留分減殺請求権を行使することを期待できない特段の事情」については、

「本件遺言は、相続開始の時から約一年六か月後の時点で、その存在は明らかになっていたものの、同時に、遺言としての有効性について、無効であるとの見解が、具体的な理由付けを含めて専門家の見解として紹介され、相続人全員が、これを信じて、以後、無効を前提として遺産分割協議が継続されていたという事情がある。」
「そして、このような事情からすれば、上記見解が誤ったものであったことを踏まえても、控訴人において、相続開始の時から一〇年間にわたり、有効な遺言が存在することを認識し得ず、その結果、遺留分減殺請求権を行使することを期待できない特段の事情があったと認めるのが相当である。」

と述べ、「特段の事情」の存在を認めました。

次に、「当該事情が解消された日」については、

「遺産分割協議において、C(遺言によって財産を受ける者)が、本件遺言について、従前の見解を改め、専門家の見解を紹介して有効である旨主張するようになり、以後の遺産分割協議の継続を行わない意向を示した時点」

であると述べ、この時点から6ヶ月以内に権利行使しなければならないと判断しました。

以上の通り、この裁判例は、被相続人死亡後10年を経過した場合でも遺留分の請求が可能な場合があることを示しましたが、他方で、「遺留分減殺請求権を行使することを期待できない特段の事情」と、「当該事情が解消された日」については、具体的にはどのような場合が該当するのかは個々の事案によって判断されるものであり、今後のさらなる裁判例の集積が待たれるところです。


2018年5月17日更新

この記事の監修者

北村 亮典東京弁護士会所属

慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。

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