弁護士コラム

遺産分割協議書に一度署名してしまうと、後で取り消すことは一切できないのか?(遺産分割協議の不成立の主張の可否)

2018.06.03

【質問】

親が亡くなり、相続人4名で遺産分割協議をすることになりました。

私は、親の介護をしていたので、寄与分を主張していたのですが、他の兄弟はなかなか認めてくれず、話し合いは平行線になっています。

そうしたところ、ある日、他の相続人から突然呼び出され、その場で「税務申告の期限が迫っているので、とりあえずは遺産分割協議書を作成したので、これにサインして欲しい」と遺産分割協議書を差し出されました。

その内容は、単に法定相続分で分けるという内容の書面で、遺産の内容についても今まで全く話に出ていなかった遺産などもあり、内容については不明な点が多かったのですが、とりあえずは税務申告のためならと思い、言われるがままにサインしました。

その後も、相続人間で遺産分割の話し合いを続けましたが、ずっと平行線をたどっていたところ、他の相続人より、突然「遺産分割協議書があるから、これ以上は話し合う必要はない」と言われ、一方的に協議を打ち切られてしまいました。

前にサインした遺産分割協議書は、税務申告のため、という名目で、とりあえずサインしたものに過ぎず、相続人間で話し合って決めた内容ではないはずです。

このような遺産分割協議書でも、有効となってしまうのでしょうか。

【説明】

遺産分割の協議を行い、相続人間で合意が得られた場合、その内容を遺産分割協議書にして、全員が署名・押印をする、というのが通常の遺産分割協議の流れです。

そして、このような場合、遺産分割協議書に署名・押印すれば、その内容を後から覆したり、取り消すということは原則としてはできません。

もっとも、例外的に後から遺産分割協議の無効や不成立を主張して、これを取り消すことができる場合もあります。

主なケースとしては、遺産分割協議の錯誤無効を主張する場合です。

すなわち、相続人のうちの誰かが、他に遺産があることを知っていながら、その遺産の存在を他の相続人に隠して遺産分割協議を成立させた場合で、しかも、その遺産の存在を知っていれば、別の遺産分割協議となっていたような場合です。

このような場合、「その遺産の存在を知っていれば、このような遺産分割協議書の内容で合意することはなかった」ということで、遺産分割の合意に対して錯誤無効を主張することができます。

その他に、ケースとしては多くないですが、本件のような場合、すなわち、「遺産分割の協議・合意が存在しない場合」、すなわち、遺産分割に関する合意はまだ形成できていなかったものの、とりあえずは何らかの(別の)目的のために、遺産分割協議書にサインをした。」という場合です。

このような場合、遺産分割協議書は存在していても、そもそも、その協議書の内容となっている相続人間の遺産分割に関する合意が存在しないということになりますので、「遺産分割協議は成立していない(遺産分割の合意が存在しない)」と、後から訴訟で主張することができる、ということになります。

この点が争いとなり、遺産分割協議の不成立が認められた事例が東京地裁平成25年7月19日判決の事例です。

この事例は、遺産分割協議書が2度に渡って作成されていたのですが、いずれも「税務申告のため」、「他の相続人が破産しそうな状況となっていたため、差し押さえなどを逃れるため」という目的のために、相続人間において遺産分割協議書をとりあえず作成したというものです。

裁判所は、この事例において、遺産分割協議書が作成された目的や作成された状況、協議書作成後も遺産分割協議が継続していたことなどの事情を総合考慮して、遺産分割協議は存在しているが、遺産分割協議は成立していない、と認定しました

このような事例が起こることはそれほど多くはないと思いますが、いずれにしても、変な企みをして遺産分割協議書にサインをさせたとしても、それは後々取り消される(取り消せる)ものであるということに留意する必要があります。

【判旨】東京地方裁判所平成25年7月19日判決

1「まず,本件協議書1についてみると,前提となる事実及び前記認定事実によれば,本件協議書1には,被告Y1が管理する約2000万円の金員など,亡Aの遺産の一部が記載されておらず,記載されていない遺産の処理について何ら定められていない上,本件訴訟に至っても,亡Aの遺産の範囲については原告と被告らとの間で争いがある。そもそも,本件協議書1は,原告,被告Y2及び被告Y3が被告Y1の準備した原案にその場で署名押印するという経緯で作成されたものであり,同協議書が作成された際に同協議書に記載された遺産に関する資料が確認されたり,事前に亡Aの遺産の内容やその分割方法について原告と被告らとの間で話合いがされたこともなかったのであるから,同協議書について,原告と被告らとの間で,亡Aの遺産の分割に関する協議が具体的に行われた結果が反映されたものとはにわかにいい難い。

また,本件協議書1が作成された後についてみても,被告Y2本人は,本件協議書1は相続登記を行うことも目的として作成された旨供述するものの,同協議書に基づく相続登記の手続は行われていないこと,本件協議書1の作成から約4か月後である平成19年5月以降,原告が寄与分を主張したのに対し,被告らは遺産分割協議が成立し解決済みであるとの対応をするわけではなく,複数回の話合いに応じていること,平成20年3月には本件協議書1とは内容の異なる本件協議書2が,本件協議書1を修正する旨の文言や同協議書の効力等に関する記載もなく,その他,同協議書との関係につき何らの手当ても講じられないままに作成されるに至っていることが認められる。これらの事実は,本件協議書1によって遺産分割協議が成立したと認識している者の行動としては理解し難いものであり,むしろ,原告及び被告らが,本件協議書1の作成時に,亡Aの遺産に関する遺産分割の内容を確定的に決定する意図を有していなかったことをうかがわせる事情というべきである。

以上のことに加え,本件協議書1の作成時期や,列挙された各遺産をそれぞれ4分の1ずつに機械的に分割するという内容からみても,本件協議書1は,専ら相続税申告に用いることを目的に作成されたものにすぎないと認めるのが相当であり,これを超えて,同協議書に記載されたとおりの内容をもって,原告と被告らとの間で,亡Aの遺産に関する遺産分割協議が成立したと認めることはできない。」

2「次に,本件協議書2についてみると,前記1(3)及び(4)によれば,本件協議書2は,被告Y3が破産手続を行う可能性が生じたことを契機に作成されたものであること,原告は,本件協議書2を作成するより前の平成19年5月以降,被告らに対して寄与分を主張し,その結論が出ていなかったにもかかわらず,原告の寄与分が反映されていないばかりか,被告Y1の相続割合のみが厚くなっている本件協議書2が作成されていることが認められ,原告が,自己の寄与分を主張する権利を留保することなく,その主張が反映されていない本件協議書2の内容を承諾するとは考え難いことも併せてみると,本件協議書2については,飽くまで,被告Y3の破産手続との関係で,被告Y3の相続分を隠匿する目的で作成するという理解の下で作成されたものと認めるのが相当であり,それを超えて,本件協議書2によって,原告と被告らとの間で,亡Aの遺産に関する遺産分割協議が成立したと認めることはできない。」

3「以上のとおり,亡Aの遺産に関する遺産分割については,本件協議書1及び2が作成されてはいるものの,いずれも,その時々の必要に応じて,その目的に沿う限りのものとして作成されたにすぎないと認められ,これらをもって,原告及び被告らの間で,亡Aの遺産の分割について,確定的に協議が調ったものと認めることはできない。」


2018年6月3日更新

この記事の監修者

北村 亮典東京弁護士会所属

慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。

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