【質問】
父が亡くなりました。
相続人は、長男と次男の私の二人です。
父は遺言書を遺していましたが、「遺産を全て長男に相続させる」という内容でした。
父の遺産は、不動産や預貯金で合計4億円ほどありましたが、金融機関からの借金も4億円残っています。
父の遺言によれば私は何も相続できないのですが、借金については被相続人や相続人の話し合いだけで決めることはできない、というようなことを専門家から聞きました。
そうなると、私は遺産は何も相続できないのに、借金については法定相続分の2分の1を相続して返済義務を負うことになるのでしょうか。
【説明】
民法899条は,
「各共同相続人は,その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する。」
と規定しています。
したがって、被相続人の借金については、相続人はその返済義務を法定相続分に従って承継することとなります。
しかし、本事例のように、遺言で相続分が指定されていて、それが法定相続分と異なる割合のような場合に、借金については法定相続分で承継するとされてしまうと、遺言では法定相続分を下回る分しか相続できない相続人にとっては酷な結果となってしまいます。
相続放棄をすることで借金の相続は免れることはできますが、そうなると遺留分の請求もできなくなってしまうというジレンマに陥ります。
では、遺言書で、プラスの財産の相続割合だけではなく、マイナスの財産(借金)の相続割合を決めるということはできないのでしょうか。
この点についての判断指針を示したのが、最高裁判所平成21年3月24日判決です。
この最判の事例は、本件と似たような事案で、長男、次男と二人相続人がいたところ、長男に全てを相続させるという遺言があったという事案です。
この事案では、裁判所は、
「相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定された場合,遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り,当該相続人に相続債務もすべて相続させる旨の意思が表示されたものと解すべきであり,これにより,相続人間においては,当該相続人が指定相続分の割合に応じて相続債務をすべて承継することになると解するのが相当である。」
と判断しました。
もっとも,これはあくまでも相続人間での割合を決めるに留まるもので、あくまでも債権者(金融機関等)との関係については
「上記遺言による相続債務についての相続分の指定は,相続債務の債権者(以下「相続債権者」という。)の関与なくされたものであるから,相続債権者に対してはその効力が及ばないものと解するのが相当であり,各相続人は,相続債権者から法定相続分に従った相続債務の履行を求められたときには,これに応じなければならず,指定相続分に応じて相続債務を承継したことを主張することはできないが,相続債権者の方から相続債務についての相続分の指定の効力を承認し,各相続人に対し,指定相続分に応じた相続債務の履行を請求することは妨げられないというべきである。」
と判断しました。
以上の判決に従えば、次男としては、遺言があっても
・債権者に対しては、法定相続分の割合で借金を返済する義務を負う
・ただし、長男との関係では、長男が全て返済する義務を負うので、万が一、次男が債権者に返済をした場合にはその分を全て長男に求償できる
ということとなります。
なお、実務上は、本件のような場合は、金融機関が長男に対して免責的債務引受の合意をするよう求めて、次男を債務関係から離脱させて現実的な解決を図るということが多いです。
2018年10月22日更新
この記事の監修者
北村 亮典東京弁護士会所属
慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。