【質問】
父が亡くなりました。
相続人は、母と、長男、次男、三男である私です。
父の遺産については、自宅不動産も含め長男が法定相続分よりも多めに相続するということで遺産分割協議しましたが、その条件として、
「長男は、母と同居する、母を扶養し、母にふさわしい老後を送ることができるように最善の努力をする、長男の妻とともに、母の日々の食事その他身の廻りの世話をその満足を得るような方法で行う、先祖の祭祀を承継し、各祭事を誠実に行う」といった条件を付しました。
しかし、長男は、遺産分割協議の後、この条件を履行せず、母を虐待して十分な扶養をしないばかりか、祭祀を放擲し、更には口論のうえ母を素手で殴打して傷害を負わせたりするなど、遺産分割協議で決めた約束をことごとく破りました。
これでは、せっかく長男に多めに相続させた意味がないので、遺産分割協議を解除したいのですが、可能でしょうか。
【説明】
本件は、最高裁判所平成元年2月9日判決の事例をモチーフにした事例です。
長男以外の相続人の立場からすれば、「長男は遺産分割協議の前提となる約束を破ったのだから、遺産分割協議自体やり直しをすべきだ」という考えになるかもしれません。
いわば、契約の債務不履行があるのと同じ状況なので、債務不履行解除できるのではないか、という考えです。
しかし、このような事例について、裁判所は、
「共同相続人間において遺産分割協議が成立した場合に、相続人の一人が他の相続人に対して右協議において負担した債務を履行しないときであっても、他の相続人は民法五四一条によって右遺産分割協議を解除することができないと解するのが相当である。」
と判断しました。
その理由として、
「遺産分割はその性質上協議の成立とともに終了し、その後は右協議において右債務を負担した相続人とその債権を取得した相続人間の債権債務関係が残るだけと解すべきであり、しかも、このように解さなければ民法九〇九条本文により遡及効を有する遺産の再分割を余儀なくされ、法的安定性が著しく害されることになるからである。」
と述べており、一般的な契約とは性質を異なるということをその根拠としています。
このような帰結ですと、長男以外の相続人にとっては酷な結果となってしまうかもしれませんが、他の相続人としては、長男に遺産分割協議で決められた約束を履行するよう求めるしかないということになります。
なお、遺産分割協議における相続人の意思表示に錯誤、詐欺、強迫など、その成立過程で、意思表示に瑕疵がある場合は、協議の無効、取消を主張し得るとされていますので、この点との違いには留意する必要があります。
また、相続人全員が合意すれば、いったんなされた遺産分割協議の合意についても解約して、改めて遺産分割協議のやり直しをすることは可能と解されています(最高裁判所平成2年9月27日判決)。
2018年10月23日更新
この記事の監修者
北村 亮典東京弁護士会所属
慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。