【賃貸人からの質問】
ある日、私が所有している賃貸マンション(賃料は月額10万円です)の一室から異臭がするという近隣住民からの通報がありました。
室内の賃借人が死亡していることが予想されたため、賃借人の家族と警察官に立ち会ってもらい、ドアを開けて当該室内に立ち入ったところ、賃借人が死亡されていることが発見されました。
賃借人は、貸室内の布団の中で死亡した状態(死因不明)で発見されました。死亡推定日時は、発見された日の2ヶ月半ほど前だったため、遺体発見が遅れ、死亡後約2か月半が経過していたことから、発見されたときには、布団から腐敗物が床に染み出しているような状態でした。
その後賃借人の相続人(賃借人の両親)にこちらから連絡を取り、原状回復費用等についての話し合いを行いました。
遺体が2か月半放置されたことにより死臭が残るなどしたため,大掛かりな原状回復が必要となり,その費用として50万円以上が必要な状態でしたのでこれは当然払っていただきたいと考えています。
その他、遺体発見直後に、マンションの新規入居者2人からは礼金及び共益費の減額を請求され、1件は礼金8万円と共益費3000円の2年分7万2000円、もう1件は共益費3000円の2年分7万2000円の減額を余儀なくされました。
また、死因不明の遺体が2か月半にわたり放置されたということを嫌悪され、今後は契約が敬遠されて長期間空室が続くか、賃料の大幅な減額を求められる可能性が高いと思いますので、その損害を填補するには、少なくとも賃料1年分の半額程度は必要と考えています。
相続人の方々も気の毒とは思いますが、私も今回の件で大変な損害となっていますので、これらの損害について賃借人の相続人に請求したいと考えていますが、認められるのでしょうか。
【説明】
本件は、東京地方裁判所29年9月15日判決の事例をモチーフにしたものです。
本件の事例と異なり、例えば、賃借物件内で賃借人の自殺が発生した場合には、将来の賃料の低下等に伴う損害として
・当初1年間は賃貸不能期間として賃料全額
・その後の2年間については賃料半額程度
の請求を認めた都心のワンルームマンションの事例(東京地裁平成27年9月28日判決)などがあります。
したがいまして、賃借人の自殺のケースでは、このような損害賠償基準が実務上も確立していると考えられています。
他方で、本件のように、賃借人が賃借物件内で自然死し、長期間誰にも気づかれずに放置されて腐敗していた、という場合について、賃借人の相続人に対して将来の賃料の低下等に伴う損害をどこまで請求できるかという点については、裁判実務上、確立した賠償基準が存在するとまでは言えず、本件はこの点について判断した事例となります。
この問題については、賃借人の死亡及びその発見が遅れるような事情が生じてしまったことについて、主に生前の賃借人に善管注意義務違反があったか否かということが法律上問題になります。
この点について、裁判所はこの事案においては、以下のように述べて、その請求を否定しました。
・賃借人の死因は不明であり、賃借人が本件建物内で自殺したとは認められない。また、本件全証拠によっても、賃借人が生前持病を抱えていたなどの事情はうかがわれないから、賃借人が、当時、自分が病気で死亡することを認識していたとは考えられず、また、そのことを予見することができたとも認められない。」
・以上によれば、賃借人に善管注意義務違反があったとは認められず、同違反を前提とする損害賠償請求には理由がない。
・したがって、賃借人の相続人も損害賠償義務を追わない。
以上の裁判所の考え方によれば、賃借人が賃借物件内で自然死し、長期間誰にも気づかれずに放置されて腐敗していた、という場合において、賃借人の善管注意義務違反が認められる場合というのは
・賃借人が生死に関わる持病を抱えていたこと
・賃借人が上記持病によって突然死もしくは居室内で死に至ることが十分に予見できるような状況であったこと
という事情が存在する場合ということになると考えられます。
したがって、賃借人の自殺の場合と異なり、賃借人の自然死(及び発見の遅れ)の場合に、相続人に対して将来の減収分を請求できる場合はかなり限られると考えられます。
なお、令和3年10月8日に国土交通省により策定された「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」では、老衰、病死などの自然死は、原則として告知する必要はないとされている一方で、発見が遅れたことにより遺体の腐乱が進んで腐敗臭や害虫が発生するなどして特殊清掃が必要になった場合には、事故物件として、原則として3年間の告知義務を負うとされています。
したがって、このようなケースでの告知義務がガイドラインで明示されたことにより、賃貸人に将来の減収が生じる可能性はより高くなったといえますので、したがって、今後の裁判事例では、賃借人の善管注意義務違反の判断に影響が生じる可能性(より義務違反を認め得る方向になる可能性)もあると思われます。
この記事は、2024年7月6日時点の情報に基づいて書かれています。
この記事の監修者
北村 亮典東京弁護士会所属
慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。