例えば、被相続人の生前に、被相続人が相続人のうちの一人(例えば長男)から
・激しい暴力を加えられた
・貯金などを使い込みされて多額の財産を失わされた
・殺人などの重大犯罪を犯して、多大な迷惑を被らされた
等の非行を受けた場合、その当人の相続人としての資格を失わせることができる方法があります。
それが、推定相続人廃除の申立、というものです。
これは、民法892条で定められており、要件として
①被相続人に対して虐待をし、若しくはこれに重大な侮辱を加えたとき、
②又は、推定相続人にその他の著しい非行があったとき
は、被相続人は、その推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求することができると定められています(民法892条)。
この推定相続人の廃除が認められた場合、その相続人は相続人としての地位を失いますので、この規定はかなり強力な効力を有するものです。
この推定相続人の廃除をする方法は、以下の2つの方法のみとなっています。
①被相続人が存命中に家庭裁判所に申し立てをする。
②被相続人が、遺言書で相続人の廃除を書いておき、死後に遺言執行者が家庭裁判所に申し立てをする。
上記①、②のいずれかの方法で家庭裁判所に申立てをして、認められる必要がありますが、この制度は強力な効力を伴うだけに、家庭裁判所も慎重になるため、そのハードルは極めて高いです。
この廃除の申立は、司法統計によれば年間200件程度なされるのに対し、認められる件数は50件程度であるとのことです(能見善久=加藤新太郎編『論点体系判例民法(11)相続〔第3版〕』〔第一法規〕30頁〔本山敦執筆部分〕)。
特に、遺言書で廃除する場合、廃除の申立は遺言執行者が行うことになりますが、遺言執行者が家庭裁判所に推定相続人の廃除を請求するのは被相続人の死亡後であるため(民法893条)、廃除を家庭裁判所に認めてもらうための資料や証拠を遺言執行者が収集することが困難な場合が多いと言えます。
このように、推定相続人の廃除はハードルが高いため、見通しを立てるためには、廃除が認められた裁判例の傾向から判断していく必要があります。
ここで紹介するのは、遺言執行者による相続人廃除の申立が認められた最近の事例として、大阪高等裁判所令和元年8月21日決定の事例です。
この事例は、長男が親である被相続人に対し、度々暴力を加えていたことを理由として、被相続人が遺言書で長男の相続人廃除を遺していたため、遺言執行者が相続人廃除の申立をしたという事例です。
長男は、平成19年5月頃、平成22年4月頃及び同年7月15日の3回にわたり、被相続人に対して暴行を加えたことは認めながらも、その暴行を加えた原因や背景について、平成19年5月の暴行は、被相続人が長男の母に対して暴行を加えたのを咎めたためである、平成22年4月頃の暴行は、被相続人が殴りかかってきたので反撃したものであるなどと反論しました。
大阪家庭裁判所はこの長男の言い分を認めて、「長男から相続権を剥奪するのが社会通念上相当であると認めることはできない」として遺言執行者からの相続人廃除の申立を却下しました。
しかし、これに対して、大阪高等裁判所は、長男の反論は信用できないと認定した上で、
・たとえ被相続人の言動に長男が立腹するような事情があるとしても、60歳を優に超えた被相続人に対する暴力は許されるものではない
・しかも、平成22年4月の暴行は、被相続人に全治3週間を要する両側肋骨骨折や左外傷性気胸の傷害を負わせ、入院治療を要するなど結果も重大で、一連の暴行は厳しい非難に値するものである
と述べて、家庭裁判所の決定を覆し、相続人廃除を認めました。
本件の事例は、推定相続人の被相続人に対する暴行の回数、傷害の程度を重視して、また、推定相続人の言い分の信用性も否定して廃除の申立てを認めた比較的最近の事例として、参考になるものと言えます。
【参考:大阪高等裁判所令和元年8月21日決定 決定要旨】
「しかし、B(筆者注:長男のこと)は、平成23年2月2日、D法律事務所のE弁護士に宛ててファクシミリにより送信した書面において、平成22年4月16日頃の暴行に関し、被相続人が「オマエが体調を壊すと会社の支障になる。だから妻の世話などするな。」と言ったことに激怒し、被相続人を殴り倒した旨記載しているのであって(甲3)、被相続人が殴りかかってきたため反撃した旨のBの上記陳述は信用することができない。また、そのほかの暴行の理由についても、上記そごの点に、上記陳述書の記載内容にいずれも客観的な裏付けを欠くことなどを併せ考慮すれば、直ちには信用することができない。
のみならず、仮に、平成22年4月16日頃を除く各暴行についてBが陳述するような理由があり、被相続人の言動にBが立腹するような事情があったとしても、それに対し、当時60歳を優に超えていた被相続人に暴力を振るうことをもって対応することが許されないことはいうまでもないところであって、このように、Bが被相続人に対し、少なくとも3回にわたって暴行に及んだことは看過し得ないことと言わなければならない。しかも、被相続人は、平成22年7月の暴行により鼻から出血するという傷害を負い、同年4月16日頃の暴行に至っては、その結果、被相続人において、全治約3週間を要する両側肋骨骨折、左外傷性気胸の傷害を負って、同月19日から同月23日まで入院治療を受けたのであり(甲1)、その結果も極めて重大である。これらによれば、Bの被相続人に対する上記各暴行は、社会通念上、厳しい非難に値するものと言うべきである。
以上によれば、Bの被相続人に対する一連の暴行は、民法892条所定の「虐待」又は「著しい非行」に当たり、社会通念上、Bから相続権を剥奪することとなったとしても、やむを得ないものと言うべきである。
したがって、Bを被相続人の推定相続人から廃除することが相当である。」
この記事は、2021年6月15日時点の情報に基づいて書かれています。
この記事の監修者
北村 亮典東京弁護士会所属
慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。