弁護士コラム

借主の長期不在中に、管理会社が貸室の鍵を変えて室内の家財を処分した行為について、違法であるとして損害賠償が認められた事例

2018.05.30

【アパートオーナーからの質問】

独身の中年男性(生活保護を受給されています)に貸している部屋があり、3ヶ月後に更新が迫っていたので、管理会社から更新の案内のハガキを送りました。

しかし、何も返答がなく、再度案内を出しましたが、やはり返答がありませんでした。

登録していた電話番号にかけたところ、別人の女性が出てきたり、部屋に直接行ってノックをしたものの、全く反応がありませんでした。しかも、ドアに鍵はかかっておらず、部屋の中に入ってみたところ、ビニール袋等のゴミが山積みになって足の踏み場もない状態で,異臭が漂っていました。

その後も、賃借人が部屋に戻ってくる様子もなく一月半ほど不在が続きました。

 

契約書には「賃借人の無断不在1か月以上に及ぶ時は敷金の有無にかかわらず,本契約は当然解除され、室内の家財等も売却処分できる」との約定がありましたので、そこで、管理会社と相談し、室内の家財等の荷物を撤去し、鍵も交換しました。

そうしたところ、その3日後くらいに、突然賃借人から連絡があり「鍵が変わっていて部屋に入れない。」と言ってきました。

また、勝手に家財を処分したことなどについて、損害賠償として400万円を支払え、という請求を受けています。

なお、賃借人は、アルコール依存症で長期間病院に入院していたために不在だった、ということが後で判明しています。

我々がしたことは、違法と判断されてしまうのでしょうか。

【説明】

本件は、東京地裁平成22年10月15日判決の事例をモチーフにしたものです。

本件のように、突然所在不明となってしまった賃借人について、賃貸人が裁判の手続を経ずに荷物の処分や鍵の交換等の明渡行為を行うことは、法的に「自力救済」と言われます。

この、自力救済は,原則として禁止すべき、というのが法律の考え方であり、例外的にこの自力救済が許されるのは、

「法律の定める手続によったのでは,権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合においてのみ,その必要の限度を超えない範囲内で,例外的に許されるにとどまる。」

というのが最高裁の考え方(最三小判昭和40年12月7日判決)です。

したがって、仮に賃貸借契約に「賃借人の無断不在1か月以上に及ぶ時は敷金の有無にかかわらず,本契約は当然解除され、室内の家財等も売却処分できる」というような条項があるからといって,自力救済が直ちに適法となるものではありません。

本件の事例において、裁判所は、賃貸人側(実際に被告とされたのは賃貸人からの依頼を受けて鍵の交換や家財の処分をした管理会社でした)の自力救済行為は、違法であると判断し、管理会社には損害賠償として110万円(家財の損害、慰謝料、弁護士費用)の支払を命じています。

この事例で、賃貸人側は、自力救済が例外的に許されると主張し、その事情として、

・本件貸室に入ったところ,トイレは便器にも床にも糞便がまき散らされ,山積みのゴミの下にある布団には尿が染み込んでいて,強い異臭を放ち,あちこちに弁当の食べ残しのような生ゴミがあり,腐敗臭があり、それ以上放置すると害虫が発生して建物を傷めたり,配管を通じて臭気が隣室に流れたりするおそれがあった

・また,賃借人が長期にわたり行方不明であることや,室内が異常な状態にあったことにかんがみ,玄関ドアの鍵を現状のままにすると部外者が同室に立ち入る危険もあったため鍵を交換した

・この状態を放置しておくと,害虫が発生して建物が傷んだり,隣室にも臭気が流れて賃貸が続けられなくなったりするおそれが大きく,賃貸人の建物所有権を維持することは不可能又は著しく困難であった。

ということを主張しました。

しかし、これに対して、裁判所は、

・本件貸室内の布団に尿が染み込んでいて強い異臭を放ち,弁当の食べ残しのような生ゴミがあったことを裏付ける証拠はない。

・本件処分行為の前の時点で,第三者から苦情が述べられていなかった。

・そうすると,本件処分行為の時点においては,少なくとも害虫の発生や異臭の流出は現実化していなかったと認めるべきであり,本件処分行為の前の時点において,原告による建物所有権に対する違法な侵害があったとは認められない。

として、賃貸人側の主張を認めませんでした。

また、上記理由に加えて、裁判所は、

「賃借人は、江戸川区の生活保護担当者の勧めで入院していたのであり,管理会社が,賃料を入金していた江戸川区福祉事務所に連絡をとれば,賃借人の所在を知ることができたというべきである。にもかかわらず,管理会社は何らそのような措置を講じなかった。本件において,自力救済を認めるべき緊急やむを得ない特別の事情があるとは認められない。」

と述べ

「したがって,本件処分行為は違法であり,管理会社は不法行為に基づく損害賠償責任を負うというべきである。」

と判断して、管理会社の損害賠償を命じました。

裁判手続で貸室の明渡手続をする場合、どうしても一定程度(2〜3ヶ月)の時間はかかってしまいます。そのため、「このままの状態を放置しておいたら建物が大変なことになる」と焦って、自力救済に及んでしまうこともあるかもしれませんが、自力救済が認められるハードルは極めて高いのが実情です。

したがって、自力救済をすべきか否か判断する場合には、

・裁判手続を待っていたら、建物に対する重大な悪影響が避けられないという事情と証拠が存在すること

・他に取りうる手段はすべて尽くしたこと(賃借人関係者への連絡など)

という2点を完璧にクリアできる状況かをまず確認することが肝要です。

この記事の監修者

北村 亮典東京弁護士会所属

慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。

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