弁護士コラム

築40年、耐震診断で「倒壊する可能性がある」とされた賃貸住宅について、老朽化等を理由とした賃貸人からの契約解約の正当事由が認められなかった事例

2019.03.03

【賃貸人からの相談】

私は、築40年の賃貸戸建を父から相続しました。

この物件には20年ほど住んでいる賃借人がいますが、賃料が月6万円であり、他方で、耐震診断をしたところ上部構造評点が「0.96」で「倒壊の可能性有り」と指摘されました。

賃料も安く、修繕や耐震工事をするのもお金がかかるので、更地にして売却しようと考え、賃借人に立ち退きの交渉をしました。

賃料半年分ほどの立退料を提供すると申し出ましたが、賃借人からは「遺族年金で暮らしていて、引っ越す余裕もないし、長く暮らしてきたからここから出たくない」と言われ、立ち退きを拒まれています。

このような場合、裁判を起こせば立ち退きが認められるのでしょうか。

【説明】

賃貸人として、賃貸借契約を解約する場合には、老朽化を理由とした賃貸借契約の解約の申入れを行う必要があります。この解約の申入れを行うことにより、解約申入れ時から6ヶ月を経過すれば賃貸借契約は終了となります(借地借家法27条1項)。

しかし、賃貸人からの解約の申入れは、それをしただけでは当然に解約が認められるわけではなく、賃借人が解約を拒んだ場合には、解約の申入れに「正当事由」がなければ、解約の効力が生じません。

この解約申入れの「正当事由」を判断するにあたっては,建物賃貸人及び建物賃借人が建物の使用を必要とする事情のほか,建物の賃貸借に関する従前の経過,建物の利用状況及び建物の現況並びに立退料の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して判断されます(借地借家法28条)

本件のように建物の老朽化を解約の理由とする場合、老朽化だけでは正当事由は認められず、妥当な金額の「立退料」の提供が必要とされるケースが非常に多いです。

しかし、立退料を提供しても「正当事由」が認められないというケースもあり、賃貸人側としては難しい判断を迫られる場合も多いです。それがまさに本件の事例です。

本件の事例は、東京高等裁判所平成24年12月12日判決をモチーフにした事例です。

この事例で、当初、地方裁判所は賃料の約1年分程の立退料の支払いと引き換えに、賃借人に立ち退きを命じましたが、高等裁判所はこの判決を覆し、賃貸人からの立退の請求を棄却しました。

この事例で、高裁は、建物の老朽化の程度や賃貸人側が建物を処分することの必要性と、賃借人側の居住継続の必要性を検討した上で、賃貸人側が立退料を提供したとしても解約の「正当事由」は認められない、と判断して、明渡請求を否定しました。

裁判所は、まず、賃貸人側の事情について

「本件建物又はその敷地を使用する差し迫った事情があるとまでは認められない」が、「本件建物を賃貸するより,本件建物を取り壊し他に売却することの方が利益があるということができる。」

と述べ、売却の方が利益があると判断しました。

しかし、老朽化の程度を踏まえた建替工事の必要性については、築40年経過していることや、耐震診断の上部構造評点が1.0以下であることを踏まえつつも、以下のように述べて否定しました。

「賃貸人は,本件建物は古く,耐震性の点からも建替えの必要があると主張する。

確かに,本件建物は,昭和47年に株式会社明電舎の社宅用として建築され,建築後約40年を経過して」いるが、「しかし,本件建物に居住するには格別の支障がなく,併せて本件建物の平成22年度の固定資産税評価額が53万2501円とされていることを考慮すれば,本件建物が大規模な修繕をしなければ居住できない状態にあるということはできない。

次に,耐震の面から本件建物を建て替える必要があるのかについてもみてみることにする。

木造建物においては,上部構造評点が0.7以上1.0未満であると地震の際倒壊する可能性があると判定されており,そうだとすると,本件建物も,地震の際倒壊の可能性があることは否定できない。しかし,本件建物の上部構造評点は0.96と1.0に近い数値である上,南北方向の耐力壁の補強により改善できるとされていることによれば,本件建物についての耐震工事は比較的容易であるというべきである。そして,その費用負担は,賃貸人である被控訴人だけが負担するのではなく,賃料の増額等により賃借人である控訴人と応分の負担をすることで対処することも可能である。したがって,本件建物の上部構造評点が1.0を若干下回っている蓋然性が高いことをもって,本件建物の賃貸借に重大な影響を及ぼす事情があるとまでは言い難い。

以上によれば,本件建物は古く,耐震性の点からも建替えの必要があるとの被控訴人の主張は理由がない。」

上記に加えて、裁判所は、賃借人側の事情については、

「賃借人は,本件建物の賃料等を遅滞することなく誠実に履行し,約19年にわたって本件建物を生活の本拠としてきており,他に転居したくない事情が存在する。」

と述べた上で、結論として、

「賃貸人側の事情としては,多額の負債があることから本件建物の敷地を利用しなければならないといった差し迫った事情はなく,また,本件建物を建て替えるまでの必要性もなく,あるとすれば,本件建物を賃貸しておくよりも本件建物を取り壊してその敷地部分を売却等して有効に利用したいという事情があるだけである。これら賃貸人側と賃借人側の事情を比較検討すると,本件建物賃貸借契約の解約には正当事由がないというべきである。」

と判断しました。

さらに、賃貸人は、賃料の約2年分の立退料の提供も申し出ましたが、この点についても、裁判所は、

「正当事由の主要な考慮要素である賃貸人と賃借人との建物使用の必要性の点等において正当事由が認め難い本件にあっては,上記金額の立退料の給付の申出の事実をもって,正当事由を補強することはできないというべきである。」

と述べて、立退き料を提供しても正当事由は認めない、と判断しました。

この裁判所の判断の肝となったのは、やはり老朽化の程度がそれほど著しくなかったことが原因と考えられます。

老朽化を判断するにあたっては、単に築年数の経過だけでは足らず、実際に倒壊の危険性があることも必要となってきますが、この点についても、裁判所としては、耐震診断における上部構造評点が単に1.0を下回っているだけでは足らず、0.7に近い数字であることが必要であるようにも解釈できます。

このように老朽化の程度が著しいとまで言えない場合には、賃貸人側としてその賃貸物件の使用や処分の必要性についてかなり高度な必要性が認められる必要(単に処分した方が利益があるというだけでは足りないと考えられます)がありますが、賃貸人がその賃貸物件を使用・処分すべき切迫した必要性があるというケースはそれほど多くはないのも実情です。

したがって、賃貸人側として、裁判を起こす場合には、老朽化の程度の見極めが重要であり、これにより立退きの成否が決せられることを肝に銘じて見通しを立てる必要があります。


2019年3月4日更新

この記事の監修者

北村 亮典東京弁護士会所属

慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。

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