【不動産仲介業者からの質問】
現在駐車場となっている土地を、住宅の戸建ての建築用の土地として売買することになりました。
かなり長期間駐車場として使用されていたようなので、その前はどのように土地が利用されていたかはわかりません。
当社が仲介して、土地の売買と引渡は無事に終わったのですが、その1年半後に、買主から
「この土地に昔建っていたアパートで、17年前に火災が発生して一人死んだらしいじゃないか」
「最初に聞いていたら、こんな土地は買わなかった」
「こんなところ薄気味悪いので、土地は転売したが買ったときより1300万円も値段が下がってしまった」
と言われました。
買主からは、心理的瑕疵だ、仲介業者の調査義務・説明義務違反だと言われ、損害賠償を請求されています。
17年も昔の火災死亡事故を調査して説明しなければならないのでしょうか。
【説明】
自然死ではない事故死などの不慮の事故が物件内において発生した場合、一般人からすれば、当該物件に対して不安感や不快感を抱くことは十分ありえます。
したがって、死亡事故が発生した物件は「心理的瑕疵がある物件に該当する」と言えますし、経済的価値が低下する事情にもなりますので、原則として仲介業者は売買の際に説明をする義務が生じます。
しかし、この過去の事故・事件について、売主や仲介業者がどこまで説明すべき義務を負うのか、またどこまで調査すべきか、という点については法律で明確な規定はありません。
裁判例でも、特に宅地の売買の場合には、明確な線引がありません(ex.8年前、20年前の事件について説明義務を負うとした判例があります)。
そのため、売主や仲介業者としては、何十年も前の事件についてまで説明しなければならないのか、いったいいつまで遡らなければならないのか、と判断に迷ってしまうのがこの心理的瑕疵の問題です。
この点については、かなりケースバイケースですので、他の裁判事例を参考にしながら考えていくべき問題というのが実際のところです。
本件の事例は、東京地裁平成26年8月7日判決の事例をモチーフにした事例です。
この事例は、17年前に発生した火災死亡事故について、心理的瑕疵に該当するか、また、仲介業者の調査・説明義務が問題となりました。
結論から言うと、心理的瑕疵、仲介業者の調査・説明義務のいずれも否定しました。
この事例で、裁判所は、まず、
「ある土地において社会的に忌み避けられるような出来事が発生してから一定の期間においては,当該土地につき忌み避けられるべき心理的欠陥があるものとして当該土地に瑕疵があるということができる場合がある。」
「当該土地の取引に関わる不動産業者は,信義則上,認識し,又は通常の取引過程において容易に認識し得た上記のような出来事の存在につき,取引の相手方に告知すべき義務があるということができる。」
「もっとも,ある土地において社会的に忌み避けられるような出来事が発生することが必ずしも一般的なことでないことからすると,不動産業者が,当該取引に関わる土地について,積極的に過去においてそのような出来事が存在しなかったかまでをも調査する義務があるということができるものではない。」
と一般論を述べています。すなわち
・忌み避けられるべき事件や事故は、一定期間は心理的瑕疵となる
・容易に認識できるような事件や事故については説明義務がある
・容易に認識できないような事件や事故について、積極的に調査する義務はない
としています。
そして、本件については、
・売買契約の約17年前に土地上に建っていた木造(防火構造)2階建ての共同住宅が部分焼損する火災が発生し,同建物に居住していた男性1名が同火災により死亡する本件火災事故が発生したこと
・本件火災事故後のまもなく同建物は全て取り壊されたこと
・本件売買契約が締結された当時,本件土地は砂利敷きの月極駐車場として使用されていた
という事実を前提として、裁判所は、
「既に17年以上が経過した過去の出来事であることに加え,本件火災事故が発生した本件土地上の建物は,本件火災事故後の平成6年4月1日頃には全て取り壊され,本件売買契約締結当時には本件土地は駐車場として使用されていたことが認められる。」
「そうすると,本件土地上に存在した建物で本件火災事故が発生し死者が出たという事実は,本件売買契約締結当時においては,相当程度風化され希釈化されていたものであって,合理的にもはや一般人が忌避感を抱くであろうと考え得る程度のものではなかったと認めるのが相当である」
と延べ、本件においては、約17年前の火災死亡事故の発生という事実は「心理的瑕疵には該当しない」という判断をしました。
また、調査・説明義務の点についても、上記の事情に加え、
・売主も仲介業者も事故の存在を知らなかった
・購入した買主自身も、購入してから1年以上経つまでこの事故の存在を知らなかった
という事情を踏まえ、
「本件売買契約当時において,本件土地の売主及び仲介業者は,通常の取引過程において,本件火災事故の存在及び本件火災事故により死者が発生した事実を知り得たということはできず,また,上記事実の存否につき調査すべきであったともいえない。」
と判断しました。
このように、本件事例では、事故がかなり昔の出来事であり、また、現在の土地の状況から火災死亡事故の存在を伺わせる兆候もなかったことを理由として売主、仲介業者の責任を否定したものです。
ただし、この事例では、裁判所は、この火災死亡事故については、
「本件土地上での本件火災事故の発生及び死亡者の発生という事実は,現在も多くの近隣住民の意識のうちに鮮明に記憶されていると主張するが,これを認めるに足りる的確な証拠はない。」
と述べていますので、逆に言えば、この事故が近隣住民の記憶に長年残るような衝撃的な事故だった場合には、結論が変わっていた可能性はあります。
以上を踏まえると、売主及び仲介業者としては、特に買主がそこに長く留まることが前提となる居住用の土地の売買に際しては、可能な限り土地の歴史については調査しておくことが無難と言えます。
2019年7月9日更新
この記事の監修者
北村 亮典東京弁護士会所属
慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。