弁護士コラム

賃貸物件で自殺が発生した場合の損害賠償の範囲

2019.11.04

【賃貸物件の大家からの質問】

私の所有する賃貸物件で、貸室内で賃借人が自殺するという事件が起きてしまいました。

かなりの悪臭が部屋全体に残ってしまっていましたので、次に貸し出すにあたって、クロス等の全面張替えやクリーニングをする必要がありました。また今後は、自殺を告知するので、賃料も安くして貸し出さざるを得ない状況です。

これらの損害について、賃借人の相続人に対して請求することは可能でしょうか。

【説明】

賃貸物件で、賃借人が自殺するという痛ましい事件が起きてしまった場合、上記のように、賃貸人には金銭的な面で損害が発生してしまいます。

人が自殺に至ってしまう事情は様々あり、また、残された遺族にとっても辛いこととなりますが、この自殺に伴って発生する賃貸人の損害については、賃借人の相続人に請求できるとするのが裁判例の傾向です。

その理由は、

「賃借人は、本件賃貸借契約に基づき、賃貸人に対し、原状回復義務を負っていたところ、これに付随する義務として、自然減耗以外の要因により目的物件(本管貸室)の価値が減損することのないように本件貸室を返還すべき義務を負っていたものと解される。そして、社会通念上、自殺があった建物についてはこれを嫌悪するのが通常であり、その客観的価値が低下することは当裁判所に顕著な事実である。そうすると、賃借人には本件賃貸借契約に基づく原状回復義務に付随する義務の債務不履行があったといわざるを得ない。」
「賃借人の遺族からすれば、賃借人を失ったことによる精神的打撃に加えて損害賠償を求められることになり、苛酷な状況におかれることになるが、法的にはやむを得ないと考えられる。」(東京地裁平成22年12月6日判決参照)

とされています。

この自殺に伴う賃貸人の損害としては、主に以下のものがあげられます。

①自殺に伴う物件の原状回復費用やクリーニング代

②賃料の低下に伴う損害

③現場の供養費用

そして、これらについて、どの程度まで損害として認められるか、という点が裁判では問題となります。

まず、①自殺に伴う物件の原状回復費用やクリーニング代については、

「自殺と関連して必要となった工事やクリーニングの費用」

が損害として認められ、自殺とは直接関連しない工事については、通常の原状回復の考え方が適用される、というのが裁判例の傾向です。こととなります。

例えば、賃借人が浴室で自殺したという事例(東京地裁平成22年12月6日判決の事例)では、ユニットバスの交換費用は自殺に関連して必要な原状回復費用として全額損害として認めましたが、その他の居室に関する原状回復費用については通常の考え方(経年劣化の考慮)を採用して損害とは認めませんでした。

他方で、賃借人の自殺により悪臭が居室全体に漂っていたという事例(東京地裁平成23年1月27日判決の事例)では、居室全体のクロスの張り替えとクリーニング費用を損害として認めています。

②将来の賃料の低下等に伴う損害について、都心のワンルームマンションの事例(東京地裁平成27年9月28日の事例)では、自殺事件による賃料の逸失利益として

・当初1年間は賃貸不能期間として賃料全額

・その後の2年間については賃料半額程度

と判断しており、これが実務上は一つの目安となると考えられます。

また、以下のように、自殺事件後の新賃貸借契約の内容や物件の状況を考慮して損害金額を認定した事例(東京地裁平成23年1月27日判決の事例)もあります。

すなわち、この事例は、学生向けの賃貸マンションで、自殺による賃貸借契約の解約から約3ヶ月後に、もともとの契約賃料8万円から約40%減額した4万6000円で新賃借人に賃貸をした、という事例ですが、この事例では、裁判所は以下のように判断しています。

(1)まず、賃貸借契約解約日から新契約が締結される日までの空室期間は、もともとの契約賃料額(月8万円)は全額損害となる。

(2)また、新契約分については、賃貸人が、マンションのその他の各貸室を、学生を対象に、賃料等合計月額8万1000円以上、賃貸期間2年の条件で賃貸していること等を総合すると、少なくとも、新契約の賃貸契約当初の2年分に加え、その翌日から学生が通常において賃貸物件を探すピークである翌年3月20日までの約5ヶ月の間の新契約の賃料等の額(月額4万6000円)と、元の契約の賃料等の額(月額8万円)との差額(月額3万4000円)については、逸失利益として認定するのが相当であり、その合計額は、98万6000円となる(3万4000円×29ヶ月)。

③現場の供養費用については、僧侶手配手数料、現場供養費用として5万円の損害を認めた裁判例があります(東京地裁平成23年1月27日判決)ので、社会的に相当と認められる程度の金額であれば、自殺と因果関係ある損害として認められると考えられます。


この記事は、2019年11月5日時点の情報に基づいて書かれています。

この記事の監修者

北村 亮典東京弁護士会所属

慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。

お問い合わせ

お問い合わせ

TEL

受付時間 :9:30~19:0003-6550-9662定休日:土曜・日曜・祝日