【賃貸人からの質問】
私は、世田谷区に2階建ての賃貸アパートを所有しています。
賃貸契約の際は、賃借人には保証会社を利用してもらっています。
この度、入居者の妻が室内で自殺するという痛ましい事件が起きてしまいました。
事件後に入居者は退去し、事件の3ヶ月後に新たな賃借人が入居しましたが、賃料は月額7万4000円だったのが、新賃借人には月4万3000円で貸さざるを得ないという状況でした。
自殺により賃料を減額せざるを得なかったということで、この損害を賃借人と保証会社に請求したいのですが、これは認められるでしょうか。
【説明】
本件は、東京地方裁判所平成26年8月5日判決の事例をモチーフにしたものです。
賃貸物件において、賃借人またはその同居人が室内で自殺等に至ってしまった場合
① 自殺等について賃借人に責任があるか
② 責任があるとし、損害賠償額はどの程度認められるか
③ 保証人(保証会社)は上記損害賠償責任を負うか
という3点が主に問題となります。
まず、「① 自殺等について賃借人に責任があるか」という点については、
・建物の賃借人は,当該建物の使用収益に際し,善良なる管理者の注意をもってこれを保管する義務を負っていること
・賃借建物内で賃借人又はその他の居住者が自殺をした場合,当該建物を使用しようとする第三者がこれを知ったときには嫌悪感ないし嫌忌感を抱くことは否定できず,そのために新たな賃借人が一定期間現れず,また,現れたとしても本来設定し得たはずの賃料額よりも相当程度低額でなければ賃貸できなくなるであろうことが容易に推測できること
・したがって,建物の賃借人は,賃貸借契約上の義務として,少なくとも賃借人においてその生活状況を容易に認識し得る居住者が建物内で自殺をするような事態を生じないように配慮しなければならないというべきである。
という理屈により、賃借人は、自身または同居人の自殺等を生じさせた場合「賃借人としての善管注意義務違反」があるとして、これによって生じた賃貸人の損害について賠償すべき義務を負うというのが、裁判実務の考え方です。
次に、賃貸物件で自殺等の事故が生じた場合の損害賠償ですが、本件事例は、都市部のワンルームアパートという事例で、裁判所は以下のように、合計で賃料の2年分相当額(ただし、中間利息は控除)を賠償すべきと判断しました。
「本件居室の相当賃料額は本件賃貸借契約と同額の7万円と認められるところ,本件事故の告知の結果,通常,1年間は賃貸不能であり,その後の賃貸借契約について,一般的な契約期間である2年間は相当賃料額の2分の1の額を賃料として設定するものと考えるのが相当である。
なお,実際には,本件事故の3か月後に本件居室に新賃借人が入居しているが,上記のとおり,事故直後に本件居室に入居することには消極的となることが一般的というべきであるから,原告の逸失利益の額の算定に当たり,新たな賃借人の入居の事実を斟酌することは適当ではない。」
「中間利息を控除した上で,原告の逸失利益を算出すると,次のとおり163万1877円となる。
1年目 7万4000円×12か月×0.9523(ライプニッツ係数)=84万5642円
2年目 3万7000円×12か月×0.9070=40万2708円
3年目 3万7000円×12か月×0.8638=38万3527円」
ちなみに、この事例では、自殺事故の約3ヶ月後に新たな賃借人が入居していますが、この点については、裁判所は以下のように述べて、損害額の判断には影響しないとしています。
「実際には,本件事故の3か月後に本件居室に新賃借人が入居しているが,上記のとおり,事故直後に本件居室に入居することには消極的となることが一般的というべきであるから,原告の逸失利益の額の算定に当たり,新たな賃借人の入居の事実を斟酌することは適当ではない。」
また、賃貸人は、自殺があった部屋の隣室と階下の部屋についても今後の賃貸に影響があると主張しましたが、この点も裁判所は以下のように述べて否定しています。
「本件居室の隣室及び階下の居室の賃料について減額をしなければならないという損害が生じた旨主張する。
本件建物の規模や構造に鑑みれば,本件居室の隣室の居住者が,本件事故について何らかの感情を抱くことは否定できない。しかしながら,本件居室の賃借人である被告Y1は,本件居室の使用収益に当たって善管注意義務を負うにすぎず,当然に他の居室の賃料額の減額について責任を負うことにならない。また,原告が本件居室以外の居室を新たに賃貸する場合,宅地建物取引業者において,賃借希望者に対して本件事故のあったことを告知する義務があるとはいえないから,新たな賃借希望者が本件居室以外の居室について賃貸借契約を辞退するなど,賃貸借契約が困難を生じることにはならない。」
3点目として、このような事件の損害賠償について、保証人(保証会社)も責任を負うかという点について、裁判所は、以下のように保証契約の内容を踏まえて保証会社の責任は否定しています。
「本件保証契約について,保証期間を本件賃貸借契約の期間と同一のものとし,保証金額を本件賃貸借契約の期間内に被告Y1(注:賃借人)が原告に対して支払うべき賃料等の総額を上限とすること,被告Y1が本件賃貸借契約に基づき負担する債務のうち賃料等の未払金の支払を保証の対象とすること,賃借人である被告Y1の責めに帰すべき事由により生じた本件居室の滅失又は毀損に係る損害賠償金は補償の対象外とすることが認められる。」
「本件事故によって原告に生じた損害は,本件賃貸借契約に基づく被告Y1の賃料等債務とは異なり,同被告の責めに帰すべき事由によって生じた本件居室の心理的な毀損に係るものというべきであるから,被告保証会社が保証すべき本件保証契約の対象ではない。」
このように本事例では保証会社の責任は否定されましたが、この点は、保証契約の内容・定め方によっては、保証会社が賠償責任まで負担する余地もあると考えられます。
なお、賃貸人は、その他、慰謝料や弁護士費用も請求しましたが、これは裁判所に否定されています。
本事例は、賃貸物件で自殺等の事故が生じてしまった場合に生じる損害賠償の問題とこれにまつわる争点について網羅的に判断しており、実務的に参考になります。
この記事は、2021年3月22日時点の情報に基づいて書かれています。
この記事の監修者
北村 亮典東京弁護士会所属
慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。