【区分マンションの買主からの相談】
家族で住むための自宅として、マンションを3100万円で購入しました。
しかし、住み始めてすぐに、隣室の住民の女性が、ベランダ等で物音がうるさいとか物が盗まれたなどと大声を出してベランダで叫ぶのに遭遇したり,私が長男を抱えているときに廊下で突然追いかけられたりするなどの迷惑行為が度々起こるようになりました。
売買契約のときの重要事項説明書等では、この隣室の住民のことは一切書かれていなかったので、仲介業者にクレームを言ったところ、告知義務違反を認め仲介手数料は全額返してくれました。
その後、何とか我慢して2年ほど居住していましたが、夫が自殺してしまった等の不幸も重なったので、このマンションを売却することにし、最終的に2950万円で売却しました。その際には、隣人の住民が迷惑行為をすることは説明しています。
マンションは売却してしまったものの、やはりこのような迷惑行為をするような隣人がいるようなマンションを普通の値段で購入させられたことは納得ができません。
欠陥があったものとして、損害賠償請求はできないのでしょうか。
【説明】
本件は、東京地方裁判所令和2年12月8日判決の事例をモチーフにしたものです。
この事案では、区分マンションの買主は、売主(売主は、当該マンションを購入してリフォームして販売した不動産業者です。)に対して、同居室の隣室の居住者による騒音や嫌がらせなどを継続的に受けており、そのような居住者が隣室に存在することは居室の「隠れたる瑕疵」に当たるとして、改正前民法570条の瑕疵担保責任による損害賠償請求権に基づき、損害金合計1023万円(売買代金3100万円の30%に相当する930万円と弁護士費用93万円の合計額)を請求しました。
もっとも、この損害額の主張は,その後の上記居室が2950万円で売却できたことから、最終的に、①積極損害(上記居室の売買代金を含む購入費用と売却後の手取額等との差額,引越費用等)451万2999円,②慰謝料300万円,③弁護士費用75万円の合計額826万2999円に変更されています。
本件では、隣室に迷惑行為を繰り返す住民がいることが、改正前民法570条の「隠れた瑕疵」にあたるかが争点となった事例です。
裁判所は、まず570条の「瑕疵」の定義について、
「売買の目的物が通常保有すべき品質・性能を欠いていることをいい,目的物に物理的欠陥がある場合だけでなく,目的物の通常の用途に照らし,一般人であれば誰もがその使用の際に心理的に十全な使用を著しく妨げられるという欠陥,すなわち一般人に共通の重大な心理的欠陥がある場合も含むと解される」
とした上で、結果として、裁判所は、本件においては隣室の住民の存在は「瑕疵」には該当しないと判断しました。
まず、隣室の住民(判決文では「C」とされています。)の迷惑行為については、
「Cは,平成23年頃から頻度にはばらつきはあるものの継続して,昼夜を問わず数分ないし10分程度,物音がうるさいとか物が盗まれたなどと大声を出してベランダで叫ぶ,ラジカセを大音量でかける,壁等を強く叩く,本件マンションの居住者に対し,携帯電話で撮影する,追いかける,意味不明な発言をする,難癖をつける,怒鳴りつけるといった迷惑行為をしていたことが認められ,Cの隣室に居住していた原告は,本件居室で生活する際に,生活音を静かにしたり,外出する際には周囲の様子を伺うなど,一定程度生活や行動に制限を受けていたことは認められる。また,Cの存在は本件居室の購入希望者(仲介業者に対して本件居室の購入につき何らかの関心を示した者。以下同じ。)に購入を断られる原因の一つとなっていたことも認められる」
と認定しました。
他方で、上記のような迷惑行為を行うCの存在は,隣室である本件居室の居住者において,心理的に一定程度その使用を制限されるものであることは否定できないとしつつも、以下のように、購入時の価格3100万円から僅かな減額(150万円)でマンションが売却できたこと等を理由に、瑕疵には当たらないと判断しました。
「本件居室については,今後の使用を前提として,賃貸物件や売却物件としての募集をかけており,仲介業者の担当者も,Cの迷惑行為の存在に関し,成約に至るか否かは購入希望者が気にする度合によるとしている。」
「また,実際にも,隣室であるCの迷惑行為の事実や原告の夫の本件居室内での死亡の事実を告知した上で,原告の購入から約3年が経過した時点で,原告の購入時の代金3100万円から150万円を減額した代金2950万円でDに売却することができている。さらに,本件居室の購入希望者がなかなか現れなかったことや,購入希望者から購入を断られたことについては,本件居室が日当たりの悪い1階に位置することや,原告の夫が本件居室内で自死したことも原因となっていたことが認められる。」
「以上によれば,上記のような迷惑行為を行うCの存在は,隣室である本件居室の居住者において,心理的に一定程度その使用を制限されるものであることは否定できないとしても,一般人であれば誰もがその使用の際に心理的に十全な使用を著しく妨げられるといえるような,一般人に共通の重大な心理的欠陥があるとまではいえない。したがって,Cの存在により本件居室が売買の目的物として通常保有すべき品質・性能を欠いているとして,民法570条の「瑕疵」があるとはいえない。」
なお、裁判所は、結果的に売却金額が購入時より150万円の減額となったことについては、
「代金の減額事由としては,購入から約3年の経年劣化,本件居室が1階に位置すること,原告の夫が本件居室内で自死したことなど,Cの存在以外の事由も考えられることからすれば,瑕疵と相当因果関係のある損害ともいえない。また,原告の夫の自死がCの迷惑行為と相当因果関係を有することについて認めるに足りる証拠はない(原告の主張においても一因とするにすぎない。)。」
と述べて、やはり隣人の住民の存在による損害には当たらないと判断しています。
本件は、結果的に、この隣人の存在を原因とした売却価格の減額が発生しなかったと考えられることを理由に、瑕疵には当たらないと判断したものと考えられます。
しかし、一般的には、迷惑行為を行う隣人の存在は、買主にとって心理的に重大な欠陥となりうる場合もありますので、このような隣人の存在については、売主において知り得たということであれば売買の際には十分に説明しておくことが無難と言えます。
この記事は2023年10月1日時点の情報に基づいて書かれています。
この記事の監修者
北村 亮典東京弁護士会所属
慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。