Q 父が財産を全て長男に相続させるという遺言が見つかりました。
相続人は次男である私と長男だけです。
私の父がこのような遺言を書いたことが納得できず、兄である長男に対して、「父の遺言は置いておいて、兄弟で話しあって遺産を分けよう」と遺産分割協議の申し入れをしていました。
しかし、兄は全く意に介してくれず、父が死んでから1年以上が経っています。
どうしようか弁護士に相談したところ、遺留分という権利がある、と言われましたが、遺留分は原則として父が亡くなってから1年以内に請求しなければならないとも言われました。
私は遺産分割協議の申し入れしかしておらず、遺留分を請求する、とは兄に言っていないため、1年以上経った今となってはもう遺留分は請求できないのでしょうか?
A 原則として、遺留分減殺請求権の行使となりませんが、例外的に行使となる場合もあります。
遺留分減殺請求権は、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から、一年間これを行わないときは、時効によって消滅するものとされています(民法1042条前段)。
したがって、遺留分を侵害された相続がなされた場合には、速やかに内容証明郵便で遺留分減殺請求の通知を送って消滅時効の成立を防ぐ必要があります。
しかし、相続開始後しばらくの間弁護士がつかなかったような事案では、遺留分の減殺請求の裁判において、死後1年間の間に遺留分減殺請求をしたか、という消滅時効の問題が争点になることが多々あります。
何もしないままに1年間が過ぎてしまっているような場合はどうしようもありませんが、ここで問題となるのは本件のケースのように遺産分割協議の申入れや遺産分割調停の申立てはしていたが、遺留分減殺請求権を行使すると明示した通知などをしていなかったような場合です。
この点について、裁判例の傾向は、遺産の分割請求と遺留分減殺請求というのは、その要件、効果を異にするので、原則として遺産分割協議の申し入れや遺産分割調停の申立てをしても遺留分減殺請求の意思表示をしたことにはならず、消滅時効は進行すると解釈されています(東京高裁平4年7月20日判決)。
しかし、例外として、
・遺言で遺産の全部について相続人の一部の者に対して相続させるとされ、
・なおかつ、遺留分減殺請求権を行使する者が、この遺言の効力を争っていない場合
には、遺産分割協議の申入れや遺産分割調停の申立てをしたことをもって、遺留分減殺請求の意思表示をしたと解釈できるとされています(最高裁平成10年6月11日判決)。
したがって、本件のケースでは、例外として遺留分減殺請求の行使があったものと認められると思います。
いずれにしても、自己の遺留分を侵害するような遺言の存在に気づいた場合には、早急に内容証明郵便で遺留分減殺請求の通知をすることが肝要です。
【判旨:最高裁平成10年6月11日第一小法廷判決】
「遺産分割と遺留分減殺とは、その要件、効果を異にするから、遺産分割協議の申入れに、当然、遺留分減殺の意思表示が含まれているということはできない。しかし、被相続人の全財産が相続人の一部の者に遺贈された場合には、遺贈を受けなかった相続人が遺産の配分を求めるためには、法律上、遺留分減殺によるほかないのであるから、遺留分減殺請求権を有する相続人が、遺贈の効力を争うことなく、遺産分割協議の申入れをしたときは、特段の事情のない限り、その申入れには遺留分減殺の意思表示が含まれていると解するのが相当である。
2015年11月30日更新
この記事の監修者
北村 亮典東京弁護士会所属
慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。