夫に先立たれ、子供もいない老婦人は一人で暮らしていました。
ある時老婦人が足を骨折して生活が大変になったことから、これを見かねた隣家に住んでいたお隣さんの女性が、老婦人の身の回りの世話をするようになりました。
そのような状態が5年ほど続きましたが、あるとき、老婦人は持病が悪化して入院することになりました。
その入院中に、老婦人の世話をしていたお隣さんは、自分の娘さんが、会社で金銭的なトラブルに遭っていたことから、娘に老婦人の財産を相続させようと考え、娘と老婦人とを養子縁組をさせることにしました。なお、この時、老婦人は認知症ではありませんでしたが、お隣さんの娘さんとは多少の面識がある程度で、交流はほとんどありませんでした。
老婦人の退院後も、お隣さんは老婦人の身の回りの世話をしましたが、養子となったお隣さんの娘さんは、特に老婦人の世話をすることもありませんでした。
養子縁組をした2年後に、その老婦人は亡くなりました。
養子となったお隣さんの娘さんは死亡の翌日には老婦人の預金の解約をするなど、速やかに財産相続手続をしました。
その後、老婦人の関係者は、
「お隣さんの娘との養子縁組は、財産目当てだから無効だ!」
と主張して、養子縁組無効の裁判を起こしました。
このような訴えは認められるのでしょうか。
財産目的があったとしても無効とはなりませんが、親子としての交流が全く無いよう場合は、養子縁組は無効となります。
【以下、お読みになられる前に注意】*2017年2月7日追記
最高裁判所平成29年1月31日判決で、節税目的の養子縁組の有効性について、
「相続税の節税のために養子縁組をすることは,このような節税効果を発生させることを動機として養子縁組をするものにほかならず,相続税の節税の動機と縁組をする意思とは,併存し得るものである。したがって,専ら相続税の節税のために養子縁組をする場合であっても,直ちに当該養子縁組について民法802条1号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとすることはできない。」
と判断しました。
上記判断が、今後の養子縁組の有効性の判断に影響を及ぼす可能性があることにご留意いただき、以下お読みください。
ご老人が亡くなって相続が発生した時に、その方の戸籍謄本などを調べると、生前にさしたる交流もなかったのに死亡の直前に養子縁組がなされていたり、弱っている老人に迫って財産目当てと思われるような養子縁組がなされていたり、というケースを目にすることがあります。
このような場合、その老人と身分関係がある者(「養子縁組の無効により自己の身分関係に関する地位に直接影響を受ける者」と言います。)は、養子縁組無効の訴えを提起することができます。
しかし、一度届出がなされてしまっている養子縁組、しかも、養親はすでに亡くなっているという場合でも、その無効主張は認められるのでしょうか。
本件は、大阪高等裁判所平成21年5月15日判決の事案をモチーフにしたケースですが、このケースで、裁判所は、
「「縁組をする意思」(縁組意思)とは、真に社会通念上親子であると認められる関係の設定を欲する意思をいうものと解すべき」
とした上で、
「親子関係は必ずしも共同生活を前提とするものではないから、養子縁組が、主として相続や扶養といった財産的な関係を築くことを目的とするものであっても、直ちに縁組意思に欠けるということはできない。」
と言いつつも
「当事者間に財産的な関係以外に親子としての人間関係を築く意思が全くなく、純粋に財産的な法律関係を作出することのみを目的とする場合には、縁組意思があるということはできない。」
と結論付けました。
そして、本件においては、
・養子縁組の前には、老婦人と養子が全く交流がなく、両者の間に親子という身分関係の設定の基礎となるような人間関係は存在していなかったこと
・養子縁組がされた後も、両者が親族として交流した形跡は全くなく、上記のような関係は基本的に変わっていなかったこと
・養子が、老婦人の死亡の翌日から速やかに財産相続手続を行ったこと
を理由として、
「身寄りのないの老婦人の財産を養子に相続させることのみを目的として行われたものと推認するほかはない。」
と判断して、養子縁組の無効を言い渡しました。
この判決を踏まえると
①養子縁組は、相続や扶養といった財産目的があっても良い
②養子縁組をしても、同居までする必要はない
③しかし、全く交流もないという状況が養子縁組の前後で続いている場合は、養子縁組は無効
ということになると考えられます。
養子縁組無効のご相談をお受けすることは多いですが、①、②までは認められても、③まで認められるような事案は少ないように実感しています。
ですので、この大阪高裁の事案に照らせば、養子縁組が無効とされるケースというのはかなり少ないのではないかと思います。
2015年11月30日更新
この記事の監修者
北村 亮典東京弁護士会所属
慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。