Q 夫が不倫をして家を出ていってしまいました。その後、夫は私に対して執拗に離婚を求めてきています。今離婚してしまうと私の生活も立ち行かなくなってしまいますので、絶対に離婚はしたくない、と拒んでいるのですが、夫は裁判してでも離婚する!と強硬な態度に出てきています。このまま別居が続けば、夫からの離婚の請求は認められてしまうのでしょうか?
A 別居期間が最低でも6~8年間以上ないと、離婚の請求は認められません。
夫が不倫をして家を出ていってしまった、そして、その後、夫から妻に対して離婚を求めた場合、このような夫の離婚の請求は裁判で認められるのか、という問題があります。
夫の行動はとても身勝手な行動ですので、これで簡単に離婚が認められては妻は悲惨極まりない結果となってしまいます。
このような離婚の請求のことを「有責配偶者からの離婚請求」といい、裁判実務においては「信義に反するもの」であるとして離婚請求が認められないのが原則です。
昭和の時代は、このような「有責配偶者からの離婚請求」は一部の例外を除いて認められなかったのですが、昭和62年に有名な最高裁判所の判決が出てから、一定の事情があれば認められるようになって来ました。
昭和62年の最高裁判所の判決は、有責配偶者からの離婚請求であっても、夫婦関係が完全に破綻しているという実情がある場合、離婚の請求が「信義に反するものではない」と言えれば、離婚請求は認められる、と判断して、一定の場合に離婚を認めるという立場を明らかにしました。
では、離婚の請求が「信義に反するものではない」、ということを判断するにあたって、どういう要素が考慮されるのでしょうか。
昭和62年の最高裁判所の判決は、以下に述べる3つの要素を中心に検討すべきと述べました。現在までこの3つの要素が重視されています。
①夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及んでいるか
②相手方配偶者が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれることがあるか
③離婚を認容することが夫婦間の未成熟の子の福祉を害するか、というものです。
この3つの要素を総合的に考慮して、離婚を認めることが信義に反するかどうかということを判断するのが現在の裁判実務です。
そして、離婚が認められるかどうか判断するための要件の中で、最初のハードルとも言うべき要件が別居期間の長さです。
別居期間が短すぎる場合、それだけでほぼ離婚請求は裁判所にはねられてしまいます。
例えば、夫婦が同居していた期間が6年半程度で、他方別居期間が2年4ヶ月というケースでは、離婚請求は裁判所に認められませんでした(最高裁判所平成16年11月18日判決)。
最高裁判所の判例で、有責配偶者からの離婚請求が認められた最短の別居期間は約8年です(最高裁判所平成元年3月28日判決)。
したがって、一般的には弁護士が有責配偶者からの離婚請求について法律相談を受けた場合に、離婚が認められるために必要な別居期間については「8年程度」という回答をすることが多いと思われます。
もっとも、8年別居していたからといって、離婚が認められるとも限らないのがこの問題の難しいところです。
別居期間が15年以上に及んでいても離婚が認められなかった、というケースもあります(東京高等裁判所平成20年5月14日判決)。
では、最短ではどれくらい別居期間で離婚が認められているのでしょうか。
公表されている裁判例を調査した限りでは、「約6年間」というのが最短のようです(東京高裁平成14年6月26日判決、東京地裁平成15年6月12日判決)。
なお、ここでいう別居期間の6年間というのは、別居をしてから裁判所での審理が終わるまで(口頭弁論終結時といいます。)の期間になります。裁判所での審理というのは、このような離婚自体を争うようなケースでは最低でも1年以上はかかりますので、その期間を差し引くと、別居してから裁判を起こすまでに約4~5年間の期間は待つ必要があるということになります。
東京高裁平成14年6月26日判決のケースは、不倫をした夫が、妻に離婚を求めたというケースで、別居期間6年で離婚を認めています。
このケースは、
・妻も一時期不倫をしていると疑われるような言動をしておりそれがさらに不仲の原因となったこと
・夫は自宅建物を妻に分与し、住宅ローンの残債も完済するまで全て払い続けることを約束していること
・夫婦の間に未成熟子がいないこと
など夫側にかなり有利な事情がありました。そのため、6年間という別居期間でも離婚請求が認められたと思われます。
東京地裁平成15年6月12日判決のケースは、同じように不倫をした夫から妻に離婚を求めたというケースで、別居期間約6年で離婚を認めています。
しかし、このケースでは夫側に有利な事情としては
・不倫が発覚した後、妻が夫を家から追いだして同居を拒否し続けたこと
・子どもはいずれも成人していること
といった程度の事情しかないものの、夫からの離婚請求を認めています。
離婚の際の財産的な給付をどれだけ妻に与えられるか、というのも重要な要素ですが、この点についてこのケースでは、
「被告は原告に対し慰謝料請求権及び離婚後は財産分与請求権を有しており、原告にもその意思があること」
といった程度の認定しかしておらず、具体的な金銭条件が全くわかりません。
もしかしたら、かなりの好条件の提案を夫側からしていたかもしれず、それと相まって離婚が認められたのかもしれません。
いずれにしても、有責配偶者からの離婚請求が認められるために最低限必要な別居期間について、現在の裁判例の一つの水準は「約6年~8年間以上」と言えるでしょう。
【判旨:東京地裁平成15年6月12日判決】原告:夫、被告:妻
「原告と被告は、平成9年6月12日以降今日まで、被告が同居を拒否しているため、別居している。そして、本件の事実経過からみて、被告が原告との同居を拒否していることは妻である被告の心情として無理からぬ面もある。
この別居について被告の供述とその陳述書(乙2)中には、今でも原告への愛情がありやり直したいと思っているが、今すぐに同居する気持ちにはなれない、その理由は、原告の女性問題はすぐには直らないこと、子供達が原告との同居をいやがっていること、原告と性交渉を持つ気になれないことをあげ、いずれ原告が女性関係を持つことがなくなり、子供達も原告を受け入れるようになったら同居に応ずる旨の部分がある。
しかし、被告は、これまで一貫して原告との同居を拒否し続けていること、今でも原告からの電話には出ていないこと(被告の供述)、原告との同居の時期を問われて「子供や私の精神的な状態が立ち直ったとき」と答えており、その明確な時期はわからない旨供述していることと、被告が原告の女性問題に悩まされ相当のストレスを受けたとの本件の事実経過から考えて、被告は、いまなお原告のこれまでの女性問題について気持ちの整理がつかず原告を受け入れることができないものと推認される。このことと、これまでの別居期間、原告の意思、被告が今なお原告との同居の時期を決断して明言することができないでいることからみて、原告・被告間の婚姻関係が正常な姿に回復することは極めて困難であり、したがって、遅くとも本件口頭弁論終結時には両者間の婚姻関係が破綻していたと認められる。
(2) 本件の事実経過からみて、婚姻関係破綻の原因は主として原告の女性問題にあり、原告はいわゆる有責配偶者である。
しかし、原告・被告間の2人の子は、いずれも成年に達しており、別居期間も被告の同居拒否により6年近くと長期間に及んでいる。そして、原告が別居後被告にほぼ毎月生活費を送金してきたこと、被告は原告に対し慰謝料請求権及び離婚後は財産分与請求権を有しており、原告にもその意思があること(原告の供述)、被告が離婚を拒否しているのは経済的な問題が主要な理由ではないこと(被告の供述)から考えて、被告が原告と離婚することにより被告の生活が全く立ちゆかなくなるとは認め難い。
したがって、原告が有責配偶者であることを理由にその離婚請求を否定すべき場合には当たらない。
3 したがって、原告の請求は理由があるから、認容する。」
2015年11月30日更新
この記事の監修者
北村 亮典東京弁護士会所属
慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。