・建築工事業者に資材等を売却して売掛金を有しているが、その建築工事業者が代金を支払わない
・元請けの建築工事業者が請負代金を支払わない
上記のような場合に売掛金(代金)を回収するためには、民事裁判を起こして裁判所から判決をもらい、それをもとに強制執行する、というのがごく一般的な流れです。
強制執行には、大きく分けると、以下の2つがあり、どちらの手段で進めるかをまず検討します。
①不動産を差押えて競売にかけるという不動産強制執行
②相手の工事業者の有している預金や、他の業者に対する売掛金といった債権の差押え
代金を支払わないような工事業者の場合、不動産を持っていないか、持っていても抵当権などの担保がついていて差押えてもあまり意味が無いというケースが多いですので、②の預金や工事代金などの債権の差押えを検討することになります。
債権を差し押さえる場合、法律的に重要なのは、
その債権をどこまで特定する必要があるか
ということです。
例えば、預金を差し押さえる場合、銀行名と支店名を特定する必要があり、支店を特定せずに裁判所に申し立てをしても却下されてしまいます。
では、その工事業者が他の業者に対して有している工事代金などを差押えたいという場合は、どこまで特定すればよいでしょうか。
差押債権の特定性に関しては、最高裁平成23年9月20日決定があります。この最高裁は、債権者が、銀行の支店名を特定せずに、ある銀行の全ての支店を対象として順位をつけて差押をしたという事案でした。
この事案に対しては、以下のように述べています。
①「民事執行規則133条2項」「の求める差押債権の特定とは、債権差押命令の送達を受けた第三債務者において、直ちにとはいえないまでも、差押えの効力が上記送達の時点で生ずることにそぐわない事態とならない程度に速やかに、かつ、確実に、差し押さえられた債権を識別することができるものでなければならない」。
②「債権差押命令の送達を受けた第三債務者において一定の時間と手順を経ることによって差し押さえられた債権を識別することが物理的に可能であるとしても,その識別を上記の程度に速やかに確実に行い得ないような方式により差押債権を表示した債権差押命令が発せられると,差押命令の第三債務者に対する送達後その識別作業が完了するまでの間,差押えの効力が生じた債権の範囲を的確に把握することができないこととなり,第三債務者はもとより,競合する差押債権者等の利害関係人の地位が不安定なものとなりかねないから,そのような方式による差押債権の表示を許容することはできない。」
③「本件申立ては,大規模な金融機関である第三債務者らの全ての店舗を対象として順位付けをし,先順位の店舗の預貯金債権の額が差押債権額に満たないときは,順次予備的に後順位の店舗の預貯金債権を差押債権とする旨の差押えを求めるものであり,各第三債務者において,先順位の店舗の預貯金債権の全てについて,その存否及び先行の差押え又は仮差押えの有無,定期預金,普通預金等の種別,差押命令送達時点での残高等を調査して,差押えの効力が生ずる預貯金債権の総額を把握する作業が完了しない限り,後順位の店舗の預貯金債権に差押えの効力が生ずるか否かが判明しない」
この「差押債権の特定性」が具体的に問題となった事例が福岡高裁平成24年6月18日決定の事例です。
この事例は、債権者が、債務者の有する工事代金を差し押さえようとしたのですが、おそらく工事の相手方は把握していたものの個別の工事を特定することができなかったので、以下のように債権を特定して裁判所に差押えの申し立てをしました。
(1)債権の種類、発生原因
「債務者と第三債務者との間の舗装工事の設計、積算、施工、監理及び監督業務、建設工事の設計、積算、施工、監理及び監督業務、上記に附帯する一切の業務に関する契約」
(2)債権の発生年月日
「債務者が平成21年12月1日から平成24年3月30日までの間に施工した工事等の請負代金債権のうち、支払期の早いものから頭書金額に満つるまで」
このような申立てについて、裁判所は却下する決定を下しました。
その理由は以下の通りです。
「本件の差押債権は、概略として、一定期間内に施工を行った工事等に限定されているものの、債務者Y社の目的を対象とした請負債権であって、支払期の早いものから一定の金額に満つるまでというものである。しかるとき、支払期限が同日のものが複数存在する可能性を否定することはできないので、本件のような差押債権の表示では、特定されているとはいえない。」
「また、本件のように請負債権を順位付けする方法で包括的に差し押さえようとする場合には、一次的には、第三債務者が、自ら保管する帳簿等の資料に基づき各債権に対する差押えの額を判断しなければならず、一つの債権についての存否ないしその金額の判断を誤ることが、後順位の債権についての差押えの範囲の誤りに波及することになる上、債権の順序自体についても判断を誤るリスクを第三債務者に負わせることになるといわざるを得ず、その作業は第三債務者にとって容易ではない。」
「かような観点からすると、債権差押命令の送達が第三債務者になされた場合、差押えの効力が送達の時点で生ずることにそぐわない事態とならない程度に速やかに、かつ、確実に、差し押さえられた債権を識別することができるように、少なくとも基本契約が締結されているのであれば基本契約の、基本契約が締結されていないのであれば、一つ一つの契約の、締結時期、契約内容の概要、請負契約の具体的種類による特定程度はすべきである。」
「本件のように債務者の目的のすべてを対象とする請負債権を差押債権とする債権差押命令の申立てが許されるとなると、債権者は、債務者の具体的な請負債権の存在について調査の労力を負担することなく、その取引相手と思料される業者を第三債務者として債権差押の申立てをすることが可能となる。その結果、第三債務者は、請負債権の有無や内容に関する調査をすることになるが、これは、第三債務者に債権者に比して煩雑で相当な負担をかけることになる。したがって、債権者の便宜のみを優先させることになる本件のような差押債権目録の記載は特定を欠くといわざるを得ない兵士絵
「抗告人、債務者Y社、第三債務者らのいずれも建築工事関係者である。そのうえ、請求債権は、公正証書正本に表示された道路資材製品等の売掛金代金債権等である。そうすると、抗告人は、同じ業界の債務者Y社の情報については接する手段がないとはいえず、また、平成二二年一〇月一五日付公正証書の作成時ないしその後において、債務者Y社から、当時の仕掛かり工事の内容や、将来受注する予定の請負工事の内容等の情報を得ることは可能であったものである。かように債務者Y社の請負工事内容の調査が著しく困難であったとは認め難い抗告人において、債権の特定のために何らかの調査をしたという事実が窺われない本件においては、これ以上の特定を求めることが、抗告人に対し不可能を強いるものであるなどということはできない。」
以上の裁判例に対しては、
「本件申立てのように、差押債権の表示につき、単発的な契約であるか継続的な契約であるか明らかにされず、発生原因たる契約の内容をほとんど特定しないような申立てがされることは実務上も稀であり、本決定の結論については異論がない。」という評価がされており、概ね妥当と言えます。
したがいまして、工事代金を差し押さえるためには、以下に留意する必要があります。
①単発的な契約であれば、契約の日時及び契約の目的(仕事の内容、場所等。工事代金であれば、工事名又は工事の場所、工期、代金等)を表示する必要がある。
②基本契約のある継続的な契約であれば、基本契約の内容を特定した上で、ある特定の支払時期以後の請負代金を差押える旨を明示する必要がある。
上記の情報の取得にあたっては、可能な限り同業者などから情報を得たり、建築現場に掲げてある標識を確認するなどして工事を特定する必要があります。
2016年1月7日更新
この記事の監修者
北村 亮典東京弁護士会所属
慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。