弁護士コラム

遺留分減殺請求後に、対象の不動産を処分されてしまった場合の対処法

2016.02.25

【注意】

平成30年7月の相続法改正により遺留分侵害請求権が金銭債権の請求権とされたことにより、本事例の争点の考え方については、改正法施行後は取り扱いが変わることにご留意ください。

・長男と次男が相続人で、遺産は不動産しか遺されていなかった
・「不動産は長男に相続させる」という遺言が遺されていた

このような不公平な遺言が遺されていた場合、納得出来る理由がなければ次男としては感情的に受け入れ難いものです。

では、次男としてどうすべきかということとなると、まずは長男に対して遺留分減殺請求を検討すべきこととなります。

この場合には、ごく簡単にいえば、次男の遺留分割合は遺産の4分の1となりますので、遺留分は遺産たる不動産の4分の1について生じることとなります。

そこで、次男としては、長男に対して

「不動産の持ち分の4分の1を登記せよ」

と主張します。

また、交渉の進め方として「不動産の価格の4分の1相当額を支払え」と求めることも可能です。ただし、法律上は、価格弁償の請求は遺留分権利者からはできないのが原則です(この点は、こちらの記事で詳しく解説しています)。

次男からの遺留分の請求に対して協議が進めば良いのですが、長男が移転登記にも代償金の支払にも応じずに、その不動産を他の第三者に売却処分してしまう、という場合も起こりえます。
このような場合、次男は自分の遺留分を確保するためにどのような手段をとれるのでしょうか。

この場合の次男の権利保護の方法については、東京地裁平成3年7月3日判決が判断しています。

同判決は

「遺留分権利者である原告が遺留分減殺の意思表示をなした後、受遺者である被告が、遺留分減殺の対象となった財産を第三者に売却処分した場合については、」「不法行為の要件を充たす場合に限り、損害賠償の請求ができるにとどまると解すべきである。」

と述べています。

要するに、受遺者が遺留分権利者を害することを認識して不動産を売却処分した場合には、遺留分権利者は不法行為が成立し損害賠償を求めることができる、のです。

この場合の損害額については、遺留分減殺によって遺留分権利者が取得した共有持分割合の価格が損害であるとされています。

したがって、仮に遺産たる不動産を処分されてしまったとしても、結論としては遺留分割合に相当する不動産の価格については損害賠償として請求できますので、遺留分権利者の権利が無くなることはありません。

もっとも、損害賠償請求が可能であるとしても、相手が財産の隠匿などを行い、支払にも応じない、さらに裁判所の判決にも従わない、という極めて悪質なケースの場合には、回収が困難になるおそれもあります。

特に不動産は、差押などの執行が容易ですが、不動産を売却処分して流動資産に変えられてしまった後は、その捕捉はなかなか難しいのが現状です。

したがって、受遺者において、不動産を売却して、さらに価格弁償も踏み倒そうと言うような悪質な対応が予想される場合には、遺産たる不動産について、予め処分禁止の仮処分の申立を行って、権利を保全しておくということも検討すべきです。


東京地裁平成3年7月3日判決

「遺留分権利者である原告が遺留分減殺の意思表示をなした後、受遺者である被告が、遺留分減殺の対象となった財産を第三者に売却処分した場合については、原告は、民法一〇四〇条一項本文の規定により、被告に価額弁償を求めることはできず、不法行為の要件を充たす場合に限り、損害賠償の請求ができるにとどまると解すべきである。

すなわち、遺留分減殺請求権は形成権と解すべきであり、減殺の意思表示がなされた時点で遺留分侵害行為はその部分の限度で遡及的に効力を失い、不動産については受遺者と遺留分権利者がそれぞれの持分割合で共有する関係に立つことになるから、それ以後は右によって新たに形成された権利関係を基礎にして物権・債権的な関係を生ずるに過ぎず、更に遺留分に関する民法の規定を適用する余地はないと解すべきであり(なお、民法一〇四〇条一項が「減殺を受けるべき」と規定し、「減殺を受けた」と規定していないことも、減殺の意思表示後の権利移転等の場合には適用されないことを示しているとみることができる)、本件のように、受遺者が遺留分権利者の持分部分を含めて当該不動産を売却した場合には、共有持分権者の一人が他の共有者の持分を含めて共有物全部を売却した場合と解すべきであって、一〇四〇条の適用を認めることはできないということができる。

そこで、不法行為の成否につき検討するに、権利を譲り受けた第三者と遺留分権利者の関係は、登記の有無によってその優劣を決すべきであり、右第三者が先に登記を経た場合には、遺留分権利者は遺留分減殺に基づく権利移転を第三者に対して主張できなくなるところ、本件では、権利を譲り受けた第三者である訴外会社は既に移転登記を経ており、原告は、訴外会社に対して遺留分減殺によって取得した持分権を主張することができなくなったこと、被告は、遺留分減殺の意思表示を受け、本件土地及び本件建物の持分の一部が原告に移転したことを知りながら本件土地及び本件建物を訴外会社に売却しており、原告の権利を侵害するについて故意又は過失があったことは明らかであるから、不法行為が成立し、原告が被った損害を賠償する義務があるというべきである。そして、損害額については、遺留分減殺によって原告が取得した共有持分割合の価格が損害であるとみるべきであり、本件土地及び本件建物の価格の合計額二億八四八〇万円に対する二億八九三八万五一七三分の一九五三万〇四三一の割合である一九二二万〇九八〇円(一円未満切捨て)が原告に発生した損害と認めることができる。」


2016年2月25日更新

この記事の監修者

北村 亮典東京弁護士会所属

慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。

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