Q 離婚後もしばらく夫の姓を名乗っていましたが、子供も独立したので元の姓に戻りたいと考えています。可能でしょうか。
A 家庭裁判所に氏の変更許可の申立てを行い、氏の変更に「やむを得ない事由」があれば、変更が認められます。
夫婦が離婚した後、離婚した配偶者は、そのまま婚姻時の姓を名乗り続けるか(婚氏続称といいます)、結婚前の姓(旧姓)に戻るかを選択することとなります。
離婚時に、婚姻時の姓をそのまま使用することを選択したとしても、その後に時間が経ち「婚姻前の姓に戻りたい」と考えることも起こり得ます。
例えば、離婚した夫婦で、妻が離婚後も、子どもの姓が変わることを避けるために婚姻時の姓(夫の姓)を名乗り続けることを選択し、その後に子どもが成人したので、自分は元の姓に戻りたいと考えるようになった場合、どうすればよいのでしょうか。
旧姓に戻りたいと考えた場合、家庭裁判所に
「氏の変更許可申立て」
という手続を行う必要があります。
しかし、家庭裁判所に申し立てをしたからと言って、当然に旧姓に戻ることが認められるわけではありません。
戸籍法107条という法律があり、以下のように規定しています。
「第107条 やむを得ない事由によつて氏を変更しようとするときは、戸籍の筆頭に記載した者及びその配偶者は、家庭裁判所の許可を得て、その旨を届け出なければならない。」
すなわち「やむを得ない事由」がなければ、氏の変更は認められない、というのが法律の規定となっているのです。
なぜかと言いますと、氏というのは、個人の識別手段として社会的に重要な意義を有しており、その氏が安易に変更されると社会は混乱することから、安易な変更を認めない、というわけです。
そこで、この申し立てを行うにあたっては、
いかなる場合に「やむを得ない事由」があるといえるか
という点が問題になるのです。
一般論で言えば、離婚後も同じ性を名乗っている期間が長ければ長いほど、呼称秩序の維持という観点から、旧姓に戻ることは認められにくいとも言えます。
他方で、その期間の長さだけで決めるのではなく、離婚時に、そのまま同じ性を名乗ることを選択した理由や、なぜ氏を変更したいのか、という必要性なども考慮して氏の変更を認めるべきである、という考え方もあります。
この点について参考になるのが、東京高裁平成26年10月2日判決の事例です。
この裁判例は、妻が、離婚した後も子どもの姓が変わるのを避けるために婚氏を続称し、それから15年経ち、子供が大学を卒業して独立したので婚姻前の姓に戻りたいとして、家庭裁判所に氏の変更許可の申し立てをした、という事例です。
この事例で、家庭裁判所は、その申し立てを却下しましたが、高等裁判所は家庭裁判所の決定を覆して、戸籍法107条Ⅰ項の「やむを得ない事由」があるものと認めるのが相当である、として氏の変更を認めました。
その理由としては以下の理由を述べています(以下妻をⅩとします。)
・Ⅹは,離婚後15年以上,婚姻中の氏である「○○」を称してきたのであるから,その氏は社会的に定着しているものと認められる。
・しかし,Ⅹが,離婚に際して離婚の際に称していた氏である「○○」の続称を選択したのは,当時9歳であった長男が学生であったためであることが認められるところ、長男は,平成24年3月に大学を卒業した
・Ⅹは,婚姻前の氏である「△△」姓の両親と同居し,その後,9年にわたり,両親とともに,△△桶屋という屋号で近所付き合いをしてきた
・Ⅹには,妹が2人いるが,いずれも婚姻しており,両親と同居しているⅩが,両親を継ぐものと認識されている
・長男は,Ⅹが氏を「△△」に変更することの許可を求めることについて同意していること
これらの理由から、東京高裁は、離婚後婚氏の続称が15年間続いていた事例において氏の変更を認めました。
氏の変更について、特に婚氏続称の期間が長い事例について、公表されている裁判例は少ないため、このような事例はとても参考になります。
2016年5月6日更新
この記事の監修者
北村 亮典東京弁護士会所属
慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。