公証人が訴訟において遺言能力に問題ない旨の証言をしたものの、公正証書遺言が無効と判断された事例

遺言を書いた当時、その本人に「遺言能力」が無かったと認められるような場合、その遺言は無効となります。

この「遺言能力」とは、その本人が遺言の内容をしっかり理解できるだけの知的判断能力のことを言います。

したがって、重度の認知症等で判断能力が著しく低下した方が遺した遺言書では、この遺言能力が否定されることになります。

この遺言能力が有ったか否かの判断は、裁判で争われる場合、遺言作成当時の医学的資料から推測される遺言者の認知状態を重視しつつ、以下の要素も総合考慮して判断されます。

・遺言者の年齢

・当時の病状

・遺言してから死亡するまでの間隔

・遺言の内容の複雑さ(本人に理解できた内容であったか)

・遺言者と遺言によって贈与を受ける者との関係

これは、公証人が立ち会って作成する公正証書遺言の場合も同様です。

公正証書遺言の場合、公証人が遺言作成の際に遺言者と面談しますので、「重度の認知症で明らかに認知能力を欠く者の遺言を公証人が作成することはないのではないか」という事実上の推定のようなものが働きますが、それでも、遺言能力の有無は、上記の要素に照らして判断されるという点では自筆証書遺言の場合と変わりはありません。

なお、訴訟で遺言能力が争われた場合に、「遺言が有効である」と主張する側から公証人を証人として申請して、法廷で公証人が証言するという事例もあります。

この公証人の証言の内容がどのように裁判所に評価されるかは、ケースバイケースになりますが、たとえ、公証人が「遺言能力に問題はなかった」と裁判所で証言しても、それがそのまま裁判所に受け入れられるとは限りません。

この点について判断をしたのが、東京高等裁判所平成29年8月31日判決(「家庭の裁判と法」第19号67頁)の事例です。

この事案は、遺言者が遺言を作成した当時

・アルツハイマー型認知症と診断され6年経っていた

・長谷川式簡易スケールは安定的に低い数値(7~10点)で推移していた

・かかりつけ医が遺言作成の2週間前に作成した診断書において、自己の財産を処分・管理できない(後見相当)と指南していたこと

・遺言作成の2ヶ月前に任意後見契約公正証書を作成しているが、遺言作成時には2ヶ月前に公正証書を作成したことや公証人と有ったことすら覚えていなかったこと

・遺言の内容も複雑(複数の不動産(16筆)と金融資産(預貯金だけで32口の口座)を4人の子、義理の妹、6人の孫に傾斜をつけて分配するというもの)

という事情を総合考慮して、遺言能力は無かったので公正証書遺言は無効であると判断しました。

この事案では、公証人が証人として、遺言作成時の遺言者と公証人との間で遺言内容についての具体的な発言ややりとりについて証言をし、遺言能力は問題なかったとも証言をしています。また、公証人は年間300件の遺言書を作成しており、その日に業務日誌も作成しているが(証拠で提出)、本件については問題事案であるとの認識はなかった、とまで証言していました。

しかし、判決では、上記の公証人の証言について概要以下のように述べて、遺言能力を肯定する根拠とは認めませんでした。

「この点について、公証人は、遺言者の遺言能力に問題はなかった旨供述するが、その根拠とするところは、公証人が認識した遺言者の目、態度、話しぶり等にあり、遺言者がその場にいる相手に迎合的な言動を取っているにすぎない可能性を排除できるものではない上、公証人は、遺言者が受検したHDS-Rの結果等を知らなかった(公証人は、HDS-Rが10点前後であれば、遺言公正証書は2対1ぐらいの割合で作成できないことの方が多いとも供述している。)だけでなく、相続人の一人からは事前に、遺言者の遺言能力や口述能力に問題はないと告げられており、高齢者の遺言能力には一般的に注意が必要であるということ以上には、遺言者の遺言能力の有無に対する問題意識そのものを有していなかったのであるから、公証人の供述を遺言者の遺言能力があるとの根拠とすることはできない。」

以上のように、公証人が遺言能力について問題ないと考えていたとしても、具体的に公証人が遺言者の状態についてどのような認識を持って遺言の作成に臨んでいたか、どのような前提情報を得ていたか、という点が問題であるということを改めて示した裁判例であると言えます。


この記事は、2020年5月21日時点の情報に基づいて書かれています。