弁護士コラム

借主が貸室内の補修工事への協力を拒んだことを理由として、賃貸借契約の解除が認められた事例

2020.06.27

【ビルオーナーからの質問】

当社は、7階建ての賃貸ビルを所有しています。

このビルは、各階の天井部分に、上階に位置する貸室の排水管がむき出しで配置されている構造となっています。そのため、賃借人との契約では、特約で「本件建物の天井部分(上階使用の上下水道管の配管)の配管点検,修理を行う場合は,借主は無条件にて協力(室内の立ち入り及び工事の協力等)する」と定めています。

 

今回、2階の排水管の補修を行う必要が生じたため、1階の貸室部分の借主に対して補修工事に協力して欲しいという申し出をしました。補修工事は2日間の予定でした。

しかし、1階の借主(デザイン事務所)の代表者が気難しい人でなかなか応じてもらえず、最終的には、補修工事に協力する条件として以下の条件5つを提示してきました。

①工事を土日に行うこと,②工事に賃貸人の会社の代表者が立ち会うこと,③事故が起きた際には賃貸人が責任を負うことを明らかにした文書を提出すること,④借主代表者が工事に立ち会うことの日当として3万円(1日1万5000円×2日)を支払うこと,⑤借主の従業員が机やパソコンといった備品類や床に置いてある書類等を移動させることの日当として20万円(1日10万円×2日)を支払うこと

 

我々としても、譲歩し、①と③につき了承し,②についても,こちらの代表者が本件工事に立ち会う必要はないため,何かあった場合には連絡を取れるような状態にしておくとの提案をしました。

しかし、④と⑤については,養生を行うので備品類の移動を行う必要はなく、脚立を立てるための足場を確保するために床に置いてある書類等の移動が必要になる程度でしたので、日当の支払いは拒否したところ、やはり借主は補修工事への協力を拒否してきました。

 

あまりにも借主の対応が理不尽なため、信頼関係が破壊されたとして、こちらから賃貸借契約を解除する旨の通知を行いました。

当社の主張は認められるでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所平成30年4月5日判決の事例をモチーフにしたものです。

貸主側は、借主が排水管の補修工事に条件を付けて協力を拒んだことについて、本件特約(排水管の工事に無条件で協力する旨の特約)と民法上の修繕工事受忍義務に違反したとして、賃貸借契約の解除を主張しました。

この事案で問題となったのは、

① 無条件で修繕工事に協力する旨の特約が定められている場合に、賃借人はこれに従わなければならないのか

② 借主が補修工事への協力を拒んだことが、賃貸借契約解除の理由となるか

の2点でした。

まず①の点について、裁判所は、

「借主が賃借使用している建物内で工事を行うのであり,借主において相応の負担を伴うものである以上,本件特約1において,借主は無条件に排水管の工事に協力する旨が定められているとしても,借主が貸主に対して社会通念上相当な範囲で工事の内容や条件につき協議を求めることが即否定されるべきものとは解されない。」

と述べ、無条件で修繕工事に協力する旨の特約があっても、借主にはその条件について協議を求める権利があることを認めています。

次に②の点については、裁判所は、以下のように述べて、借主の不合理な対応によって信頼関係は破壊されたとして賃貸借契約の解除を認めました。

「借主が最終的に本件工事に求める条件は,

①被告の営業日外である土日に行うこと,

②本件工事に原告代表者が立ち会うこと,

③本件工事によって被告に損害が生じた場合に原告が責任を負う旨を書面で明確にすること,④被告代表者が本件工事に立ち会うことの日当として3万円(1日1万5000円×2日)を支払うこと,

⑤被告の従業員が机やパソコンといった備品類や床に置いてある書類等を移動させることの日当として20万円(1日10万円×2日)を支払うことであると認められる。」

 

「また,これに対する原告の回答は,

①本件工事は土日に行う,

②原告代表者が本件工事に立ち会う必要はないため立会いは行わないが,事故が起きた場合には不動産業者が対応できるようにしておく,

③本件工事の責任を原告が負うことを明確にする内容の和解について検討可能である,

④,⑤日当を支払うことはできない

というものであることが認められる。」

 

「そうすると,②,④及び⑤の点が問題となるところ,②につき,原告代表者が本件工事に立ち会わなければならない理由はないし,④,⑤につき,本件工事においては,机やパソコンといった備品類を移動させる必要はなく,脚立を置く足場を確保するために床に置かれた書類やごみ箱を動かすことで足りるところ,被告代表者は,工事業者がこれらを動かすことは許さず,従業員に指示して行う必要があるためやはり上記日当を要求する旨明言しているが,脚立を置くために必要な範囲で床に置かれた書類等を一時的に動かすことによって,被告に金銭補償を要するほどの損害や負担が生じるとは考え難く,もはや合理的な範囲を超えた要求であると言わざるを得ない。

「したがって,被告は,本件工事への協力を拒み,本件特約1に違反したと評価すべきであり,上記説示した経緯に加え,原告における本件工事の必要性や本件工事によって被告が被る負担の程度に照らせば,原告と被告の間の信頼関係は破壊されたというべきである。」

上記で引用した部分以外でも、本件事例では借主側がかなり理不尽な対応を貸主にとっていたということも解除を認める方向に働いたと考えられますので、本件はかなり独特な事例ではありますが、借主が修繕工事への協力を拒むことが契約解除の原因となったという点では珍しい事例であるため、一つの参考事例として紹介します。


この記事は、2020年6月27日時点の情報に基づいて書かれています。

この記事の監修者

北村 亮典東京弁護士会所属

慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。

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