【店舗の賃借人からの相談】
私の家は、先代から店舗兼居宅を借りて、同所で青果小売店をやってきました。
借りている期間は先代から合わせると50年ほどになります。
家賃は、今は月額2万6000円です。
しかし、最近になり、大家から「この建物は築57年が経過していて大地震で倒壊の可能性があるので退去して欲しい。」と言われました。
ここで長年店舗を営んできており、今更引っ越せと言われてもとても無理な話ですので、断ったところ裁判を起こされてしまいました。
弁護士からは、最悪立ち退かなければならないと言われていますが、その場合の立ち退き料はどのくらいもらえるものなのでしょうか。
【説明】
賃貸人が老朽化を理由として賃借人に対して賃貸物件の明渡しを求める場合、賃貸借契約の解約の申入れを行う必要があります。
この解約の申入れを行うことにより、解約申入れ時から6ヶ月を経過すれば賃貸借契約は終了となります(借地借家法27条1項)。
しかし、賃貸人からの解約の申入れは、それをしただけでは当然に解約が認められるわけではなく、賃借人が解約を拒んだ場合には、解約の申入れに「正当事由」がなければ、法律上の効力が生じません。
この「正当事由」があるかどうかは、借地借家法28条が
「建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。」
と規定している通り、賃貸人、賃借人それぞれの事情を比較考量して判断されます。
実務上、本件のように、賃貸人側からは建物の老朽化を正当な理由として主張する場合はとても多いです。
しかし、建物の老朽化だけでは正当事由は認められず、妥当な金額の「立退料」の提供が必要とされるケースが非常に多いです。
そのため、「立退料」の金額が具体的にどのように算出されるべきかが問題となります。
本件の事例は、東京地方裁判所平成25年4月16日判決をモチーフにした事例です。この事例で、裁判所は、建物の老朽化が相当進んでおり、解体の必要性が高いことは認めつつも、長年賃借物件で事情を営んできた賃借人の利益も考慮し、立退き料の支払いと引き換えに、賃借物件からの立退きを認めました。
では、本件において裁判所は立退料をどのように算定したのでしょうか。
裁判所は、
①借家権価格
②営業補償
③引越費用
④住居補償
の4点をそれぞれ考慮して立退料を算定しました。
上記4点について、それぞれの具体的な算定方法と根拠については、以下判決を引用しますので、立退料算定の一つの方法として参考になります。
【東京地方裁判所平成25年4月16日判決(抜粋)】
ア 借家権価格について
借家権価格については,種々の算出方法があるところ,敷地の更地価格55万円/m2に建付減価・個別性評点を考慮して,本件建物の存する敷地価格を1億1553万5000円と評価した上で,割合方式によって本件店舗等に係る借家権価格を算定すると216万円となる旨の不動産鑑定評価がある(甲10)。もっとも,本件において,上記建付減価・個別性評点による修正を加える必要性・相当性については必ずしも明らかとはいえないことを考慮し,これらの修正をしないものとすると,本件建物の存する敷地価格は1億2814万4500円となり,当該価格に基づいて,本件店舗等に係る借家権価格を上記不動産鑑定評価と同様の割合方式によって算定すると240万円となり,当該額をもって相当なものと解される。
イ 営業補償について
(ア) 証拠(乙3から6まで)によれば,平成20年から平成23年までの間において,本件店舗等で営まれていた青果小売業に関しては,売上金額から原価を控除した金額(粗利益)は,年間250万円から350万円程度であったこと,そこから経費を差し引いた後の金額(営業利益)は,おおむね年間45万円から85万円程度(直近の平成23年度は約85万円である。)であったこと,他方で,上記期間における経費の中には,減価償却費(中途で事業を廃止した場合には,必ずしも当該支出を免れるとは限らない性質の経費である。)が年間45万円から60万円程度含まれていることが多かったこと等が認められる。
上記事情を総合すれば,被告らが本件店舗等における青果小売業を行えなくなる場合において補償されるべき得べかりし利益としては,1年につき120万円をもって相当であると解されるところである。
(イ) そして,本件においては,被告らの側には特段の落ち度もなく,本件店舗等からの退去を余儀なくされること,前述のとおり,被告らが代替の賃貸物件を見つけることが困難であり,営業自体の存続も危ぶまれると認められること等を考慮すれば,本件に係る営業補償としては,上記得べかりし利益の3年分をもって相当であると解されるところである。
ウ 引越費用
弁論の全趣旨によれば,被告らが,本件店舗等から退去するとした場合には,引越費用として,50万円程度の支出を要すると認められる。
エ 住居補償等
被告らは,本件店舗等を住居としても使用しているところ,① 転居に当たっては,入居時に,いわゆる礼金等の一時金の支出を余儀なくされると考えられること(公知の事実),② 本件賃貸借契約における賃料2万6000円は,近隣賃料等と照らしても低額であると考えられ(弁論の全趣旨),被告らが転居するに当たり,月額賃料の負担も増加することが見込まれること,③ 住居移転に関する種々の手続等に伴い,精神的負担を被ることになると解されること等の諸事情に照らせば,住居移転に伴う補償としては,70万円をもって相当であると解されるところである。
上記で認定した諸事情を総合すれば,本件賃貸借契約の解約に係る正当事由の補完のための立退料としては,720万円をもって相当であると解される。(借家権価格240万円+営業補償金360万円+引越費用50万円+住居補償等70万円)
この記事は2021年1月7日時点の情報に基づいて書かれています。
この記事の監修者
北村 亮典東京弁護士会所属
慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。