弁護士コラム

築57年を経過した木造賃貸住宅について、老朽化を理由とした契約の終了・明渡しが認められなかった事例

2021.12.02

【住宅借主からの質問】

私は、東京都の杉並区にある木造の平屋建住宅の貸家に住んでいます。

昭和34年に建てられたもので、昭和37年から借りている物件で、今は高齢の母と二人で住んでいます。

現在は築57年となっていますが、これまで600万円ほど自分たちで増改築をしてきました。賃料は現在月9万2000円です。

大家からは、かなり老朽化していて大地震で倒壊する危険性があること、共同住宅に建て替える計画があるから、と言われ立ち退きを求められています。

母は現在87歳で、心臓カテーテル手術や大腸がんの手術を受けているなど健康状態も悪く、もし今転居となると肉体的・精神的に負担が大きいです。

それでも、立ち退かなければならないのでしょうか。

なお、大家からは、立ち退き料として840万円を提示されていますが、それでも立ち退きはできないと答えています。

【説明】

本件は、東京地方裁判所令和元年12月12日判決の事例をモチーフにしたものです。

賃貸人が、建物の老朽化・建替えの必要性等を理由として賃借人に対して立退きを求めるというケースは多いですが、この場合はまず、賃貸人側から、賃貸借契約の解約の申入れを行う必要があります。

この解約の申入れを行うことにより、解約申入れ時から6ヶ月を経過すれば賃貸借契約は終了となります(借地借家法27条1項)が、賃貸人から解約の申入れをしたからと言って当然に解約が認められるわけでありません。

賃借人が解約を拒んだ場合には、解約の申入れに「正当事由」がなければ、法律上の効力が生じないとされています。

この「正当事由」があるかどうかは、借地借家法28条が

「建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。」

と規定している通り、賃貸人、賃借人それぞれの事情を比較して判断されます。

色々と判断要素はありますが、この中で最も重要なのは

「建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情」

です。

本件においても、裁判所は、賃借人側の建物使用の必要性と建物の老朽化の程度を詳しく検討した上で、主に以下の理由により、解約申入れに「正当事由」は認められない、として賃貸人側からの立退きの請求を棄却しました。

1 これまでの長期間居住し、かつ相当の費用をかけて増改築をしてきたこと

2 賃借人が現在87歳で健康状態も悪く、長年住み慣れた本件建物からの転居が生命・身体に関わる事態を引き起こすのではないかという懸念には,社会通念上客観的にみて合理的な根拠があること

3 賃貸人の建替計画は、賃貸人が建物を自ら使用するためでないし、早急に建て替えなければ賃貸人の生活に支障が生じるということもないこと

4 建物は老朽化はしているものの、一級建築士によれば、現況のままで、ある程度の規模の地震には対応することができ、早急な耐震補強工事や建替工事が必要とはいえないとされていること

この判決では、賃貸人側が提示した840万円という立退き料の金額の検討すら行わずに賃貸人側の立退きの主張を棄却していますので、築57年の物件とは言え、老朽化の程度についての賃貸人側の主張・立証が弱かった事案であると見られます。

また、賃借人側の建物への居住継続の必要性をかなり強く認めた事例ということができます。

判旨では、細かく双方の事情を認定していますので、以下参考までに判旨を掲載します。

【判旨:東京地方裁判所令和元年12月12日判決 X:賃貸人、Y:賃借人】

(1) 被告らの自己使用の必要性について

ア 前記認定事実によれば,被告Y1は,本件賃貸借契約から本件解約告知に至るまで,亡Bと婚姻してからの社会生活の大半に当たる57年間を,夫婦共同財産からの支弁によって本件各増改築等を加えつつ,本件建物を家族共同生活の本拠として生活し,本件解約告知当時84歳,現在87歳に至っているものである(前記認定事実(3))。原告は,本件各増改築等が賃貸人に無断であると主張するが,同主張に沿う証人Fの証言は伝聞であって採用できない。そして,原告居宅が本件建物と徒歩2分の位置関係にあり(同(1)),本件増改築等の内容・規模からみて賃貸人が当然認識し得ると考えられることや,証拠(乙15)に照らせば,本件増改築等は,前回訴訟の判決も認定するように(前記認定事実(4)),賃貸人の許可の下に行われたと認められ,同認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで,本件増改築等の内容・規模は,社会通念上,借家に対して賃借人が通常施すであろう内容・規模とは大きく異なり,いわゆる持ち家に対するものに匹敵するものといえる。また,現在の貨幣価値にして600万円を超える費用(前記認定事実(3))も,持ち家に対するものであれば自然であるが,借家に対するものとしては不相応に高額といえる。そして,亡B及び被告Y1が,夫婦で,上記のような本件増改築等を本件建物に施してきたのは,本件賃貸借契約が,もともと将来的には亡Bに本件建物を売却する可能性を内包するものであったため(乙15),亡Aが,これを許容してきたことによると推認するのが相当である。

イ 被告Y1は,既に女性の平均寿命に相応する老齢にあり,多数の疾病を抱え,通院治療を受けながら,長女・被告Y2と本件建物に同居し,体力的にも無理があるとして,存命中は長年住み慣れた本件建物に居住し続けることを強く希望しているところ(前記認定事実(5)),上記アのとおり,被告Y1が本件賃貸借契約の下で本件建物に持ち家同様の管理を伴う長期間の居住を許容されてきたことを踏まえると,上記のような状況にある被告Y1が,長年住み慣れた本件建物で居住を継続する利益は,単なる主観的な希望にとどまるものとは言い難い。また,被告Y1の上記疾病のうち,特に肺気腫の進行は著しく,被告Y1は,外見上,本件建物から5分程度の駅までは休みつつ自力で出歩くことができ,周囲の制止にかかわらず喫煙も止めない状況にあるものの,医師から風邪でも生命に関わる事態になるとの注意喚起がされる状況にある(同前)。そして,被告Y1が,既に平均寿命に相応する老齢にあることをも考慮すると,長年住み慣れた本件建物からの転居が生命・身体に関わる事態を引き起こすのではないかという懸念には,社会通念上客観的にみて合理的な根拠があるということができる。

以上の事情を総合すると,被告Y1には,客観的にみて,本件建物につき,極めて高い自己使用の必要性があるというべきである。

ウ 前記認定事実によれば,被告Y2は,婚姻後,本件建物を出て,亡Bの死後,高齢の母・被告Y1が多数の疾病を抱えて一人暮らしになったことから,本件建物に戻ったにとどまり(前記認定事実(3),(5)),被告Y1の存命中は本件建物で同居したいが,その後は引越しもやむを得ないと述べるなど(被告Y2本人10,38~39頁),被告Y1とは離れて独自に本件建物を使用する必要性があるとは思われない。しかし,被告Y1が上記イのような状況にある以上,被告Y1と本件建物で同居する必要性は,被告Y1同様に,客観的にみて高いものというべきである。

 

(2) 原告の自己使用の必要性について

ア 前記認定事実によれば,原告は,本件建物をより収益性の高い共同住宅に建て替える本件計画を有している(前記認定事実(6))。被告らは,本件計画の実現可能性を争うが,本件建物は,多数の土地に収益性の高い共同住宅を保有し,法人を利用して相続税対策をする必要のある規模で賃貸事業を営んでいる原告にとって,最後の平家建て建物であり(前記認定事実(6)),原告が被告らの退去を求める訴訟を短期間に2回提起していること(同(4))に証拠(甲12,13)を総合すると,本件計画に実現可能性がないとは認め難い。

しかし,本件計画は,原告自身が直接本件建物を使用するというものではないし,原告の主張によっても,本件計画による増収は,当面,月額約3万円程度にとどまるところ,上記のとおり,原告は,既に相当規模の賃貸事業を営んでいるものであり,本件建物を現在直ちに建て替えなければ,原告の社会生活に何らかの支障が生じるとは認め難い。本件建物を現在直ちに建て替えたい理由について,Fは,原告が老齢となり借入れに支障が生じると証言するが(甲25,証人F・13頁),その裏付けはされていないし,法人を利用した賃貸事業も行っている原告にとって,年齢が,現在直ちに本件建物を建て替える理由となるとは認め難い。そうすると,本件計画は,被告らを現在直ちに本件建物から退去させる客観的な必要性を基礎付けるものとは言い難い。

イ もっとも,本件建物は,本件解約告知当時,築後57年を経過した旧耐震基準の木造建物である(なお,被告らは,本件建物が居住の用に適する理由として本件各増改築等を挙げるが,本件増改築等に耐震補強などの構造補強が含まれるとは認められない。)。そして,原告は,本件建物を近く発生するといわれている首都直下型地震に耐える程度のものにすることが急務であるとし,これに相当程度の修繕費用を要することから建替えの必要性があると主張し,Fは,これに沿う供述をする(甲25)。

しかし,我が国の木造建物には旧耐震基準の建物が多数あると考えられ,その全てが現在直ちに建て替える必要があるといえるものではない。そして,D意見書(乙11,12)によれば,本件建物は,①昭和34年の新築当時,建築確認及び完了検査を受けた建物で,②その基礎は,現在でも一般に採用されている鉄筋コンクリート造の布基礎で,全体として矩形のそれほど複雑でない平面をした瓦葺き平家の建物である上,③全体的に壁量が多いことから平成12年改正後の壁量に関する基準に準じている可能性が高く,④仮に適合しない場合にも,同基準に示された補強は比較的平易に行い得,⑤土台等に白蟻による被害も見当たらず,⑥東日本大震災を含む地震等による損傷の跡は殆ど見当たらないとされ,これらのことから,現況のままで,ある程度の規模の地震には対応することができ,早急な耐震補強工事や建替工事が必要とはいえないとされている。同意見は,専門家である一級建築士によるものであり,その内容に不合理なところは見当たらず,その調査に不備があったり,被告らの依頼に専門家としての中立性を阻害するところがあったという気配はない(被告Y2本人36~37頁)。また,原告は,D意見書のうち乙11号証に多くの問題点があると主張して,E意見書を提出したが,E意見書に対して提出された乙12号証に対しては,専門家の意見や反論を提出しない。そして,当事者双方は,平成30年2月28日の本件第9回弁論準備期日において,各建築士に対する尋問の申出はしない旨を表明した。

以上の立証状況を総合すると,少なくとも,本件建物が,現在直ちに建替えや大規模補修をしなければ居住に適さないほど危険とはいえない点については,鑑定を経るまでもなく,合理的な疑いはないということができる。そうすると,本件建物の老朽化や耐震性もまた,前記(1)認定・説示の状況にある被告らを,現在直ちに本件建物から退去させて本件建物を建て替える必要性を補強する事情となるとは認め難い。


この記事は2021年12月2日時点の情報に基づいて書かれています。

この記事の監修者

北村 亮典東京弁護士会所属

慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。

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