弁護士コラム

賃借人が、賃借物件内で火災を発生させたことは、賃貸借契約の解除原因となるか

2022.09.03

建物の賃借人は、借りている建物内において火災を起こさないように建物を使用する義務があります。

これは、法的に言えば、建物の賃借人は、善良な管理者の注意をもって賃借目的物を保管しなければならない、という賃借人の保管義務から導かれる義務となります(民法400条)。

したがって、賃借人が建物内で火災を起こしてしまった場合は、賃借人が負うべき保管義務違反、すなわち契約違反に該当します。

もっとも、それだけでストレートに解除が認められるわけではなく、賃借人が火災を発生させたことを理由に貸主が契約解除を求めた場合であっても、「信頼関係破壊の法理」が適用されて解除が認められない場合もある、という点です。

すなわち、賃貸借契約の解除の可否は「信頼関係破壊の法理」により判断されますので、形式的に契約違反に該当したからと言って解除が認められるわけではなく、契約違反が当事者間の信頼関係を失わせる程度のものかどうか、という点でさらに検討を要することとなるわけです。

この点、賃借物件において火災を発生させた場合についての一つの判断基準として

「賃借人がその責に帰すべき失火によって賃借にかかる建物に火災を発生させ,これを焼損することは賃貸人に対する賃貸物保管義務の重大な違反行為にほかならない。したがって,過失の態様および焼損の程度が極めて軽微である等特段の事情のない限り,その責に帰すべき事由により火災を発生させたこと自体によって賃貸借契約の基礎をなす賃貸人と賃借人との間の信頼関係に破綻を生じさせるにいたるものというべきである。」(東京地裁平成26年10月20日判決)

と述べている裁判例があり、これは一つの基準として参考になります。

すなわち、この裁判例の考え方によれば、

①火災を発生させ、建物を焼損した場合、原則として信頼関係が破壊される

②ただし、火災を発生させたことについての過失の態様および焼損の程度が極めて軽微である等特段の事情がある場合は、例外的に信頼関係が破壊されたとは言えない

ということとなります

このように、賃借物件内で火災が発生した場合に解除まで認められるかは、ケースバイケースでの判断となるわけですが、火災を発生させたことによる契約解除が認められた事例として、東京地方裁判所平成26年10月20日判決の事例を以下紹介します。

この事例は、賃借人が1階の貸店舗内にて15年間にわたりラーメン店を営んでいたところ、階厨房内に設置された大型ガスコンロの炎の熱が内壁に張られたステンレス板を伝い,内壁内の木製の柱に伝導過熱して出火し、1階厨房内西側内壁の4㎡が焼損した、という事案です。

賃借人側は、

・ラーメン店のため、コンロの火を仕込みから終業時間までの約12時間以上毎日付けていたという状況で、15年間にわたり何も問題は無かったのであるから、ガスコンロの熱がステンレス版を伝って内壁に伝導加熱して出火するなど予測できなかった

・引火しやすいものの付近にガスコンロを漫然放置し引火・延焼したとか,従業員によるたばこの火の不始末とかがあったわけではない

などと主張して、信頼関係を破壊するような義務違反はない、として争いました。

しかし、裁判所は、賃借人が大きな火力を扱うラーメン店経営者であることを重視し、以下の理由により、賃借人の過失や焼損の程度がいずれも軽微ではないとして、信頼関係破壊による解除を認めました。

一つの事例の判断ではありますが、飲食店における火災発生事案の判断として参考になります。

【東京地方裁判所平成26年10月20日判決 判旨】

① 賃借人は,飲食店を経営する法人であり,しかも,ラーメン店や中華料理店は,飲食店の中でも大きな火力を使うのが一般的であるから,その営業に関して火災を発生させ他人の生命・身体・財産を侵害することのないよう最大限の注意を払うことが要求されるというべきであり,その注意義務の程度が一般家庭における火の始末と同程度のもので足りるとは到底解されない。

② そして,本件ラーメン店において,出火原因となった大型ガスコンロは,3器がステンレス板を張った壁にほぼ接着する形で設置されていたこと,営業時間中,3器のうちのどれか1つは常時点火されていたことは当事者間に争いがないところ,壁に張り付けたステンレスは,裏の木材に熱を伝導させること,木材を加熱すればある温度で自然発火することは,常識の範囲に属する知識であり,さらに,飲食店のように常時ガスコンロを使用する場合,ガスコンロに近い壁面が長時間かつ長期間加熱されることにより木材の炭化と熱の蓄積が進み,比較的低温でも発火しやすくなる可能性があることも,少なくとも飲食店経営者であれば認識しておくべき基本的な知識である。すなわち,本件火災は,大型ガスコンロの設置場所の悪さ(壁との近接性)とそれまでの使用による内壁への加熱が相まって,起こるべくして起こったものというべきであり,本件ラーメン店開業以来15年間火災が発生しなかったことをもって,本件火災が突如発生したものであるとか,偶々発生したものであると考えることはできない

③ したがって,賃借人は,大型ガスコンロと壁との間隔を十分取るか,それができない場合には,点火時間の短縮を図ったり,壁との間に防熱板を設置するなどして,伝導過熱が生じにくい環境を作らなければならなかったというべきであり,これを怠ったことにより生じた本件火災は,賃借人である賃借人の責めに帰すべき事由によって発生したものと認められ,その過失の程度も決して軽微なものとはいえない

④ また,本件火災における直接的な焼損は,内壁4m2と報告されているものの,伝導過熱による内壁からの出火という態様の性質上,消火活動は壁面を破壊して行うほかなく,これによる建物の損壊は「焼損」に含めて評価するのが相当であるから,その程度が極めて軽微なものということはできない

⑤ これらの事情に照らすと,本件火災については,過失の態様および焼損の程度が極めて軽微である等の特段の事情は認められないから,賃借人がその責に帰すべき事由により火災を発生させたこと自体によって,本件賃貸借契約の基礎をなす貸主との間の信頼関係に破綻を生じさせるに至ったというべきである。


この記事は、2022年9月3日時点の情報に基づいて書かれています。

この記事の監修者

北村 亮典東京弁護士会所属

慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。

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