弁護士コラム

隣人等に対して度重なる迷惑行為を行った賃借人に対して、賃貸借契約の無催告解除と建物明渡しが認められた裁判例

2024.09.02

【賃貸アパート貸主からの相談】

当社は2階建てで全4室の賃貸アパートをサブリースで賃貸しています。

ある入居者が、入居してから約2ヶ月が経過した頃から、突然、夜中や明け方に他の入居者の貸室を訪問してインターホンを鳴らしたり、玄関ドアをたたいたり、玄関ドアを勝手に開けるなどの行為を繰り返すようになりました。

他室の住人のみならず迷惑行為をした賃借人も110番通報をして警察官が駆け付けるということも何度も起こるようになりました。

その結果、他の二部屋の住民が耐えきれず、賃貸アパートから退去してしまいました。

 

当社としても迷惑行為をする賃借人に対して度々行動を改めるよう注意しましたが、この賃借人の行動は全く改善が見られず、残る一部屋の他室の住人に対しても同様の行動が続きました。

 

迷惑行為が始まってから約5ヶ月が経った段階で、当社としてもやむを得ず、この賃借人に対して迷惑行為を理由として、賃貸借契約を解除する内容証明郵便を送付して明渡しを求めました。

 

これに対して、この賃借人は、「時期についての記憶が定かでないものの,度々自分の部屋の玄関ドアをたたかれる嫌がらせを受けており,そのことを理由にした110番通報をしたことがある」とか「アパートの裏手にある私道が違法薬物の取引場所になっていることを疑い,疑わしい人物がいた場合に110番通報をしたことが複数回ある」などと主張して「自分は迷惑行為はしていない」などと居直って退去を拒んでいます。

 

当社の建物明渡請求は認められるのでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所令和3年6月30日判決の事例をモチーフにした事案です。

居住目的の賃貸マンションやアパートにおいては、各入居者が平穏にその住居で居住できる環境にあることが重要です。

したがって、賃借人が賃貸借契約上負うべき付随的義務として、正当な理由なしに近隣住民とトラブルを起こさないように努める義務を負っていると解釈されています。この賃借人の義務は通常は契約書で定められている場合が多いですが、仮に契約書で定められていなかったとしても住居目的の賃貸借契約の性質から当然に導かれるものといえます。

以上により、もし賃借人が他の住民に対して迷惑行為を行ってトラブルを生じさせた場合には、賃借人としての債務不履行(契約違反)に該当することとなりますので、賃貸人としては契約違反を主張して契約を解除できれば退去してもらうことが可能ということとなります。

しかし、賃貸借契約の解除においては「信頼関係破壊の法理」が適用されますので、契約の解除が認められるためには、契約違反の程度、すなわち迷惑行為の態様が、賃貸人と賃借人との間の信頼関係を破壊する程度のものであることが必要です。

このため、裁判となった場合には、

・どの程度の迷惑行為がどの程度の期間・回数発生していたのか

・迷惑行為によって、どのような結果(悪影響)が生じたのか

・迷惑行為に対して賃貸人側はどのような対処をしていたのか

という点が問題となりますが、これらについては解除の可否についての明確な基準がないため、公表されている裁判例を調査して、その傾向を探っていく必要があります。また、賃借人の迷惑行為を賃貸人側としてどのように証明するのかという点も問題となります。

本件がモチーフとした東京地方裁判所令和3年6月30日判決の事例は、賃貸人側からの契約違反に基づく無催告の解除が認められた事案ですが、裁判所はその理由について以下のように判断しています。

①「被告は,何ら合理的な理由がないにもかかわらず,夜中や明け方に他の居室を訪問し,インターホンを鳴らす,玄関ドアをたたく,玄関ドアを勝手に開けるなどの行為に及んだものであり,「粗野又は乱暴な言動により,他の入居者に迷惑・不快の感を抱かせるおそれが明らかな場合」といえるから,本件賃貸借契約の約款12条4号の解除事由があるものと認められる。」(注:約款12条4号は、賃借人の粗野又は乱暴な言動により,他の入居者に迷惑・不快の感を抱かせるおそれが明らかな場合に、賃貸人は、賃借人に対して何らの通知・催告を要せずに本件賃貸借契約を解除することができる、と規定)。

②「また,被告が原告による度々の注意に従わなかった上,被告の上記各行為によって,102号室及び201号室が一旦空室又は空室となる見込みとなり,サブリース業を営みオーナーと満室保証契約を結んでいる原告が損害を被ったことなどの上記認定の事実関係によれば、被告の上記各行為は、本件賃貸借契約における原告と被告との間の信頼関係が著しく損なわれる行為に当たるというべきである(なお,本件解除の意思表示後においても,被告による迷惑行為が継続し,令和2年3月29日には,本件建物の被告以外の全住人が退去したから,原告と被告との間の信頼関係が著しく損なわれたままであることが認められる。)から,本件賃貸借契約の約款15条8号の解除事由があるものと認められる。」(注:約款15条8号、賃貸人・賃借人間の信頼関係が著しく損なわれたと認めた場合は,何ら通知・催告を要せず直ちに本件賃貸借契約を無条件にて解除することができる、と規定)

本件では、迷惑行為の態様もさることながら、問題となった賃借人の迷惑行為により他室の賃借人全員が退去してしまったという悪影響の重大性も考慮すれば、契約の解除が当然に認められる事案だったと考えられます。

他方で、賃貸人側として、賃借人の迷惑行為をどのように裁判で立証するか、ということが問題となりますが、本件では、賃貸会社の従業員が作成した「時系列」と題する書面及び「クレーム管理」と題する書面、従業員の陳述書について、裁判所は「具体的な内容が記載されており,その内容に不自然又は不合理な点もみられないから,信用することができる。」と判断して、賃借人の迷惑行為が認められていますので、この点においても参考になる事例です。


この記事は2024年9月2日時点の情報に基づいて書かれています。

この記事の監修者

北村 亮典東京弁護士会所属

慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。

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