弁護士コラム

不動産業務の事務所として賃貸したところ、賃借人がレンタルオフィスの事務所として使用していたことについて、用法義務違反による契約解除を認めた事例

2020.03.22

【ビルオーナーからの質問】

私は商業用ビルを所有しています。

ビルの一室について、新たに貸すことになりましたが、その際の使用目的としては、「不動産業の事務所」として賃貸することになりました。

しかし、賃借人への引渡し後、賃借物件の内装工事の様子を見たところ、不動産業の事務所ではなく、賃借人が「不動産業の事務所」ではなく、貸机業(いわゆるレンタルオフィス)の事務所として使用しようとしていることが判明しました。

こちらからは、「契約と違うので止めてくれ」と賃借人に要望しましたが、賃借人から「2年間だけで良いので、やらせてくれ」と懇願されましたので、「契約期間が経過したら相談の上廃止する」旨の念書を取り交わして、やむなくレンタルオフィスとして使わせることを認めました。

 

その後、契約更新が何度かあり6年が経ちましたが、更新の度に同様の念書は取り交わしていました。

この度、契約期間が満了したので、レンタルオフィスとしての使用は止めるよう賃借人に申し入れたところ、賃借人側はこれを無視してなおレンタルオフィスとして使用を続けたため、こちらからは用法違反として解除通知を出しました。

すると賃借人側からは

「レンタルオフィスは会員制を採用して貸主に迷惑がかからないように十分配慮している」

などと主張し、用法違反の程度は大きくない等と主張して解除を争っています。

こちらからの主張は認められるのでしょうか。

【説明】

住居以外のビル・店舗などの建物の賃貸借契約においては、その「使用目的」が定められることが通常です。

使用目的の定め方は「住居」、「事務所」等の抽象的な記載の場合もあれば、「飲食業」、「学習塾」等と具体的に特定して定める場合もあります。

賃貸人側としては、契約で使用目的を定めることにより、当該賃借物件(もしくはビル全体)の品位や質、環境の維持・保全を図るという意味があります。

そのため、万が一、賃借人が、契約で定められた目的と違う目的で当該賃借物件を使用していた場合には、契約違反となりますので、その使用方法を是正するよう求めることができます。

しかし、賃借人側が、是正要望に応じなかった場合に、「契約違反」として解除ができるか、ということが法律上問題となります。

この点、賃貸借契約については、「当事者間の信頼関係に基づく継続的契約である」ということから、契約違反があるからとして直ちに解除が認められるわけでなく「契約違反が信頼関係を破壊する程度」に至っている必要があります。

契約目的に違反した使用(いわゆる「用法遵守義務違反」)の場合も同様に、その用法違反が「信頼関係を破壊する程度に至っている場合」でなければ、賃貸人側からの解除は認められないということになります。

この信頼関係破壊の有無については、裁判で争われた場合には、

・使用目的からの逸脱の程度

・使用目的違反による賃貸人側の不利益の程度

を総合考慮して決せられることになり、この点は、ケースバイケースの判断となりますので、具体的な過去の裁判事例を参考にしながら限界点を見定めていく必要があります。

本件の事例は、この用法違反による解除が問題となった東京高等裁判所昭和61年2月28日判決の事例をモチーフにしたものです。

この事例では、賃借人が契約目的に違反した用法で使用していたことは争いがなかったものの、賃貸人と賃借人との間で

「現在の貸机業務は本賃貸借期間内とし、契約更新時には貴社と相談の上、廃止するものとする。」との記載のある念書が取り交わされていたことの意味を巡って争いとなり、第一審の判決では、賃借人側の勝訴(解除は認められない)という結論となりました(理由は不明ですが、信頼関係破壊が認められないという理由に基づくものと推測されます)。

しかし、控訴審においては、裁判所は

・レンタルオフィスとしての使用形態は、「家主としては、全く人的信頼関係がなく直接の接触の乏しい多数の者が自己所有のビルの一室に出入りすることになるので、法律関係の複雑化をもたらすのみならず、かかる貸机業を営む者がビルの一室を賃借していると、事実上当該ビル全体の品位を損い、他の貸室に優良な賃借人の入居を確保することが困難となる」

・賃貸人側が、レンタルオフィスとして使用することに対して異議を述べており、実際に期間満了後に廃止する旨の念書も取り交わしていたという経緯

を重視して、賃貸人側の主張(解除)を認めました

なお、念書の中には「賃貸人と相談の上廃止する」という文言があり、賃借人側としては、

「念書に「相談の上」という記載があるから、協議の一致がなければ貸机業を廃止する必要がない」

と争いましたが、この主張に対して裁判所は

「貸机業廃止の具体的方法等について協議する趣旨、ないしは、もしも契約更新時の協議において合意に達すれば、貸机業の継続、あるいは何らかの条件を付しての継続等もありうるとの余地を残す趣旨の文言である」

と判断して、賃借人側の主張を認めませんでした。

この事例は、レンタルオフィス業態としての使用方法が、家主側にとって嫌われるものであり、ビル全体への影響(不利益)が大きいという事情を重視したものと思われます(この裁判例が出された当時と比べて、現在ではレンタルオフィス業はかなり広く普及してきているという社会情勢の変化もありますので、現在もし同じ理由で訴訟となった場合には違う判断となる可能性もあります。)。

このように、「用法違反による賃貸人への不利益の程度」というものを慎重に検討して対応を見定める必要があります。

【参考:東京高等裁判所昭和61年2月28日判決】(賃借人:賃借人、賃貸人:賃貸人)

1 用法違反を理由とする本件賃貸借契約の解除の成否について検討する。

「賃借人は、氏家不動産株式会社の藤敏博の仲介により、公協ビルヂングの担当者内田敬男と交渉して昭和五一年九月二七日本件貸室を賃借したものであるが、その際の契約書には、使用目的として「不動産業務の事務所として使用する」と記載されており、公協ビルヂングとしては当然その旨了解していた。ところが、賃貸借契約締結後、賃借人が施工する本件貸室の内部造作工事の様子を見て、内田は不審に思い、賃借人に問い質したところ、賃借人は、本件貸室でいわゆる貸机業を営むつもりであることが判明した。

(二) 貸机業なるものは、ビルの一室等の占有権原を有する者(所有者、賃借人等)がその室内に相当数の机を置き電話を設置し、これを第三者(会員などと称する)に有料で使用させることを主な内容とするものであり、室内の特定の机につき特定の会員に専用の使用権限を認めると共に、貸机業者側で事務員を置いて、外部よりの会員に対する電話の応対(一般に会員の社名等を称して行う)及び会員宛の郵便物の受領等のサービスを提供するものである。このような貸室の利用者(会員)は、当然のことながら一般に、机一つあれば仕事ができる業態の小規模な個人業者、定まつた連絡場所、執務机さえあればよい外回りの業者等であり、取引先との間にトラブルを起こすことがままあり、また、賃借人が貸机業者の場合、家主としては、全く人的信頼関係がなく直接の接触の乏しい多数の者が自己所有のビルの一室に出入りすることになるので、法律関係の複雑化をもたらすのみならず、かかる貸机業を営む者がビルの一室を賃借していると、事実上当該ビル全体の品位を損い、他の貸室に優良な賃借人の入居を確保することが困難となるとして、これを嫌う家主が多い。

(三) 公協ビルヂングも、上記のような理由から賃借人が貸机業を営むことに難色を示したが、賃借人の懇請により期間を限つてこれを認めることとし、契約締結後の昭和五一年一〇月二二日賃借人から、その第一項に「現在の貸机業務は賃貸借期間の二年以内とし、契約更新時には貴社と相談の上廃止するものとする。」との記載のある念書(甲第二号証。但し、年数を訂正する以前のもの)を差入れさせた。その後、右念書の第一項記載の年数は、賃貸借契約の更新(昭和五三年一〇月五日、同五五年一〇月五日)に伴い、「四年」、「六年」と書き改められ、右第一項の期限は、昭和五七年一〇月四日ということになつた(以上のうち、賃借人が甲第二号証を差入れたこと、同号証記載の年数が「四年」、「六年」と書き改められたことは、当事者間に争いがない。)。

(四) 賃貸人は、前判示のとおり昭和五六年六月八日公協ビルヂングから本件貸室を含む本件建物を買い受け、同月二九日所有権移転登記を経由し、賃借人に対する賃貸人の地位を承継したが、翌三〇日あらためて賃借人との間で、従前の賃貸期限である昭和五七年一〇月四日を期限とする本件賃貸借契約を締結した。右契約に先立ち、賃貸人は、賃借人が本件貸室で貸机業を営んでいることを知り、公協ビルヂング同様、前記(二)のような理由から貸机業を本件建物にふさわしくないものと考え、その廃止を求めたところ、賃借人からその継続を懇請されたので、やむをえず右賃貸期限まではこれを認めることとし、契約直後の昭和五六年七月一日賃借人から前記甲第二号証の念書とほぼ同一文言の念書(甲第五号証)を差入れさせた。その第一項は、「現在の貸机業務は本賃貸借期間内とし、契約更新時には貴社と相談の上、廃止するものとする。」となつている。

(五) そして、賃貸人は、昭和五七年三月一一日賃借人に到達した内容証明郵便で、同年一〇月四日の賃貸期限までには約束どおり貸机業務を廃止するよう予め要請するとともに、右賃貸期限の経過後賃借人に対し、本件貸室を貸机業に使用することをやめるよう催告した。

(六) しかしながら、賃借人は、右催告にもかかわらず、本件貸室において貸机業を継続した(なお、賃借人は、現在も本件貸室を貸机業のために使用しており(この事実は当事者間に争いがない。)、本件貸室内に約二〇個の机を置き(会員数約二〇)、室内の一部を間仕切りした個室数個を設け、電話一三本を架設し、賃借人の雇用する女事務員一名及び賃借人代表者の計二名で会員に対する電話の応対等のサービスを行つている。)。

(七) そこで、賃貸人は、昭和五八年一月二八日付準備書面により、賃借人に対し用法違反を理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、同書面は右同日賃借人に交付された(この事実は当事者間に争いがない。)。以上のとおり認められ、〈証拠〉中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして採用することができず、そのほかに右認定を左右すべき証拠はない。

2 右に認定した事実によれば、本件賃貸借契約には、賃借人において本件貸室を貸机業に使用してはならない旨の定めが存したものであり、賃借人が約定の昭和五七年一〇月四日を経過した後も、本件貸室において貸机業を営んできたことは、本件賃貸借契約に定められた用法に違反するものである(ビルの一室の賃貸借契約において、貸机業を行つてはならないことを賃借人の用法義務として定めることは、前項(二)に認定判示したところに照らし、相応の合理性があるものと認められる。)から、本件賃貸借契約は、前項(七)の解除によつて昭和五八年一月二八日限り終了したものと認めるのが相当である。

なるほど、賃借人が賃貸人に差入れた念書(甲第五号証)の第一項には前認定のとおり「貴社と相談の上」という文言があり、同項全体の意味がやや明確さを欠くことは否めないところであるが、先に認定した賃貸人が右念書を差入れさせた経緯、更に遡つて賃借人が公協ビルヂングに対し甲第二号証の念書(その第一項にも右と同一の文言が存在する。)を差入れた事情を勘案すれば、同項の右文言から、賃貸人・賃借人両名の協議の一致がなければ賃借人において貸机業を廃止する必要がないものとの解釈(それでは賃貸人としてはこのような念書を徴する意味がほとんどないことになる。)を導き出すことは到底できないというべきである。賃借人は、右各念書は、賃借人において、貸机を利用する者の選定にあたつては、会員制を採用して貸主に迷惑がかからないように十分配慮し、万一利用者が貸主に損害を与えるような事態が発生した場合には、自己が損害賠償の責に任ずるとともに、貸主と協議の上貸机業を廃止することとする旨を約したものにすぎない、と主張し、賃借人代表者は、当審における尋問において同旨の供述をする。しかしながら、たしかに、右各念書には、右賃借人主張の利用者の選定、損害賠償責任の点について別途規定されているが、これらの規定と前記第一項との関係は右各念書上何らこれをうかがうことができず、文理上からいつても賃借人の右主張にはにわかに左袒することができない。結局、前記「貴社と相談の上」とあるのは、これを合理的に解釈すれば、貸机業廃止の具体的方法等について協議する趣旨、ないしは、もしも契約更新時の協議において合意に達すれば、貸机業の継続、あるいは何らかの条件を付しての継続等もありうるとの余地を残す趣旨の文言であるにすぎないものと解さざるを得ない。」


この記事は、2020年3月22日時点の情報に基づいて書かれています。

この記事の監修者

北村 亮典東京弁護士会所属

慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。

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