賃貸人が賃借人に立ち退いてもらうためには、賃貸借契約を合意解約するか、合意解約に至らなかった場合には契約期間満了時に解約申入れ(更新拒絶)をするということになります。
もっとも、この解約申入れ及び更新拒絶には「正当事由」が必要である、というのが借地借家法の規定です。
この「正当事由」があるか否かは、
「賃貸人及び賃借人がそれぞれ建物の使用を必要とする事情のほか、賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及びその現況並びに賃貸人による立退料の支払の申出を考慮して判断すべきものである(借地借家法28条)。」
とされています。
裁判でこの点が争いとなった場合に、この中で特に重要な要素は、「賃貸人及び賃借人がそれぞれ建物の使用を必要とする事情」と「立退料の支払の申出」であると考えられています。
賃貸人と賃借人それぞれが、その建物の使用を必要とする事情を比較し、賃貸人の方がその必要性が上回れば解約(更新拒絶)を認める方向になりますし、賃借人の方がその必要性が高ければ、解約が認められないか、もしくはその他の事情と「立退料」の金額を総合考慮して解約が認められることになる、というのが裁判例の傾向です。
この判断については、どのような事情があれば正当事由が認められるか、ということは、ケースバイケースの判断になるため、具体的な裁判の事例を参考にして見通しを立てる必要があります。
そこで、今回は、土地の再開発による建物の建替えを理由とした立退きに関する一つの参考事例として東京高等裁判所平成2年5月14日判決の事例を紹介します。
この事例は、
・築後約60年の木造2階建て建物
・賃借人は、建物で衣料品の小売店舗を約15年間経営
・物件の場所は、高田馬場駅に近く、明治通りと早稲田通りの交差点に近く、周辺は中高層ビルが多い
という事実関係の下で、賃貸人側が、この賃貸建物を取り壊して中高層ビルを建設するために賃借人に対して更新拒絶の通知を出して、その明渡を求めた、という事案です。
この事例で、裁判所は、結論として、賃料の約700か月分の立退料の支払いと引き換えに、賃借人に対しての明渡請求を認めています。
この裁判例の判断の内容は以下に説明するとおりです。
まず、賃貸人・賃借人双方がこの建物を必要とする事情については、裁判所は以下のように述べ、賃借人側の必要性が上回ると述べました。
「(1)賃借人は、長年本件建物で、営為、営業を続け生計を立ててきているところ、他に本店である大久保店があるものの、営業の規模、利益において、本件店舗がかなりまさり、本件店舗を失うことは賃借人の営業とその生計にかなり大きな損失となる。また、本件店舗付近で代替店舗を入手することもかなり難しい。
(2)本件建物は老朽化しているとはいうものの、修繕を加えながら使用すればなお相当期間現在同様に使用しうる。
(3)本件建物所在地周辺が、逐次都市化、中高層化してきており、将来はそれが必至の状況であるとはいっても、本件建物のある明治通りの早稲田大学寄りの地域にはなお低層、木造の建物も少なくなく、基準時ないし現在(弁論終結時)において再開発、中高層化が絶対的な地域的要請となっているとまではいえない。
(4)賃貸人は、本件土地の近くにかなりの面積の土地を所有し、自宅と賃貸ビルを同地上に有し、また他に約一〇〇坪の貸地を有しており、本件建物、本件土地の明渡しを受けて再開発、高度利用をしなければ生計が立たず生活が出来ないということはない。」
「これらの事情を比較衡量すると、正当事由があることに資する事情も正当事由を否定することに資する事情も双方あるが、本件建物についての賃借人の必要性は賃貸人のそれを上廻るものであり、正当事由はないといわなければならない。」
このように、賃借人側の必要性を重視して正当理由を否定したものの、次に、結論として立退料の提供と引換えに明渡を認めました。
立退料の算定については、以下の要素を総合考慮して、2億8000万円(賃料の700か月分)と認定しています。
・賃貸人依頼の不動産鑑定書によれば、本件建物の借家権価格は昭和六〇年四月現在六三〇〇万円と評価されていること。
・賃借人依頼の不動産鑑定書によれば、立退料相当額としての本件借家権価格は昭和六二年四月現在二億六〇〇〇万円と評価されていること。
・新店舗事務所の入居保証金、営業損造作費として1000万円、移転費、仲介手数料として300万円程度と見込まれること。
・賃貸人は、最終的には、立退料として2億5000万円又は裁判所の決定する額を相当額として提供すると申出ていること。
以上の通り、裁判所は、立退料の判断要素として
・借家権価格
・移転に係る実費(新店舗の入居保証金、営業損、移転費、仲介手数料等)
を考慮して金額を算定しています。
金額が高額となっているのは、バブル時代の時期の裁判例という事情が大きいと考えられますが、立退料の算定方法の概要を示した裁判例として参考になります。
この記事は、2020年4月12日時点の情報に基づいて書かれています。
この記事の監修者
北村 亮典東京弁護士会所属
慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。