【建物の賃借人からの相談】
私は、約30年前から、マンションの1階部分と駐車スペースを借りて、清掃用具の販売・レンタル業の事務所として使用していました。
当初の賃貸借契約書では事務所部分と駐車スペース部分を合わせて、面積が「約35坪」と記載されており、その後、何度か更新を繰り返してきましたが、いずれの更新契約書でも面積は「約35坪」と記載されていました。
しかし、最近になって賃借部分の面積を図ってみたところ、実際は35坪もなく、28坪程度しかないということが判明しました。
契約書で記載されている面積よりも実際は2割も狭かったということになり、その内容で30年間も借りていたということになります。
したがって、過去に遡って支払った賃料の2割分を賃貸人に返還請求したいのですが、これは可能でしょうか。
【説明】
本件は、東京地方裁判所令和2年3月10日判決の事例をモチーフにしたものです。
賃借人側は、賃借スペースが契約書記載の面積よりも実際は2割狭かったことについて、
① 物件の面積が約35坪あるものと誤信して本件賃貸借契約を締結したものであり,少なくとも本件賃貸借契約のうち本件駐車スペースを含めた実際の面積である約28坪を超える部分については要素の錯誤があり,無効である。
② 本件賃貸借契約の締結時に,契約書に「約35坪」と明記し,実際には35坪には大きく及ばない坪数しかない事実を隠して本件物件の説明をした点は故意による虚偽説明である。また,賃貸人が、それ以降(各更新時を含む),本件物件の面積が実際には35坪には大きく及ばない坪数しかない事実の説明を怠った点は不作為による説明義務違反である。
と主張して、消滅時効が成立しない限りの期間に遡って、既払い分の2割分の賃料(約1320万円)の返還請求をしました。
上記の賃借人側からの請求に対して、裁判所は賃借人の賃料返還請求を認めませんでした。
まず、上記①の錯誤無効との主張に対しては、以下のように述べて、これを否定しました。
・本件賃貸借契約に係る契約書(契約更新に係るものも含む。)上,面積はいずれも「約35坪」と記載され,面積について「坪」あるいは「m2」で特定された表記とはなっていないこと
・賃借人は,本件賃貸借契約を締結する前に実際に本件物件を内覧し,駐車スペースを確保したいので公道に面した入口部分をセットバックして欲しい旨依頼するなどした上,「約35坪」と記載された契約書に特段異議を述べずに署名押印したこと
・賃借人と賃貸人は,本件賃貸借契約を締結するに当たり坪単価について話題にすることはなく,実際に賃料額を決定する際も,契約面積35坪に坪単価を乗じていくらとするといったやりとりはしておらず,賃貸人が当初月額44万円ないしそれ以上の賃料額を提案したことから,賃借人代表者が数字を丸めることを依頼するなどして交渉し,最終的に月額40万円と合意されるに至ったこと
・11回の契約更新を重ね,本件物件を約30年の間使用してきたが,平成29年3月に至るまで、賃借人から賃貸人に対して実際の面積が契約面積に満たないことを指摘したことはなかったこと
・上記各事実に照らすと,賃借人は,本件賃貸借契約の締結に際し,本件物件を内覧してその広さや状態等を確認した上で,月額40万円の賃料にて本件物件を賃借することを決定したものであり,その際に賃借人が本件物件の実際の坪数や坪単価を問題とすることはなく,その後も30年弱の間,本件物件が35坪に満たないことを問題としたことはなかったのであるから,賃借人において,本件物件の面積が実際に35坪程度あることが本件賃貸借契約の主要部分であったということはできない。
・そうすると,本件物件の実際の面積は本件駐車スペースを含めても約28坪であり,契約面積の約35坪には満たないものの,当該事実をもって賃借人に要素の錯誤があったと認めることはできない。
また、上記②の説明義務違反の主張に対しては、以下のように述べて説明義務違反はなかったと判断しました。
・本件物件の実際の面積は契約面積の約35坪より少なくとも約7坪は狭いものと認められるが,本件賃貸借契約締結時に本件物件の契約面積が約35坪とされた経緯は明らかではなく,賃貸人が故意による虚偽告知をしたものとは認めるに足りない。
・次に,賃借人は,本件物件を内覧してその広さや状態等を確認し,本件物件の現況を受け入れた上で,本件賃貸借契約を締結したものであり,契約面積は約35坪とされているものの,賃借人において本件物件の実際の面積が35坪程度あることが賃貸借契約における主要な部分であるということはできないことは前記で説示したとおりである。
・このような本件賃貸借契約における各事情を踏まえると,賃貸人ないし賃貸人において,賃借人に対し,契約面積は約35坪となっているものの,実際の面積はそれよりも狭いという事実を説明すべき信義則上の義務を負うものと直ちにいうことはできないし,少なくとも,上記義務違反により賃借人に不足面積分の賃料相当額の損害が生じたといえる関係にもない。
以上のように、裁判所は、賃貸借契約締結の経緯や賃料の決定方法、その後の更新の経緯を踏まえて、「物件の面積が実際に35坪程度あることが本件賃貸借契約の主要部分であったということはできない」と述べて、賃借人側からの返還請求を否定しました。
上記裁判例の理屈を踏まえると、
・契約時に、賃借部分の面積を実測した上で、賃料について床面積に乗じて賃料を定めた
・契約締結後に間もなく、賃借面積が契約面積より狭小であることを賃借人側から指摘して交渉した
など、契約面積が賃貸借契約の主要部分と認められるような事情がある場合は、賃借人側からの既払い賃料の返還請求が認められる可能性もあると考えられます。
この記事の監修者
北村 亮典東京弁護士会所属
慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。