不動産

築40年超の木造アパートの建替えに伴う立退料について、主に転居後の賃料との差額を重視して立退料を算定した裁判例

2025.12.14

【40年以上居住している賃借人からの相談】

私は現在70代で、妻と二人で東京都千代田区にある木造アパートの1階部分(約47平米)を借りて生活しています。

このアパートには昭和48年の新築当初から入居しており、居住期間はすでに40年以上になります。入居当初からの付き合いだった先代の大家さんは、家賃を安く据え置いてくれており、現在の家賃は月額9万円です。

ところが、数年前に先代の大家さんが亡くなり、相続した新しい大家さんから、先日突然、「建物を建て替えてマンションにしたいので出て行ってほしい」と言われました。

大家さんからは「建物が築43年で老朽化しており耐震性もない」「相続税の支払いのために土地を有効活用する必要がある」「近隣はビルばかりで、古い木造アパートは不経済だ」というものです。

当初、大家さんからは立退料として「256万円」の提示がありました。内訳は、現在の家賃と転居先家賃の差額の2年分や引越し費用、過去の雨漏りに対するお見舞金などです。

しかし、私たちはこの場所で40年以上生活しており、生活の基盤はすべてここにあります。千代田区内で同じような広さの部屋を借りようと思えば、家賃は20万円以上します。

また、過去に雨漏りの被害に遭った際、大家さん側がすぐに修理してくれず、布団が水浸しになるなど辛い思いをした経緯もあり、大家さんの誠意を感じられません。

私たちは、懇意にしている不動産業者の助言で、立退料約2600万円が相当であると主張しました。

大家さんの提示額とは約10倍、金額にして2000万円以上の開きがあります。裁判になった場合、果たして私たちの主張は認められるのでしょうか。

1.借家契約の解約と「正当事由」について

本件は、東京地裁平成281222日判決をモチーフにした事例です。

賃貸人が、期間の定めのない建物賃貸借契約を解約し、賃借人に対して明渡しを求めるためには、法律上の「正当事由」が必要です(借地借家法第28条)。単に「建物が古いから」「建て替えたいから」という理由だけでは、直ちに立ち退きが認められるわけではありません。

借地借家法第28条は、正当事由の有無を判断する際に考慮すべき要素として、以下の4つを規定しています。

4つの要素

1 建物の賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情

2 建物の賃貸借に関する従前の経過

3 建物の利用状況及び建物の現況

4 建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として、財産上の給付(いわゆる立退料)をする旨の申出をした場合におけるその申出

 

正当事由の判断に当たっては、上記の1が最も基本的な判断要素となります。

実務においては、賃貸人側の「明け渡してもらう必要性」と、賃借人側の「使い続ける必要性」を比較考量します。そして、賃貸人側の事情だけでは正当事由が不足する場合に、それを補完する要素として「立退料」が支払われることで、明渡しが認められるということが一般的となっています。

 本件においても、賃貸人側の事情だけでは正当事由が不足していたため、立退料の金額の算定が主要な争点となりました。

特に、立退料の算定において、都心の高額な土地において、立退料の算定根拠を「借家権価格(土地や建物の価値に対する割合)」で計算すべきか、それとも「実質的な損失(転居に伴う家賃差額など)」で計算すべきか、という点が問題となりました。

3.裁判所の判断と解説

東京地方裁判所平成28年12月22日判決は、結論として、裁判所は大家さん(原告)の請求を認め、借主(被告)に対して「350万円」の立退料を支払うことと引換えに、建物の明渡しを命じました

以下、詳しく判決の内容をみていきます。

(1)正当事由の判断について

まず、裁判所は、建物の老朽化と土地活用の合理性について、次のように判示して大家さん側の事情を肯定的に評価しました。

本件建物全体は,一般居住用の木造建築建物として,経済的な効用を既にほぼ果たしているというべきである。加えて,(中略)原告が,本件建物を含む本件土地上の建物を取り壊し,本件土地の有効活用を図ることについては,十分な合理性があるというべきである。」

他方で、借主側の事情についても、住居としての必要性や通勤の利便性を認めたうえで、結論として次のように述べました。

「被告における建物使用の必要性を考慮してもなお,本件建物の賃貸借を継続させることは相当ではないというべきである。ただし,前記のとおりの被告における建物使用の必要性や従前の経緯に照らし,立退料なくして正当事由が具備されるということはできない。」

つまり、建物が経済的寿命を迎えており、土地活用の合理性が高いものの、解約の正当事由が認められるには立退料という補償が不可欠であるという判断枠組みを示しています。

なお、本判決は、賃貸人の相続税支払の必要性については、「原告は,本件土地を相続したところ,本件建物全体の敷地部分を除いても,それなりの規模の土地を所有しているものであり、本件建物を取り壊した上で、本件土地の再開発等を行わないと相続税を支払うことができないとまでは認められない」として、重要視しませんでした。

このように、相続税支払の必要性を正当事由の根拠とするためには、当該建物の明渡しなくしては相続税を支払えないことを具体的に主張立証する必要があることを示しています。

(2)立退料の算定基準について

この判決で最も重要な点は、立退料の算定方法です。

借主側は、土地価格や開発利益に基づいた「借家権価格」として約2600万円を主張していましたが、裁判所は以下の理由を挙げて、これを明確に否定しました。

被告の本件建物の使用の必要性は,住居とすることにほぼつきていることや,本件建物は経済的な効用を既にほぼ果たしていることなどに照らし,被告の主張を採用することはできず,本件における立退料は,引越料その他の移転実費,転居後の賃料と現賃料の差額の2年分程度を基準として,その他本件に現れた事情を総合考慮して,算定することが相当である。」

このように裁判所は、老朽化建物の立ち退きにおいて、借主の必要性が純粋な居住に限られる場合、抽象的な借家権価格ではなく、「移転実費」と「家賃差額」という実質的な損失の補填を基準とすべきであると明示しました。

(3)具体的な立退料の算定

裁判所は、立退料を以下の3つの要素を基準として算定しました。

まず、引越料その他の移転実費として20万円程度を認定しました。

次に、転居後の賃料と現賃料の差額について、裁判所は、近隣の賃料相場を検討するにあたり、借主側が提出した築浅物件の事例を排斥しつつ、築年数が経過した類似物件の事例を採用して次のように計算しました。

「本件査定書におけるその他の参考事例(築25年,築9年)が参考となるところ,その賃料(月額)の平方メートル単価は,それぞれ4300円,4900円であり,その平均額は4600円である。そうすると、転居後の賃料としては、前記4600円に47平方メートルを乗じた金額(月額216200円)程度が見込まれ,現在の賃料(月額9万円)との差額は,月額12万6200円となる。そうすると,同差額の2年分は302万8800円となる。」

さらに、過去に雨漏りがあった際の大家さん側の対応についても、裁判所は「以上に加え,原告が,雨漏りに関する迷惑料として20万円の支払を申し出ていること,及び,(中略)原告側にも賃貸人としての義務(修繕義務)を十全に果たしていなかった時期があったことを考慮し」と述べて考慮要素となると指摘しました。

これらの事情を総合考慮し、裁判所は、立退料を350万円と算定しました。

4 実務上のポイント

この判決から読み取れるのは、立退料の算定において、借主側が期待するような「土地価格」や「開発利益」が必ずしも直接反映されるわけではないという点です。

本判決は、借家権割合方式を採用せず、賃料差額方式(転居後賃料と現賃料の差額の2年分)を主たる基準としました。住居目的の賃貸借で、建物の経済的効用がほぼ尽きている場合には、借家権割合方式よりも賃料差額方式が採用される可能性が高いことを示唆した判決として参考になる事例です。


この記事は、2025年12月14日時点の情報に基づいて書かれています。

この記事の監修者

北村 亮典東京弁護士会所属

慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。

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