不動産

築50年超の駅前商業ビルの建替えに伴い、立退料の算定において内装費・家賃差額・営業補償・借家権価格・移転雑費の5要素を考慮して算定した裁判例

2026.02.13

【賃貸テナントからの相談】

私は、カラオケ店やまんが喫茶など多店舗を展開する会社の代表をしています。

現在、東京都目黒区にある駅前の商業ビルの一部を借り、まんが喫茶を経営しています。このビルは昭和39年に建築されたもので、築50年以上が経過しており、新耐震基準を満たしていません。

当社は、平成17年以降、更新契約を重ねながら、このビルの複数の区画を借りてきました。現在の合計賃料は月額約124万円で、まんが喫茶の店舗として営業を続けています。

ところが、ビルの管理会社(転貸人)から、「建物の老朽化と耐震性不足」を理由に、解約の申入れを受けました。管理会社によれば、ビルを取り壊して、ディベロッパーとの等価交換方式で新たなマンションを建築する計画があるとのことです。

管理会社側は、立退料として約1億円(賃料約60か月分に相当する金額に補償料・保証金返還を加算した額)を提示しています。

当社は、このビルの近隣に本店も構えており、この地域は当社グループの発祥の地でもあります。
提示された金額で退去しなければならないのでしょうか。それとも、もっと高い金額を求めることはできるのでしょうか。
立退料の相場がわかりません。

老朽化・建替えの場合に立退きが認められる要件

本件のような建物賃貸借契約の解約申入れが認められるかどうかは、借地借家法第28条が定める「正当の事由」の有無によって判断されます。

すなわち、借地借家法上、賃貸人が解約の申入れをするには、単に建物が古くなったというだけでは足りず、「正当の事由」が必要とされています。この正当事由の有無は、以下の4つの要素を総合的に考慮して判断されます。

【4つの要素】

1.建物の賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情(双方の必要性)

2.建物の賃貸借に関する従前の経過

3.建物の利用状況及び建物の現況

4.建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃貸人が財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出(いわゆる立退料の提供)

4つの要素のうち、特に重視されるのは、「1.建物の賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情(双方の必要性)」と「4.建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃貸人が財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出(いわゆる立退料の提供)です。

判例の結論は?

本件は東京地方裁判所の平成28年5月12日判決の事例をモチーフにしたものです。本件は、築50年超の駅前商業ビルについて、管理会社(転貸人)が関連する3社のテナントに対し、建物の老朽化と建替えの必要性を理由に立退きを求めた事案です。

本件の主たる争点は、ビルの老朽化・建替えの必要性がどの程度正当事由として認められるか、そして、正当事由を補完する立退料をどのように算定するかでした。

裁判所は、結論として、管理会社側の請求を一部認容し、まんが喫茶のテナントに対して約1億3313万円(うち保証金1054万円含む)の立退料と引き換えに建物の明渡しを命じる判決を下しました。

特に、立退料の算定にあたっては、内装費・家賃差額・営業補償・借家権価格・移転雑費の5つの要素を個別に積み上げて計算した点に特徴があります。

裁判所がどのような事実認定を行い、結論を導き出したのか、以下、判決文を引用しながら解説します。

賃貸人側の使用の必要性(建替えの必要性)

まず、管理会社側の「建替えの必要性」について、裁判所は建物の危険性を認めました。

耐震診断の結果、IS値(一般に0.6以上が安全の基準)が、X方向で1階0.53、2階0.30と低く、「地震の震動及び衝撃に対して、倒壊し、又は崩壊する危険性がある」とされています。

また、耐震補強工事には「2億円程度の費用と7か月程度の工期を要」し、工事後も「鉄骨ブレースにより、入口の一部や窓が塞がれるなどの支障が出る」ことから、「本件ビルを解体して建替えをすることに一定の合理性がある」と認めました。

しかし一方で、裁判所は、管理会社側の事情だけでは正当事由を認めませんでした。

その理由として、管理会社が計画する建替えは、等価交換方式で敷地をディベロッパーに売却し新たなビルを建築するという内容であったことを挙げ、「原告の使用の必要性は、本件ビルの建替えを等価交換方式で行い、敷地はディベロッパーに売却することを予定していることを考えると、上記の事由のみで建替えのための解約申入れにつき正当事由があるとはいえない」と判示しました。

つまり、建物は危険で建替えの合理性はあるものの、管理会社自身が事業主体として使用するわけではなく、敷地を売却する計画であることから、管理会社側の事情だけでは正当事由として不十分であると判断したのです。

賃借人側の使用の必要性

次に、テナント側の「使用の必要性」について検討されました。テナントらは、このビルが「被告グループの発祥の地」であり、極めて重要な拠点であると主張しました。

しかし、裁判所はこの主張を以下のように退けました。

主観的なこだわりがあるとしても、客観的には本件ビルでなければならない理由があるとはいえず、もともと、テナントビルで創業していることや、近隣に被告が自社ビルを所有していたり、b駅付近の会議室でグループ会社の研修を行っていること等を考えると、被告らの使用の必要性により、原告の正当事由がなくなるともいえない

さらに、テナントらが多角的に事業を展開し相当な売上高があることを踏まえ、「各被告にとっても、本件各建物での営業が、各被告の中心的活動であって、営業拠点として必要不可欠な場所であると認めるに足りる証拠はない」として、テナント側の使用の必要性が管理会社側よりも高いとはいえないと結論付けました。

以上を踏まえ、裁判所は、管理会社側の必要性は一定程度認められるものの、正当事由を具備するには金銭的対価(立退料)で補完する必要があると判断しました。

立退料の算定方法

本判決は、立退料の算定にあたり、裁判所が以下の5つの要素を個別に検討し、積み上げ方式で算定しました。

①設備工事関係費用(内装費)

移転先での内装工事に要する費用について、まんが喫茶を経営するテナントについては、裁判上の鑑定結果に基づき約2010万円と認定しました。

テナント側は移転先の内装費として3000万円超を主張しましたが、裁判所は「そもそも、本件建物についてどの程度の費用をかけたかが不明であること、新規の内装により被告もメリットを享受すること」を理由にこれを退けています。

②家賃増額分の補填(借家人補償)

移転先の賃料が現在の賃料より高くなる場合の差額補填について、まんが喫茶のテナントについては、現在の賃料月額約124万円に対し、鑑定による基準家賃が月額約243万円であり、その差額約119万円の36か月分として約4277万円と認定されました。

なお、36か月分と長い期間が認定されたのは、「移転先がb駅周辺では見つからず、最寄り駅の周辺等を検討する必要があること」が考慮されたためです。

③営業補償

休業中の固定費や人件費のほか、移転による顧客喪失の補填分等について、まんが喫茶のテナントについては、平成24年から平成27年の平均月額収益約65万円を基準として、24か月分の約1557万円と認定されました。

④狭義の借家権価格

裁判所は、「算定した金額を積み上げた額を立退料とするのではなく、最終的に正当事由の補完割合を考慮すること、原告が等価交換方式による本件ビルの建替えを計画していることなど、経済性をある程度重視せざるをえない」ことから、借家権価格を計上するのが相当としました。

その上で、まんが喫茶のテナントについては、鑑定結果に基づき5290万円と認定されました。

⑤移転雑費

動産移転費用や不動産仲介料等で、基準家賃の2か月分として約486万円と認定されました。

立退料の合計額

以上の合計額は約1億3621万円となりましたが、裁判所は「本件で現れた諸事情を考慮すると、正当事由の補完として上記額の約9割が相当」として、立退料を約1億2259万円とし、保証金返還額約1054万円を加えて、最終的な支払額を1億3313万円と認定しました。

本事例の特徴

本判決には、以下のような注目すべき特徴があります。

第一に、等価交換方式による建替えを計画する場合の正当事由の判断です。

本判決は、建物の老朽化と耐震性不足による建替えの合理性は認めつつも、等価交換方式で敷地をディベロッパーに売却する計画である場合には、それだけでは正当事由を認めず、金銭的な補完が必要であるとしました。自ら建物を使用する場合に比べて、賃貸人側の必要性がやや弱いと評価されることを示しました。

第二に、「発祥の地」であるという主観的な理由は、テナント側の使用の必要性としては重視されないことが示されました。客観的に当該建物でなければならない理由がなく、近隣に自社ビルを所有していたり、多角的に事業展開している場合には、テナント側の必要性は高くないと判断されています。

第三に、立退料の算定手法として、内装費・家賃差額・営業補償・借家権価格・移転雑費の5つの要素を個別に積み上げた上で、最終的に正当事由の補完割合(本件では約9割)を乗じるという方法が採用されました。

立退料の算定方法が具体的に示されており、同種の事案における立退料の見通しを立てる上で参考となる事例です。


この記事は2026年2月13日時点の情報に基づいて書かれています。

この記事の監修者

北村 亮典東京弁護士会所属

慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。

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