不動産

築60年超の自宅兼理髪店の建物明渡請求について、立退料1300万円(借家権価格+営業補償3年分+移転費用等)の支払と引換えに明渡しを命じた裁判例

2026.03.13

築60年超の自宅兼理髪店の建物明渡請求について、立退料1300万円(借家権価格+営業補償3年分+移転費用等)の支払と引換えに明渡しを命じた裁判例

【賃貸物件オーナーからの相談】

私は、東京都世田谷区に木造の建物を所有しています。この建物は昭和30年代に建築されたもので、築60年以上が経過しています。

この建物は昭和60年頃から理髪店の店主に月額16万円で賃貸しており、店主は長年この建物の1階で理髪店を営業し、2階を自宅として使用しています。

私は、建物の老朽化も著しくなったこともあり、平成20年に賃貸借契約の更新拒絶を通知しましたが、店主は引越を拒絶し、その後も建物の使用を続け、賃料を供託している状況です。

平成26年に耐震診断を実施したところ、上部構造評点が0.03という極めて低い数値であり、「大地震において倒壊する可能性が高い」と判定されました。耐震補強工事の見積を取ったところ約1396万円です。

私には養子(妻の甥)がおり、私も70歳を超えているので、近い将来にはこの建物を取り壊して養子と同居するための建物を建てたいと考えています。

建物の明渡しを求めることはできるでしょうか。また、立退料はどの程度必要になるのでしょうか。

老朽化した賃貸建物の明渡しが認められる要件

本件は東京地方裁判所の平成28826日判決の事例をモチーフにしたものです。

本件のような建物賃貸借契約の解約申入れ・更新拒絶が認められるかどうかは、借地借家法第28条が定める「正当の事由」の有無によって判断されます。

すなわち、借地借家法上、賃貸人が解約の申入れをするには、単に建物が古くなったというだけでは足りず、「正当の事由」が必要とされています。この正当事由の有無は、以下の4つの要素を総合的に考慮して判断されます。

正当事由を基礎づける4つの要素

1 建物の賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情(双方の必要性)

2 建物の賃貸借に関する従前の経過

3 建物の利用状況及び建物の現況

4 建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃貸人が財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出(いわゆる立退料の提供)

上記4つの要素のうち、特に重視されるのは、「1.双方の使用の必要性」と「4.立退料の提供」です。

判例の結論は?

東京地方裁判所の平成28826日判決の事件において、主たる争点は、

建物が「朽廃」しているか

解約申入れの正当事由が認められるか(立退料の額)

でした。

裁判所は、まず朽廃の主張を退けたうえで、解約申入れの正当事由については、賃貸人側の使用の必要性が賃借人側に劣ると認定しつつも、建物の状態等を考慮して、立退料の提供により正当事由を補完できると判断しました。

結論として、立退料1300万円の支払と引換えに建物の明渡しを命じる判決を下しました。

裁判所がどのような事実認定を行い、結論を導き出したのか、以下、判決文を引用しながら解説します。

争点①:建物の朽廃について

まず、賃貸人は、本件建物が築60年以上を経過し、耐震診断の結果いつ倒壊してもおかしくない状態にあるとして、建物としての社会的経済的効用を失い「朽廃」に至っていると主張しました。

しかし、裁判所は以下のように述べて朽廃の主張を退けました。

本件建物は昭和33年保存登記がなされた建物ではあるが、本件建物の耐震性に問題があるとしても、直ちに本件建物の使用ができないものではなく、原告が一定の修繕を施して本件建物において生活するとともに理容室を営んでいることからすると、現時点において直ちに本件建物が朽廃しているとは認められない。

このように、裁判所は、上部構造評点が0.03という極めて低い数値であっても、現に居住・営業が行われている以上、直ちに朽廃とは認めませんでした。

争点②:解約申入れの正当事由について

賃貸人側の使用の必要性

次に、解約申入れの正当事由について検討されました。賃貸人は、養子(妻の甥)と同居するために本件建物を取り壊し、新たな建物を建築する計画があると主張しました。

しかし、裁判所はこの計画について次のように認定しました(以下原告が「賃借人」、被告が「賃貸人」です。)。

被告は昭和15年生まれの男性であり、平成22115日に養子縁組の届出をした妻の甥との間に、養子縁組以来同居する計画があるが、具体的な見積もりや図面はなく、現在被告が住んでいる建物を本件建物と同時に取り壊し、その敷地を新築建物の敷地に供することも含めて検討中であるが、具体的には未定である。

このように、養子との同居計画には具体性がなく、見積もりも図面もない状態であったため、裁判所は賃貸人には「差し迫った自己使用の必要性」は認められないと判断しました。

賃借人側の使用の必要性

他方、賃借人側の使用の必要性について、裁判所は次のように認定しています。

原告は昭和40年代から、本件建物の近隣で両親とともに、昭和60年からは夫婦で本件建物において現在に至るまで理容業を営み、生計をなしており、原告が本件建物から立ち退いた場合、その近隣で従前と同様の条件により店舗を借りられる保証はなく、本件店舗での営業が継続できなくなれば、長年の営業努力で獲得してきた常連客を失うなどして経済的損失を被るおそれがあることを否定できないことに加え、本件建物は自宅でもあり日常生活の場でもあることから、本件建物の明渡しは高齢の原告の生活にも影響を与える恐れがあり、原告には本件建物の使用を必要とする理由がある。

正当事由についての結論

以上の検討を踏まえ、裁判所は正当事由について次のとおり結論づけました。

「被告には本件建物を自己使用し、あるいは本件建物を取り壊した後の敷地を利用する差し迫った必要性はなく、他方原告が本件建物の使用を継続する必要性は高く、本件建物の使用の必要性は原告(賃借人)の方が勝っているというべきであり、被告の解約申入れはそれのみでは正当事由を具備しているとは認めがたいが、本件建物の状態、原告の年齢、業態を考慮すると、被告から相当額の立退料の提供があれば借地借家法28条所定の正当事由を認めることができる。

つまり、使用の必要性は賃借人の方が上回っているが、建物の著しい老朽化(上部構造評点0.03)等の事情を踏まえると、相当額の立退料の提供があれば正当事由を認めることができる、と判断したのです。

立退料の算定方法

裁判所は、立退料の額として1300万円を相当と認めました。以下、その算定の内訳を見ていきます。

①借家権価格:789万6000円

まず、裁判所は借家権価格について次のとおり認定しました。

本件土地価格は原告提出の不動産鑑定書に基づき3760万円を相当と認め、借地権割合(0.7)及び借家権割合(0.3)を考慮すると、借家権価格は、789万6000円(3760万円×0.7(借地権割合)×0.3(借家権割合)=789万6000円)と認められる。」

なお、借家権割合について、原告は0.550%)を主張しましたが、裁判所は0.330%)を採用しました。この点は賃貸人側の主張と同じ数値です。

②営業補償:326万7585円

次に、営業補償について、裁判所は次のように判示しました。

「原告は本件建物で理容業を営んでいることから、移転に伴う長年の固定客の喪失を考えると、原告の移転先での営業が軌道に乗るまでの減収を立ち退料の算定において考慮すべきであり、その期間としては、原告の年齢、営業状況を考慮し、その営業補償として3年を相当と認める。」

「平成23年から平成25年までの原告の平均の営業利益は108万9195円であることからすると、営業補償は326万7585円となる(108万9195円×3年間=326万7585円)。」

原告は営業補償として10年分(10891950円)を主張し、被告は公共用地の取得に伴う損失補償基準を根拠に1年分程度を主張していましたが、裁判所は3年分を相当と認めました。高齢の理容師が近隣の常連客を主な顧客としていたという本件の具体的事情が反映された認定といえます。

③引っ越し費用・差額家賃・礼金等

原告は、引っ越し費用として50万円、差額家賃(月額4万円の2年分)として96万円、礼金として40万円の合計186万円をこの項目で主張していました。

そして、裁判所は、借家権価格7896000円と営業補償3267585円を合算した約1116万円に加え、「引っ越し費用や、引っ越し後の現状との差額家賃(2年分)、移転先の礼金等を考慮すると、立退料の額として1300万円を相当と認める。」と述べて、最終的に立退料を1300万円と認定しました。

なお、原告は立退料として合計23251950円を主張し、被告は1100万円を提示していたところ、裁判所は1300万円をもって相当と判断したということになります。

本判決の意義

本判決には、以下のような注目すべき特徴があります。

第一に、本判決は、耐震診断で上部構造評点が0.03という極めて低い数値であっても、それのみでは正当事由を認めず、立退料により正当事由の補完を認めたという点です。

第二に、自己使用の必要性には具体的な裏付けが必要であることです。

賃貸人は養子との同居計画を主張しましたが、具体的な見積もりも図面もなかったことから、「差し迫った必要性」は認められませんでした。自己使用の必要性を正当事由の要素として主張する場合には、具体的な計画書類の準備が重要であることを示しています。

第三に、立退料の算定方法として、借家権価格・営業補償・移転費用等の各項目を個別に積み上げる手法が採られたことです。特に、営業補償の期間については、原告主張の10年分、被告主張の1年分に対し、裁判所が3年分と認定した点に特徴があります。

立退料の算定方法が具体的に示されており、同種の事案における立退料の見通しを立てる上で参考となる事例です。


この記事は2026年3月13日時点の情報に基づいて書かれています。

この記事の監修者

北村 亮典東京弁護士会所属

慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。

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